36 時間を稼げば得られるものがある?
結論から言えば、アイスウォールで足止めはできたがケイトの思い描いたような結果にはならなかった。
「油虫がいなくなっただけで満足ニャ!」
なんてレイが言い出したせいだ。
「後は任せるニャ!」
すがすがしい笑顔で復帰して割り込んできた。
気まぐれにも程があるだろうとは思ったが誰からも文句が出てくることはない。
こうなることは俺だけじゃなくケイトもスィーも予測できていたからな。
元猫の気まぐれさよ……
そんな訳でスタンピードの対応は特に揉めることもなくレイが受け持つことになった。
「アイスウォールが無駄になりましたね」
レイがその気になったのなら、すぐに方を付けると考えたのだろう。
「そうでもないぞ」
「え?」
怪訝な顔をしてケイトが俺の方を見てきた。
スィーも見てきたが、その表情はすまし顔である。
気になるものの素直にそれを認めたくないというところか。
レイは俺たちのやり取りなど完全スルーで魔物の観察をしている。
俺からのゴーサインが出るまでは待つつもりのようだ。
猫耳だけは微妙にこちらへ向けられている。
早く殲滅行動に移りたくてウズウズしているみたいだけど。
「時間的猶予ができたのは間違いないだろう」
「それは、そうですけど……」
「だったら有効活用しないとな」
「何をするつもりなんですか?」
「食料調達だよ」
「えっ?」
意表を突かれたとばかりに目を丸くさせるケイト。
「ふむ」
アゴに手をやり考え込み始めるスィー。
「確かに時間の有効活用になるかも」
「何を調達するニャ~?」
さっそく会話に入ってくるレイ。
興味を引かれれば食いついてくるあたり、さすがは猫だ。
「豚肉と牛肉は確定だな」
前者はファンタジー定番のオークで後者は一見するとただの牛であるブルータルブルだ。
ブルータルブルは雑食という時点で普通の牛とは異なる上に名前の通り凶暴で危険度で言えばオークより上だ。
「鶏肉はないのかニャ?」
「探せばコカトリスもいるかもな」
生憎とパッと見た限りでは見当たらない。
赤い羽毛に覆われた七面鳥の魔物ブラッディターキーならダチョウ並みのサイズで目立つから見つけるのは楽なんだが。
ダチョウと言えば、見た目はそのままで二回りほど大きなキックバードという名前の魔物もいる。
鳥の魔物なのにギガコックローチの餌食になっていないのは、どちらも飛行できないからというのが皮肉だよな。
「物騒なのは勘弁ニャ」
「別に石化はしないぞ」
「そうなのかニャ?」
「浴びた部分が長期にわたって動かせなくなる麻痺毒のブレスは吐くみたいだけどな」
そのせいで石化すると勘違いされているのだと思われる。
「やっぱり物騒ニャ!」
まあ、石化するのとさほど変わらないかもな。
「それなら狙い目はブラッディターキーかキックバードだろう」
俺がそう言うとレイは瞳をギラつかせた。
「唐揚げパーティするニャー!」
鶏肉に執着すると思ったら目当ては唐揚げか。
とはいえ味の方が鶏肉と同じかどうかまでは龍の知識では分からなかったんですがね。
神龍はグルメではなかったらしい。
なんにせよ唐揚げは作って食べさせないとレイは納得しないな。
旨くなかったとしても責任は持てんがね。
それに肉だけにかまけてはいられない。
植物系の魔物だっているのに野菜や果物の調達をしないなどあり得ない話である。
さすがに魚類はいないようだが。
砂地を泳いだり空を飛ぶような魚系の魔物も存在することは承知しているが見当たらないし。
そのあたりは日を改めて魚介系の魔物がたくさんいそうな海とかに行けばいいか。
「ユートォ、ニャーが食材を取ってくるニャー!」
意欲的なのは好ましいのだけど今ひとつ信用しきれないんだよな。
ケイトやスィーの方をチラ見したが返される視線は俺と同じく渋いものだ。
このままレイを向かわせれば鳥系の魔物しか狩ってこないであろうというのは言葉を交わさなくても一致した見解である。
かといって、それを理由に許可を出さない場合はレイが大いに拗ねて後々まで根に持つのは想像に難くない。
勘弁しろくださいの心境だ。
強気に言ってやりたいけれどもヘソを曲げられても困る。
「はいはい、鳥肉専門でいいから行ってこい」
「やったニャー! 行ってくるニャオーン!」
返事を言い終わる前にレイはバビューンと飛んで行ってしまった。
「よろしいのですか?」
ジト目で問うてくるケイトである。
「却下した時の被害の方が面倒くさいぞ」
「うっ」
たじろぐケイト。
食べ物の恨みの恐ろしさは、よくわかっているようだ。
「そんなことするくらいなら役割分担する形にした方が良くないか?」
コクコクコクと高速で頷かれたさ。
スィーはというとケイトとは違って落ち着き払っていた。
このあたり餌を巡って激しいバトルを繰り広げた者とそうでない者との差が出たようだ。
スィーはハシボソガラスだったからな。
空を飛べるから陸の獣と争っても圧倒できるなんてことではない。
それ以前に野生動物だから餌をもらう立場じゃなかっただけのことだ。
「自分が他の肉を」
スィーが小さく胸元で挙手しつつ淡々とした調子で言ってきた。
「おー、頼むわ」
「了解」
これまたシュバッと飛び去っていく。
「ん?」
後方で身じろぎする気配を感じて振り返ると決死隊の面々が愕然とした面持ちで固まっていた。
「えーっと……」
「ユート様、しばらくそっとしておいた方が彼らのためかと」
「その方が良さそうだな」
俺はケイトの提案に乗ることにした。
いま無理に再起動させたらパニックで暴走しかねないからな。
まかり間違ってスタンピードの方に向かって突撃なんてされたらシャレにならん。
人間、非常時に理性的に行動できる者の方が少ないのは、よく知っているつもりだ。
パワハラ上司に対抗すべく証拠を集めていたら階段から突き落とされて半身不随になった身としてはね。
一命は取り留めたから証拠を元に裁判に持ち込んであれこれ請求したら接近禁止も罰金付きで認められたんだが、逆恨みから俺を焼き殺そうとしてたし。
俺が死んだのは星界神様のミスによるとばっちりが原因なんだけど。
とはいえ、パワハラ上司に対する天罰が下されていなくても焼け死んでいたであろうことは事実だ。
まあ、決死隊の面々があんなクズ男と同じ精神性をしているとは思わない。
それでも恐怖や驚愕がもたらすであろう混乱により想像の斜め上をぶっ飛んでいくような真似をする恐れは否定しきれないのだ。
「ケイトは氷の斜面の監視を続けてくれ」
どうなるにせよ、俺たちにはまだ仕事が残されている。
「魔物どもが乗り越えてきそうなら殲滅ってことで」
「承知いたしました」
何でもないことのようにケイトは返事をしたのだが、決死隊のうちの1人がビクリと反応した。
それは髪の長い女性であり決死隊の中で誰よりも怯えているように見えた。
悲鳴でも上げられたらと思うと冷や汗ものの時間が流れたが、それ以上の反応は見られなかった。
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