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35 レイ、ちょっとパニクる

「「「「「なっ!?」」」」」


 突如として茶髪ボブカットでケモ耳尻尾な美女が音も立てずに目の前に現れたことに決死隊の面々が驚愕し身をこわばらせた。

 空を飛んできたことさえ認識できているか怪しいんじゃ無理もない。

 一方のレイはというと──


「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!」


 なんて、はしゃいじゃってますよ?


「天呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、魔物を倒せとユートを呼ぶ!」


「俺かよっ」


 何処かで聞いたような台詞を言い始めたかと思ったら俺でオチを付けるレイ。

 思わずツッコミを入れていた。

 音声結界を抜けた後だったので俺たちのことも決死隊に知られてしまう結果となったのは言うまでもない。

 しょうがないので俺たちも彼らの前に降り立った。


「「「「「っ!?」」」」」


 次々に空から降り立つ俺たちを見た彼らの心境や如何に。

 まあ、気にしている場合ではない。


「余裕かましている暇があるのか、レイ?」


 決死隊が張り巡らせた風の障壁が弱まりつつあった。

 それを察知しながら対処しないのは、ちょっとやり返したい気分になっていたからだ。

 小さい男だと笑われそうだけどね。


「ンニャ?」


 未だに気付くことができていないレイは怪訝な表情をしながら首をかしげた。


「そろそろ油虫を押し止めている障壁が限界みたいだぞ」


 障壁が弱くなってきたことでギガコックローチどもが徐々に接近しつつある。

 それを見たレイは──


「ギニャー!!」


 血相を変えて悲鳴を上げた。

 元の三毛猫姿であったなら全身の毛を逆立てていたに違いない。


「ウィンドウォールにゃ──────────っ!」


 大慌てで風の障壁魔法を張った。

 それを見て唖然呆然といった様子の決死隊。

 レイの慌てぶりにドン引きしたのか使った魔法に驚愕したのか。

 彼らの顔色を見る限りは後者のような気がするけれど、レイはパニック中でそれどころではない。


「寄るニャー! 来るニャー!」


 こんな具合に大騒ぎの真っ最中だ。


「近寄られたくないんなら、さっさと殲滅してしまえばいいじゃないか」


 俺にそう言われてハッと我に返る有様だ。


「やってやるぜ! なのニャ」


 と言った割には攻撃する様子がない。


「何やってんだよ」


「ウィンドウォールが邪魔なのニャ」


 とっさに使ったから、こちらからの攻撃も通さない代物になってしまったようだ。


「だったら張り直せばいいだろ」


「また接近されちゃうニャー」


「それくらいは我慢しろ」


「嫌ニャ~」


 先ほどまでの勢いは何処へやらといった様子で情けない声を出して拒絶するレイ。


「付き合ってられん」


「では自分が」


 それまで黙っていたスィーがバトンタッチを申し出た。


「任せる」


「了解」


 素っ気ない感じで返事をするとスィーはさっそく攻撃準備に取り掛かった。


「スプレー」


 最初に使った魔法は液体を霧状に吹き付ける風と水の複数属性を持つ初級魔法だった。


「へえ」


 なかなか面白いことを考えるものだ。

 続いてレイの魔法障壁を勝手にキャンセル。


「ギニャ──────ッ!」


 レイがそのせいで騒いだが、スィーはチラ見することすらなく涼しい顔でスルーした。


「イグニッション」


 そして着火するだけの効果しかない初級魔法を使う。

 本来であれば瞬間的に小さな炎が灯ってそれで終わりなのだが。

 スィーは噴霧されたまま残っている靄状の空間にその魔法を使った。


 次の瞬間、鼓膜を突き破らんばかりの轟音が周囲に鳴り響いた。

 ちょうど靄の中に突入していたギガコックローチどもが一瞬で夜空を焼き尽くすのではと思えるほどの爆炎に包まれた。

 先ほど決死隊が使った魔法などかわいく思えるほどの燃えっぷり。

 轟音も頷けるというものである。


「なっ!?」


 俺たちの後ろで決死隊のリーダーが驚きの声を上げていた。

 まあ、その驚きは威力だけに向けられたものではないだろう。

 どうしてこうなった的な雰囲気を漂わせて愕然としているからな。


「燃性の高い油を噴霧して種火で燃やすとは考えたわね」


 ケイトが含み笑いしながらスィーを見た。


「確かにあれなら着火するだけでも一瞬で燃やせるかー」


 もともと燃えやすい魔物だから逃れる術などあろうはずがない。


「大したことはしていない」


 スィーは、残りのギガコックローチどもを一掃したにもかかわらず疲れも見せずにすまし顔だ。

 残り2割強にまで数を減らしていた奴らは残らず灰となったものの、スィーはほぼ消耗しなかったからな。


 もっとも、空を飛ぶ魔物が一掃されたというだけの話でドヤ顔できるような状況ではない。

 スタンピードはようやく序盤戦が終わったというところだ。

 険しい山を登りつつある陸上の魔物どもは手つかず状態。

 しかも多種多彩である。

 空はギガコックローチのみだったのにな。


 空飛ぶ魔物はギガコックローチどもに殲滅されたか。

 あの大きさで無数にいたから充分に考えられる。

 何でも食べてしまう悪食ぶりは俺の体の素材となった龍の知識にもあるくらいだし。

 さすがにドラゴンは強固な鱗でガードされているだけあって食べられることはないが。

 逆に普通の魔物であれば自分たちより何倍も大きい体躯の相手でも餌と見なされてしまうようだ。


「空はスィーが片付けたから、地上はケイトがやるか?」


 それならばレイにも問うのが筋なんだろうが薄気味悪い笑いを漏らしている最中だ。

 声が掛けづらい。

 何も知らない決死隊の面々がドン引きしていたほどだからなぁ……

 ギガコックローチが全滅したことが嬉しかったのだとは思うけどね。


「いいんでしょうか?」


「猶予のない現状で壊れているレイが悪い」


「では、少しだけ時間を稼ぎましょう」


「どうするんだ?」


「こうします」


 そう答えたケイトが魔法を使う体勢に入った。


「アイスウォール」


 山の中腹あたりまで辿り着いていたスタンピードの最前列に氷の障壁結界が展開された。

 あえてスキーのジャンプ台のような斜めに向けた角度に傾けていたのだ。

 下手に絶壁状態で遮断すると魔物が魔物を踏み台にして壁を乗り越えることもあり得るからな。

 そういう場合でも斜面で滑らせて踏み越えることが難しい状態にした訳だ。


 しかも潤沢なMPを用いた力業で幅も高さもハンパじゃない。

 確かに時間稼ぎができそうだ。


読んでくれてありがとう。

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