32 その正体は……
闇色の群れが決死隊の風魔法によって止められている。
自分たちでやったことなのに彼らは動揺していた。
まあ、彼らが放った魔法をケイトが増幅させたからなんだけど。
おまけにレイが偽装する魔法で支援魔法を隠蔽したから、どうしてこうなったのか気づけない。
とはいえ永遠に風魔法が持続する訳じゃない。
モタモタされると俺たちがアレをすべて片付けなきゃならなくなってしまうのだが。
「狼狽えるなっ!」
山頂では長髪で背の高い男が仲間たちを叱咤していた。
いち早く動揺から立ち直ったこの男が一行のリーダーのようだ。
「むしろ願ったりの状態じゃないか。天が我らに味方したと思えばいい」
男がそう言うと、他の面々からも動揺していた空気が消えていく。
「先の指示通りに両脇から潰していくぞ!」
「「「「「おお─────っ!」」」」」
動揺した直後にしては士気が高い。
リーダーが上手く誘導したというのもあるだろうが、元々の使命感のようなものが強いのだろう。
何もなければ労力の無駄にしかならないこんな場所にまで登ってくるだけのことはある。
「ありったけの攻撃を叩き込んでやれ!」
リーダーの号令がかかった。
悠長に思考の海へと潜り込んでいる場合ではないな。
「「「「「おうっ!」」」」」
号令を受けて弓士は矢をつがえていく。
長杖を手にした者は呪文の詠唱に入るのかと思ったが、どうも違うようだ。
魔力を長杖に纏わせ陸上競技の槍投げを想起させる妙な構えを見せる。
どうやら魔力で槍を形成して投擲するつもりらしい。
弓矢の方もそれに近い感じなのは威力の増幅か魔力の矢を複数形成して散弾状に飛ばすのかもしれない。
いずれにせよ魔法が主体の攻撃になりそうだ。
そういうことなら好都合である。
「スィー、右側へ攻撃する面々のフォローを」
「了解」
「また偽装するニャ?」
「ああ、右の方だけ頼む」
「左サイドはどうするニャ?」
「俺が支援するから偽装はケイトに任せる」
「分かりました」
分担を決めている間に攻撃は始まっていたが、着弾までのタイムラグはある。
いくら風属性の魔法が速くとも瞬間移動する訳ではない。
リーダーの判断か魔物どもをギリギリまで引きつけてはいたがね。
魔法の威力を落とさぬためだろうな。
おかげで支援魔法を被せるのは至難の業だ。
それができないと風魔法の威力や効果範囲を増幅させることはできないのだが。
ただ、スィーは涼しい顔で支援魔法を使って決死隊の魔法に被せている。
ランクの差はこういうところでも影響するみたいだな。
体が龍の素材でできているのは伊達じゃない。
そうして風魔法で強化された矢や槍が支援魔法でさらに強化され魔物どもへと殺到。
爆炎系の魔法ではないので着弾しても派手に燃え上がったり爆音が轟いたりはしなかったが、それでも闇の壁とも言うべき魔物の群れに風穴を開けていた。
「「「「「お────────っ!」」」」」
決死隊の面々は歓声を上げた。
騒ぎたくなるのも無理はない。
魔物を押し止めた仲間の風魔法に引き続き自分たちの攻撃でも想像を上回る結果となったのだから。
しかしながら、それで魔物が半減するなどという甘い話は存在しない。
風穴はすぐに埋まってしまった。
それでも決死隊の面々は落胆する様子を見せない。
下へと落ちていく魔物の残骸の多さが彼らに希望と自信を与えたのかもな。
俺としてはボトボトと墜落していくアレの残骸を見るのは勘弁願いたがったが。
「ウニャー、グロ画像ニャよー」
レイも辟易しているようだ。
「まるで潰れた油虫ニャ」
心底、嫌そうな顔をしている。
「違う」
スィーが冷め切った空気を漂わせながらレイに否定の言葉を投げかけた。
魔物の正体に気付いていないのかと言わんばかりである。
まあ、夜の闇に紛れた状態であの群れ具合だとパッと見ただけではね。
レイは大雑把な性格をしているだけあって詳細を確認していないようだ。
「違うって何がニャ」
「まるでというのは似ている場合に使う表現」
「似てないって言うのニャ? そうであってほしいけど似てるニャ」
「だから違う」
「違わないニャ」
「似ているんじゃない。アレはGそのもの」
スィーは直接的な名称を用いなかったにもかかわらず、Gという言葉を耳にしたレイは即座に反応しカッと目を見開いた。
「ウソにゃーっ!!」
全力で否定するレイ。
「あんな巨大な油虫なんていないニャー!」
いや、拒絶したと言った方が正しいのか。
「ここは元の世界とは違う」
対するスィーはにべも無い。
「魔物化して巨大になったゴキ──」
「その名で呼んじゃダメにゃー!」
レイはスィーに最後まで言わせなかった。
両手で人の耳を塞ぎ、頭頂部にある猫耳はパタンと伏せている。
「じゃあギガコックローチで」
素っ気なく正式名称で告げるスィーだ。
「知らない知らない知らないニャー!」
こんな風に騒いでいる最中も頂上にいる面々は攻撃を続行、とはいかなかった。
全滅させた訳でもないのに歓喜が我を忘れさせていたのだ。
真っ先に我に返ったのは、やはりと言うべきかリーダーであった。
「浮かれている暇はないぞ! 攻撃の手を緩めるな」
少なくとも表面上は気丈に振る舞い仲間を叱咤する。
攻撃力が上がったのは事実だが、あれらを押し止めている風魔法も効果を維持できる時間は限られている。
攻撃の手を緩めるべきではないのだ。
「恐れることはない、今宵の風は我らの味方だ!」
味方を鼓舞することも忘れないリーダーである。
「「「「「おお─────っ!」」」」」
雄叫びでもって返事をしつつ再び攻撃態勢に入る決死隊の前衛陣。
「それじゃあ、俺たちも援護再開だな」
「滅びるニャー! 慈悲はないのニャー!」
「おいおい」
敵の正体を知った途端に過激なことを言い出すレイが錯乱気味でどうにも不安だ。
俺もGは嫌いだから気持ちは分からんではないがね。
暴走し始めたら力ずくで止めるしかないか。
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