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28 山頂で見たものは

「今から魔法で皆の視力を強化させる」


 先ほどと同じ言葉を今度は宣言するように告げたものの待てども返事はなかった。

 ただ、どうやってという問いかけをされることもなかったが。

 グーガーとのやりとりから察してもらえたのだろうか。


「いいんだな」


 これにも返事がない。

 不安はあっても不服はないといったところか。

 仮に後で文句を言ってくるようなことがあったとしても知ったことではない。


「では、いくぞ」


 俺は静かに告げると集中を始めると同時に魔力を高めていく。

 全員に部分強化の魔法が行き渡るまで魔力を練り上げると口の中で呟くように呪文を唱え始めた。

 精霊魔法を使う時と違って手順をひとつひとつ確認するように進めていく。


 はた目にはモタモタして見えることだろう。

 とはいえ俺からすればスムーズに行かないのは承知の上だ。

 ここまで慎重になるのは、この魔法を久々に使うが故に鈍っている恐れがあるからだ。

 人数分の魔力を無駄遣いするようなヘマは避けたい。


「きたきた」


 真っ先に声を上げたのはグーガーだった。

 俺が魔法を行使するタイミングなんかも実際にこの魔法を受けた時の感触も把握しているからな。


「んー? なんか変だぞ」


 そのグーガーが怪訝な表情をしつつ遠くの一点を凝視していた。

 どう見ても麓の方ではない。

 もっと上である。


「グーガー、空を見てどうする」


「いや、小さな星がよく見えるなら麓の方も大丈夫だろうと思ってな……」


 どうやら光源を求めてのことだったようだ。


「空に大穴が開いたみたいに真っ暗な部分があるんだよ」


「なに?」


 それは明らかな異変と言うべきだろう。

 俺も皆もグーガーが注視する方へと視線を向ける。

 今は麓よりもそちらを気にすべきだと直感したからだ。


「むっ」


 確かにグーガーが言うような状態の大きな闇がそこにあった。

 見る前は雲がかかって光を遮っているのだと思っていたのだが──


「なんという……」


 見た瞬間に出てきたのは予想外の光景を目の当たりにした力のない呟きであった。

 明らかに雲ではない。

 穴が開いたというグーガーの表現は言い得て妙というものだ。


「雲ではないようだな」


「だろう?」


 そんなやりとりをしながらも、ずっと感心はしていられなかった。

 心をざわつかせる何かを感じていたが故に。


「なんだ、あれは?」


 疑問が口をついて出たものの答えられる者は誰1人としていない。

 それ故か、仲間たちも俺と同様に薄気味悪さを感じているようで無口になっていた。


 無理もない。

 そこには何もなかったからだ。

 魔法で強化された視覚で確認しても、ただ深淵の闇が広がるのみ。

 あの闇から無数の魔物が這い出てきたとしても不思議ではないほどの雰囲気がある。


 いや、見た目の不気味さに惑わされてはいけない。

 グーガーの言う夜空に穴が開いたように見える状態も夜空全体がそうなっているわけではない。

 何処かに闇の薄くなっている所がないかと視線を横に動かした直後。


「っ!?」


 視界の片隅で揺らめきのようなものを捕らえた。

 まるで炎が舞うかのような、そんな感じの揺らめきだ。

 雲ではないが……


「いま、何か動いたか?」


 仲間たちが目撃していないかと思い問いかけてみたのだが。


「なんだって?」


 驚いたグーガー俺へ顔を向けてくる。

 他の皆も声こそ出さなかったものの一斉にこちらを見てきた。

 どうやら俺以外に揺らめきを見たものはいないらしい。


「暗すぎて何も見えんぞ」


 闇の方へと向き直り闇を凝視するグーガーだったが、じきに頭を振った。


「そうじゃない、もっと端の方を見ろ」


「端の方だって?」


 何を言っているのかと言いたげな目を向けてきたグーガーが視線を戻そうとしたその時。


「兄さんっ!」


 リーファンが悲痛な叫び声を上げて呼びかけてきた。

 どうにもただならぬ様子にグーガーとの会話中であるにもかかわらず視線が引き寄せられてしまう。


「どうした、リーファン」


「あれは穴じゃないわ」


「何かわかったのかっ!?」


 俺は一旦は妹に向けた視線を揺らめきのあたりへと戻した。

 それが穴の境界だと感じたからだ。

 リーファンは穴ではないと否定したが、ならば何だというのか。


「何だ?」


 目を凝らすと何かが不規則に蠢いているような気がした。

 揺らいでいるように見えたのは気のせいではなかったのだ。

 俺が確認するようにリーファンを見ると頷きが返される。


「何かがかなりの密度で集まっているのか?」


「ええたぶん……」


 妹は自信なさげではあるものの肯定した。


「とんでもないことだぞ」


「何がとんでもないんだ?」


 蠢くものに未だ気付いていないグーガーが聞いてきた。


「あれが何かまではわからんが、向こう側を見通せないほど莫大な数の集まりのようだ」


「何だってっ!?」


 愕然とした表情を見せるグーガー。


「あの広範囲でそんなことがあり得るのかよ」


 信じたくないのだろう。

 常識では考えられない数がいることになるからな。

 おそらく、あれは虫型の魔物だ。

 そう考えると単体ではさしたる強さではないものと推測できる。


 しかしながら、あの数は強弱に関係なく絶望感を覚えるほどの脅威だ。

 おとぎ話に聞いた竜と戦わねばならぬ状況に追い込まれるのと現状とどちらがマシだろうか。

 そんなことを考えたところで事態は好転しない。

 だが、そうでもしないと心の均衡を保てる自信が無かった。


「精霊が怯えている」


 里一番の精霊魔法使いである妹がそんなことを言わなければ、俺はしばらく現実逃避したままだったろう。


「何の集合体であろうと、ここを抜けさせる訳にはいかん」


 襲われれば勝ち目がないどころか、ひとたまりもないことは百も承知だ。


「ちょっ、おいっ」


 グーガーは無茶を言うなとばかりに声を上げて驚きと怒りがない交ぜになった目で俺を睨んできた。

 他の皆も妹以外はグーガーに習うかのような視線を向けてきたのは、むしろ想定内だった。

 常識的に考えれば撤退する以外の選択肢はないのだ。


「無茶なのは分かっている」


「だったら!」


「それでも抜かれれば、里は全滅だ」


「「「「「────────────────っ!!」」」」」


 声にならぬ悲鳴を上げる仲間たち。

 俺に指摘されるまで気付かなかったとは相当に動揺していたようだ。


「やるしかないな……」


 グーガーが声を絞り出すように決意の言葉を吐き出した。

 その声を聞いた皆が青ざめた顔をしながらも正面を睨み付ける。

 全員が覚悟を決めたようだ。


 こうなると誰も逃げ出しはしないだろう。

 何人かには里に走れと命じたかったんだが、この様子では誰も聞き入れてくれそうにない。


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