26 リーファンの覚悟
北壁山の8合目まで来たところで休みたがらない仲間たちを何とか説き伏せて再び休憩した。
皆にも結構な疲労がたまっていたしな。
にもかかわらず肩で息をしている状態で──
「先を急ごう!」
などと言い出す者が出る始末。
焦る気持ちがあるのは承知しているし俺だって同じなのだが冷静さを失ってはいけない。
最初の休憩の時に話を聞いているはずなのに忘れてしまったかのような発言には目まいがした。
いや、実際に目まいがする。
おまけに息苦しさと頭痛の症状まであるという最悪のコンディションだ。
自分だけがこんな状態であるなら気合いで何とかするところだが同行している皆も顔色が悪い。
焦っている割に覇気が感じられないのを使命感だけで支えているような状態だ。
無理をしすぎたか。
リーファンの精霊魔法で身体強化して急いだのが裏目に出たようだ。
地の精霊の力を借りる『大地の咆哮』は全身の力を増し疲労を軽減させる。
それでも登れたのは8合目まで。
休まねば倒れるギリギリまで粘ってこれだ。
それで満足に回復もしていないのに先を急ぐ?
バフを掛けてくれたリーファンに対する目配りも足りていないのは如何なものか。
一番、疲れているのは体力だけでなく魔力も消耗した妹のはずなのに。
「駄目だ!」
俺はきつい口調で否定した。
「リーファンに負担を掛けていることを忘れるなっ」
無理をしたという自覚はある。
とはいえ俺は身体強化してここまで来たことを選択ミスだとは思っていない。
でなければ未だに6合目をクリアできたかどうかさえ怪しいのだから。
北壁山はそれほどに急峻な山なのだ。
「いま休憩を切り上げれば、いざという時に犠牲が増えるだけだぞ」
「っ!」
焦りから発言した仲間も大事なことを失念していたことに気付いたようだ。
そう。俺たちはリーファンの精霊魔法に大きく依存している。
移動も防御も、いざとなれば攻撃も。
さすがに索敵まで担当すると言った時には慌てて止めたが。
そのくらいなら俺にだってできる。
風の精霊魔法である『導きの風』は消耗が少ない割に持続時間が長い。
意識を向けた方向への索敵しかできないという欠点はあるが、先を急ぐ身なので大した問題にはならなかった。
むしろ持続性があることで移動しながらも使えるという事実に助けられたほどだ。
魔物と思われる群れを迂回するのに役立ったからな。
戦っても勝てないような相手ではなかったとは思う。
大きさや格好などから判断するにゴブリンあたりだろうし。
数はそこそこいたものの俺たち全員で対処すれば犠牲なく殲滅できただろう。
ただし、相応の時間を要し体力や魔力も消耗していたはずだ。
怪我を負わなかったという保証もない。
そういう無駄を避けて行動した結果が現時点における8合目到達なのだ。
「無理をしているというのを忘れるな」
これ以上無理を重ねれば致命的なミスをしかねない。
「すまない」
焦りを口にした仲間は素直に詫びた。
他の皆も同じように落ち着きを取り戻したようで安堵する。
スタンピードの実情がどうなっているかを確認できなければ本当の意味で安心できないがな。
「今のうちに休憩後のことを決めておこう」
「残りを一気に登り切るだけじゃないか」
何を決めるのかとばかりに、そう言ったのはグーガーである。
「いや、俺たちはリーファンに依存しすぎだ」
「うっ」
「それだと登り切った後に何かあっても対応しきれない恐れがある」
「そう言われると確かにそうだな」
「私なら大丈夫だから」
何故か涙目になっている妹は青い顔をしていて、その発言に説得力はない。
「里長にもらった秘薬のお陰で魔力もじきに回復するわ」
「「「「「ふぁっ!?」」」」」
その場に居合わせた妹以外の全員が素っ頓狂な声を出していた。
もちろん俺もである。
「秘薬って、あれだろ」
「ああ……」
「子供の頃にイタズラをしたら罰として薄めたのを飲まされた……」
「そう、それだよ……」
「恐ろしい……」
何人かが怯えた顔つきで確認し合っている。
先ほどまで勇んで山頂に急ごうと主張していたとは思えぬほど言葉尻が弱々しくなっていた。
話を聞くだけだった他の者たちも一様に顔色を失っている有様だ。
無理もない。
昔から里の子供たちは何か悪さをするたびに「薄めた秘薬を飲ませるよ」と叱られて育ってきたのだ。
薄めてさえ耐えがたい苦みと不味さが口腔内を占拠してしまうアレの味を知らぬ者など里にはいない。
もちろん原液の味も身をもって知っている。
たった一口で3日は味覚を完全に失わせてしまう代物だが、その一口を成人の儀式で飲まねばならないからな。
飲んで悶絶するくらいは当たり前。
飲む前から失神する者さえ出てくる始末だ。
大人になったことを証明するための試練とはいえ、あれは厳しすぎる。
皆の反応も頷けるというものであろう。
リーファンがその秘薬を飲み干し涙目になっている程度で済んでいること自体が奇跡的なのだ。
それでも秘薬を原液で飲む理由はただひとつ。
魔力の回復に即効性があるから。
薄めたものだと8合目に到着したばかりのリーファンの消耗具合から考慮すると朝食から昼食の間くらいの時間を要したはず。
そのため急ぐ場合は原液で飲み干さねばならない。
里が危機に陥っているのでなければ妹の正気を疑ったところだ。
「リーファン、秘薬はあとどれだけ残っている」
俺の問いかけに妹は戸惑った表情を見せた。
「里長からは竹筒入りのを5本もらって2本使ったから残りは3本だけど……」
「「「「「────────────────────っ!?」」」」」
周囲で聞いていた皆は驚愕し全身を強張らせていた。
それはそうだろう。
1本目を飲み干したことで味覚が破壊されているからなどという生易しい話ではないのだ。
成人の儀で二口目さえ飲める者がなかなか出てこず飲み干すだけで勇者と称賛される。
2本を飲み干したリーファンは勇者の中の勇者と言っても過言ではない。
「ならば、お前はもう飲むな」
残りを寄越せと手を差し出す。
「でもっ」
「如何に秘薬でも3本目ともなれば効果は望めないぞ」
「うっ……」
俺の指摘にリーファンは渋々とではあるが秘薬の入った竹筒を渡してきた。
「そういう訳だから山頂までの道中は俺が大地の咆哮を使う」
有無を言わせぬように妹へ鋭い視線を送りながら俺は宣言した。
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