25 未来を掴むために
里長の話は里の皆にも聞かせることになった。
「「「「「スタンピード!」」」」」
その衝撃は直後に見せた大人たちの絶望の表情を見れば容易く察することができるというものだ。
ただ、若い者ほど深刻さを理解していないからか動揺が薄いように感じる。
特に幼子たちなどはスタンピードとは何かと周りの大人たちに問いかけているくらいだ。
それに答える余裕のある大人はいなかったが。
子供たちはそれでも諦めず年若い者たちに聞いていた。
聞かれた者もバカ正直に話せば子供たちがパニックを起こしかねないと考えたようで躊躇していた。
「俺は手練れの者を連れて山の向こうを見てこようと思う」
「危険だっ、リーアン!」
グーガーが身を乗り出して叫んだ。
幼なじみのコイツは昔からデカい形をしていながら人一倍、心配性だった。
里の中では成人して間もない若手であるのに危機感は誰よりも強く感じているようだ。
「承知しているさ、そんなことはな」
苦り切った表情を出さぬよう歯を食いしばり言葉を続ける。
「見ておかねば何処まで逃げなければならんか予測も立てられんのだ」
「くっ!」
短く呻いたグーガーは歯噛みし押し黙ってしまった。
できれば子供たちのことも考えてほしかったのだが、かえって好都合だったのかもしれない。
大人たちを質問攻めにしていた子供たちもただ事ではないと悟ったようだからな。
それでいて泣き叫んだりということもなかったのは僥倖である。
里を捨てねばならないという絶望的な選択を迫られた中では子供といえど蚊帳の外に置くことはできない。
たとえ状況を理解できなくとも。
子々孫々まで伝えるという役目を負ってもらうことになるからだ。
先祖たちが過去の危機を語り継いでくれたから俺たちは対応することができる。
もしも数百年の間に伝承が途切れていたらと思うと背筋が凍り付きそうだ。
誰もスタンピードに気付くことなく里は壊滅することになっていたかもしれないのだから。
そうはさせないし子孫たちがその道をたどることも許さない。
子供たちにも大切な役割がある。
「偵察に来てくれる者は後で集まってくれ。ただ、無理はするなよ」
命がけだからな。
「俺は行くぜ」
当然だと言わんばかりのドヤ顔でグーガーが真っ先に立候補した。
「私もっ!」
続いたのは我が妹リーファン。
そして早々に定員オーバーにせざるを得なかったほど志願する者たちが相次いだ。
戦える者が里からいなくなってしまえば誰が皆を守るというのか。
「残る者は移住の準備を進めてほしい。偵察に出る者はすぐにでも出立できるように頼む」
「任せて!」
「そうとも!」
「大丈夫、やれるさ」
「御先祖様たちの教えが俺たちに偵察をする時間をくれたんだからな」
「そうだよ」
苦境にあると理解した上で口々に気合いの入った返事を聞かされた。
皆の方がよほど頼もしいがリーダーを任されている以上は情けない姿を見せられない。
絶望的だろうがなんだろうが、なんとしても偵察を成功させて皆を新天地へと導かねばならん。
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あれから俺たちは即座に行動に入り、今は里で北壁山と呼んでいる山に登っている。
「思った以上に険しい山だな」
そう言ったのは同行を志願したうちの1人だった。
狩りの時には槍を投げて大物を仕留める投げ槍名人として里では一目置かれている男だ。
「おいおい、音を上げるには早いぞ」
軽口で応じたのはグーガーである。
「まだ中腹に入ったばかりなんだからな」
「誰もギブアップするとまでは言ってない」
少しムッとした表情で男は応じたものの怒気は感じなかった。
不安を押し殺すために愚痴ったり軽口を叩いたりしているのだろう。
気持ちは分からなくもないがエスカレートする前に止めなければ。
妹もどうにかならないかと言わんばかりの視線を俺に向けていたし。
「そのくらいにしておけ」
「分かったよ」
「了解した」
グーガーも男も俺が軽く注意しただけで向きになる様子もなく引き下がった。
とはいえ疲労が蓄積し始めている状況では再び同じことになりかねない。
現に2人も言い合いになりかけたし。
仕方あるまい。
北壁山に慣れている者など誰もいないのだから。
普段の狩りだと獲物は追い込みでもしない限り北壁山にはなかなか近寄ろうとはしない。
もちろん俺たちは獲物を無闇に北壁山へと追い込んだりはしない。
里では御先祖様が逃げてきた山ということで縁起が悪いと避ける傾向にあるし。
特に中腹より上は今まで誰も足を踏み入れてこなかった。
「少し休憩しよう」
そう言って立ち止まる。
「いいのか?」
グーガーが聞いてくる。
できることなら休憩すべきではないと顔に書いていた。
「ああ、早めに休憩した方がいいと判断した」
「どういうことだ?」
「俺たちは山登りに慣れていないだろう」
「まあ、そうだな」
「だからペース配分が分からん。体力的な余裕がない状態はできれば避けたい」
「そうは言うけどなぁ」
「焦る気持ちは分からんではない」
「だったら──」
俺はグーガーの言葉を手で制した。
「疲れ切った状態で魔物に囲まれたくはないんだよ」
タイミングしだいでは、そうならないとは言い切れない。
山の向こう側がどうなっているかなんて俺たちには分からないからな。
「最悪の場合は走って逃げなきゃならん」
体力的な余裕がない状態であれば逃げ切れないことも考えられる。
それはグーガーにも想像がついたのだろう。
「そうだな」
静かにそう言った後は反論してくることはなかった。
焦りは感じていても考える余裕があるなら大丈夫。
声には出さず俺は何度も自分に言い聞かせていた。
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