24 里長の話
あれから全速で森の中を駆け抜け里に戻った。
辿り着いた時には肩で息をするような状態だったため呼吸を整えるために立ち止まる。
「もうダメだぁ~」
グーガーは俺以上に駆けずり回ったせいか、その場でひっくり返っていた。
「すまんな。最後まで振り回すような真似をしてしまって」
「いいってことよ」
上半身を起こす元気もないらしく力なく片腕だけ上げてヒラヒラと手を振るグーガー。
「できれば長の話を直に聞きたかったが、ちょっと無理そうだ」
起き上がる気力すら出てこないんじゃ無理もない。
遠方まで走り回ったあげくに少し休憩しただけで全力疾走させられたのでは無理からぬところか。
今更ながらに申し訳ない気持ちになった。
「後で構わないから話の内容を教えてくれよな」
グーガーはそう言うと挙げていた手をパタリと落とした。
「すまない。誰かグーガーを家まで運んでやってくれないか」
周囲にいた里の者たちに頼むとすぐに動いてくれた。
本来なら俺が運ぶべきなんだろうが里長に呼び出されているからな。
急ぎと言われているし、これ以上は待たせる訳にはいかない。
俺は妹のリーファンと共に里親の元へと急いだ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「すみません、遅くなりました」
里長のいる部屋に入った直後に俺は頭を下げていた。
「いやいや、呼びつけたのは私の方だからねえ」
床の上に敷かれた絨毯の上で胡座をかいている里長は穏やかな笑みを浮かべて応じてくれた。
「まあ、座りなさい」
「はい」
勧められるままに床へと腰を下ろすとリーファンもそれにならって俺の隣に座った。
「鹿やウサギが姿を消したと聞いたよ」
「はい、くまなく捜したつもりなのですが、力及ばず申し訳ありません」
そう言って俺が頭を下げると妹もそれに続く。
俺には現場を束ねる者としての責任がある一方でリーファンにそんなものはないのだが。
それでも何も責任がない者が頭を下げるのはおかしいとは言えなかった。
頑固者の妹のことだ。
そんなことを口にすれば言い争いになるのは目に見えている。
今は里長の話を聞くのが先だという思いが口をつぐませたのは言うまでもない。
「謝ることはないさ。誰も自然には逆らえないよ」
「それはそうですが……」
「鹿やウサギにも生存本能はあるということを忘れてはいけないよ」
「っ!?」
里長のその言葉を聞いた瞬間、俺は背筋の凍る思いがした。
今までどうしてそのことに気付かなかったのだろうと。
それほど危険なことが俺たちの里に迫ろうとしていることに思い至らなかったのは痛恨の極みだ。
「何処に逃げたのでしょうか?」
そう疑問の言葉を発した妹は里の危機にまだ気付いていない。
「南の方だ」
「どうして分かるのですか、兄さん」
「岩山のある北側から獲物が狩れなくなっていったからな」
この説明でリーファンも一応は納得したものの深刻な表情をしている俺にいぶかしげな視線を向けてきた。
妹の視線を振り切ったのは一刻も早くという思いがあったからだ。
嫌な予感がする。
「長よ、山の向こうを見てきます」
そう言って腰を浮かせ掛けたのだが……
「リーアンよ、待ちなさい」
里長には呼び止められてしまった。
俺など、まだまだヒヨッコだと思わせられる威厳がそこにはあった。
静かな声音でありながら有無を言わさぬ圧を感じ俺は腰を落とす。
この人にはかなわない。
普段はいかにも好々爺といった笑みを浮かべている皆のおばあちゃんといった雰囲気を振りまいているんだが。
ここ一番のギャップとも相まって里長の話は聞かねばならないと思わせられる迫力を感じていた。
「私らの御先祖様がここに移り住んだ話はお前も知っているね」
「はい、遠くから苦労して旅を続けこの森林地帯に辿り着いたと」
それは幼き頃に父から聞かされた話だ。
自分だけではない。
もちろんリーファンも聞いている。
それはグーガーや他の皆も例外ではない。
里の者はこの話を親から語り継ぐようにと育てられているからな。
よそ者ならいざ知らず、知らない方がおかしいのだ。
「どこから来たのかは知っているかい」
「遙か北にある樹海からでしたか……」
樹海の奥地としか聞いた覚えがなく、どういう環境だったのかも含め具体的な場所は知らない。
だが、里長の話から察するに今と似たような環境だったのかもしれない。
そして似通っているからこそ再び移り住むことになるような何か良くないことが起きているのではないだろうか。
「ここによく似た場所だったんだよ」
やはり、そうだったのかと内心で怨嗟の声を漏らしたくなった。
「ある時、里の近くから動物たちが姿を消してしまってね」
「そんな……」
リーファンが息をのんだ。
どうやら妹も里長の話が深刻なものだと気付いたようだ。
「そして狩りができなくなったんだよ」
「今の私たちと同じ状況なんですね」
「そうだね。この先が同じになるかは私らの選択しだいだろう」
リーファンは何も言えずにいる。
不安げな表情で俺の方をチラチラと見ていた。
「我らの父祖は全員が同じ選択をしたのですか?」
俺は里長に尋ねていた。
「何人かの戦士は時間を稼ぐために残ったそうだ」
「時間を稼ぐって……」
そう言ったリーファンの顔からは血の気が失せていた。
「何があったんですか?」
思い詰めた表情でリーファンは里長に問うた。
「スタンピード、魔の氾濫だよ」
「──────────っ!!」
妹は意を決して聞いたつもりだったのだろうが、想定を超えた返事の内容に声にならない悲鳴を上げていた。
まあ、俺も似たようなものだ。
里長の答えが予測できていた分だけ動揺は少なかったがな。
魔の氾濫とは言い得て妙だと思う。
このあたりではあまり見かけない魔物が視界を埋め尽くすほどにあふれかえるそうだからな。
実際に遭遇したなら如何なる手練れであろうと生き残れるものではないというし。
魔物の強弱は関係なく、ただただ数の暴力の前に圧倒されて最後は飲み込まれて終わるのだとか。
昔は絵空事だと思ったりもしたが今となればそうだとは言い切れない。
むしろ言い知れぬ不安と恐怖がない交ぜになって襲いかかってくる。
「時間稼ぎのために残った人たちは、どうなったのでしょうか?」
今度は俺が問うた。
結果は聞くまでもないことだというのは承知の上で。
あえて現実を受け止めることで今後に対する覚悟を決めるための儀式のようなものである。
「誰もこの里に辿り着くことはなかったそうだよ」
スタンピードが押し迫る中で残って最期まで時間稼ぎをすることを選んだのだ。
多勢に無勢ではどうにもならなかったとは思うのだが。
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