23 不吉な予兆
「リーアン!」
呼びかけてくる男の声に俺は振り返った。
少し離れた場所から森の中の木々を巧みに避けつつ駆けてくるシルエット。
逆光になっていることもあって顔は判別できない。
が、声で誰であるかわかっている。
たとえ声をハッキリと聞き取れない状況だったとしても特徴的なシルエットで確認できたとは思うが。
奴は細身ばかりの部族内では珍しくがっしり体型だからな。
「グーガー」
目の前まで駆け込んできたのは俺が信頼を置く仲間であった。
肩で息をしているとは思った以上に急いでいたようだ。
「何かあったか?」
ハアハアと息を整えようとしながらグーガーは俺を恨めしそうに見てくる。
「先に呼吸を落ち着けろ」
コクコクと頷いたので、俺はそれ以上語りかけずに待つことにした。
じきに呼吸を整え終わったので視線で先を促す。
「何もないから急いで戻ってきたんだ」
開口一番に愚痴を聞かされるとは思っていなかった。
「その様子だと森を抜けて平原のかなり先の方まで行ってきたようだな」
「まあな、こんなことは初めてだ」
嘆息しながらグーガーは不機嫌そうに返事をした。
「このところ不猟だとは思っていたが、どんどん状況が悪くなっていく一方だ」
「ああ、動物たちの餌が不足しているとは思えないんだがな」
そうならないように我々は普段から森を見回って管理しているのだ。
にもかかわらず、この有様である。
「どうなってるのか皆目見当もつかんよ」
グーガーの言葉は俺の気持ちを代弁するかのようであった。
「獲物が見つからない報告は他の皆からも聞いた」
「ここにいないってことは先に帰したのか」
「ああ、そうだ」
里長に報告する必要もあるし、何かしら解決の糸口になることが聞けるかもしれない。
「解決策は期待できそうにないな」
グーガーは悲観的な考えのようだ。
「どうしてそう思う?」
「いくら婆さんが生き字引でも見えない獲物を捕らえる方法なんてある訳ない」
グーガーの言葉に思わず哀れみを感じて言葉を失ってしまった。
「何だよ、その目は」
「見えない獲物を捕らえるとか荒唐無稽なことを言い出すからだ」
「じゃあ、他に何を知りたいって言うんだよ」
グーガーは不服そうに唇を尖らせて愚痴ってくる。
「この状況が変だと、お前も思っただろう」
「まあな」
「何かの前触れだとは考えなかったのか」
「えっ? いや、そこまでは……」
言われて初めて気付いたようなそぶりを見せているところからすると返事を聞くまでもあるまい。
「だけど考えすぎじゃないのか?」
それならそれで構わない。
「里の平和を保つためには用心に越したことはないだろう」
「おいおい、穏やかじゃないな」
グーガーは焦った表情をのぞかせたが、まだそうだと決まった訳じゃない。
「異変があるなら警戒はすべきだって話だよ」
「そうかもしれないけどさぁ」
グーガーは獲物が見つからないくらいのことでと軽く考えているようだ。
「悪いが嫌な予感がするんだ」
「マジか!? それを先に言えって」
今までの態度が嘘のようにグーガーが顔色を変えた。
「お前の嫌な予感は外れたことがないからな」
なんてことを言ってくる始末だ。
けれども失礼だとかそんな風には思わない。
俺自身、誰よりも外れてくれと願っているのだ。
生憎と子供の頃から嫌な予感だけは外れたためしがない。
どの程度のことかは事前に把握できないので拍子抜けするようなこともあったが。
ただ、今回だけはこれまでとは何かが違う気がしてならないのも事実。
でなければ皆でグーガーの帰りを待って帰っただろう。
「外れてくれる方がいいんだがな」
俺の言葉にグーガーは同感だと言いながら苦笑した。
「とにかく、さっさと帰って長に俺が見てきたことも報告すべきだな」
「………………」
俺はグーガーに返事をせず背後へと意識を集中させる。
「どうした、リーアン?」
俺の様子が変わったことに気付いたグーガーが腰を落とし気味にして警戒態勢に入る。
「いや、妹だろう」
「なんだ、リーファンかよ」
拍子抜けしたグーガーが脱力する。
「今、近づいてくるのは妹だが油断するなよ」
魔物への警戒を怠ると雑魚を相手に苦戦しかねないからな。
「へいへい」
やる気のない返事をした態度とは裏腹にグーガーの表情は引き締まっていた。
さすがは里一番の狩人、切り替えが早い。
やがてタンッタンッと軽快な音が明確に聞こえてきた。
木々を蹴って跳躍する妹独特の移動方法による足音である。
「来たな」
俺にも聞こえると言いたげにグーガーが声をかけてきた。
「いつも思うんだが、ずっと遠くにいる時から気付くよな」
「そうか?」
「リーアンはどんな聴力をしてるのかって、みんな言ってるぞ」
そうじゃない。グーガーも里の皆も俺が音だけで察知していると誤解している。
妹のあの移動法の時の足音は独特ではあるけれど。
あの移動法は跳躍の瞬間に精霊魔法を使っているからこそ成し得るものだ。
それに気付けば精霊の気配は特徴的だし、足音が聞こえるずっと前から接近を察知しやすかったりする。
ただ、あれはリーファンのオリジナルだから安易にばらす訳にもいかないんだけどな。
お陰で俺が凄い奴みたいな評価を受けてしまっているのが心苦しいところだ。
そんな益体もないことを考えている間に妹は間近に迫っていた。
タンッ!
最後の一蹴りの靴音がひときわ大きく聞こえたのは跳躍距離を稼ぐためみたいだな。
ふわりと風の精霊の助けを借りてブレーキを掛けつつリーファンは俺の目の前に着地した。
「兄さん」
俺に声をかけながらグーガーの方をチラリと一瞥する。
少し安堵した表情になったのは、グーガーを探しに行く手間が省けたからだろう。
「どうした?」
「里長が急いで戻るようにって」
「わかった」
俺は返事をしながらグーガーの方へと振り向いたが思いもよらぬことに奴は渋面を浮かべていた。
「どうした?」
「さっそくお前の嫌な予感が的中しそうだと思ってな」
「今はそんなことを気にしている場合じゃないだろう」
里長がリーファンを迎えに寄越してまで急いで戻れと言ったのであれば大事であるのは間違いない。
それも用件は最近の不猟に関することであると容易に想像がつく。
「帰るぞ、グーガー」
俺はグーガーの返事を待たずに踵を返して駆け出し始めた。
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