128 巻き込まないでほしいんですがね
「ユート様、この者は複数の毒を所持しています」
神官に変装していた男を縛り上げたケイトが報告してくる。
「暗器使いかと思ったら毒使いだったニャ」
「証拠品」
「解毒剤は?」
「持ってないですね」
「待て。何故そこまで詳しくわかるのだ」
辺境伯が聞いてきた。
匂いで毒に気付いたとしても解毒剤まで判別できるものではないと考えたのだろう。
俺たちはそうじゃないからなぁ。
「毒を調べる魔法がありますので」
実際は鑑定なので毒に限った話ではないのだが、面倒事には巻き込まれたくないので誤魔化しておく。
用心に越したことはない。
「では、あの子に使われていたのも毒なのか」
あの子とは寝かされていた幼女のことだろう。
名前で呼ばないのは気になるが、俺たちに紹介する前だからか。
「そうですね。あの男からだけではなく女の子からも薬品臭がしたので間違いないでしょう」
「医者は何をしておったのだ」
苛立たしげに不満を漏らす辺境伯だが、それは過大な要求ではないだろうか。
ほぼ無味無臭の毒では症状から推測するしかないからね。
少女が亡くなっていれば疑われることもあっただろう。
だが、彼女は昏睡するだけだったし症状は男にコントロールされていたようだからな。
「すべての医者が、あらゆる毒に精通しているとは思わない方がいいですよ」
「むう」
辺境伯が唸り眉間にシワを寄せた。
「医者は幅広い知識と技術を要求されますが、そいつは毒の専門家のようですし」
「医者も知らぬような毒を使ったと申すか」
「ええ、そうです」
「そんなことよりっ」
ショーンが割って入ってきた。
「あの子の解毒をしなければっ」
焦りながら訴えてくる言葉は至極もっともなんだが、ひとつ見落としている。
「毒に気付いた時点で魔法を使ったので大丈夫です」
俺の返答にショーンは目と口が開ききった状態で固まってしまった。
俺が魔法を使う素振りを見せなかったからなんだろう。
辺境伯は反応していなかったけどな。
俺と話をしていたくらいだから魔法を使ったことに気付いていたようだ。
「どのくらいで回復するか分かるかね」
未だに眠り続ける少女を見ながら辺境伯が聞いてきた。
彼女が目を覚まさないから心配になったか。
よく見れば苦悶していた表情がずいぶんと穏やかになっているんだけど。
「毒の作用はすべて打ち消しましたが、長く毒の影響にあったことで衰弱してますからね」
「そうか。そうだな」
辺境伯は安堵の息を漏らしつつも何処か残念そうにしている。
衰弱した状態から回復させられないと思ったからだろう。
しかしながら、それは早合点というもの。
「いえ、急激な回復は長らく臥せっていた子供の体では大きな負担になりますので数日かけて良くなるように調整してあります」
「おお、そうなのか。その配慮、痛み入る」
辺境伯が頭を下げてきた。
「気にしないでください。娘さんのためです」
そこで辺境伯がキョトンとした顔になった。
ショーンも同じように呆気にとられているのだが、どういうことなのだろうか。
「言ってなかったな、すまない。あの子は私の娘ではないのだ」
「はあ」
それにしては熱の入れ様が他人の子に対するものではなかったが。
「あの子は姪でな。療養のために我が領に来ておる」
その割に家族が側にいないのはどういうことだろうか。
首を突っ込むとロクなことにならない気がしたので何も言わないでおいたが。
「姪の母親は私の娘なのだがすでに病没しておってな」
そういう背景事情は何かしらの案件に巻き込まれそうで聞きたくないんですがね。
まあ、今の状況でそれを要求できる訳もないのだけど。
「父親はショーホー伯爵だ」
「残念ですが田舎者でして存じ上げません」
知りたくないを、にじませながら言ってみる。
「端的に言えば同じ国の貴族というだけでなく志を同じくする同志だ」
だから聞きたくないんだってば!
だが、俺の心の叫びを無視するように辺境伯は話を続ける。
「我々は国の腐敗を憂えている」
このオッサン、絶対にわざとだろう。
嫡子のショーンと違って俺が嫌がっている気配は感じ取っているはずだ。
それでも強引に話を進めるのは俺たちを巻き込む気が満々であるということ。
「あー、そう言う話は聞かされても困るんですけどね。お尋ね者にはなりたくないので」
だからハッキリと言った。
「残念だが、もう目をつけられている」
「は?」
「領都に入った時点で向こうからは敵と見なされるのだ」
「なっ!?」
ちょっとシャレになってないんですけど?
もっと国の世情をちゃんと調べてから降下してくるんだった。
事前に調べたのは魔物の分布だけだったのが悔やまれる。
まあ、今更だ。
こうなった以上は敵を完膚なきまでに排除するしかあるまい。
そのためには情報が必要だ。
「敵とは誰ですか」
「言っただろう。国だと」
もしかして王族から腐りきってるのか。
追従する貴族も多いことだろう。
「敵と味方の規模や戦力差はどれくらいですか」
「国の8割は向こう側の勢力だ」
2割がこちら側と。
圧倒的に不利じゃないか。
「戦力だけで考慮した場合はこちらの方が優位だ」
にわかに信じ難いことを言ってくれる。
それが俺の表情に出ていたのだろう。
「トップが腑抜けどもばかりなら下も精強な軍勢にはならんよ」
辺境伯が戦力比較の根拠を説明した。
「だからこそ、あの手この手を使ってくるのだ」
「姪御さんがそうですか」
「それだけではない。私の息子にも手を出してきた」
きっとクズ三男のことだな。
もし、そうだとすると何年も内紛状態ということにならないだろうか。
国中で戦争をしているような状況なら、さすがに俺たちも気付くし降下場所にこの国は選ばなかった。
小競り合いくらいなら、この領から離れた場所でやっているのをストラトスフィアで観測したけれど。
だとすると水面下でやり合っていたのかもしれない。
「その上で最近ではショーホー伯爵に兵を差し向けている」
「伯爵は応戦と自領の運営に忙殺されて疲弊させられているという訳ですか」
「その通りだ」
「独立した方がいいんじゃないですか」
「そうしたいのは山々だがデメリットしかないのだよ」
「どういうことです?」
「他国になってしまえば口出しすらできなくなってしまうだろう」
普通はそうだな。
他領へ口出しすることも難しいと思うが、まだやりようはある。
「現状でも高い税率がさらに上がれば難民や盗賊が激増しかねない」
同じ国だから税率に大きな差があるとマズいとなって抑えが効いているということなんだろう。
だが、この戦いに勝利できたとしても大きな負担が残されるのは確定していると言っても過言ではあるまい。
敵対した王侯貴族を排しても疲弊した国土が残る訳で。
自領が適切に運営されていても残りの8割がアウトなら、それを復興させる大仕事が待ち受けている。
口出しレベルじゃなくて実際に動かねばならないのは大変だ。
それでも他国になってしまえば手出しできなくなり制御不能となる。
難民盗賊が増えると辺境伯が言ったことの意味はとてつもなく大きい。
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