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126 勘弁してほしい

 どうしてこうなった?

 ついさっき同じ心境に陥ったばかりなんだが、またしてもである。


 あの後、辺境伯たちとグロリアの商会に行くことになったのだ。

 目的は隊商が襲われた際の証拠品の検分であるのは言うまでもあるまい。

 そんな訳で俺たちは現在、商会の倉庫にいる。

 向こうの面子は辺境伯とその嫡男だけでなく数名の護衛に初老の男と人数を増やしていたが、広い場所だから狭くは感じない。


「これです」


 従業員に持ってこさせた木箱のフタを辺境伯に見せるグロリア。


「こんなものが魔道具だと?」


 辺境伯の嫡子であるショーンが木箱のフタに胡散臭いものを見る目を向けた。

 父親であるクラウス・ランドールはそんなショーンを冷たい目で一瞥し──


「どうだ?」


 連れて来た初老の男に声をかけた。

 老人はフタを手に取り様々な角度で観察を始める。

 待つことしばし。


「間違いありません。これは魔道具です」


 調べるのに些か時間はかかったものの迷うことなく返答した。

 それを聞いてショーンが驚愕している。

 驚きの声を発しなかったのは自制したのだろう。

 その後は目をつむって眉間にシワを寄せネガティブな感情に支配されているように見受けられた。

 何を考えているかは不明ではあったが殺気はないので怒りの矛先が俺の方へと向けられることはなさそうである。


「どういう代物だ」


「なんとお答えすれば良いのやら」


 老人は困惑の表情を浮かべ返答に窮している。


「そんなに複雑なものなのか」


「いえ、シンプルすぎて使用目的がサッパリわからないのです」


「どうシンプルなのだ。わかるように説明せよ」


「それが周囲の魔力を集めて特定の波長に変換して発するだけなのです」


「ふむ。何の役に立つのかわからぬということか」


「はい」


「父上、目印にはなりますよ」


 それまで目を閉じていたショーンが不意に発言した。

 不機嫌そうにフタを凝視している。


「なるほど。その波長を覚えさせた魔物に襲わせたということか」


「そのためだけの魔道具としか考えられませんね」


「うむ。証拠として充分か」


 どうやら俺は疑われたままにならずに済みそうである。

 納得したなら早々に解放してほしいんですがね。


「すまない。疑って悪かった」


 ショーンが俺に頭を下げた。

 どうやら己に非があったことを素直に認められる人物のようだ。

 何処かのクズ三男とは大違いだな。


「いえ、初対面の相手なんですから疑われても仕方ありませんよ」


 謝る相手を無視する訳にもいかないので、それだけ言って謝罪を受け入れておく。


「もうひとつの証拠はあるか」


 息子の謝罪を見届けてから辺境伯がグロリアに尋ねた。

 グロリアは俺にどうするのかと目を向けてきた。


「魔物は解体済みですが」


「構わぬ。見せてくれ」


 そう言われては見せるしかあるまい。

 少し離れた場所で待機していたケイトにアイコンタクトを送って用意してもらう。

 その間レイが動こうとしていたがスィーによって羽交い締めにされ奥へと引きずられていった。

 声は魔法で遮断していたので騒ぎにならずに済んだ。


 用意されたブツが台の上に並べられる。

 全部ではなく一部だが、それなりの大きさがある部位もあるため護衛たちからどよめきが起きた。


「綺麗に解体されていますね」


 魔道具の鑑定をした老人が感心していたが。


「これはっ!」


 次の瞬間には血相を変えていた。


「どうした?」


 ショーンが怪訝な表情で問う。

 辺境伯も老人の驚きぶりが意外らしく目力が上がっている。


「私の見立てが間違っていなければ、これはかなり危険な魔物の皮です」


「勿体ぶるな。何の魔物だ」


「ボルトパイソンでございます」


 ショーンの問いに返された答えは正解だったが周囲の反応は打てど響かずであった。

 ベテラン冒険者パーティ風の導きのリーダーデビッドも知らなかったくらいだ。

 オッサン冒険者ロジャーは知っていたものの認知度が高いとは言えないのだから無理もない。


 少し間を置いてから護衛の騎士の1人がふと何かに気付いたような様子を見せて血相を変えた。

 何とか平静を保とうとしているよらしく黙って直立するのが精一杯といった様子だ。


「……聞いたことのない魔物だ。そんなに危険なのか」


 それに気付かぬショーンは知識もないようで特に声音も変わることなく聞いている。


「人里に現れれば村どころか街さえ壊滅しかねません」


 ウナギ魚人に対しての評価ならともかく、それはちょっと言い過ぎじゃないかな。


「なっ……」


 ショーンが絶句する。


「騎士団で対応するしかないような魔物か」


 辺境伯が老人に問うた。


「そうですね。ですが、その場合は相応の被害を覚悟するべきかと」


 老人は言葉を濁した返答をしていたが重く暗い空気を漂わせながらでは相応の被害というものが深刻なものであることに察しがつかない者は少ないだろう。


「そんなにか」


 さすがに辺境伯も血の気が引いている。


「中級以上の攻撃魔法を安定して使えるのであれば話は別ですが」


「むう」


 辺境伯が悩ましげにうなる。

 どうやらお抱えの戦力には中級以上とかいう攻撃魔法をホイホイ使える人材がいないらしい。

 面倒なことになってきた。

 俺たちに目をつけないでもらいたいが現状の流れからして回避は不能だろう。


「グロリア、よく無事だったな」


「たまたまですよ。凄腕の魔法使いに助けられまして」


 辺境伯もグロリアも少し砕けた雰囲気になっている。

 普段はこんな感じなのかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではない。


「ほう、そのような希有な人材がいるのか」


 やっぱり食いついてきますよね~。


「ユートであったな。その方がそうか」


 当然、俺に話を振ってくるし。


「仕留めたのは私の仲間ですが我々にとっては脅威ではありません」


 勧誘とかやめてくれよと思いながら返事をする。

 グロリアがいる以上は誤魔化すこともできないからしょうがない。

 リーファンだけに執着されても困るので苦肉の策と言うしかないような返答になった。

 そうなると大言がすぎるとか反発がありそうだが。


「まったくデタラメですよ。この件から後の道中はうちの護衛に出番が回ってきやしませんでしたからね」


 グロリアが捕捉したことで否定的な見方をされなかった。

 何度か雑魚魔物の群れを魔法で一掃したくらいで大袈裟だとは思ったが黙っておく。

 ここで変に誤魔化しても話がややこしくなるだけだ。


 おかげで辺境伯やショーンからの視線が一目置かれるような雰囲気に変わった。

 素材がボルトパイソンのものであることに気付いた護衛の騎士などはフリーズ状態だ。

 1級冒険者なら対処可能だろうに驚きすぎだって。


 その後、色々と話は聞かれたが不思議なことに勧誘はされなかった。

 どうやらグロリアが重要な取引相手と言ったことが利いていたみたいだ。

 商人は戦力として取り込まないと決めているのかもな。

 他の貴族相手じゃこうはいかないだろう。

 助かった。


読んでくれてありがとう。

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