125 連れてこられたんですがね
どうしてこうなった?
現在の心境を一言にするなら、これしかあるまい。
「大事な用がある」
ギルドでの登録後グロリアにそう言われてやって来たのは辺境伯の屋敷であった。
皆は別室で待機させられているが、俺だけグロリアの隣に座らされている。
箔づけなんて言う訳だ。
いくら豪商の紹介でも得体の知れない田舎者じゃ信用されないだろうし。
とはいえ、そんなのはグロリアの都合である。
「なんで俺まで来なきゃいけないんだよ」
「ボルトパイソンを仕留めたのはアンタんとこの嬢ちゃんじゃないか」
それを言われると強く出られない。
事情の説明なんかを人里離れたところでずっと暮らしていたリーファンにさせるのは不安があるからな。
一応はストラトスフィアで授業として講義やロールプレイとかはしてきたけど。
「それに魔道具の仕掛けがあるのを見抜いたのはアンタじゃないか」
「そっちの護衛のダリアだっけ? 彼女も見破っただろ」
3人組の冒険者パーティ風の導きの紅一点であるダークエルフも同じことができたと主張するもグロリアはひるまなかった。
「アンタが気付くまでは見抜けなかったよ。魔道具だって先に言われて現物を見せられてようやくだったじゃないか」
どうにも分が悪い。
「それにね、あんな細かな異常に気付くのは無理だって言ってた」
「経験の差が出ただけだよ」
正確には俺の経験ではなく融合した龍のものなので詳しく語る訳にはいかない。
「よく言うよ。アンタも若いじゃないか」
ダメだ。喋れば喋るほど墓穴を掘っている気がしてならない。
この場に同席するのは諦めるしかなさそうだ。
廊下の方から複数の気配と足音が近づいてくるようだしな。
穏便に脱出しようという目論見はもはや潰えた。
「どうやら来たようだぞ」
「は? アンタはそんなことまで分かるのかい」
グロリアが目と口を丸くさせて呆れている。
しまった。動揺したせいで余計なことをしたようだ。
ここから先は墓穴を掘る訳にはいかない。
平常心だ、平常心と内心で自分に言い聞かせていると部屋の扉が開いた。
「待たせたな」
白髪交じりだが精悍な顔つきの壮年男性とよく似た顔つきの青年が入室してくる。
このイケオジが辺境伯で青年はその嫡男だ。
こうして間近で見ると誰かに似ている気がしたので頭の中で検索をかけてみたら元の世界の映画で主役を張っていた海外の俳優だった。
まあ、何の関係もないのは明らかだ。
考え事をしている間にグロリアの婆さんが立って一礼したので俺もそれにならう。
「いえ、アポイントも取らずに急な訪問で申し訳ございません」
「その話し方をするということは良くないことを聞かされるようだな」
足早に向かいの席まで来ると2人は席に着く。
「座りたまえ」
促されたので婆さんと同時に席に着いた。
「そちらの彼は見ない顔だな。護衛ではないのか」
「こちらはユート・ギモリー。私の重要な取引相手であり命の恩人でもあります」
「ユート・ギモリーです」
グロリアは大袈裟な紹介をしてくれたものだが面倒事に巻き込まれたくない俺としては無難に名乗っておく。
「クラウス・ランドールだ。これは息子のショーン」
「辺境伯様だよ」
グロリアから捕捉が入ったので再び頭を下げる。
「それにしてもホーンド会長にそこまで言わせるか」
そこまでというのは命の恩人ってことじゃないよな。
重要と言われるほどの深い付き合いにはなっていないんですが?
まあ、ここでツッコミを入れるほど無粋でもアホでもないつもりだ。
グロリアの目論見を潰してしまうとクズ三男の一件を説明するのが面倒になるだろうし。
「それに命の恩人とは穏やかではない話になりそうだ」
「はい。御子息の行動にも関連しているかと」
「なに?」
グロリアの一言で辺境伯は声を荒げることはなかったものの目つきが鋭くなった。
隣に座るショーン氏は動揺を隠しきれていないようで目が泳いでいる。
それを指摘したところで誰も得をしないどころかやぶ蛇になりかねないので見て見ぬ振りをするしかあるまい。
「前々から理不尽な要求をされ脅されていました」
「すまないな」
「私だけではありませんよ。御子息が代理で統治していた街でそれなりの店を構える商人は軒並み被害を受けているかと」
「ああ。他の者からも同じようなことを多々行っていると報告を受けている」
無軌道な非道を繰り返したクズ三男の所業が辺境伯の知るところとなったのも訴える者がいたからこそ。
奴が調子に乗りすぎた結果、口封じしきれずに誰かが爆発した結果だと思われる。
きっとウナギ魚人と化した混沌の申し子に乗っ取られるまでもなく、いずれクズ三男は破綻していただろう。
「うちは断り続けていたら旅の途中で強力な魔物をけしかけられましてね」
「そこまでしていたのか……」
辺境伯は諦観の混じった表情をのぞかせた。
「証拠はあるのか」
それまで黙っていた辺境伯家の長男ショーンが口を開いた。
割り込んでくるとは、よほど気になったようだ。
「ええ。ここには持ってきていませんがね」
「何故だ?」
「隠滅されてはたまりませんから」
グロリアはクズ三男が死んだことを知らないからな。
それに奴の息がかかった輩が忖度して勝手に動くこともあり得るし。
「あれはもうこの世のものではない」
「父上っ」
事実を暴露した辺境伯に対し嫡子ショーンが非難めいた声を上げた。
だが、語った言葉はすでにグロリアの耳に届いており無かったことにはならない。
それはショーンもすぐに理解したようで表情を渋くさせながらも口をつぐんだ。
「お亡くなりになったと!?」
グロリアは驚きに目を見張りながらも聞き間違いでないか気になるようで事実確認した。
「そう思ってくれていい。彼奴の貴族籍はすでに廃した」
そこまでしたのか。
いや、奴のしたことが外に漏れた場合のことを考えれば当然のことかもしれない。
「そうですか」
グロリアは何かを察したようで深くは聞こうとしなかった。
ただ、改易され幽閉されていると思っている可能性はありそうだ。
「私が訴えるまでもなかったようですね」
「そんなことはない。被害を被ったのだろう。その保証はする」
「そう仰っていただけるのでしたら」
さすがは商人。損失の補填があるなら受け取ることを躊躇わないな。
「それで証拠というのはどういう物なのだ?」
「積み荷を入れる箱に細工をして使役したと思われる魔物を引き寄せるようにされましてね」
「なに!? そんなことが可能なのか」
これまで動揺を見せなかった辺境伯が驚きをあらわにする。
「ここにいるユートによれば単純な術式だかを刻み込むことで作用させる魔道具だとかで」
「なんとっ」
それまでグロリアの方しか見ていなかった辺境伯が俺の方を凝視するように目を向けてきた。
そういう風に話を振るのは勘弁してくれよ、とグロリアにクレームをつけられないのが苦々しい。
ただ、ショーンの方が疑わしげに見てきている。
向こうにしてみればグロリアの紹介があったとは言え何処の馬の骨ともしれない相手だから仕方あるまい。
反対に辺境伯はグロリアの言葉を鵜呑みにしているかのような態度だ。
グロリアとの信頼関係がそうさせているというところか。
俺としては早々に解放してもらいたいので何も語りませんよ。
話を振られた場合は仕方ないけれども。
面倒くさいけど相手が力のある貴族じゃしょうがない。
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