122 帰れない被害者たちは土下座する?
女性陣と奴隷を魔法の眠りから目覚めさせて意思確認をしてみたのだが。
「帰りたくありません」
「私も」
「アタイも」
「同じく」
女性陣は脊髄反射のような即答ぶりでこの場に残ることを決めていた。
「帰っても後ろ指をさされるだけ」
「そうね、どうして帰ってきたのかって言われると思う」
「傷物は帰ってくるなってね」
どうやら帰る場所がないようだ。
「そんなのまだマシよ」
「うちの村じゃ石を投げられるわね、きっと」
「そうそう、袋叩きにされてもおかしくないんだから」
更に酷い仕打ちをされることもあるとは想定外。
よくよく話を聞くとクズ三男坊が無体な真似をして彼女らを連れ去ったことが根拠のようだ。
端から問答無用で何人も切り捨てたり家を焼き払ったりなど、近隣の住民を巻き込む仕打ちをしたという。
それも帰る場所を無くさせるだけのために。
彼女らが逃げ帰れば再び同じ目にあうと脅されれば誰も受け入れはしないだろう。
「とにかく皆に恨まれているから無理よ」
自分がいなければ村は貴族の息子に目を付けられることもなかったということか。
彼女らも被害者なのに加害者扱いされるとは同情を禁じ得ない。
「じゃあ、ここで生きていくことに異存はないね?」
そう問うと口々に肯定の返事をする一同。
「君らは、もはや奴隷ではないから自由なんだが」
元奴隷たちは呆気にとられた表情となった。
「不当な方法での契約魔法だったから無条件で強制解除できたよ」
クズ三男坊が裏でやっていたことは何から何まで理不尽だったのだ。
無実の罪で濡れ衣を着せて捕らえたり。
無理やり負わせた借金を法外な利息で絶対に返せないようにしたり。
それもこれも形式だけ整えて奴隷契約させるために。
これで奴隷落ちさせてしまえる契約魔法など術式に欠陥があると言わざるを得ない。
欠陥術式だからこそ強制解除しても奴隷はペナルティーを負わなかったのだけど。
「奴隷紋が消えている」
「本当だ……」
「夢じゃないよな」
あちこちで同じような会話がされ高と思うと、むせび泣く者が続出。
酷いトラウマを植え付けられた者たちばかりだけど枷のひとつが外されただけでも心の重荷は大きく減るようだ。
こびりついたヘドロのように残るものもあるとは思う。
それらがフラッシュバックを起こし心を抉るように責めさいなむこともあるだろう。
簡単に洗い流せるものではなく時間が必要なこともわかる。
故に少し複雑な術式の魔法を使った。
まず、フラッシュバックから来る精神的負荷を少減らすべく記憶に霞がかかるような処理を行う。
その上でメンタルをケアする癒やしの魔法をかけた。
とはいえ、そんなに効果の強い魔法ではない。
魔力は周辺環境や本人の余剰分を利用するようにして持続性に特化させた術式にしたからね。
フラッシュバックを起こさないレベルまで癒えることが術式の終了条件だ。
もしかすると生涯にわたって術式は残ることになるかもしれない。
それは悲しいことだと思う。
けれども俺にできるのはこの程度。
心の傷を癒やすのは、それほどまでに難しい。
如何に龍の知識があろうと体が龍の素材でできていようと万能ではないのだ。
俺にできることがまだあるとすれば、それは願うことだけ。
いつかは被害者たちがトラウマを乗り越えられると信じたい。
そんなこんなで元奴隷たちが泣き止むまで待ったのだけど。
「自分たちも行く当てなんてねえですだ」
「帰っても居場所なんてありません」
やはり女性陣と同じような境遇なんだな。
クズ三男坊の醜悪なやり口には今更だが憤りを感じてしまう。
「なら、ここで生きていくための準備を進めないとな」
とりあえず気持ちを切り替える。
振り返ったままでは前に歩んでいくことはできないのだから。
「あの……」
窓の近くにいた女性陣の1人がおずおずと声を掛けてきた。
「ん? 何かな」
「ここは一体、何処なんでしょうか?」
外の様子を見れば、そういう疑問を抱くのも当然だよな。
「簡単に言うと君たちの想像も及ばないような遠い遠い場所だ」
俺の説明で何人かが窓へ駆け寄り外の様子を確かめる。
そのせいで廃墟だ何だとちょっとした騒ぎになった。
仕方あるまい。
見覚えのない場所に連れてこられた上に実は廃墟でしたじゃあね。
そんな訳で、一旦外に出て説明することにした。
「大きな山だなぁ」
元奴隷の1人が北壁山を見て感嘆の声を漏らした。
「何処まで続いているのかしら」
「地の果てまでとかだったりして」
壁と称されたほどの山脈だから、そういう感想を抱くのも無理はないのかもね。
まあ、こちら側からだと南に位置する訳だから北壁山と呼称するのは変だとは思うけど。
「本当に見知らぬ土地なんだ」
寂しそうに呟く者がいた。
帰れないと分かっていても簡単に割り切れるものでもないんだと思う。
ただ、ここで帰るかと問い直しても答えは変わらないだろう。
だからこその呟きなのだ。
「その方がいいわよ。顔見知りが来ないとわかるだけでも」
「そうね、そうよね」
1人が返事をしたのを皮切りに被害者たちが口々に同意の言葉を口にした。
顔見知りなんて回りくどい言い方をしているが、主にクズ三男坊のことを指しているに違いない。
「言い忘れていたけど、何処かの鬼畜な貴族の三男坊は既に死んでいるぞ」
「「「「「えっ!?」」」」」
被害者たちが俺の方へ一斉に振り向く。
「本当は内緒の話なんだけどな」
そう前置きして俺は今回の顛末を語った。
話を聞き終わった後の被害者たちは皆一様に呆然としている。
荒唐無稽すぎて信じられないのかもしれない。
人が化け物になるとか、どう信じろというのかってね。
そんな風に考えていたのだけど……
「どういうことぉ?」
被害者たちが次々と土下座し始めたのだ。
「自分たちには返せるものがありません」
「こうするしか感謝の気持ちを伝える手立てがないのです」
「普通にありがとうと言うだけで充分だと思う」
いくら何でも土下座はやり過ぎだ。
「言葉ひとつでは、まったく全然足りません!」
1人がそう言うと他の被害者たちが土下座したまま繰り返し首肯する。
「気持ちはわかったから」
そう言っても微動だにしない。
ウナギ魚人と戦った時より骨が折れそうな気がしてきましたよ?
読んでくれてありがとう。




