107 予定は変更するためにある?
「だとすると厄介だな」
リグロフがアゴに手を当てて考え込みながら呟いた。
「そうだな。囚われている女たち全員で見張っているようなものなんだから」
グーガーが同意する。
「衛兵がここにだけいないと思ったら、こういうことだったとは」
リーアンも苦々しく言葉を漏らしていた。
「忍び込む前で良かった」
そして、安堵しながら嘆息する。
「まったくだ」
それに同意したのはグーガーだ。
「姿を現せば確実に発見されていた」
無駄はないが日本じゃ倫理的にも技術的にも不可能と言える監視方法だ。
異世界ならではだな。
「リーアンの嫌な予感はまたしても当たった」
ボソッと呟くリグロフに、エルフたちはしみじみした様子を見せていた。
「どうでもいい」
リーアン自身は、その輪から外れていたが。
「問題はユートがやろうとしていたことが難しくなるということだ」
そう言われてグーガーたちも表情を渋くさせた。
「別に難しくはならないぞ」
「「「「えっ!?」」」」
リーアンたちが一斉に俺の方を見た。
「嫌がらせと言ったって囚われている人たちを逃がすだけだからな」
地下牢から生存者が1人もいなくなれば、さぞかし慌てることだろう。
「おいおい、無茶を言うなよ」
グーガーがツッコミを入れてくる。
「何処が無茶なんだ?」
「だってそうだろう」
俺が平然と問い返す様が信じられないと言いたげに反論してくる。
「向こうに行けば見つかるのは確実なんだぞ」
「いや、見つからんけど?」
「どうやって!?」
「監視の視線を避ければいいんだよ」
「だから、どうやって!?」
焦れったそうに聞いてくるグーガー。
「よく見ろ。全員が監視している訳じゃないぞ」
言いながら見回してみるが、エルフ組にはことごとく頭を振られてしまった。
「えー」
予想外の反応に思わず不満の声が漏れてしまう。
ケイトたちの方を見ると──
「わかりますよ」
「当然ね」
「も、もちろんニャ」
約1名は怪しいが、ケイトとスィーは大丈夫そうだ。
「レイ、アンタ本当はわかってないでしょう」
ケイトの追及を受けてレイはビクッと反応した。
そのまま視線をそらしてスカスカのわざとらしい口笛を吹いてしまうあたり疑惑を肯定しているようなものだ。
「まったく……」
ケイトがしょうがないと言わんばかりに大きく溜め息を漏らした。
「誰が監視役として視覚を乗っ取られているかは見分けられるわよ」
「ニャ、ニャんだってえええぇぇぇぇぇっ!?」
レイが驚きの声を上げるのをジッと見つめるスィー。
「どうして驚く?」
「うっ、しまった!」
「ちょっと待ってくれ」
そこにグーガーが割って入ってきた。
「そんな簡単に見分けられるものなのか?」
「グーガーの言う通りだ」
リグロフも追随する。
「どの女も絶望したって顔をしているぞ」
「いや、違いはあるぞ」
リーアンがドローンから送られてくる映像と睨めっこしながら言った。
「そうね。兄さんの言う通りだわ」
リーファンも同意したことで、グーガーとリグロフは一気に少数派となってしまった。
まあ、そんなことに一喜一憂するのは時間の無駄なんだが。
「どう違うって言うんだ?」
「顔の向きだよ」
「は?」
「絶望している人間が前を見たりするか?」
「ふむ、普通は下を向くものだろうな」
リグロフはリーアンの指摘に気付いたようだ。
「あ……」
すぐに気付けなかったグーガーが短く声を漏らして赤面し、そして歯噛みする。
「不自然に前を向いている者たちを避ければ侵入も可能、か」
「それなんだけどな」
俺が言葉を発すると、皆の視線が集まった。
この嫌がらせ作戦の言い出しっぺだから当然と言えば当然なんだが。
「やっぱり地下牢に乗り込むのは無しだ」
「はあっ!? どういうことだっ」
グーガーが詰め寄ってくる。
「まさか見捨てる訳ではあるまいな!」
「そんな訳ないだろう」
否定すると、グーガーも少し落ち着きを取り戻した。
「やり方を変えるのさ」
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シャドウゲートの魔法で地下牢とは別の場所に移動する。
「ここは……?」
周囲を見渡しながら困惑の表情を浮かべているリーアン。
エルフ組も似たような有様だ。
「明るいぞ。夜が明けてしまったのか?」
グーガーがそう疑問を口にした。
「そんなはずはない」
リグロフが即座に否定した。
「眠ってしまった訳じゃあるまいし、そんなに時間は経っていないはずだ」
「星には時差があることを勉強したじゃない」
戸惑った様子を見せながらもリーファンが指摘する。
「ということは、かなりの距離がある場所に来たのだな」
どれだけ離れた場所に来たのかを考えているのかリーアンが思案顔で言った。
「周囲はすべて廃墟のようだが何処かまでは分からんな」
グーガーが先に結論を出してしまったが……
「問題はそこじゃない」
「じゃあ、何だよ?」
「ユートがどういう意図を持ってここに来たのかが重要だ」
そう言いながらリーアンは俺の方を見た。
「ここなら被害者たちを住まわせても誰にも文句は言われないだろ」
すべて廃家だから勝手に住んでも所有権を主張する者がいないからな。
「そんなことを考えていたのか」
呆れたように声を漏らすリーアン。
「確かに貴族の息子にとっては嫌がらせになるか」
そう言いながら小さく何度か頷いたのはリグロフだ。
「俺は上の階に上がって何かするのかと思っていた」
対してグーガーは予想外だと軽くではあるが驚いている。
「何かって何だよ?」
「屋敷を再建不能なくらい破壊するとか、どうだろうな」
「地下牢に囚われている人たちを生き埋めにするつもりかよ」
俺たちまで加害者になってどうするというのか。
「じゃあ、金目のものを回収して経済的に困らせる?」
「好き放題にやってる奴なら増税して民衆から搾り取るだけだ」
「そこまでするのか……」
「するんだよ」
下種野郎には欠片ほどでも良識を求めてはいけない。
読んでくれてありがとう。




