106 見張りはそこにいる
「レイ」
「なんニャ」
俺の呼びかけに応じはしたものの、レイの機嫌はすこぶる悪い。
まあ、スィーとケイトの挑発がそれだけ効果的だったという証拠でもあるか。
それだけに身勝手な行動を短絡的に実行させない効果は高そうだ。
逆ギレして考えなしに突入しかねない恐れはあるのでダメ押ししておくべきか。
「毎回毎回、自分の思い通りになると思うなよ」
「うぐっ」
反論してくる気配がないのは思った以上にスィーの言葉が辛辣だったからか。
となると、刺激しすぎて暴発させることのないようにしないとな。
「罠があるというなら少し揺さぶって様子を見てみるか」
「揺さぶる?」
リーアンが怪訝な表情で首をかしげた。
「現場に行かずに、そんなことができるのか?」
驚きをあらわにして聞いてきた。
「ドローンを介すれば不可能じゃない」
まあ、制御の難易度とか魔力の消費量が桁違いに跳ね上がるのだが。
その点は体が龍の素材からできている俺たちなら問題ない。
間違ってもMPが整数部まで消費することはないだろう。
「だが、ドローンが発見される恐れもあるぞ」
リーアンの言うことは至極もっともだ。
複雑な魔法を使えば魔力の高まりなどから感知されやすくなるのは言わずもがなである。
どうやら向こうは隠蔽の得意な相手のようだしな。
だとすれば見破るのも同様であると考えるのが自然というもの。
「人目につくような場所で魔法を使ったりはしないさ」
「どうするんだ?」
「いま見ているのは女性が囚われている地下牢のあたりだろ」
「見ているだけで義憤に駆られるよ」
リーアンが苦々しい表情で吐き捨てるように言ったが無理からぬことだ。
どの牢にも鎖につながれた若い女性がいるが、その姿はいずれも痛々しいものであった。
着ているものはボロボロであるのは言うに及ばず体中に酷いあざや火傷の跡がある。
成人間近の三男坊が生粋のサディストであるのは疑う余地もない。
こんな性癖をした奴がどうなろうと同情する者はいないだろう。
少なくとも装甲車の中にいる面子ではいないと断言できる。
憤っているのはリーアンだけではないのだ。
頭に血が上りやすいレイはもちろん、温厚なリーファンでさえ表情を険しくさせていた。
「だからこそ観察眼も曇るんだよな」
「何っ、どういうことだ?」
「木を隠すには森の中ってね」
リーアンの問いかけにはヒントを出して待つことしばし……
「あっ!」
短く声を上げて驚きの表情を見せたのはリーファンだ。
声に釣られて皆が一斉にそちらを見るとアタフタしていた。
「ごっ、ごめんなさい」
「別に謝る必要はないと思うよ」
「でも……」
「何か気付いたことがあるから声が出たんだろう?」
リーファンがこくりと頷くと、リーアンが身を乗り出してきた。
「何に気付いたんだ?」
前のめりになった姿勢のままリーアンが問う。
「罠かどうかは分からないけど、見張りはいると思う」
それは予想通りの答えであった。
「見張りだって!?」
グーガーは驚きの声を発していたが。
「そんな奴はさっきから見当たらないぞ」
「そうだな。死角をカバーしているドローンの映像の方でも映ってはいない」
リグロフがグーガーの意見に同調している。
「いや、映っているかもしれない」
否定したのはリーアンだった。
「「なんだって!?」」
見張りなど見えないと主張していた2人が驚きをあらわにする。
「かもしれないって、どういうことだ?」
グーガーがリーアンに詰め寄った。
「誰なのかまではな」
その口ぶりからするとリーアンも答えに辿り着いたのは間違いない。
「なっ……」
グーガーは驚きの声を発するも、すぐに「まさか」と言いたげな表情に変わっていく。
「あの女たちの中にスパイがいるのか!?」
驚愕に目を見開いた状態で聞いてくるグーガー。
「スパイというか、監視役だな」
「大した違いじゃないだろう」
「そうでもないさ。彼女らの意思で見張っているか否かの差は大きいぞ」
希望の欠片もない瞳を見れば何かをしようという気力などあるはずもないのは一目瞭然。
「意味が分からん。どちらにしても意思のない状態ではできることじゃないだろう」
「普通ならな」
「ますます意味が分からんぞ。普通じゃないって、どう普通じゃないんだ?」
「似たような状態のものなら昼間に見ただろう?」
「は?」
「そうか!」
グーガーは訳が分からないとサジを投げる寸前だったがリーアンは気付いたようだ。
「操り人形だ」
「なんだって!?」
「グーガー、ボルトパイソンは遠隔操作されていただろう」
「そうだが、アレの目で見たものは操っている連中には見えないんじゃなかったのか?」
「距離があるから魔力節約のために術式の一部をオミットしていただけだろう」
「じゃあ、あの女たちは操られていると?」
「おそらくな」
そう返事をしながらリーアンは俺の方を見た。
己の推測が正しいのか答え合わせするかのような視線を送ってくる。
「操るというのとは、ちょっと違うかな」
「え?」
「視覚情報だけに限定して魔力コストを削減しているはずだ」
言ってみれば監視カメラである。
「ああ、そういうことか」
「どういうことだよ?」
グーガーが首をかしげながら困惑の表情で聞いてくる。
監視カメラの概念がない世界だと想像するのも容易ではなさそうだ。
「こんな場所を見張るのに魔力をじゃんじゃん使うと思うか?」
質問で切り返すと、さすがにグーガーの表情がサッと変わった。
「それって物扱いしているってことじゃないか」
唸るような声で絞り出すようにグーガーは言った。
「今更だろう」
あれだけ酷い目にあわせている相手を人間扱いしていると考える方が不自然である。
それに対して思うところはあるけどな。
「ここまでクズだとはっ」
吐き出すように吠えるグーガー。
それこそ今更である。
だからこそ何とかしないとな。
もはや嫌がらせを仕返すとか言ってる場合じゃない。
読んでくれてありがとう。




