104 嫌がらせに行こう
「こんな魔法があるとは……」
リーアンが呆然とした面持ちで呟いた。
シャドウゲートのことを言っているのだろう。
影を門に見立てて別の影へ亜空間で接続し移動する魔法だ。
まあ、今は移動せずに向こうの様子をうかがっているだけなんだけど。
実はシャドウストレージの術式を応用していることにリーアンは気付けていない。
「ドローンは必要ないんじゃないか?」
リグロフが聞いてきた。
「魔力の消費は距離に比例するんだよ」
「移動しないならドローンの方が効率的ってことか」
「今回はドローンとリンクしているからゼロ距離と言ってもいい状態だ」
唖然とするエルフ組一同だったが、すぐに復帰してきた。
慣れとは偉大なものである。
「それは使わないと損だ」
「死角は多いがな」
「なるほど。慎重に行動しないといかんか」
「で、ここは何処なんだ?」
リグロフが考え込み始めたところでグーガーが口を挟んできた。
「屋敷の地下だ」
「地下ぁ?」
素っ頓狂な声を出すグーガー。
そんなに驚くほどのことはないと思うのだが。
俺のしようとしていることを予想できていなかった証拠だな。
「静かにしろ、グーガー」
呆れた様子でジト目を向けるリグロフ。
「そうだぞ、死角になっている場所に誰かいたら気付かれるじゃないか」
「うっ、スマン」
リーアンが追撃したことでタジタジになるグーガー。
「その心配はないさ」
俺が否定すると、驚いた様子でリーアンがこちらに向き直った。
「そうなのか?」
「ああ、筒抜けのように見えるが影と影の間には亜空間があるからな」
イメージとしてはシャドウストレージで作る亜空間の出入り口を双方の影に設定する感じだ。
本来であれば亜空間で隔てると音も光も伝わらない。
それを術式で調整して一方的に視界が通るようにしている。
「ワンクッションあるということか」
「そんな感じだな」
「本当に移動して大丈夫なんだろうな?」
懐疑的な目を向けてくるのはグーガーだ。
視界は通っているのに音が伝わらないことに漠然とした不安を感じたのかもしれない。
「なんだ、怖じ気づいたのか」
敏感に察知したリグロフがすかさずツッコミを入れている。
「違えよ。俺は安全に移動できるかをだな」
「それを怖じ気づいていると言うんだが」
「ぐっ」
否定するも切り替えされたグーガーは言葉に詰まった。
が、リグロフは歯噛みしながら睨んでくるグーガーを柳に風と受け流す。
両者の間には見えない火花が飛び散っている。
「2人とも、そのくらいにしておけ」
リーアンがそう言って間に入ると、2人の間にあった緊張感はスッと消え去った。
ケイトとレイの時もこれくらいで沈静化してくれると楽なんだけどね。
「で、ユートは何をするつもりなんだ?」
俺が行動に移るよりも先にリーアンが聞いてきた。
「嫌がらせだよ」
「は?」
俺の返答に絵に描いたようなポカーン顔をさらすリーアン。
「上級魔法で敵地に乗り込んでおいて、嫌がらせ?」
どうにか復帰してきたかと思うと確認するように聞いてきた。
「そうだよ。グロリアの婆さんだって手の込んだ嫌がらせをされていたじゃないか」
「いや、それはそうだが……」
リーアンは困惑の色を消しきれないようで言葉に詰まっている。
さあ、これから大仕事かと密かに意気込んでいたのに嫌がらせに向かうと聞いてイメージの落差を感じてしまったのだろう。
「自分がされて嫌なことを他人にするもんじゃないってのを思い知ってもらう」
「えー、意趣返しじゃないのニャー?」
レイが妙なことを言い出した。
「なんでユート様が復讐するのよ」
「だって、あの婆ちゃんは意地悪されてたニャ」
「グロリアさんは身内じゃないでしょうがっ」
ガーッと吠えるケイト。
「それどころか知り合って間もない知人レベルの相手でしょ」
「時間なんて関係ないニャよ」
「それにしたって親密な間柄ではないでしょう」
「友達の友達はみーんな友達ニャ」
フレンドリーなレイらしい言い様だ。
オマケに何処かで聞いたようなフレーズである。
友達の輪を世界に広げようって言うつもりだろうか。
「アンタねえ、グロリアさんとは口ゲンカしてたじゃない」
ケイトのツッコミはもっともだけど、レイは何処吹く風状態だ。
「袖すり合うも多生の縁ニャ」
何の脈絡もなくて意味不明である。
「それは見知らぬ他人に対して使うことわざでしょうが」
「婆ちゃんは、その見知らぬ他人だったニャ」
「アンタの言った、みんな友達は何処に行ったのよ」
「ことわざは他人だと思っていても前世からの因縁があるから大事にしろって意味ニャ」
「それとどう関係があるのよ」
「他人なのに縁があるなんて友達ってことニャ!」
レイはドヤ顔で断言するが飛躍しすぎである。
「そうとは限らないじゃない」
「婆ちゃんとは友好関係を結べているニャから悪縁じゃないニャよ」
「もしかして、それだけで友達だと?」
「もちろんニャー」
「こじつけね」
「違うニャ。真理ニャ」
「何処がよっ」
「友達という事実がすべての証明ニャ」
「その事実ってアンタが言ってるだけでしょうがっ」
「………………」
スィーが無言で間に入った。
が、頭に血が上ったケイトが歯をむき出しにして唸っている。
レイは不敵な笑みで挑発しているし。
どっちもやめる気はないな、これ。
つい先ほどのグーガーとリグロフの言い争いとは正反対。
これから敵地に乗り込もうって時に勘弁してくれよ。
読んでくれてありがとう。




