100 的確に使ってこそ効果がある
ダリアの胃の不調を治療する了承が本人から得られた。
「じゃあ、始めるよ」
ダリアは特に期待もしていないといった無表情で頷いた。
何か勝負を挑まれている気にさせられるんですがね。
こうなってくると意地でも治してやろうと意気込んでしまう。
とはいえMPをつぎ込んでゴリ押しなんて真似はしない。
そりゃあ体全体に強力な治癒魔法を掛けてしまえば完璧に治療できるだろう。
さすがに体質まで変える効果はないけどダリアに魔法の強度なんかを感知される恐れがある。
結果として対価を支払うと言っているダリアがとんでもない金額を設定しかねない訳で。
故にダメージを受けた内臓の治癒にとどめるべくピンポイントで魔法を使うのが正解だろう。
ただし、いきなり治癒する訳ではない。
手をかざして左右に振りながら上から下へと徐々に下ろしていく。
「何を?」
困惑の表情を浮かべるダリア。
「診察するための魔法を使っている」
イメージは医療機器をひとまとめにしたようなものだ。
レントゲンやMRIのような大がかりのものからエコーや胃カメラみたいに手元で操作するものまで凝縮させる。
魔法は具体的にイメージするほど効果が高いなんてラノベもあったが、それだけが正解という訳ではないだろう。
如何に強い願望を安定させるかも大事だと思うのだ。
後者を選択した場合は常識という枷を取っ払えるかが鍵となる。
それこそ小さな子が考える最強のロボットみたいな発想が求められる訳だ。
今回はロボットじゃなくて医療検査機器だけどな。
絶対に具合の悪い部位を発見できると信じて魔法を使う。
それでいて消費した魔力は初級魔法並みなのでダリアにも驚かれたりはしないだろう。
とにかく、かざした掌でダメージを受けた内臓を探っていく。
胃は通過したものの弱っているかなという程度の反応だった。
程なくして内臓のスキャンが終了。
「やはりな」
思わず声が漏れたのは胃よりも肝臓のあたりが弱っていると考えていたせいだ。
ダリアたちの話から魚の脂が合わないのだろうと予測したのである。
本人が言うように体質だな。
油分を分解するのは肝臓の仕事であり、過剰に摂取すると肝臓の負担が増して病気になることもある。
それと肉と魚で脂の許容量が違うのは何ら不思議なことではない。
根本的に違う別種のものだからね。
どちらかが受け付けない体質だということは充分にあり得る話なのだ。
個人差があるので何処からが取り過ぎになるとは言い切れないのだけど。
ダリアの場合、魚の脂を許容できる限界が少ないのは間違いあるまい。
「どういうこと?」
「本当に弱っているのは胃ではないから治癒の魔法に効果がなかったんだ」
俺が告げるとダリアの無表情が崩れ驚きに目を見開いた。
「具合の悪い場所が悪くないなんておかしくねえか」
そんな風に異を唱えてきたのはロジャーだった。
「そうか? 前の時は胃だけを治そうとしたんだろう?」
「ああ、そう聞いている」
「治ったか?」
「いいや。多少マシになった程度だったんだよな」
確認するようにロジャーが問いかけるとダリアが無言で頷いた。
「今回メインで治すのは肝臓だ。合わせて胃の治癒も行う」
そう言ってから治癒魔法の淡い光を指先から放ってダリアの腹部に浴びせていく。
ついでに体内に魚の脂が残っているなら分解するようにもした。
「あっ……」
ダリアは途中で気付いたようで驚きの声を発しながらも、その表情はリラックスしたものになっていた。
一瞬、何かを言いかけたロジャーもそれを見て口をつぐむことにしたようだ。
心配性なあたり、やはりオバちゃん的なものを持っているオッサンである。
程なくして治療は完了。
始める前と比べるとダリアの目つきが心持ち柔らかくなったように思える。
体調を崩しているせいでクール系な澄まし顔がより険しいものになっていたようだ。
「助かった。礼を言う」
そう言って軽く頭を下げるダリア。
「報酬だが──」
「それは貸しひとつってことにしてくれないか」
こういう律儀そうなタイプは報酬は不要と言っても頑として受け入れないだろうから妥協できそうな提案をしてみた。
「金さえ払えば治療が受けられるなんて思われると酷い目にあいそうだからな」
「あり得るなぁ」
ロジャーが苦笑しながら言った。
「図々しい連中は何処にでもいるもんだ」
神妙な面持ちで頷くデビッド。
「けどよぉ、それなら貸しなんてことにしたら無料だと勝手に勘違いする奴が出てくるんじゃないか?」
決して見当違いとは言えない懸念を口にするロジャー。
言いたいことは理解できるが自分に都合の良いように解釈したがる時点で勘違いとは言えまい。
「そういう常識をわきまえない輩には法外な金額をふっかけるさ」
「なるほど、金では支払いきれないから貸しにしたってことにするのか」
ふむふむとアゴに手を当てて呟くデビッド。
「それはそれで安くしろとか言ってきそうだがな」
「そこから先はシャットアウトするさ」
「そういう連中はしつこいぞぉ」
どうやらロジャーは酷い目にあったことがあるようだ。
「知ってるよ」
何度も煮え湯を飲まされた元上司という悪い見本を間近で見てきているのだ。
話の通じない相手が存在することは身に染みてわかっている。
例えば辺境伯の三男坊とやらは、その類いであろう。
「しつこいだけでなく質が悪いのもな」
そういう輩の対処で躊躇うつもりも容赦するつもりもない。
「兄ちゃんは若いのに苦労してるんだなぁ」
よほど険しい表情でも見せてしまったのかロジャーに同情されてしまいましたよ?
読んでくれてありがとう。




