第51話 裏顔
「無駄無駄無駄無駄ぁ!!!」
「うぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!!」
「いてまうぞゴラぁぁぁあああ!!!」
響き渡る怒号、荒れ狂う鉄拳。
俺たちは目の前の光景に呆然と立ち尽くすしかなかった。
「アイドルだからってなめんじゃねぇぞぉぉぉ!!!」
「バチボコにしてやるからなぁぁぁああ!!!」
「調子乗っとったら承知せんぞワレェェェ!!!」
甘い声とはかけ離れた、地を這うような怒鳴り声。
拳に装着されたメリケンサックが閃き、その一撃で魔物が吹き飛ぶ。
口からは鮮血が噴き出し、地面に叩きつけられた魔物は、虚ろな目をしながらエフェクトとなって散る。
その光景に耐えきれず、アリサが俺の袖を引っ張りながら震えた声で囁く。
「ね、ねぇ……? 本当にカオリ――夢咲香織よね?」
俺は乾いた喉を鳴らしながら、ようやく言葉を絞り出した。
「あ、ああ……間違いない……夢咲香織――本人だ」
だが、その姿は昨日までの彼女とはまるで違った。
可憐で愛らしいアイドルの面影は消え失せ、そこに立っていたのは、青筋を浮かべながら戦場を支配するバーサーカー。
メリケンサックを握り締めた拳は血に濡れ、瞳は血走っている。
そして、彼女は嗤った。
「次はどいつじゃぁぁぁあああ!!!」
俺たちは――何も言えなかった。
「ユウ君。ありがとう」
部屋に巣食う魔物をすべて蹴散らすと、夢咲香織――バーサーカーは、飾り気のない声音で短く礼を述べた。
「あ、ああ……だいぶ雰囲気が変わったけど……大丈夫か……?」
俺の戸惑いをよそに、彼女はふっと唇を尖らせ、上目遣いで甘えるように囁く。
「うん。でもね、このこと……誰にも言っちゃダメだよ? アリサちゃんも、おじ様も……そしたら――い~っぱい、ご褒美をあ・げ・る♡」
いたずらっぽくウィンクをひとつ。
「ど、どっちが本当の夢咲香織なんだ?」
思わず息を呑みながら問いかけると、彼女は小さく鼻を鳴らし、不敵に微笑む。
「どっちも私よ。いつもぶりっ子して愛嬌を振りまくのも私。こうして悪態をついてストレスを発散するのも私……」
次の瞬間、彼女の表情からすっと熱が引き、無機質な冷たい瞳が俺を射抜いた。
先ほどまでの愛らしさが嘘のように、そこに立っているのは別人のような冷淡な美貌だった。
どうやら通常モードとアイドルモード、バーサーカーモードの三種類があるらしい。
そんなバーサーカーのステータスはこれ。
【名 前】カオリン
【ジョブ】拳使い(0/14)
【状 態】良好
【L V】21(+18)
【H P】225/225
【M P】478/478
【筋 力】138 (90up)(+100)
【敏 捷】116 (72up)(+40)
【魔 力】245 (180up)
【器 用】138 (90up)
【防 御】138 (90up)
【魔 防】224 (162up)
【適 性】神聖魔法C
【重 量】138/138
【装 備】浄怒のメリケン
【アクティブスキル】
・《ヒール》・《キュア》・《エリアヒール》・《ハイヒール》
【パッシブスキル】
・《成金》
【名 称】浄怒のメリケン
【攻撃力】100
【敏 捷】40
【重 さ】130
【特 殊】装備して殴るとスっとする
「カオリ? もしかして、十層に行きたいのって……?」
「そうよ。ずっと追われるのって、正直疲れるでしょ? ユウ君とおじ様は私をアイドル扱いしないから楽なんだよね」
彼女の言葉を噛み締める。
つまり、心休まる場所が欲しい。ファンが絶対に近づけないような、誰にも邪魔されない場所が――
「じゃあ、アイドルをやめれば――」
「バカね」
カオリはくすっと笑い、肩をすくめる。
「もてはやされるのは嫌いじゃないの。ただ、あのキャラで事務所が売り出しちゃったんだから、もう後戻りできないでしょ?」
そう言う彼女の瞳はどこか楽しげで、それでいて少しだけ寂しそうだった。
「だから、一人になれる場所がほしかっただけ。でも、こうやってストレス発散もできるし、一石二鳥ってわけ」
……なんとなく、理解できてしまう俺がいた。
配信をしていると、自分の下手なプレイを見られるのは恥ずかしい。けど、それでも誰かに見てもらいたい――そんな感覚に似ているのかもしれない。
……まあ、俺の場合は下手なプレイを晒したら、ただ開き直るだけなんだけどな。
「なぁ……偽名ショップあたりで、よく目撃されてたのも……?」
俺の問いに、カオリはふっと目を細め、少しだけ口角を上げる。
「何? まさか私のこと張ってたの?」
くすっと笑ったあと、彼女は小さく息を吐いた。
「そうよ。名前を変えれば、少しはキャラを作らなくて済むかなって思ってたの」
やっぱりそうか……迷宮から出るたびに、パーティから抜けるのも納得だ。
常に誰かに見られているような息苦しさ――それが嫌だったのかもしれない。
これで、疑わしき点はほぼ晴れた。
まあ、すでに身バレしているカオリが、今さら妙なことをするとは考えにくい。仮に何かあったとしても、今の彼女なら「浄怒のメリケン」を渡したところで、脅威にはならないはずだ。
――昨日、キョウヤを交えて話し合った結論も、そうだった。
キョウヤとしても、カオリと対立するのは得策ではないと考えていたようだ。
あれだけの熱狂的なファンがいる以上、下手に敵に回せば厄介になるのは明白。
そう思うのも当然だろう。
アリサが周囲を索敵し、誰もいないと確認したら――カオリの独壇場だ。
彼女は暴れに暴れ、魔物を蹴散らしていく。
結局、そんな調子で五層まで突破した。
そして、中央広場の転移門へ戻ると――待ち構えていたのは、今日も変わらぬ熱狂的なファンたち。
「みんな~! 待っててくれてありがとう♡」
満面の笑みで手を振る彼女。
ついさっきまで、魔物相手に
「奥歯ガタガタ言わせてやんよ!!!」
と、怒鳴り散らしていたのと、同一人物とは到底思えない。
アイドルモード全開の夢咲香織は、ファンたちを引き連れながら、セントラルシティの闇へと消えていった――。




