第49話 魔物たちの住処1
翌朝――
アリサ、シルバと共に冒険者ギルド前でカオリを待っていると、場違いな連中が目についた。
最前線を目指すプレイヤーたちに紛れ、異質な集団がちらほらと姿を見せている。
彼らの目的は、戦いではない。
ただ、一人の存在を追い求めていた。
――夢咲香織。
どうやら、彼女の熱狂的なファンたちが、レイクタウンから危険を顧みず押し寄せてきたらしい。
セントラルシティにまで追いかけてくるほど、その熱意は本物のようだ。
「カオリって、本当に人気なのね」
アリサがしみじみと呟く。
「なんだよ。大学に行ってるアリサなら、そういう話題に詳しいんじゃないか?」
「……そんなことないわよ。大学には勉強しに行ってるんだから」
言われてみれば、アリサの通う大学は国内屈指の難関校だ。勝手なイメージだが、エンタメにうつつを抜かす学生は少ないのかもしれない。
一方、カオリのファンたちの中心には、当然のようにあっくんがいた。
彼は周囲から羨望と嫉妬の視線を一身に浴び、ご満悦の様子。
「迷宮なんて楽勝っすよ!」
「カオリンは俺が守ってるんで!」
――そんなことあるはずもないのに、彼は得意げに言い放ち、ファンたちの間で英雄のように祭り上げられていた。
ファンの中には、「自分こそが第二のあっくんになるんだ」と意気込む者が後を絶たなかった。中には、ろくな準備もせぬまま、無謀にも迷宮へ足を踏み入れようとする輩まで現れる。
浮かれた連中が、迷宮の難易度すら理解せぬまま、己の実力を見誤る――。
それは、死に直結する愚行だった。
見かねた熟練のプレイヤーたちが、彼らを宥めるように説得を試みる。
キョウヤもその一人だった。
彼の口調は刺々しく、言葉選びも決して優しくはない。だが、その厳しさの奥には、無謀な行動を未然に防ごうとする強い意志が垣間見えた。
そんなキョウヤが、ふと俺たちの視線に気づくと、足音すら立てずに、するりとこちらへと歩み寄ってくる。
「やっぱりお前は放っておけないんだな」
軽く肩をすくめながら俺が言うと、キョウヤは鼻を鳴らした。
「まさか。ただでさえ乏しい情報源を、これ以上減らすわけにはいかない。それに――俺が止めなかったら、お前らが止めていただろう?」
キョウヤの言う通りだ。彼がいなければ、アリサが説得しに行こうとするのを、俺は止めなかっただろう。
「……にしても、かなり順調そうじゃないか? もう四層まで進んでるんだってな」
どうして俺たちの動きを把握しているのか、皆目見当もつかない。俺たちは迷宮内では常に索敵を怠らず、戦闘中だけでなく移動の最中でさえも警戒を続けている。それでも気づかれずに動向を掴まれているのなら――キョウヤの情報網が尋常ではないということか。
そんなことをする理由はナインやクロトの存在。
彼らがいつ襲ってくるか分からない以上、俺たちは一瞬たりとも油断できないのだ。
「カオリ遅いわね……もう待ち合わせの時間だけど……まさか、一人で迷宮に入った――なんてことはないわよね……」
アリサが心配そうに呟き、フレンドチャットで連絡を試みる。だが、返信はない。
「ん? 夢咲香織を待っているのか? さきほど、偽名ショップ付近で彼女を見かけたという報告が入っていたが? それに同じパーティに入っているのであれば、位置は分かるだろ?」
「本来であればそうなんだが、迷宮から戻るとパーティを毎回パーティを抜けるというのも条件に入っているんだ……にしても、偽名ショップか。なぜそんな場所に……?」
キョウヤの言葉に、嫌な記憶が蘇る。
と、そのとき――
「ごめ~ん。街を散歩してたら遅れちゃった」
いつもの調子で、カオリが姿を現した。
あっけらかんとした笑顔。その瞬間、周囲のファンたちが歓声を上げる。
「カオリン! 会いたかった!」
「俺も今日から迷宮に潜るよ!」
「一緒にパーティ組んでよ!」
熱狂的な声に、彼女は屈託なく微笑みながらも、意外な一言を返す。
「うん。でも、他のプレイヤーたちのアドバイスもちゃんと聞くんだよぉ?」
ファンに釘を刺すような言葉に、俺は少し驚いた。彼女なりに、危険な迷宮の現実を理解しているのかもしれない。
俺たちはカオリをパーティに加え、早速、昨日の続き――四層の狩り部屋へと向かう。
狩りは順調だった。
カオリやあっくんのレベルも飛躍的に上がっていく。特にあっくんは、二次職とは思えないほどのスピードで成長していた。
マントボアを難なく撃破し、あとはいつものように湧いてくる敵を狩るだけ。
そこへ、今朝ファンたちに焚きつけられたあっくんが、勢いよく踏み込んできた。
「おい! あっくん! 危ないから下がれ!」
俺が静止しても、彼はまるで聞く耳を持たず、俺たちの脇をすり抜けていく。
どんどん部屋の中央へ――
実は、俺たちも今まで部屋の奥には踏み込んでいない。
というのも、マントボアは湧いた瞬間に俺たちへ向かってくるため、入り口で待ち構えていれば、それだけで十分だったのだ。
リスクを冒してまで、部屋の中へ入る必要はない。
だが――
『魂の監獄』の恐ろしさを知らないあっくんは、そんなことを気にする素振りもなく、迷いなく踏み込んでいった。
「大丈夫っすよ! 俺も強くなってま――」
その言葉が終わるよりも早く、それは起きた。
――バシュンッ!
突然、部屋の入口が勢いよく閉ざされる。
同時に、周囲が不気味な赤い光に包まれ、耳をつんざく警告音が鳴り響く。
無意識にアリサの方を見ると、彼女は俺に身を寄せてきた。
「トラップだ! みんな警戒――」
俺が叫んだ、まさにその瞬間。
ふわっと、足元が浮く感覚。
――いや、違う。
床が――抜けた。
「うわあああっ!」
重力に引きずり込まれるように、俺たちは一気に階下へと落ちていく。
「きゃっーーー!」
ドンッ、と鈍い音とともに床へ叩きつけられる。衝撃で肺の中の空気が一瞬にして押し出されたが、それ以上に何かが、上に落ちてきた衝撃の方が大きかった。
「……ぐはっ!」
俺の上に覆いかぶさる何かをどけようと、両手を伸ばす。
すると、手のひらには吸い付くような、驚くほど柔らかく、癖になる感触が広がる。暗闇の中で微かな息遣いが聞こえ、俺の上に覆いかぶさる影が身じろぐ。
「ユ、ユウト……?」
震えるような声。アリサだ。
ということは、今俺が触れている、この弾力のある感触は……。
「~~っ!!?」
瞬間、アリサがビクンと震え、俺の体の上で動きを止める。
やばい。これは……完全に――
「……な、なに、揉んでるのよ……!」
声が震え、そして――
パシンッ!!
乾いた音と共に、頬が熱を帯びる。
「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ! 今のは完全に事故で――」
「ば、バカ……!」
暗闇の中、アリサの気恥ずかしそうな息遣いが聞こえる。
「ごめん……本当にそんなつもりじゃなかったんだ……」
心の底から詫びると、アリサも小さく息をつき、少しだけ落ち着いた声を返してくる。
「う、うん……今回に関しては私も重なって落ちちゃったし、ユウトが下敷きになってくれなかったら、怪我をしていたかもしれないから……これでおあいこ……いい?」
ほっと胸を撫で下ろしながら、俺は名残惜しくもアリサの重みから解放される。
だが、その安堵も長くは続かなかった。
闇に浮かぶ赤い輝き。
最初は小さな光点かと思った。しかし、それがいくつも集まり、ゆっくりと蠢く影となっていく。
――数百の赤い光が、俺たちを囲み、こちらを見つめている。
静寂が支配する暗闇の中、俺の背筋に冷たい汗が伝った。
「……アリサ! 《ライト》を!」
俺の声に、アリサは素早く反応する。
「《ライト》!」
瞬間、闇が弾けるように光が広がり、その正体を照らし出す。
巨大な獣の群れ。
漆黒の毛並みに覆われた、マントボア。
そして、血のように染まった体躯を持つ、ブラッディボア。
無数の獣たちが、鋭い牙を剥き、俺たちをじっと見つめていた――。




