第37話 雷光@1
「本当は、お前たち二人を最初に誘うつもりだった……部下たち以外で、もっとも信用できて、強い二人を……」
十層攻略翌日の昼下がり。俺とアリサは、いつものBarでシルバと向かい合っていた。彼は懺悔するように、ぽつりぽつりと言葉を吐き出していく。
「ただ、同時にあることが頭をよぎったんだ。お前たち二人の生き生きとした表情、そして充実ぶり……部下たちが二人の方向性に引き込まれるんじゃないかと思った。充実したゲームライフに満足し、いつしか攻略を疎かにするのではないかってな。それで声をかけるか葛藤しているときに、六層でナインとクロトを見かけたんだ」
シルバの拳がゆっくりと握られていく。悔しさと後悔が、その動きににじみ出ているようだった。
「二人は、見るからに熟練者だった。戦闘中の口数は少なく、明らかに目的のために共闘しているのが肌で感じ取れた。だから俺は声をかけた。男女二人っていうのが、ユウトとアリサに重なって見えたのかもしれない。それがすべての始まりだったんだ。二人をパーティに誘ったら、後日改めて話をしようということになった。今思えば、この間にジョブチェンジや偽名を取得していたんだろうな。ノエルが自己紹介したとき【火魔導士】と名乗り、専用魔法の《イグニション》を披露していたからな……」
声をかけたのがシルバからだったのか――彼が自責の念に駆られるのも無理はない。
「それは、仕方のないことかと思います」
こんな状況で虚勢を張っても意味がない。俺は自然体で言葉を紡いだつもりだったが、意識せずとも敬語になっていた。
「あの時点で声をかけられていても、俺はうなずかなかったと思います。それに共闘という形はとっても、パーティに参加はしなかったでしょう。あの頃の俺たちは、シルバさんのことは信用していましたが、他のメンバーについてはほとんど知らなかったので。もちろん、今となっては皆さんのことを信用していますけどね」
率直に伝えると、シルバは何度も頷きながら俺の言葉を噛みしめるような表情を見せた。
「本来、そうあるべきだったんだろうな。今になってそう思う。誰もが、このくだらないゲームを終わらせたい。それなのに、可能性を低くするようなPKなんて起きないだろうって、高を括っていたんだ……」
それは、彼らのパッシブスキルを見れば明らかだった。PVPをまったく意識せず、PVEのみに特化した構成――それが、彼らの信条を象徴している。
「これから、皆さんは……どうするのですか?」
アリサが恐る恐る問いかけたその声は、少しだけ震えていた。
シルバは一瞬黙り込み、覚悟を決めたように予想通りの答えを返してきた。
「ああ……パーティは解散する。すでにユッカは脱退し、キョウヤの下に戻った」
どんな事情があれど、仲間が仲間に刃を向けた事実――それは、誰にとっても取り返しのつかない傷となる。信頼を失った今、もう背中を預け合うことなど不可能だ。
「そう……ですか……全員、もう迷宮には潜らない……?」
アリサの声はかすかに沈んでいた。その問いに、シルバはしっかりと顔を上げて答える。
「俺は潜る。何としてでも帰りたい。【神聖魔導士】も確実に死んだわけじゃない。それに……俺には金を稼ぐ必要ができたからな。」
「金を稼がなくてはならない理由? 九層でだいぶ稼いだのでは?」
俺が問い返すと、シルバは苦笑しながら頷いた。
「確かに九層でかなり稼いだ。ただ、それだけじゃ足りないんだ。もう迷宮に潜らない者たちに、せめて安息の場所を用意してやりたい……それにサルタのこともある。あいつはレッドプレイヤーになってしまった。レッドになることで様々なデメリットが生じる。それを少しでも補ってやれる環境を整えたいんだ」
その言葉に、俺は心の中で納得する。そうか、プライベートエリアでマイホームを買うつもりなのか。
「もう一つ、聞いてもいいですか? 【魔法剣士の証】か【騎士の証】を入手しましたか?」
「いや、俺はもらっていない。ただ、ほかのアイテムを二つ手に入れた。【初心者の書】と【審判の書】というものだ」
シルバは少し間を置いて続ける。
「二人だから話すが、【初心者の書】は【求道者の書】の劣化版だ。一度しか使えず、まだ覚えていない適性を上げるアイテムだ。【審判の書】は、三次職へのクラスチェンジアイテムだな」
【初心者の書】に【審判の書】――どちらも希少なアイテムに違いない。だが、それがどうした? 俺が【魔法剣士の証】を持っていていい理由にはならない。
「そうですか……実は昨日の戦闘終了後、俺のストレージに【魔法剣士の証】が入っていました。恐らく、MVPの報酬としてです。ナインが撤退する直前、ストレージを確認していたように見えました。恐らくあいつは【騎士の証】を手に入れているかと。この【魔法剣士の証】、返します」
俺がアイテムストレージから【魔法剣士の証】を取り出そうとすると、シルバが手を伸ばして制止した。
「いや、GMは『クリアした者か、貢献、活躍した者』と言っていた。だからMVPのユウトのストレージに入ったのだと思う。それに、俺には必要ない。むしろユウトに使ってほしいから、そのまま持っていてくれ」
シルバの言葉は真っ直ぐだった。だが――本当に無料でもらってしまっていいのだろうか? 誘ってもらわなければ得られなかったものだ。
俺はちらりとアリサを見る。彼女はじっと俺を見つめ、しっかりと頷いてみせた。その姿に後押しされるように、俺は決断する。
「では……買い取らせてもらいます」
そう言うなり、俺はシルバに有無を言わせず1,000,000Gを送金した。
「っ――!?」
入金された金額に驚き、シルバが一瞬俺の顔を見る。その視線には驚愕と感謝、それと何か込み上げるものが混ざっていた。そして、仮初のアバターの頬を一筋の涙が伝う。
「すまない……いや、ありがとう」
シルバが深々と頭を下げる。その仕草には、言葉だけでは伝えきれない思いが込められているようだった。
「早く行ってあげてください」
アリサの言葉にシルバは立ち上がり、もう一度丁寧に一礼すると、店を後にした。
――三日後
中央広場に足を踏み入れると、すぐにシルバの姿を見つけた。彼は広場の片隅で立っており、その顔には何か決意した表情が浮かんでいた。
「ユウト、話が――」
シルバが声をかけようとした瞬間、俺はあえて強引にその言葉を遮った。
「シルバさん……いや、シルバ。どこかにいいタンクがいないか知っているか? 身元がしっかりしていて、迷宮をクリアしたいと強く望んでいるプレイヤーだ。そして――俺たち【雷光】と過去に組んだ経験がある人を探しているんだが?」
唐突な言葉に、シルバは一瞬驚いたように目を丸くした。彼の喉がひくりと動き、乾いた唾を飲み込む音が微かに聞こえる。
「あ、ああ……一人心当たりはいるが……ただ、そのプレイヤーを仲間にすると、他のプレイヤーたちに狙われる可能性が高くなる。それでも本当に……」
シルバの戸惑い混じりの声には、慎重な思いが込められていた。しかし、その言葉の先を遮るように、隣に立つアリサがふわりと微笑む。
「どんな困難があろうと、それを乗り越えられるからこそ、私たちはそのプレイヤーを必要としてます」
彼女の穏やかな声が、シルバの胸に残るわずかな迷いを一掃していく。
シルバはしばし目を閉じ、深く息を吸い込む。そして、ゆっくりと吐き出すと、目を開き俺たちをまっすぐに見据えた。
「俺を【雷光】に加えてくれ」
その言葉は、力強く迷いの欠片も感じられないものだった。
「もちろん。一緒にクリアを目指しましょう!」
即答すると同時に俺は手を差し出す。シルバは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべ、その手をしっかりと握り返した。
さらに、俺たちの手の上にアリサのきめ細かい白い手がそっと重ねられる。
その瞬間、中央広場に柔らかな風が吹き抜けた。心地よい風が髪を揺らし、俺たちを包み込む。それはまるで、新たな旅路への祝福そのもののようだった。
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第一章、これにて終わりです。
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