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第29話 サイジョーサヤカという乙女

 ――結局、姉さんを問い詰めたところで、変化など無かった。


 彼女はあくまで脚本家であり、この番組を総括しているわけではない。

 本当に現状を変えたいならば、プロデューサーに直訴すべきだった。

 けれど、自身の想いを率直に伝えることに意味はあった。

 彩香さんが何者であれ、僕はできることをするだけ。そう思えたことに意味がある。


 姉さんの一件を終えてからは、『星宝祭』の準備に追われた。

 僕らが演じる『エセカイ転生系』の練習に加え、クラスの展示物に関する準備もあった。


 テーマはまさかのゲームセンター喫茶。どちらかにしろよと言いたくなる組み合わせ。なんでもテーブルでレトロなシューティングゲームができるという。まさかの原点回帰だ。このクラスのなかに重度のゲーマーが紛れているのだろう。彩香さんと話が合いそうだ。


 ちなみに目玉はクレーンゲーム。なんと筐体のガワは手作りだというから驚きだ。

 番組側の提案に見えるが、生徒から出た意見らしい。その執念を別のものにぶつけろよ。

 そんな作業が難航しないわけはなく、部活生徒も動員された。人手不足が深刻になったらしい。共書はこの決定に最後まで異議を唱えていた。本当に演劇のことしか頭にない。


 というわけで、演劇の練習を終えた後にクラスの準備に合流することになった。

 その他の準備にも手間取り、僕らは連日、閉校時間まで作業を続けた。


 この状況下ではラブコメ的な展開をこなしている暇などない。先にノルマを達成しておいて良かったな、と今になって実感する。帰宅するとお互いに疲れ切っているのもあり、交流は簡単な会話だけになっていた。完全に結婚二十年目のムーブ。熟年離婚まで秒読みだな。

 そんなこんなで、過ごしているうちにも時計の針は進んでいって。

 あっという間に文化祭当日を迎えた。


 最後の一行に目を通して、台本を閉じる。

 うんと背伸びをして、カーテンを開く。まだ日は出ていないみたいだ。天気予報によれば今日は日中快晴だそう。文化祭日和になりそうでなによりだ。

 冷蔵庫から常飲しているエナジードリンクを取り出す。

 コップいっぱい氷を入れて、キンキンに冷えた状態でいただく。たまらなく美味しい。


「アラ、トモヤ君。起きていたのね」


 寝起きからスッキリとした表情の彩香さん。トレードマークであるツインテールはほどいていて、サラサラとしたストレート。これもまた可愛らしい。

 缶の中に残ったエナジードリンクを取って飲む。


「なんだか早く目が覚めてしまって」

「遠足の前みたいな気分ってわけね。久々の舞台だから緊張してるの?」

「まあ、少しだけ」

「トモヤ君は不安を抱えやすいようだけど、気にせず胸を張ったほうがいいわよ」

「……はあ、そういうものですかな」

「ええ、ワタシがいうのだから、間違いないわよ」


 そう言って笑みを浮かべる彩香さん。

 すごい自信だ。つい一週間までは苦戦気味だった人の台詞とは思えない。だが、一週間で一気に急成長を果たし、部内で一番の演技力を手にしたので、底力はあるらしい。


「なんにせよ、今日が本番なのだから。楽しむべきよ。トモヤ君」


 彩香さんは手にしていた空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。それもノールックで。


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