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 さくらとジンは、一足先に馬で戻ることになった。自警団にノーヴァの件を引き継がねばならず、責任者が到着するまではリンナが治療院に待機するらしい。

 ジンが王宮から来るときに乗ってきた馬を裏庭へ迎えに行っている間、リンナはさくらに靴を用意してくれた。柔らかな布で仕立てられた、薄桃色のシューズだった。


「近場で購入したものなのであまり質はよくありませんが」


 と前置きしてベッドのそばの床に揃えていた。他の色がなかったのかもしれないが、さくらには少し可愛すぎる色合いのような気もする。でもそれがなんだかくすぐったく、うれしくもあった。


 そしてジンが戻る間際に、リンナは厳しく言った。


「あなたは内親王殿下とお会いする必要がある、と私は思っています。あなたの祈りがどのようなものであっても、ごじぶんのなさったことから目を背けてはなりません」

「はい」


 神妙にうなずくと、立つように促された。

 いよいよさくらの罪と向き合わなければならないときが来たのだ。




 王宮へはあっという間に着いた。本当は午後のほとんどを使っての移動だったが、さくらには短く感じられていた。

 日が落ちると寒さも厳しくなり、緊張と不安も合わさって手がひどく震える。指先は血の気もなく、死んだように冷たい。


 ジンは近衛騎士団の出迎えを受けたあと、何かの書簡を手渡されていた。歩きながらそれを読み、宮廷人たちの出迎えには薄い反応を返してさくらを騎士団メンバーで取り囲んだまま奥へ奥へと向かう。


「これでやっと自由に動ける」


 書簡をふところにしまって、ジンがにやりとした。

 宮廷は内親王殿下の快復に沸いていて、さくらの帰還自体は実に密やかにおこなわれた。近衛騎士団団長と宮廷料理長、侍女の形式的な監禁命令も解け、残す問題はプリンシア・サクラが宮廷に戻ってきてしまったことだと誰もが考えるだろう。


 久方ぶりに見る、絢爛華麗で清潔で、物も人も磨きあげられた宮廷の雰囲気にさくらはめまいを覚えていた。ここへ戻ってきたくはなかった、と明確な気持ちがあったが、周りがそれを読み取れるわけもない。


 さくらが近衛騎士を引き連れて廊下を歩く姿を目撃されるたびに、使用人たちはざわつき、口元を手で隠していた。


「……ああ、戻ってこられたようだよ」

「また以前のようなお暮らしをなさるつもりなんだろうか」

「そうだろうね。王はあの方に甘いから」


 いたたまれなかった。





 後宮の入り口に着くと、ジンは女の兵士に取り次ぎをするよう要請した。

 しばらく待てば王自ら現れ、さくらの無事を喜び、労い、ジンには悪友相手にするような笑みを向けた。


「苦労かけたな、ジン。娘は目覚めたよ」


 心の底から安堵したようにジンも微笑みを返し、深々と一礼した。


「それで、商人の件はどうなった」

「只今、自警団に引き継ぎをしているところなので、詳細は向こうから書面であがってくると思われます。とはいえ私の口から直接、急ぎお伝えしたいことがいくつかあるのですが」

「わかった。では、ミミリアにはあとで挨拶してやってくれ」

「お加減はもうよろしいので?」


 王は呆れたように乾いた笑い声をあげ、こう言った。


「よろしいもなにも、こちらの心配をよそに『夜寝て朝起きただけですよ』という顔で朝食をせがむのだから笑うしかないな」

「さようですか」


 ジンも面白そうに笑みを深め「快癒おめでとうございます」と改めてお辞儀をする。それからさくらを前に立たせ、ミミリアと面会できるか訊ねた。

 男子禁制の後宮である、たとえ近衛騎士団の団長でもおいそれとは入れないので、先にさくらだけでも見舞いができないかと訊いてくれたのだ。一分一秒でも早くさくらの用事を済ませ、近衛騎士団の待機室にでも匿いたかったのかもしれない。そうすればよほどのことがないかぎり安全だ。


「かまわんよ、あれも喜ぶだろう。帰って早々に見舞ってくれたことに礼を言わねば。あなた自身も疲労なさっているだろうに、ありがとうプリンシア・サクラ」


 王はすべての苦悩から解き放たれたかのように朗らかな笑顔で、さくらを中へ通してくれた。


 さくらはまた、いたたまれない気持ちになった。






 王とジンはノーヴァの件、というよりさくらの体験したことを話すために執務室へと去っていった。残されたさくらは女兵士に案内されてミミリアの居室へ足を踏み入れる。

 寝室の手前では、以前さくらに泣いて感謝したミミリアの乳母が控えており、さくらに気が付くや飛び付くようにして両手を握ってきた。彼女はいつかのようにやはり泣いていて、真っ赤な顔にくしゃくしゃな笑みを浮かべていた。


「ああ、プリンシア! プリンシア! あなたのお祈りが神に届いたのでしょうか。あなたが孤児院へと移されたとお聞きして、わたくしはもう、もう……なんと痛ましいことかと……!」


 さくらの苦労をいたわり、何度も何度もありがとうと繰り返した。


「内親王殿下は寝込んでいたのが嘘のようにお元気になられましたよ。ああ、本当になんて良き日でしょう。むしろ前よりも活発になられて、朝食を召し上がるなり王宮の外に出たいと我が儘をおっしゃるんですから陛下も苦笑いでしたわ」


 結局、久々に目覚めた娘可愛さに外出の許可を出してしまったという話を聞いたあと、さくらはミミリアに面会するために最後の扉をノックした。


「まあ、プリンシアがいらしたのですか!?」


 溌剌とした声が聞こえ、乳母がくすくす笑いながら扉を開ける。

 ピンクのネグリジェに身を包んだ華奢な少女が、ベッドからぴょんと飛び降りたところだった。ちょうど乳母は扉の影に立っていたので見ていなかったが、さくらにはばっちり見えてしまった。

 彼女は病人だった様子などまったくない血色のよい顔に茶目っ気のある照れ笑いを浮かべる。


「いらっしゃい、いっしゃいませ、プリンシア! どうぞこちらへ、お座りください。こんな寝巻きで申し訳ありません、でも着替えようとするとみんなが止めに来るから……」


 当たり前です、とすかさず乳母が突っ込みを入れた。

 ミミリアが目覚めたのは今朝方だというから、確かに当然である。しかし彼女の言いぶんとしては、長いこと寝ていたのだからもう睡眠は必要ないということらしい。それはそれで納得できるようなできないような。

 とはいえ本人も、周囲がどれだけ心配し、絶望に浸っていたかは理解しており、おとなしくベッドの上にはいたようだが……。


 乳母をはじめ、護衛の兵士にも人払いを頼むとさっそくベッドに座り込んで布団もかけずにきらきらした眼差しでさくらを見つめてくる。

 どうやらこの少女は思ったよりも活動的で、興奮すると周りが見えなくなるタイプのようだった。おまけに、おとなしく寝ていた様子はない。


「まさか、寝室でプリンシアにお会いするとは思いませんでした。たまには寝込んでみるものですね、そうしたらこんなふうに二人きりになって気兼ねなくお話ができます」


 冗談じゃない、とさくらは眉を寄せた。ここに誰か一人でも同席者がいたなら誰であっても同じように思っただろう。

 彼女は、聖都ミュゼガルズが生んだ人類最高峰の宝だ。

 たまにだろうがなんだろうが、寝込まれては困るのだ。

 一度その原因を作ったさくらにとっては心臓を握り潰されるかというふうな痛みの伴う話である。


 ミミリアは顔色の悪くなったさくらを気遣い、ベッド脇の卓上に乳母がセッティングしていったお茶菓子をすすめてくれた。しかしとても物を口にできる心境ではなく、ジャムの乗ったクッキーを手慰みに転がす。


「王宮で私が食べているお茶菓子が、どこの街のものよりも高価であることをしっかり自覚してはいたのですが……」

「あ……えと、お、おいしいのは、わかっ、」

「よいのです、わかっておりますから」

「は、い?」


 さくらが一向に食べようとしないのを見ると、理解を示したかのようにミミリアもクッキーを手でもてあそぶ。そして一口食べ、舌と上顎ですりつぶすようにして味わった。

 それから何を言ったかというと、


「やはりニホンのお菓子のほうが完成度は高いですね」


 などと、研究者のような顔つきでクッキーを神妙に眺めている。

 もしやこちらにも『日本』という名の街があるんだろうかと想像を巡らせた。アリかナシかでいえば、ありえない話ではない。何しろ歴代のプリンシアたちは日本生まれの日本育ちである。特に初代は伝説的な存在なので、彼女の故郷の名にあやかって街を作っていても不思議ではない。


 ミミリアはクッキーをひとつ食べ終わると、神妙な様子を保ったままさくらをじっと見つめた。細く白い彼女の首筋を、黄金の髪がさらりと撫で、胸元に落ちていく。


「ニホンは美味しい食べ物に満ちていました。完全にならされた黒い道には、人が安全に歩くための場所と、どんな名馬よりも速く走るクルマのための場所がありました。ごみごみとして、騒々しく、すれ違う誰もが早足で過ぎ去っていきます。たまに轟音を立てて空を横切っていく影があり、あれは何かと訊ねても答える者は一人もおりませんでした」


 さくらは返事ができなかった。

 ミミリアが、にこ、と笑う。幼さの抜けた、穏やかな笑みだ。


「プリンシア。あなたのお生まれになったニホンは、そういうところで合っていますか」

「合って、います」


 半ば無意識に答えると、彼女は難問がようやく解けたといった風情で目を瞑った。


「どうやら私は眠っている間、向こうで暮らしていたようです」


 それから彼女はぽつりぽつりと、ニホンでどう過ごしたのかを語った。

 ずっとずっと、プリンシアの生まれ故郷に憧れていたと彼女は言う。何もかもが豊かで、王公貴人でなくとも美味な食事ができて可愛い服が着られて、どこへとなり好きなように旅ができる。


 現実はそう甘くはないのだが、ミュゼガルズにやってきたプリンシアたちは社会のしくみをきちんと説明できないようなふんわりした人だったのだろうから、たぶん、ミュゼガルズの人たちは日本を誤解しているのだと思う。

 かくいうさくらも、なんとなく物に溢れて移動も買い物も住む場所も困らないといった簡潔な話しかしてこなかった。それでみんなが、「おおすごい」と持て囃すから、得意になって良いところばかり話したせいもある。


 今になって思うが、もしやプリンシアに選ばれる条件の一つなのではないのだろうか。甘ったれというのか、幼いというのか、深窓の令嬢のような箱入り娘たちが呼ばれていたのなら、みんながみんな物の流れや物の作られた過程、いろんな物事のしくみを知らなくても仕方がない。そしてそれを説明できないからこそ、異世界へオーパーツ的なものを持ち込まずに済んでいる、とか。


 考えすぎか、と思って思考を止めるが、一種の試練ではないかとも思えてきて、ミミリアが日本の科学技術がいかにすごいかと語るのを上の空で聞いていた。


 神がいるとして、プリンシアとなるべき女性を意図的に選んでいるとしたら。

 神は、さくらたちに試練を与えたのかもしれない。親の庇護から離し、じぶんがどれだけ無知で、そしてそれに対してどれだけ無関心であったか、知らしめるための期間。


 さくらだけはどうも悪い方向に成長してしまったようだが、他のプリンシアたちは祈りによってミュゼガルズの民を救っただけでなく、自らも何かしら得たものがあっただろう。きっと日本に帰った彼女たちは、じぶんの足でしっかりと地を踏みしめて生きていったのだと思う。


「たくさんの人々が行き交う中で、あの『おまわりさん』という方がいなかったら私はのたれ死んでいました。後に私を迎えに来てくれたのは見知らぬご夫婦でしたが、どうやらあちらでの私は学舎の教師をしている家に生まれたようです。ハーフ、というのですか? 海の向こうの人の血が入っていると、ニホンでは目立つのですね。何度も知らない方についてくるよう言われましたけれど、それに気付いたご夫婦はいつも私に『知らない人についていくな』と注意なさっていました」


 ミミリアは困ったように笑い、変な格好のおじさまがたくさんいらっしゃるのですね、と言う。それ、絶対変質者だ、と思ったが、怯えさせるつもりはないので黙っていた。彼女のあちらでの家族が守っていたおかげで事なきを得たのだろうが、それにしても今のミミリアの容姿が向こうでも採用されていることは興味深かった。

 世界はいくつもあるが、もしかしたらどの世界にもじぶんとまったく同じ顔の人間がいるのかもしれない。


「不思議なものですね、ニホンにも私が存在しているなんて」


 ミミリアも感慨深そうにつぶやく。


「けれども、向こうの私は今の私ではないのです。記憶という解釈でよいのかわかりませんが、私が持っているのはミュゼガルズで生きてきた十数年の記憶だけです。ニホンで生きた思い出は何もありません」

「あ……もしかして、記憶喪失……ですか」


 彼女はうなずき、病院送りになりましたと苦笑いした。


「いくら憧れのニホンに来られたとはいえ、ご夫婦に悲しい顔をさせてまで留まるつもりはございませんでした。もちろん、こちらでの私の役割も忘れるわけにはいきませんでしたから、早く戻らねばと……ですが、戻り方が、わからなくて」


 それは仕方がない、彼女の意思で向こうへ飛んだわけではないのだから。

 しかし、さくらの祈りが作用して彼女が日本に行くことになったという確証もない。さくらが願ったのはあくまでも彼女の不幸であり、異世界への道を開くことではなかった。


 さくらは、申し訳なさそうにしているミミリアに、声をかけた。


「あ、あの」

「はい?」


 きょとんとする、無邪気で美しい姫君。この人を、じぶんの汚い願いのせいで損なうところだった。

 許されずとも、一生謝罪し続けなくてはならないことを、さくらは覚悟して床に降りる。足がすくみ、膝を折るのに苦労したが、なんとか正座をした。感覚がまったくない青白い指先を揃え、絨毯にこすりつけるようにして頭をさげた。

 慌てるミミリアに、さくらは平伏して、言う。


「お許しいただけなくとも仕方のないことと、存じております。内親王殿下」

「ああの、あの、どうなさって?」

「殿下が深い眠りに就かれたのは、わたしのせいなのです」


 ミミリアはさくらの横にひざまずき、顔をあげさせようとしたがさくらは譲らない。顔をあげるのはとても恐ろしいことだったし、謝罪している間は平身低頭しなければならないと思ってもいた。


「わたしは殿下の不幸を望みました。世界を恨みました。ろくでもないわたしの、虚栄心を満たすためだけにです」

「わ、私の死を望んだということでしょうか?」


 信じがたいというように訊ねられ、さすがに首を振る。


「いいえ、いいえ、殿下のパレードが止まればいいと願ったのです。わたしが、晩餐会に出たくないばっかりに!」

「ええ? どういうことです?」


 これにはミミリアも困惑し、何を言い出すんだかといった様子だった。本当にちっぽけな理由で、くだらない祈りを捧げたものだと思う。

 でもあのときは本気で、世界が滅ぶように願っていた。それは変えようのない事実だ。


「わたしは、晩餐会に出るのがどうしても嫌だったのです」

「なぜですか?」

「美しい殿下の隣で、どうしてわたしがのうのうと座っていられるでしょう。大勢の方が挨拶に来られて、ついでのようにわたしに話を振っていくのです。わ、わたしは、ああいう席はすごく、苦手で……きらびやかな人たちと話すのは、もっと苦手で、怖くて怖くて仕方がなかったのです。そのうえ、主役の隣になんて座ったら、わたしはどこへも逃げられない……そう思いました」

「まあ。そんな……っそんなことを、思っていらっしゃったなんて、私は、全然……」


 ミミリアはもう一度、さくらの肩を掴んで顔をあげさせようとした。


「私は無神経にもプリンシアのご負担になるようなことを申し上げていたのですね。本当に、本当に申し訳なく思います、どうかお顔をお上げになってください」

「い、いけません、いけません。何があろうと、わたしのしたことは殺人のようなものなのです。晩餐会のことは、なけなしのわたしの言い訳です。プリンシアの自覚がなく、甘ったれた考え方をしていた証拠なのです。わたしはあなたが、妬ましかった。ですが、どうかわたしに謝罪の機会をください」


 申し訳ございませんでした、と三回繰り返し、絶句するミミリアにさらに告げる。


「あのまま目覚めなければ殿下はお隠れになっていたかもしれません。わたしのくだらない願望のせいです。でも、そうならなくてよかった、本当によかった。そして目覚められた今、殿下からどのような罰を言い渡されてもわたしは受け入れます」

「やめてください!」


 耳元で、強く、けれどひそめられた声で言われて、弾かれたように頭をあげる。

 ミミリアは、泣きそうに目を潤ませてさくらの肩をしっかりと手のひらで包んだ。


「あなたの言い分はわかりました。あなたが私を疎んじていたことも、それに気付かず私が無配慮なふるまいをしたことも、理解しました」

「いいえ、殿下は何もっ」

「だめなのです!」


 彼女は強い口調で言う。泣くまいとしているのが、震える唇から伝わる。


「私は王の子なのです。ミュゼガルズを明日に導くべく生まれついた、宿命の子なのです。だから私には責任があります。プリンシアのことも、その中の一つです。王は、ミュゼガルズに召喚した【祈りの姫君】が祈りでワーム討伐を支援してくださる代わりに、不自由なく過ごせる環境を用意しなければなりません。神がお選びになった【祈りの姫君】を蔑ろにすれば、次の危機の世代、いくら儀式をしても【祈りの姫君】が来てくださらなくなるかもしれないからです」


 いかなる事情があろうとも、丁重にプリンシアをもてなさなくてはならないと彼女は説明書を読むように続ける。


「官吏の中には、どこまで媚びへつらえばいいのかと恥を知らぬ物言いをする者もおります。ですが、彼らはよく考えてみるべきなのです。おまえの娘が、まったくの別世界へたった一人で飛ばされ、寄る辺なく生きていかねばならない苦悩を。そしてその不安の中、見知らぬ世界を救ってくれと偉そうな格好の人々から散々言われるのです。心構えもなく連れてこられて、帰りたいと嘆かないほうがおかしい」


 さくらは口を挟まず、黙って聞いていた。


「私たちはよその世界から、神にお願いをしてプリンシアをお借りしているのです。ならば私たちは、ワーム討伐の成功祈願以外のことで、あなた方を煩わせるわけにいきません。絢爛華麗なパーティなどに連れ出して、盛大にもてなせば良いということではないのだと、私たちは気付かねばならなかった」

「で、でも、わたし個人の、わがままを察してくれなんて、おこがましいでしょう」

「いいえ、それでも私たちはやらねばならなかったのです。プリンシアという括りで見るばかりなら、その辺の官吏と変わらない。私と王はミュゼガルズを治める王族です。臣民と同じ考え方をしていては務まりません。プリンシアの任をまっとうする、プリンシア・サクラという人間のことを、私は知ろうとしなくてはいけなかったのです」


 ミミリアは肩から手を離し、今度はさくらの両手をうやうやしく握った。細くて冷たい指先だった。とろけるような滑らかな肌触りがして、本物の姫君とはこういう人のことをいうのだなと思った。

 彼女は成人したばかりだが、あまりにできた人間だ。王族という責任が、彼女をそうさせたのだろうか。

 さくらの懺悔は、まるごと、ミミリアにとられてしまっている。


「私はあなたを知るための努力を怠りました。王族として失格です。これほどじぶんを情けなく思ったことはありませんでした。本当に、本当に申し訳ない思いでいっぱいです。プリンシアがミュゼガルズを恨んでしまわれても、仕方のないことだと存じます」

「わ、わたしが勝手に恨んだだけです! それに、わたしが謝らなくていい理由なんて、ありません。わたしは人の不幸を望むようなろくでもない人間です。そんな人間の言うことをわざわざ聞いて、矜持を満たしてやることなどないのです!」

「プリンシアはそのように軽く扱っていい存在ではありません。あなたにそう思わせた原因はきっと私たちの言動でしょう? 私は私の怠慢を許せませんし、あなたはあなたでごじぶんをわがままとおっしゃる……このままでは収拾がつきません」


 しばし黙ってから、ミミリアは仲直りを申し出る子どものようにさくらの手を離して両腕を広げた。


「では、これからお互いに罪を償っていくというのではどうでしょうか」


 それではあまりに、さくらの罪が軽くなってしまう。じぶんの祈りには力があることをわかった上で、ミミリアの不幸を望んだのだ。直接手を下したのと同じくらいの業を、さくらは背負うべきなのに。


 顔をしかめるさくらに、それでもミミリアは腕を下げない。


「私はよき王になります。次代にミュゼガルズを託すまで、百年先も都が栄えるように、心血を注ぎます。あなたのためにと見せかけて、私はミュゼガルズの未来のために、プリンシアを正しくもてなしたいのかもしれません。次にワームが現れたとき、プリンシアを呼べなくなっていたなどということにならないように、私はやれるだけのことをやりたいと思っているからです。だから、私のこの傲慢と薄情さをあなたは受け入れてください」


 その代わりにあなたの恨みを私も受け入れます、と締めくくり、彼女はさくらを自ら抱きしめた。

 柳のようにしなやかで、ひやりとして、意外と少し骨っぽかった。でも、果実みたいに甘い匂いがする。

 おそるおそる彼女の背中に手を回し、ふわふわの金髪ごと抱きしめ返してみた。ジンのふところに入ったときは動けなかったが、女の子が相手だとお返しをしようと思えた。


「ほ、本当にそれでいいのですか」

「私はかまいません。けれど、もしも私を疎ましく感じたなら、そう感じたときにおっしゃってください。何も言われないまま嫌われていくのは、やはり良い気分ではありませんから……」


 懇願するように言われて、胸が痛んだ。はい、はい、と夢中で返事をして、さくらは彼女を強く抱きしめてみた。離してくれとは言われなかった。


「……わたしはこれから、どんなに時間がかかってもあなたに報います」


 私もです、とミミリアがうなずく。

 さくらはそれを受けて、この人のためにできることはなんでもしようと思った。一生かけて償う罰の他に、大きな恩を感じていた。





 

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