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妹がいないなら生きている意味がない、だから彼はさくらに殺してもらおうとしている。さくらへの悪意溢れる嫌がらせと八つ当たりでもあるのだろう。
そんなことのために、処刑人になるつもりはない。
さくらはつかつかと歩み寄り、愚かな兄の胸ぐらを掴んだ。
「おまえのやってきたことを否定するために、理子は戻らないと決めたんだ。自業自得だ。きっとみんな、おまえを許さない。わ、わたしも許さない、たぶん、死ぬまでずっと」
「……あなたに許される必要なんてありますか?」
本当に、最後までふてぶてしい。
さくらは渾身の力をこめて彼の頬を叩いた。痛々しい音がした。
「プリンシア。もういいでしょう」
後ろから腕をとられ、ノーヴァと引き離される。
抱えるようにしてさくらを移動させたのはリンナだった。リンナはジンと目配せを交わし、自嘲気味に力なく笑っているノーヴァを一瞥する。
「私は、彼のしたことに興味があります」
「リンナ? 何を言い出す……」
「ジン、プリンシアを頼みます」
リンナに背中を押され、ジンのところまでよろける。上司がそれを支えようと一歩踏み出すのを、優秀な部下はちゃんとわかっていたようだ。
最初は渋い顔をしたジンも、ノーヴァを冷たく見下ろすリンナの様子に察するものがあったのか、溜め息をついてさくらと向き直った。
「行きましょう、プリンシア。ああなったらリンナは梃子でも動きません。お部屋に戻りましたら、私に詳しい話をお聞かせくださいますか?」
さくらはうなずきながらも、部屋に残るというリンナを目で追ってしまう。
「さあ、早く」
追い出されるようにして退室し、促されるままに廊下を歩いて与えられた病室に戻った。
歩いている途中、ときおりさくらの顔色をうかがうように振り向き、その何度目かでジンが苦笑混じりに言った。
「あなたが、あのように強い口調で話されるのをはじめて聞きました」
さっと血の気が引き、返事もできずにいると、彼はこう続ける。
「あんなふうに激情に駆られて叫ぶことが、あなたにもあるのですね。知らなかった」
まるで独り言のようだった。
丸三年、彼とは誰より言葉を交わしたと思う。いつもそばにいたのは侍女だろうが、事務的な確認やおべっか以外の会話ができたのはジンだけといっても過言ではない。
その彼ですら、さくらがはっきりと物を言うのを聞いたことがなかったのだ。
ジンが独り言のようにこぼしたセリフは、しみじみとして、心なしか寂しさを帯びていた。もっと早くにさくらの内情を知りたかったとまでは思っていないかもしれない、それでも今の彼からは、何も知らなかったことに対する虚しさのようなものを感じた。
いいや、知らなかったことに対してではない。知らされなかったことに対してなんじゃないだろうか。
ジンは近衛騎士を束ねるような立派な人だ。武功もあれば頭脳だって冴え、情報の扱いも上手いに違いない。そんな人が、小娘一人の思考を読み取れないとは思えない。きっと、さくらの腹黒さや非道さには気が付いていたはずだ。だがそれをさくらは悟られないようにしていたし、悟られたくないと全身で訴えてもいただろう。
さくらは、ずっとそばにいてくれた人に、一度として心を開かなかった。信頼しなかった。
その結果が、ジンに乾いた独り言をつぶやかせたのだ。
青褪めるさくらに、ジンは微苦笑を向けるだけでそれ以上は何も言わなかった。
部屋に戻ると、ジンは表情を繕ってさくらに微笑みかけた。
「お寒いでしょうから、ベッドにあがってくださってけっこうですよ──そう、毛布を膝にかけて。温かくして。……では、さっそくで申し訳ありませんが、屋敷で起きたことを話していただけますか?」
さくらは承諾し、ベッドの横に椅子を持ってきて座り込むジンに事のあらましを順番に話した。
いかにして孤児院から連れ出され、ノーヴァの計画の何に荷担したのか。地下の闘技場で見たもの、聞いたもの、そこで会った少女たちの話を、いくつもの言葉を重ねて必死に伝えた。
ただ、どうしても言えなかったのは、ノーヴァや、闘技場の少女からなじられたことだ。あれほどの苦痛を、さくらは知らない。胃液さえも吐き出して、それでもまだ足りないくらいに吐き気ばかりがこみあげてくる。
唾を飲み込んで耐えながら、じぶんに向けられた悪意以外のことを話し終えた。
「なるほどな……どうぞ、続けてください」
ジンは終始黙って聞いていたが、屋敷で火事が起こったあたりから頬をこわばらせた。
「ひどい自作自演ですね」
証拠はないから、さくらの話が真実ならばという注釈がつく。
「しかし、【祈りの姫君】に祈りを願っておきながら、なんと中途半端な……。確かに王からの監視がつけば動きづらくはなるだろうが、プリンシアが我々に密告するとは考えなかったのか……? あの孤児の少女たち全員を公の場にさらすことになるのに、それにも危惧はなかったのか」
首をひねる彼に答えるため、さくらは慎重に言葉を探した。
恐怖は人に口をつぐませる。
報復を恐れるというのも確かだが、もはや恐怖体験による精神支配が進んでいたと思う。ノーヴァはわかってやっていたのだろうか。意識的にせよ、無意識にせよ、誰も密告できないほどに身も心も病んでいる確信があったからこそ、盗賊の襲撃を装い火事を起こし、自らも被害者となって表舞台に躍り出たのではないか。
少なくともさくらのことに関しては「どうせプリンシアが何を言っても本気にされない」と考えていた。
だが事が起こる前にジンやリンナに告げてみたなら、半信半疑だろうがなんだろうが調査くらいはしてくれたような気がする。誰一人さくらを信じる者はない、と断言してしまわなくてもいいんじゃないかと今は少し思えた。
「あ、あの人の考えることは、あの人にしか、わ、わからない」
さくらはつっかえつっかえそう返して、明言するのを避けた。闘技場で戦ったわけでもないさくらが、恐怖による支配を受けていた理由を「さくらの精神が脆弱だから」とジンが解釈しているならそれはそれでよかった。あの心臓をえぐり出されるような蔑みの言葉たちを、どうしても話せそうにない。
「女の子たちは、ずっと檻に閉じ込められていて、ずっと戦わされていて、きっと感覚が麻痺していたと、お、思います。あの人の機嫌を損ねるのが、何より、こ、怖かった……」
「……あなたも?」
言葉に詰まり、うつむく。
「さ、逆らったらひどい目に遭うかもしれない、とは、思っていました……」
やんわりと伝え、ジンが何かを言う前に話を先に進めた。
「火事が起きて、からは、屋敷をうろついていました。誰か、残ってるかもしれないって、思って歩いて、でも、いなかった。地下の闘技場に一人、取り残されている子以外は」
「その子はリンナが助けたという、あの?」
「はい……カントナ孤児院で一緒だった子です」
「ノーヴァが引き取った子とは、違う子ですね?」
「はい」
どういった経緯で闘技場に囚われたのかはわからないが、さくらに恨みを抱いていた彼女は最終的にノーヴァに切り捨てられたのだろう。何か重要なことを知ってしまった、と考えるのは推理もののセオリーだが、闘技場の存在がそもそもトップシークレットだ。単純にノーヴァの不興を買ったか、あるいはさくらへの嫌がらせのために連れてこられただけの子だったのか、そのあたりはさくらには推し測れない。
「でもその子のところへたどり着く前に、わたしは気絶した、と思います」
「リンナが言っていましたよ、あなたの声だけが聞こえていたと」
何度もリンナの良心を苛んだ。命を懸けて助けに来てくれた人に、それはムダなことだ、と言ったのと同じことをした。
「意識だけが、ずっとあって……じぶんの身体を見下ろしていました。屋敷を出たあとは身体から離れて、教会へ……」
意識体だったときのことは軽く流し、教会で起きたあれこれを話そうとしたが、ジンは子猫を捨てた飼い主を見るような目でさくらを見上げた。
「お待ちください、あなたは、ごじぶんの身体の安否を確かめなかったのですか?」
咎められたのだと思って毛布をぎゅっと握ると、労るような苦しげな声でジンが重ねて言った。
「そんな悲しいことは、二度としないでください」
「悲しくは、ないです……」
「いいえ、プリンシア。じぶんを大事にする方法を、あなたはご存知ではないのです。世の中には死んでもかまわない人間くらい、います。でもあなたは違う。違うんですよ、プリンシア・サクラ」
それはどうだろうか、とさくらは思う。死んでもかまわない人間の中に、さくらも含まれていると思うのだ、今はまだ。
これから、そのくくりを脱するためにたくさん努力していかなければならない。そういう思いで、さくらはこの世界へ戻ってきたのだ。
でも、じぶんを大事にする方法を知らないのは本当かもしれない。じぶんを守るために周囲を攻撃する以外の、もっと優しいやり方をさくらは知りたいと思う。
「もう二度と、じぶんの命を投げ出すようなことは、し、しません。わたし、は、じぶんだけを大事にするのじゃなくて、周りのいろんな、いろんなものも一緒に大事にできるような人に、な、なりたい、です……」
ノーヴァの部下に「ここでならじぶんを変えられるかもしれない」と訴えたときの、ひやりとした感覚が走る。
だが、ジンは目を丸くしたあと、やわらかく、本当にやわらかく微笑んだ。
「……素敵な目標ですね。本当に。きっと、あなたの見ている世界は、優しさで溢れる」
おべっか、とは、思わなかった。
涙がじわりと浮かんで、ゆるやかに頬を滑っていく。
「ああほら、泣かないで、続きを話してください」
ジンが優しく頭を撫でてくれる。あとから溢れて止まらない涙ごと、彼はさくらを胸に抱き締めてくれた。正直なところ緊張するからやめてほしいのだけれど、わざわざ逆らうほど嫌なわけではない。
「教会で、何がありました? さっきのように、男前な口調で言ってやりましたか?」
声が出せなくて、ジンの胸元にひたいを擦らせてうなずく。
「そうですか。それはぜひ聞きたかった。あなたは私が思っていたよりもずっと勇敢だし、行動力もある。被害に遭った少女たちはきっと、あなたの声に希望を見出だしたと思いますよ。助けられたあともひたすら祈りを捧げているんですから」
鼻水をすすり、まばたきを繰り返して涙を止めようとするのに、止まらない。ジンが甘やかすからいけない。
「ノーヴァ、を、殺せとみんなが言いました……」
「奇跡の存在に、断罪を求めたのですね」
「ほ、本当にそうしてやろうかと思った」
「あなたも、被害者の一人です。自然な感情です。ノーヴァの悪事が明るみに出れば、誰もが神の鉄槌を下されたと判断します。教会に現れたあなたは、まさしく神憑りだったのでしょうから」
「で、も、しなかった」
ジンは柔らかく、ゆっくりと息を吐いた。
「……私はそれを聞いて安心しましたよ。少なからず、あなたの心には傷がついてしまったでしょうから。一生苛まれる可能性だってあるんです。あなたが後ろ暗いものを背負わずに済んでよかった、と、私は言います」
とんとんと背中を撫でる大きい手に、安心する。母の、女性の手とは違う、武骨な手だ。やわらかくはないが、力強く、絶対的な安心感を抱かせる。
「殺さないと決めたから、わたしは、ノーヴァの妹に接触しました。触れようとすると、引っ張られるような感じがあって……もしかしたら、魂だけの今の状態なら、この子のことをなんとかできるんじゃないかと思ったのです。妹が目覚めたら、ノーヴァも改心するかもしれない、と……」
ジンは腕を少しゆるめ、さくらの顔を覗きこんだ。彼に、さくらの話を疑うそぶりはない。
「例の、眠り続けている少女ですね。内に眠る彼女の意識と会話ができたということですか?」
「い、いいえ。故郷の夢の中で、彼女に会いました。現実じゃなかったのかもしれない、でも、そこで話をして、お別れをした。ミュゼガルズにいた頃のことはほとんど覚えていないようでした。戻って理子の心音を確認してもらったのは、彼女の選んだ結果が、どう影響するのか確かめるため、です」
「影響があったということは、夢は夢でも神々の精神世界のようなものだったんですかね。こちらへは戻らないと決めたから、こちらでの肉体は不要と判断された。世界そのものか、あるいは神か、神に似たる者によって……」
彼はおそらく、ミミリアに対しても同じことができるのでは、と思っているだろう。
だが、あれは霊体のような存在になっていたからできたことであって、生身のさくらでは力になれない。
可能性があるのは、もう一度霊体になることだが、それこそ自殺未遂で済まなかったら取り返しがつかない。いや、自ら招いたことだ、命を賭せば彼女が戻ってくるのならやるべきとは思う。けれども、単なる自殺になってしまったら、さくらの決意もリンナやジンの厚意も溝に捨てることになる。【祈りの姫君】という存在にとんでもない汚名を着せることにもなるだろう。過去、わがままなプリンシアがいた、などと一言では済ませられない汚名だ。
「プリンシア。……あなたは、故郷へ帰りたいと思っていますか?」
ジンは、ミミリアの話を出さずにそう訊いた。
首を横に振り、言葉を使っていいえと答えた。
「向こうへ帰ることは、もう、できません」
「どうしてです?」
「向こうのわたしは、死んでしまった……」
「え……」
かろうじて、ミュゼガルズにいるわたしの肉体は生きていましたが、と付け加えると、彼は痛ましげにさくらを抱き締め直した。
わざと、あの火事のせいで向こうの肉体までもがダメージを受けたような言葉選びをした。
「けれど、あなたは肉体ごとこちらに来たのでは? 今のあなたがきちんと儀式を経て戻れば、なんとかできるかもしれませんよ」
「そうですね……」
さくらにも原理はよくわかっていない。ジンの言う通りなのかもしれない。
でも、戻れば死ぬことをさくらは確信している。
考え込むさくらに、ジンはいっとき躊躇ったあとにこう告げた。
「元の世界にお帰りください」
思わず顔をあげて、彼の眼差しを正面から受けとめる。心苦しいが、と言いたげな目だった。
かつて一度も、誰にも、帰ってくださいとは言われなかった。ほのめかされたことは幾度もあれど、ここまではっきりと促されたのは、はじめてだ。
さくらは言葉を失い、力が抜けるような感覚に襲われた。
だがジンは目をそらすのを許さず、さくらの頬に手を添えて顔をあげさせる。
「よく聞いてください、プリンシア。あなたは今後、命を狙われる恐怖と戦いながら生きていかなければならないかもしれません」
「……え」
「お耳に痛いことを申し上げます。あなたに関することで、宮廷の官吏や使用人はあまりよくない感情を抱いている。役目を終えても帰還せずにいるプリンシアを、排せよ、と声をあげた者たちがいるのです」
深刻なジンの表情を見て、配慮された言葉を聞いて、さくらは眩暈を覚えた。
つまり、これまでのさくらのふるまいが、とうとう宮廷人たちを動かしてしまったのだ。
「王は、あなたを故郷へ逃がせと仰せです。今なら穏便に帰郷できます。官吏たちがどこまで過激な行動を起こすかわからない、最悪、あなたを事故に見せかけて弑することもあるかもしれません」
逃げてください、とジンは言う。
けれど、二つ返事で了解するわけにはいかなかった。
やり残したことが、どれだけある?
帰郷して、生き直せる可能性がどれだけある?
それとも、さくらには生き直す資格などないということなのか。
枯れたように、あっさりと涙が止まる。
「内親王殿下の、こと、は」
「王は、プリンシアを便利屋扱いするつもりはないとおっしゃっています。あなたの役目はすでに終わっているんですよ。何も気にされることはありません」
そうか。
散々、欲のままに生きてきて、周囲に恨まれて。更生したいと言っても、今さら許されない。
ジンがさくらの頬を離す。ゆるめられた腕の中で、彼の胸に手をついて距離をとろうとしたとき、扉をノックする音がした。
開いた扉から入ってきたのはリンナで、紙切れを手にしている。
「……何をしているんです」
彼は低い声で唸るように言った。
ジンはそれを受け、顔をしかめて両手をあげる。
「バカ、睨むんじゃない。抱擁だろうが、慰めの」
「そんな親のようなことを馴れ馴れしく……」
「いや、親なら顔中にキスをするもんだろ? さすがにそこまではしていないぞ」
「していたら大問題です。だいたい、あなたはそんなことをされて育ってきたのですか」
「おい、そういう展開に持っていくのはナシだろ。俺の威厳が台無しだ」
「威厳のある方が、気軽にすべき行動ではないように思いますが」
「わかった、悪かった! 立場をわきまえない俺が悪かったよ」
「私に謝罪されても仕方がありませんよ。あなたの威厳が損なわれないよう、ご配慮くださいと申し上げているのです」
やりこめられたジンは溜め息をこぼし、どっちが上司だかわかんねーなとぼやきながらさくらを解放した。
「それで、ノーヴァとの話は終わったのか」
「ええ。全部吐きましたよ」
「全部? 観念したのか? おまえ、吐きましたよなんて言うが、吐かせましたよ、の間違いじゃないのか」
「それより」
「おい」
リンナはノーヴァになど興味はないという冷たい態度で話をたたみ、紙切れをジンに渡した。
「王宮からの鳥が」
「ここに直接か? それはまた不用心な……。ノーヴァの処遇を下すにしても早すぎないか? まだ自警団も来ていないのに」
「今回の件ではありません。届けたのは鷹ですから、へたな人間には渡さない。とにかく、中を改めてください」
丸められた紙切れを広げた瞬間、ジンは目を見開いた。文章を読んだとは思えないようなその一瞬で、彼は驚愕し、そして歓喜に目を輝かせる。
「プリンシア! 内親王殿下の件は、ご心配いりませんよ」
振り向きざま、ジンは抑制されていない笑みを浮かべてさくらに言った。手にした紙切れをさくらに渡し、自らその内容を口に出す。
「娘が目覚めた、と!」
正式な書簡ではなく、友から友へと放たれた小さな報告書は、ミミリアの快癒を報せていた。
なぜ、どうして。
さくらは何もしていない。夢でも会っていない。ミミリアに、いったい何が起きたのか。
紙切れには『娘が目覚めた』としか書いていないようで詳しい事情まではわからないが、とにかくこれでさくらのやるべきことはなくなったしまったようだった。
さくらとしては、本人に直接会いたかった。あなたの不幸を望んだのだと告白し、許しを乞わねばならないと思っていた。
だが、今すぐにでも帰れとジンは言う。そして王も。
ミミリアが目覚めたからといってさくらの罪がなくなるわけではない。それを知っているリンナをおそるおそる見上げると、彼は表情の読めない顔で見返してきた。喜ばしいことではあるが、何か裏があるのではないか、偽の報告なのではないか、いろいろと疑っているような気もする。
少なくとも手放しでは喜べない。さくらが働きかけたことではないから、彼女の目覚めに不可解なものを感じているのかもしれない。目覚めにさくらが関わっていないなら、眠りにもさくらは関わっていないということなのか、さくら自身も混乱した。
「一度、王宮に戻ろう。本当なのかどうか確かめなければ」
ジンはリンナにそう言った。
「だがプリンシアには同行していただかないほうがいいかもしれない」
「なぜ」
リンナが怪訝な顔をすると、ジンは怖いほどに真剣な表情でさくらに告げたのと同じことを彼にも伝えた。
「実はな、無理にでもプリンシアを帰郷させよと王に奏上する者たちが現れた。署名まである、かなりの数だ。このままでは最悪、プリンシアはお命を狙われる」
眉を寄せ、リンナがさくらをちらりと見やる。すぐにジンへとそらされた視線を、さくらは絶望的な目で追った。
「王の判断は」
「故郷へ逃がせと」
「ジンは」
「俺も同意見だ。実際、そうするのが一番安全だろう。内親王殿下も目覚められた今、プリンシアの祈りを頼らなければならないような大きな事件はない。プリンシアをあえて留め置こうと考える官吏はおそらく、いなくなるだろう」
そこまで言って、ジンはリンナに近寄って何事かを耳打ちする。たぶん、さくら絡みの問題が今後も起きることを官吏たちは危惧している。頭痛の種は、きっと芽を出す前に潰しておきたいだろう。
自業自得。さくらの傲慢な態度が招いたこと。
耳に痛いが、事実だからしょうがない。
だが、リンナはどちらとも言わず、王宮にはさくらも連れていくと主張した。
「まだ猶予はあるはずです。いきなり剣を向けられることはありえない、ましてや王宮ですから、王の目もある。まずは、内親王殿下の見舞いを済ませましょう」
「……まあいい、プリンシアも殿下のご容態を気にかけておいでだしな。王宮では俺たちが警護につくから大丈夫だとは思うが、長くは滞在できないだろう。もしものことがあったら、おまえが連れ出して差し上げろ。いいな」
「了解いたしました」
こうして一路、さくらたちは王宮へと帰還する。




