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ワルい奴ら  作者: 弥塚泉
15/21

2/23 見ざる聞かざる及ばざる

 午後九時、店の裏口から出てくる人影に向かって声をかけた。

「こんばんは。仕事で疲れているだろうが、少し付き合ってもらってもいいかな」

 そう声をかけると、気立てのよい返事が返ってきた。

「ええ、構いませんよ。弱まってきたとはいえ雪が降っていることですし、どうぞ中にお入りください」

「いいのか」

「あまり長い時間でなければ、在庫整理に時間がかかったと言ってごまかすことができますよ。もし仮に要さんに怒られたとしても、あなたに風邪をひかせてしまうよりはマシです」

 人の良い薬局の店員は、そう言って笑顔で私を迎えた。

 レジの奥は事務処理用のパソコンや一抱えよりも少し大きいサイズの金庫などが置かれていて、ちょっとした事務室のようになっていた。その空間の狭さもあって、私たちはパイプ椅子に座って膝を突き合わせる形になった。青白い蛍光灯がただでさえ寒いのに、さらに体感温度を引き下げる。

「では、早速本題に入ろう。桜城斎さくらじょういつきが異常な食欲を抱えることになったのはお前が原因だな」

「ええ、そうですよ」

 こちらには何も証拠がない。鎌をかける意味でわざと断定口調を使ったのだが、店員は意外にあっさりと頷いて見せた。

「ただ、異常という言い方が気になりますね。ひょっとして、何か桜城さんからのご意見を言付かってきてくださったんですか」

「やはりお前、桜城に渡していた薬に何か細工をしていたんだな」

「細工だなんて人聞きの悪い。実は僕はちょっとした調剤もやっていまして」

「客を実験体にしていた、ということか」

「なに、日常に支障をきたさないレヴェルのものですよ。特に中毒性の高い薬というワケでもない。金のために何の益もないただ依存性が高いだけのクスリを作っているそこいらの人間とは違う。僕はみなさんのお役に立ちたいだけですから、そんなムチャなものは作らない。市販のものでは不十分だと感じられたお客様に僕の開発した薬をお売りしているだけです。そうしてご不満な点をお聞きして、より効果の高い薬を作っていくんです。もちろん、お渡しする際には市販のものに似せたパッケージにはしてありますけどね。もしかしてあなたが問題にしてらっしゃるのはそちらのことですか?」

「桜城斎はお前の薬のせいで苦しんでいるんだぞ。それでもまだお前はそんなくだらないことを言えるのか」

「勘違いしないでください。彼が僕に悩みを相談してくださったときには、食欲がなくて辛いと伺いましたよ。だから僕は食欲増進剤をお勧めしたんです。一度、二度目までは効果が出ないとおっしゃって、強いお薬をお渡しして。今度は食欲が強すぎて困ると伺ったので効能の薄いものをお渡ししたんですけど、それもご満足いただけなかったようで。結局今のお薬に落ち着いたのですよ。桜城さんにまたご相談いただけなかったのは残念です」

 にわかには信じがたい話だが、私の耳に入るほどの事態ではないようだ。つまり、こいつの薬は本当に人に積極的な害をもたらすことのない薬ということだ。私が知りえていないような異常が起こっているとしても、私の情報網に引っかからない程度の異常ならば捨ておいても問題ない。

「しかし、ならお前はいったい何のためにこんなことをしているんだ。依存性の高い薬を使って金を搾り取るのでもなければ、未知の薬を試して人間に対する変化を見ようというのでもない。お前がやっていることにはまるでメリットが見当たらない」

「ええ、何もありませんよ。僕は財布や好奇心を満たすためにやっているんじゃないんです。お客さんが困っていて、僕がその力になれた。それだけで僕は満足なんですよ」

 その言葉を聞いて、不思議と納得させられた。ああ、こいつもあいつと同じなのか。あの、正義の矛先を向け兼ねていた女と。ただ一つ違うのは、こいつは自分のやっていることに少しも迷いを抱いていないことだ。

「お前も相当な大食らいのようだな」

「そのように言われたのは初めてです」

 店員はくすりと笑みを見せた。

「とりあえず彼にお渡ししていたお薬は徐々に効能の薄いものに変えていきます。誰かを困らせてしまうのは私の本意ではありませんから。あなたのご用件はそれでいいんでしょう?」

 私にはそれ以上に言うべきことも言いたいこともない。頷く代わりに問いを返した。

「そういえば、名前をまだ聞いていなかったな」

「そういえばそうでしたっけ。僕が一方的にあなたのことを知っているものですから、自己紹介するのを忘れていました」

「何?」

「僕は古門縁ふるかどえにしといいます。それとも、『緑』と言った方が通りがいいですか? 青さん」

「お前……」

「僕たちは同じ穴の貉だったということです。僕もあなたも、自分の意思で行動していると思いながら、どうやらあの人の思う壺だったみたいですね」

「あいつがそんなことまで考えると思うか。部下にゆかりんとか呼ばれている奴だぞ」

「いいじゃないですか。親しみやすくて」

 古門はさらに笑みを大きくし、にっこりとえくぼを作って手を差し出してきた。

「僕も当分この町にいるんです。何かお薬が必要でしたらぜひお声がけください。同じ仲間として、お安くしておきますよ」

 嫌いなやつにも愛想を振りまくのが最低限の礼儀だ。その例に則り、頬を引きずりあげて笑みを作って差し出された手を握り返してやった。親切な言葉には、もちろん心からの思いを込めて返事をする。そう、

「お断りだ」

どうも、弥塚泉です。

もう七日も続いた雪も今日で終わり。

私の情景描写不足が露呈してしまいましたね(笑)

反省点、反省点。

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