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ワルい奴ら  作者: 弥塚泉
13/21

2/21 想いの矛先

 天気は依然として、雪。もう三日、今日も止まなければ四日も降っている大雪だ。遠くに奴が見える。視界が悪いが今度は逃がさない。飛びかかった勢いを殺さないまま襟を掴み、引き上げる。

「やあ。初めまして、だな。私は葵井静という。会いたかったよ、連続通り魔さん」

 こいつの利き腕の左腕は捻りあげて無力化している。逃がす心配はなかった。それはこいつも分かっているのか、呑気に私が飛びかかってきた方を見やっている。

「この大雪で耳が当てにならないことは分かっていたが、塀伝いに走ってくるとは予想外だったな。道であることは知っていても、咄嗟のときにその選択肢は出ない」

「よければ名前を教えてくれないか。でないと不便だ」

「そうかい? ならメメとでも呼んでくれればいい。なにぶんワタシと会話した奴なんてお前が初めてなものだから。今まで名無しで過ごしてきたんだ」

 そう言って笑ったのは、写真に写っていた猛禽類の獰猛さを瞳に宿した女。しかしその顔は、その体は、間違いなく笹筒深見ささつつみみのものだった。

「それにしても無粋な奴だ。謎も解かずに犯人をとっ捕まえて解決なんてのは風情がない」

「風情がなくて結構。私は依頼さえ解決すればそれでいいんだ」

 とはいえ、深見から話を聞いた後、ずっと悩んでいた。深見の対応は完全に白の反応だったが、状況的には限りなく黒に近い。そのギャップがどうしても埋まらなかった。

「同一人物であればすべて問題ないわけだ。白でもあり、黒でもある。ギャップなんて無い、全部一人の人間だったのだからな」

 真一文字に引き結んでいたその口端が気障につりあがる。

「二重人格だとすれば説明がつく。人格が変わって別人のような顔になることも、利き腕が変わることも、記憶が途切れていることも、多重人格者の特徴だ」

「それで、ワタシを捕まえてどうする。言っておくがワタシは人間には捕まらないよ。みんな深見に被せてしまう。そうなったらワタシは深見がワタシの罪を償い終えるまで出てこないよ」

 両手を解放して離してやっても、もう逃げなかった。

「違うだろう?」

 まっすぐに目の前の人間の瞳を見つめる。

「お前は多重人格者ではない。そのフリをしているだけだ」

 視界を染めんとする雪の向こうで、深見の眉が震えるのが見えた。

「何を証拠に」

 辛うじてその反論が雪雨の向こうから飛んできた。

「お前の反応が何よりも私の言葉を裏付けているのだが、私がそう判断するに至ったきっかけというものも一応ある。昨日の夕方、お前が自己紹介をしたとき、ご丁寧に黒板に自分の名前を漢字で書いてくれたな。あのときお前はわざわざ右手を使っていただろう。本当の利き腕は左にもかかわらず」

「お前自身、人格が変わったら利き腕も変わると言っていたじゃないか。どこも不自然なところはない」

「教師の雇用体制は知らないが、もう二月だ。一月や十二月に新しい場所に飛ばされるなどということは考えにくいし、最低でも三カ月は教師をやっているわけだ。なのに、未だに黒板慣れしていないなんて不自然以外の何物でもない」

「何が言いたいんだ」

「あのときお前の右手は震えていたな。室内でちゃんと暖かい服装だったのだから体が震えるほど冷えていたはずはない。それは、慣れない右手を使って書いたからだ。二重人格で、しかもお前の話では教師の時には夜の記憶がないという。なのになぜ利き腕をわざわざ変えたのか。お前は私が深夜の襲撃事件を調べているという話を聞いて、咄嗟に教師の自分と夜の自分を切り離そうとしたんだな。そんなことをしてしまえば、真実が判明した時にお前が精神の上でも同一人物だという何よりの証拠になるのに」

 重量を感じさせる何かが雪の上に落ちる、鈍い音がした。急に震えだした自分の両手を見つめるその瞳は、内気な教師のものに戻っていた。

「今まで、散々恐ろしいことをしてきたのに……やっぱり私のままでは駄目ですね」

 声も細く、小さいものになったが、この雪と遅い時間のおかげで周りには雑音が一切なく深見の声は聞こえた。

「夕御飯を食べて、お風呂に入って、髪を乾かして、歯を磨いて、九時になるとベッドに入って目をつむるんです。そして目を覚ますと、もう私は私でなくなるんです。弱い私じゃない。自分の思うように動ける強い人間」

「その思うことというのが、不良どもを殴ることか」

「いいえ、正義を果たすことです」

 雪闇の中で、何かが光った気がした。月光を照り返した車か、深見の瞳か。

「あなたは昨日か、もっと前か、一連の顛末を見てくれていたのでしょう。だったら分かるはずです。私も分かってもらう努力はしました。素直に話を聞いてくれない人には、力を使うしかないじゃないですか。それに、学生だけではありません。少数ではありますが、男の人をやっつけたことだってあります」

「この町には天狗がいるだろう。あいつに任せておけばいいものを」

「そんなことできませんよ」

「そうか?」

「こんな大事なこと、他の人は任せられません」

「正義とは随分と大きなもの言いだが、そんなものは味方によって変わる、主観的であり恣意的であり相対的なものだ。そんな曖昧なものを基準にしている時点でお前はすでに裁かれる側になっている」

「そうかも知れません。私も私がやっていることが絶対の正義だなんて言いません。だけど、もう見ているだけでいるのは嫌だったんです。何もできずに見過ごすことはできなかった。自分を殺してでも」

 言葉を切ると、深見はただ静かに立ってこちらを見るだけになった。私の言葉を待っている。恐らくは断罪の言葉を。

「お前は何か思い違いをしているようだが。私はこのことを言うつもりなどない」

「えっ」

「今夜私とお前とは会わなかった。だが、不可解な襲撃事件は今夜を最後に二度と起こることはなかった。私としては、それで十分だ」

「それでは……私の気が済みません。罰を受ける覚悟をして、私は私の正しいと信じることをやってきたのに」

「まあ、強いて他の理由をあげるとすれば、だな」

 私は突然湧いた好奇心に逆らわず、傍らの電柱を見た。案の定私の貼ったポスターは剥ぎ取られている。

「中学や高校のガキなんて奴は先公なんてうざったい存在だが、小学生にとって先生の存在は大きいものだ。明日お前がいなくなったら、お前が受け持っているクラスの子どもが悲しむ。私の知り合いにも子どもがいてな。そういう目が養われているんだ。私は好きだぞ、お前のような馬鹿正直は」

 こんな大雪にも一ついいことがある。

 見られたくないところも、聞かれたくないことも、雪と風が覆い隠してしまうところだ。

どうも、弥塚泉です。

果菜ちゃんあんまり出せなかったので、ちょっとさみしかったです。


三衣 千月さんの『うろな天狗の仮面の秘密』から、天狗仮面の存在をお借りしました。

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