2/20 真っ白な嘘
小林果穂という女性はうろな南小学校で教師をやっていて、写真の女、笹筒深見は同僚だという。そんな事情もあって対面は午後五時、児童たちが帰ってしまってから行われた。私はがらんとした一年生の教室で相手が来るのを待っている。後ろの壁には子どもたちが書いた絵が貼り出されており、テーマは『そら』と書いている。
「へえ、雲の擬人化……こっちは星か。果菜だったら全部綿あめとか金平糖にしてしまいそうだな」
がらがらという音に振り返ると、人影が扉の向こうに立っていた。夕陽が逆光となって、シルエットしか分からない。
「すみません、お待たせしました」
扉を閉じて、私の目の前までやってくる。丸眼鏡をかけて、長い黒髪を二つの三つ編みにしている地味な容姿で、とてもあの人物とは似ていないように見える。だが、輪郭は同じだ。特徴的な右目の泣きぼくろもある。それにこの女、なんとなくだが、異質な感じがする。たとえこの事件に無関係だったとしても、確実に一般人ではない。
「えっと、笹筒深見と言います」
わざわざ黒板に名前を書き出した。チョークを握っている右手が震えているが、こいつ本当に教師か。
「あ、あの、私に何か用事があると聞いたんですけど……」
長野云々のくだりは直接話したいからとあらかじめ果穂さんには口止めしてある。
「単刀直入に言おう。私はお前が夜な夜なやっていることを知っている」
「夜な夜なって……私はいつも九時に寝ていますよ」
「ふん、言い訳ならもう少しマシな嘘をつくんだな。今どき小学生でもそんな早く寝ないぞ」
「でもほんとうですし……」
顔を下に向け、指をこすり合わせてもじもじし始めた。なんだ、私が間違っているのか。いや、こちらには証拠がある。
「これを見ろ。一昨日の晩、現場にいたお前の写真だ」
「これ、私じゃないですよ。すごく怖い顔してるじゃないですか。それに、現場って何の現場ですか」
しかし、深見は受け取った写真から目をあげると、けろりとした顔でそう言った。
「とぼけるのもいい加減にしろよ。お前が不良を鈍器のようなもので殴りつけた現場に決まってるだろ」
「ああ」
私から説明されると、深見は初めて合点がいったという顔をして、手を打った。
「最近夜に不良さんを見かけないのはこの人のおかげなんですか。じゃあいい人なんですね、この人」
「なにを。なにをしらじらしいことを言ってるんだ。なんだお前は、自画自賛か」
「だから、私じゃないですって」
あはは、と笑って手を振ってみせる。まるで冗談を聞いたような反応だ。この女は、本当に違うのか。まったくの無実で、この目つきの鋭い女は別にいる。ならばこの女の違和感はなんだ。分からない。
「あの、もうお話がなければ失礼しますね。今、漢字テストを作っているところだったので」
「あ、ああ」
一礼して教室を出ていく深見を見送りながら、私の頭の中では答えの出ない問いが、ぐるぐるといつまでも終わりのない輪のように回り続けていた。
YLさんの『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』から、引き続き小林果菜ちゃんと小林果穂さん。今回はお名前だけお借りしています。




