2/19 short cut
カメラの写真を確認し終わると、金髪はすでに起き上っていて、怪我を後に引きずることはなさそうだった。実際に襲われたのは不運だったが、怪我をしたことでさすがに不良の言い分といえど警察にも信じてもらえるし、私もお役御免かと思ったが、金髪にはその意思はないという。怪我を見せたところで不良同士の喧嘩だと思われるし、自分がまんまと伸されたのが癪だから、らしい。もう不良が四人も襲われたというのに噂が広がらない理由はこれだな。
そんなわけで今日、プリントアウトした写真を片手にまたしても聞き込みをしている。しかし、ピントが合っていなくて細部がぼやけているためか、一向にこの人物を知っているという人間には行きあたらない。すぐに見つかると高をくくっていたので、今日は昼まで寝ていた。商店街の西から聞き込みを続けて、すでに日が傾いている。明日は北うろなの住宅街に行くか。
と、ふと前から知った顔が歩いてくるのが見えた。しかし隣には見覚えのない顔がいる。本能的に危険を察知し、即座に煙草を捨てた。そして足早に通り過ぎようとしたが、右横を抜けようとしたところで見つかってしまう。
「あ、しずかちゃん」
びくっと体が反応してしまったし左で、どうかした、なんて声も聞こえた。ここで無視するのは逆に不自然だろう。
「あ、や、やあ、果菜ちゃん。久しぶりだねえ」
そちらを向くと、見慣れた少女がこちらに無邪気な笑顔をふりまいている。この少女は小林果菜といって、偶然知り合った女の子だ。彼女の大切にしているパイという熊のぬいぐるみが取られた時、一緒に探したことで親しくなった。
そしてその隣には見覚えのない小柄な女性が立っていた。小柄な割に胸が大きいので、見た目より年上なのかもしれない。我ながら笑顔がひきつっているのが分かる。
「あら、もしかしてあなたがパイを見つけてくださったっていう『しずか』さんですか」
まずい。私がその『しずかちゃん』であることがばれたら、面倒な事態になりそうな気がする。片耳とはいえピアス空けてるし。十字架に蛇のネックレスだし。スーツ着崩れてるし。
「ああいや、しずかというのは私の妹で、妹が果菜ちゃんと仲良くしていただいている関係で、私とも仲良くしてもらってるんです。あ、それとこんな恰好ですみません。私、ちょっとした劇団に所属していまして。凍った道で滑って転び、着てきた服を濡らしてしまったんで、芝居の衣装をそのまま着てるんですよ。あ、あはは……」
なんとか乗り切ったか。どうやら信じてくれたようだ。不思議そうに私を見上げている果菜にはさっきから視線で黙ってなさい、と釘をさしている。聞けば彼女は小林果穂といって、なんと果菜の母親だそうだ。私はてっきり年の離れた姉だと思っていた。ついでに写真の女のことも聞くか。
「そういえば私、人を探してるんです。この人なんですけど、ご存じないですか」
あまり期待していなかったが、写真を見せると意外にじっくり眺めて考えてくれた。ピントが合っていないから、輪郭を見定めるだけで一苦労だしな。
「これ、もしかしたら深見ちゃんかも」
「えっ、心当たりがあるんですか」
「うちの学校に笹筒深見っていう先生がいるんだけど、その人かもしれないわね」
「その人に会いたいんですが、紹介していただけませんか」
「うん。明日でよければ、放課後に会わせてあげられると思うわ」
「本当ですか。ありがとうございます」
最初果菜の隣に知らない人間がいるのを見たときは肝を冷やしたが、思わぬ収穫だ。
「それであの……どうして深見ちゃんを探してるの?」
「彼女は長野の親友の許婚でして。私は沖縄の端っこから力になるべくここまで訊ね歩いて来たのです」
我ながら適当な答えだ。本当のことより嘘の方が説得力があるというのも困りものだな。
「そうなの。偉いわねえ。え、っと。そういえばお名前はなんていうの?」
「ああ、すいません。私は葵井しず」
「しず?」
「し、しずくちゃんだよ」
「あ、ああ、そうなんです。私は葵井雫と言います」
果菜にはあとでフエラムネを買ってあげた。
YLさんの『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』から、主人公の友人親子、小林果菜ちゃんと小林果穂さんをお借りしました。




