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「すごい!! 火がついた!! 」
大量の購入した食材が運び込まれたキッチンでフローラが感嘆の声を上げた。
食材の仕分けや整理を手伝うと言って無理やりキッチンについて来たフローラは、アルフレッドにコンロの使い方を教えてもらっていた。
キッチンの設備は加護の力を込めた魔石を使い作動するようで少し魔力を込めると自動的に火の加護に変換され火がつく仕組みだった。
しかしアルフレッド曰くこれはかなり高価な魔道具らしく、一般庶民は一言で言うとマッチみたいな安価なアイテムで火をおこしているとのことだった。
こんな便利な物があるなら将来ひっそりと一人暮らしも快適だわと舞い上がったフローラは少し落胆した。
「でもそれはそれでその火種が作れるアイテムちょっと欲しいわね……」
アルフレッドは作業の手を止め怪訝な顔をフローラに向けた。
「! あ、だってそれがあったら外でバーベキューとか川で釣った魚とかすぐに焼けるから!!」
慌ててそれらしい理由を言ってみたが(どこの令嬢が魚を釣ってその場で食べるんだよぉぉ!)と激しく後悔をした。
「ハハハハ!! そのときはアイテムがなくても私が直接焼いてさしあげますよ。お任せください」
アルフレッドは心底可笑しそうに笑いながら言うのでフローラは恥ずかしくて荷物の仕分けに集中するしかなかった。
(アルフレッドは火の加護持ちなのね。いいなぁー火の加護とかぜったいに便利。バーベキューし放題……じゃなくて……火はぜったいに人の生活と切り離せないから。このコンロだって仕組みはわからないけどぜったいに火の加護の力を込めた人がいるはずだ)
「ねぇねぇアルフレッド、やっぱり加護を持っている人はその加護を生かした職業につくのかな?」
「私のような者もいますので一概には言えませんがやはり多いですな。こう言った魔道具の作成もそうですし加護持ちが圧倒的に有利な職はたくさんあります。例えば、このワインを作っている有名なワイナリーの経営者様は土の加護をお持ちで毎年素晴らしい葡萄をお作りになります。カイン様と同じ加護ですな」
「じゃあ!! 私の闇の加護はどんな職に役立つのかしら!?」
「うーん……そうですね……闇の加護自体が大変貴重で……」
フローラは薄々わかってはいたが落胆は隠せなかった。フローラができることと言えば手のひらサイズの物の時間を止めたり進めたりするくらいだった。魔力が強くないフローラはそれすらも長時間は不可能で、しばらくすれば元の時間が流れ始める。
(ずっと止め続けることができるなら枯れない花でコサージュとか花束とか需要がありそうだけど……今のところお独り様生活に役立ちそうなものではないな……)
「もっと生活に役立つ加護がよかったわ」
「そんな! お嬢様は将来の王妃なのですから生活に必要な加護なんてなくて大丈夫ですよ」
明らかに落胆したフローラの呟きに、アルフレッドが慌ててフォローをしたが、その言葉はクラウスを思い出させて益々気分は落ちていった。
しかし悪いことばかりではなく、そのアルフレッドの失言のおかげでフローラはそのまま夕食を一緒に作る許可を貰えた。
すぐに自分の失言に気づいたアルフレッドはその罪悪感で、本来なら断るべきフローラの頼みを了承してしまったのだ。
フローラは渋られつつも許可がとれたことで気を取り直した。
(お父様が見たら倒れてしまうかも)
そう思ったフローラの後ろで、アルフレッドも今にも倒れそうな顔色だったが、久しぶりの包丁の重みに胸の奥がじんわりと温かくなったフローラは気づかなかった。
記憶はあるが果たしてこの身体で同じように包丁が上手く扱えるのだろうか。そんな不安はすぐに小気味よい包丁の音でかき消される。
手慣れた様子で次々に野菜をむいたり切ったりするフローラにアルフレッドは言葉を失っていたが、キッチンにいい香りが広がる頃にはフローラのサポートに徹していた。
そうして出来上がったのはクリームシチューとパンにサラダだけのフローラにとってはとても簡素に見える献立だった。
(肝心のパンはいつもの酸っぱいパン…………酵母から作らないといけないから今日は無理だ)
残念ながらイーストにかわる物は市場で見つけられなかった。パンを膨らませる酵母を作るのには気温にもよるが最低でも一週間はかかるので今日は断念するしかない。
「これは……スープ……なのかな?」
アルフレッドに呼ばれてダイニングに来たカインはフローラの初料理を席にも着かず怪訝な顔で眺めていた。
こちらのスープといえば細かく切られた野菜が少し入ったほとんど水分のスープが主流で、シチューのような具材がごろごろとした食べ物はこの世界ではあまり馴染みがない。
「アルフレッドも一緒に食べよう」
カインはあからさまに警戒していた。
「お兄様! アルフレッドに先に食べさせて様子を見るつもりなんじゃ……私を信用してくださらないのですか?」
「まさか。こちらに来てる間はいつも一緒に食べてるからね」
(貴族のお嬢様が突然作った料理なんて不安で当たり前だよね。仕方ないか)
フローラはなかなか食べ始めないカインを無視してクリームシチューを口にいれた。
「んんん~! 美味しい!!」
具材の形状の違いは多少あったがちゃんと懐かしい味がした。
パクパク食べ進めるフローラを見てようやくカインもスプーンを手にしてシチューをすくった。自分が食べ始めないとアルフレッドが手を付けないことが気になったからで未だ不安の色が隠せていない。
意を決して一口食べたカインは驚いて顔を跳ね上げた。
「……これは本当にフローラが?」
「はい。お嬢様が全て一人でお作りになられました。包丁さばきもお見事で」
その後は黙々とスプーンを動かしカインはあっという間に完食した。フローラは薄味に慣れていて口に合わなかったのかもと少し不安に思ったが、少食のカインが完食したのは何よりの答えだった。
「すごく美味しかったよフローラ。とても信じられないけどどこで覚えたんだい?」
アルフレッドがいれてくれた食後の紅茶を飲みながらカインに聞かれてフローラはドキリとする。
「えっと、はしたないと思って黙っていたんですけど前からお料理に興味があっていろいろな本を読んでいたのです……」
「…………そう」
(どう? どう? この言い訳。苦しい? お願い納得して!)
フローラは心で叫びながら押し黙ったカインの答えを待った。カインの表情は珍しく険しい。貴族の娘の趣味が料理なんてやはりよく思わないのだろうかと不安がよぎる。しかしカインが納得してくれないと今後の田舎で自炊ライフが厳しい。
(それは困る! まだパン作ってないし!!)
「ごめんなさい……貴族がお料理なんてダメですよね……でもあの、できればここにいる間だけでもお料理に挑戦してはいけないでしょうか……? ぜったいに口外しません! お願いします」
フローラは懇願した。
「あ、いや……料理することに怒っているんじゃないんだよ。ただフローラにクラウス様以外の趣味があったことに驚いているだけなんだ」
確かにフローラの趣味はクラウス様以外に何もなかったのでぐうの音もでない。
「あ、あ、ありましたよ! い、いっぱい!! 趣味なんてそれはもうたくさん! なんだっけ、ほら! お茶会とかしてましたでしょ!?」
そこまで言ってそのお茶会がクラウスに色目を使った令嬢達を締め上げるお茶会だったことを思い出し顔色を青くした。
「いえ、違います違います!! そうじゃなくて、買い物とか……? (買い物もクラウス様の気を引くためだしうーん……)」
目を白黒させまごまごと言い訳をするフローラを見て、カインは声を出して笑い出した。
「アハハハ! フローラ、なんて顔をするんだい!」
「えっ顔なの? 顔? お、乙女の顔を笑うなんて失礼ですよ!!」
「んんっ! ごめんごめん。んふっ」
カインはなんとかいつもの顔に戻ろうとするが堪らえようとすればするほどおかしなツボにハマる。
(あれ? お兄様ってもしかして笑い上戸なの?)
フローラはカインに近寄るとツン、と身体をつついて変顔をしてみせた。
「んぶっ……!! やっやめっんふふふふふふふぅアハハハ」
戯れ合う二人を見ながらアルフレッドはまたひっそりと涙を拭った。
「この尊い二人のお姿を絵画にしてベンハルト様に届けなければ。私の私室用にも一枚……!」
アルフレッドの宣言も聞こえないぐらいひとしきり笑い終えたカインは少し決まりが悪そうな表情で座り直し襟を正した。
「ん……コホン。料理をするときは必ずアルフレッドと一緒にするって約束して欲しい」
カインは条件を出したがフローラはキッチンに立つことを許された。
(これで思う存分パンが作れる!!)
「お兄様!! ありがとうございます!!」
飛びついたフローラをカインはぎゅっと受け止めた。




