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第二十九話 『パズルを少しずつ埋めている』

 もう、迷いはない。


 先にそう評したが、穿った見方をすればまた事実は少し異なる。確かに、ネミィやシアンの抗いの意味を、答えへ繋ぎたいという気持ちが心の全面に出るようにはなった。だがイコール、二人への罪悪感が消えたという訳でもないのだ。目の前の高く理不尽な壁――今回においては、主に赤の大魔王という危機に集約されるのだが――その壁と、自分の決断を迷いながらでも、向き合い続けよう。遅ればせながら、そう覚悟を決めただけの事である。


 だから、より正確に言い直すと――。


「迷い続けることに、もう迷」


「えっと、ギーズは紅茶、ホットで良いのかな?」


「ああ全力で熱くしてくれ、熱いのが好きなんだ」


「完璧にスルーされた!」


 華麗に俺の存在を無視するステラは、少し疲れ顔。

 どうも、急に元気になった俺に呆れている様子だ。


 正午前の、庁舎西棟一階の医務室。

 目を覚ましたセシリーさんがステラと紅茶を用意する中、そして、称号システムに抗った影響で兎が寝息を立てる、そんな中。黒髪の男は壁に立て掛けられたカーテナと俺を交互に見つめて、テーブルを挟んで向かいに腰を下ろした。

 その瞳は、烏のように、鋭く、俺の内側を睨んでいる。


「で、さっきのはどういう意味だ? まるで俺がここに来るって最初から分かってたような口ぶりだったが?」


「実際、可能性は高いと思ってたよ。お前がパジェムを調査してたって話は聞いてたから、実際に接触した俺たちに事情を聴きに来るだろうと思ったし――何より俺が『六人目の勇者』だと明かしたら、お前は絶対に接触を図るとも思ってた」


「――――」


「赤の大魔王討伐、諦められないもんな」


 踏み込んだ俺の発言に、ギーズが絆創膏を張った拳を握り締める。

 恐らくは、攻略戦で負った傷だろう。


 庁舎中庭であれだけ大っぴらな行動を見せれば、誰かがこの医務室に訪ねて来るだろうという予測はあった。周囲の目が大勢あるこの場所でパジェムは直接的な行動には移らないだろうし、セリーヌさんは積極的に動かないタイプ。

 ギーズかヤマトの二択だったが、会議中に六人目との協力体制は築くべきだと主張したギーズの方が、色々気遣ってくれるヤマトより、可能性は大。


 予想通りだと微笑む俺に、ギーズは目を細めた。

 すでに裏事情は色々と察しているらしい。


「食えねえ野郎だ、お前もヤマトもな」


「言っとくが、俺を会議に誘ったのはヤマトだからな」


「乗ったお前もお前だろ?」


 そう言われると否定の句が継げない。

 ぐぬぬと俺が表情を歪める一方、ギーズは整った医務室を見回して。


「話し合いって雰囲気じゃねーな」


「――――」


「提案っていったところか?」


 ズバリとこの場の趣向に切り込んだ。

 なるほど、この洞察力はお茶らけたヤマトにはない。幼女趣味に毒されているとは言え、伊達に五芒星の一角を背負っていないという訳か。

 胡坐を崩して膝を立て、俺はまずはこう告げた。


「俺が提案したいのは、魔神信仰会と結託し聖剣エクスカリバーを狙ってきたパジェム、及び目覚める瀬戸際の赤の大魔王攻略法についてだ!」


 向かいのギーズが、険しい表情で目を細める。

 そんな彼に、右手の人差し指を立てて。


「結論から言おう」


「――ああ」


「俺たちは、赤の大魔王とは戦わない」


 攻略の、根底を覆す発言から始めることとした。





 そもそも、俺たちはパジェムの脅迫状の件と、魔神信仰会ジュエリーの目論見を切り離して考えようとしていた。前者はロブ島へ脱出することで回避し、後者は信頼の置ける勇者に任せてしまう。それを解法と考えた。

 だが実は、この二つは同時に解決しなければならなかった。


「――戦わない、だと?」


「事態は分かってますよね?」


 二人の青目族が俺の発言に目を丸くする。

 赤の大魔王復活が秒読みとなっている現状で、この提案は正気を疑われてもやむを得ない類のものであるのも事実である。

 そう、事実ではあるのだが――。


 少し待って欲しい。

 トオルがお盆ごとギーズの前に出した紅茶。

 明らかにそれがおかしいのだが。


「誰が沸騰させろっつった!?」


「熱いの、好きなんでしょう?」


「限度があるだろ、限度が!!」


 イタズラ顔でにやりと舌を出すトオル。その愛想は大変可愛らしいが、この少女のギーズ嫌いもどうにかして欲しいものである。

 セシリーさんが怯える中、背後で悠々と水を沸騰させたステラもだが。


 俺も、一応自分の紅茶の温度も指で確かめて。


「ま、まあ、ギーズが火傷するのは宿命と諦めて、詳しい考えを披露する前に情報共有から始めたい。墓地の地下で魔神信仰会のジュエリーやパジェムが漏らしていた目論見ってやつを、俺とセシリーさんから聞きたいだろ?」


「宿命ってのがアレだが、確かに情報は共有しときたい」


 若干不服そうなギーズを前に、語りは俺とセシリーさんの二人体制へシフト。昨日小屋にいた時も、彼女は魔神信仰会云々の話とは無縁の場所にいたのだが、ここまで深く関わってしまったら、説明しない訳にはいかなかった。

 何より、彼女もあの墓地地下でパジェムらの悪意に触れている。


 尤も、そこからの順応性の高さには舌を巻く。

 さすがは、異世界一のコミュ力お化けだ。


「まず、敵の狙いを整理しましょう。魔神信仰会の狙いはニュースにもあった通りで、赤の大魔王復活です。それに引き換え、パジェムの狙いは大魔王討伐による名声や栄誉。――目的が正反対の協力関係は一見矛盾して見えますが、魔神信仰会側が大魔王の強さに絶対的な信頼を置いているお陰で成立している模様です」


「パジェムじゃ大魔王を倒せないと高を括っとる訳じゃのう」


 レイファが窓際から補足すると、ギーズは静かに感心した表情を見せた。この緊急時に淡々と大事な情報を整理し、プレゼンする能力。

 セシリーさんに対する評価が、ギーズの中で格上げされた瞬間だ。


「ほーう、悪くない人材だな」


「勧誘は裏メニューですので、お高くつきますよ?」


「そりゃ素直に残念だ」


 ギーズが肩をすくめて、勧誘を諦める。

 それを確認して、話を引き継いだ。


「俺たちが聞いた奴らの契約内容は二つ。一つは赤の大魔王の封印を解くことをパジェムが見逃す代わりに、復活した赤の大魔王を討伐するのをジュエリーも見逃すっていう契約。もう一つは、俺から聖剣エクスカリバーを奪うための契約だ」


「前者はセシリーの話で納得ですね」


「だが後者がいまいち分からんな。パジェム側からすれば、伝説の聖剣を大魔王攻略の切り札と考えたんだろうが、魔神信仰会側が協力する理由は何だ?」


「それはわしも気になっておった。伝説の聖剣が大魔王を滅ぼせる危険な因子と考えるならば、パジェムの手に渡っただけで満足というのは聊か疑問じゃ」


 朦朧とする意識の中から引っ張り出した彼らの契約内容に対し、各々が見解を述べて、難しそうな表情で首を捻る。当然、俺もジュエリーの徹底的なイメージに合わないので、内容を咀嚼するのに苦心していた。

 そこへ、一つの可能性を提示したのはステラである。


「――多分、怖いんだと思う」


「え?」


「聖剣じゃなくて、沙智が聖剣を持ってることが怖いんだと思う。あんたを侮ったせいで、はずれの町の計画が破綻させられてるから」


 その意見に、まさかと俺は思った。

 しかし、座布団に正座で座ったステラの様子は真剣そのものであり、はずれの町で二年間ジュエリーと付き合いがあった彼女に、反論をする者は誰もいなかった。

 過大評価にも程があると言いたい気分だが、一先ず呑もう。


「ったく、俺を猛獣と勘違いしてるのかね」


「実際には、ちっぽけな鼠なんですけどね」


 トオルの言う通りである。

 さて、話を切り替えて。


「因みに、パジェムの動機について思い当たる節は?」


「あの男は昔からヤマトに対抗心を抱いててな。今回の一連の魔王討伐もヤマトが一番手だったから、色々と気に食わない所があったんだろう。大魔王を倒してみせることで、自分が一番最強だと知らしめる。……はぁ、歪んだ勇者像だ」


「そのせいで俺とセシリーさんは死にかけたんだけどな」


 身勝手な勇者に唇を尖らせると、気絶していただけじゃないかという厳しい視線が四方から飛んで来るので目を逸らす。

 ただ俺はともかく、セシリーさんが重症だったのは疑いようのない事実。いずれパジェムには、この落とし前をつけねばなるまい。


 俺が勝手に意気込む一方、ギーズは眉を顰める。

 結論だけで放置中の俺に、痺れを切らしたようだ。


「で、大魔王と戦わないってのは?」


「それを説明する前に、最後にもう一個。ギーズらもあの後、攻略戦で墓地地下には入ったはずだろ? ――赤の大魔王の封印ってどういうものだった?」


「ああ、銀の巨大像の封印か」


 ギーズは取り立てて不満を漏らすこともなく、腕を組む。

 彼の、こういう物分かりの良いところは大変有難い。


「奴が眠っていたフロア全体を覆うように魔法陣が広がっていた。恐らく『封印玉』ってアイテムの効力を拡大するタイプの魔法陣だ。問題の『封印玉』がどこにどういう形であるのか、残念ながら掴めなかったがな」


 彼の見解は、概ね当時のアルフの所感と合致する。

 ただ、少し違ったのは――。


「ジュエリーのせいで、封印が弱まってるんだよな」


「いや、それは違う」


 俺の推測の方だった。

 首を横に振るギーズに、俺は目を見張る。


「『封印玉』の効力は恐らく千年前と変わっていない」


「はあ、じゃあ何で赤の大魔王は?」


「細工されたのは『魔法陣』の方だ。『封印玉』の効力を拡大し切れなくなって、眠れる王が封印を押し退け始めたんだ」


 ギーズの指摘に、場がしんと静まり返る。

 要するに、魔法陣によって辛うじて保たれていた封印全体の質が、魔法陣に細工されたことによって低下し、化け物を抑えきれなくなった、と。

 封印の要そのものを壊す必要のないくらいの、力の拍動。


 ――王は、伝説級のアイテム一つでは抑えきれない。


「聞くだに恐ろしい化け物だね」


「全くじゃ」


 ステラとレイファが同時に顔を顰める一方で、俺は小指を抓んで思考した。ただし、俺の表情を見た者が、これ以上辛気臭い表情になることはなかった。


 確かに、推測とは違った。

 だが、当初の考えは生きたままだ。


「なら、やっぱり大魔王と戦う必要はない」


「何だと?」


「――その魔法陣さえ、修復できれば良いんだろ?」


 意地悪な笑みを浮かべて提案した俺に、セシリーさんやトオルが息を呑む。赤の大魔王の封印の揺らぎが、魔神信仰会による魔法陣の細工に起因するのであれば、話は単純。細工された魔法陣を、元に戻せば良い。

 それだけで、赤の大魔王は再び深い眠りにつく。


 一方で、世情に通じているステラ、ギーズ、レイファの三人の表情は渋い。三人を代表して、ステラが不安そうな表情で俺の肩を小突いた。


「修復すればって言うけど、それって時間的に相当難しいよ。綿密な情報の設計図が必要なのは勿論、針に糸を通すような作業をフロア全体に施さなきゃいけない。到底、赤の大魔王が復活するまでに間に合わないよ」


 ステラの疑念は尤もだ。

 だが、時間という問題は、もはや問題ではない。


「いや、構造さえ分かってりゃ充分間に合うさ」


「え?」


「なあ、レイファ」


「――ああ、なるほどのう」


 俺の言いたいことを察して、最強悪魔がキリっと八重歯を見せる。

 レイファは窓際から議論の中心へ歩み寄ると、右手に紫苑の魔力を放ち、俺の空になったマグカップに触れた。瞬間、マグカップが変形を始める。

 材料があって、構造を知っていれば、何でも作ることができる。その生成過程に必要な外部エネルギーや、触媒、そして時間は問わない、万象の奇跡。

 黒と赤の怪物の真骨頂。――ユニークスキル『万物創生』だ。


「な、何だ?」


「過程を無視して結果へ繋げる、わしの得意分野じゃ」


「魔法陣の構成さえ掴めば、修復可能という訳ですか」


「で、でも、どうやって構造を知るの?」


 魔法陣が修復可能ということは納得してもらったようだが、当然それだけでは赤の大魔王復活阻止には足り得ない。魔法陣の「材料」は現場にあるとして、重要なのはステラが言った通り、魔法陣の「構造」である。


 それを知る方法は、恐らく一つだけ。

 だからこそ、二つの問題を同時に扱う必要があった。


「パジェムから聞き出すんだよ」


「アイツから?」


 ステラは疑念の眼差しを向けるが、俺は充分可能性があると考えている。あのパジェムという男は、独善的で横暴だが、自分の力量を図りかねる真似はしない。

 癪だが、俺と同じく、後ろ向きに周到なタイプだ。


「魔神信仰会と手を組む危険性はアイツも理解してるはずだ。もしも俺から奪った聖剣エクスカリバーが役に立たなくて、赤の大魔王を倒せないとなったら、アイツは大魔王復活に協力した極悪な犯罪者という立場で終わる。それこそ、パジェムが金と名声に懸けて避けたい結末だろう。だから、保険を考えて――」


「――魔法陣を治すための設計図を持っている、って訳か!」


 俺の狙いを一早く察知して、ギーズは掌を打つ。

 もしも俺の作戦が不可能と判断されるなら、ここでギーズが俺の観察した結果と異なるパジェムの人物像を上げる可能性が原因だったが、問題ないようだ。

 周りの表情を見渡すに、他の面々も納得したご様子。


 一方、自分で言っていて不思議に思うこともある。

 それは、聖剣の自己防衛機構についてである。


「まあ、何でパジェムが聖剣エクスカリバーを欲したのかは疑問だけどな。聖剣って持ち主から離れたら独りでに鞘に収まって、誰も引き抜けなくなるだろ?」


「確かに本来、持ち主以外を聖剣は認めない」


「だよな」


「が、例外もある」


 力強く言い放ったギーズに、俺は息を呑む。

 第三者が聖剣を扱える、例外。


「簡単な話さ。持ち主が聖剣を抜いている間に、鞘を壊してしまえば、持ち主の手から離れても刀身は出たままだ。ただでさえ曰く付きな上、レベルの低いお前がそれで『雷鬼王』を滅ぼした実績もあるから、大魔王にも有効と思ったんだろう」


 ギーズの説明に一定の理解を示して、俺は肩をすくめる。

 戻る鞘を壊すという野蛮な方法で、認められていないパジェムが聖剣の自己防衛機能を突破できるというのは理解できた。レベルの低い俺を見て、『雷鬼王』を突破した功績は、六人目の実力ではなく、聖剣の力だと認識するのも至極当然。

 というか、紛れもなく事実でもある。


 ただ、気になったのは別の一点。

 聖剣エクスカリバーが曰く付きという点だ。


「お前、知らないのか?」


「沙智は何も知らないよ」


「さらっと酷い!」


 真顔でフォローとも言えないフォローを入れるステラ。俺がガタンとテーブルを揺らして叫ぶと、へらへらと笑って怒りを受け流した。

 そんな様子に嘆息しながら、ギーズが話し始める。


「この世界で伝説の聖剣と呼ばれるのは四振りだ。その中にはお前が持ってる聖剣エクスカリバーも名を連ねるが、正直な話――」


「正直な話?」


「他の三振りと性能を比べれば、明らかに見劣りする」


 それはまた、悲しいことである。

 実際のところ、俺が聖剣エクスカリバーに頼った時間は刹那であり、その権能を正しく理解できたとは、どうも言い難かった。

 リュックの中にある聖剣に視線を遣って、説明を聞く。


「他の三振りは、持ち主にユニークスキルを与える特別な名刀だ。『果て無き剣』を与える聖剣アメノハバキリ、『砕けぬ盾』を与える聖剣ゾルファガール、そして長い歴史の中で紛失した、『真なる王冠』を与える聖剣アロンダイト。――それらに比べ聖剣エクスカリバーは、そこらの聖剣より元々の魔力容量が高い程度だ」


「何でそんなのが伝説に数えられてんだ?」


「この世界に聖剣を落とした女神が、唯一言葉を残したからさ」


 世界に聖剣を落とした、女神。

 思い返せば、キャロルが似たような話をしていた。ある神様が聖剣を落とした場所に、純粋な聖属性の魔力が溜まり、『聖域』が生まれると。

 そんな、『勇者』に抗う力を与えた、始まりの女神が、この聖剣にどんな言葉を残したのかは、大いに気になった。千年もの間、誰も選ぶことのなかった聖剣がどうして俺を選んだのか、その意味が、気になった。


 少しの沈黙の後、ギーズは目を細めて。

 声が、響く。


「――『いずれ来たる君を待つ』ってな」


「――――」


 瞬間、肌で感じたのは透明に響き渡る、鈴の音だった。

 その曰くの言葉を、いつか来たる英雄の登場と解釈している他の面々と違って、俺は別の意味に感じならない。あの調子の良い女神様が、チラついてならない。

 この感覚を分かり合えるかもと、僅かにレイファの方へ視線を彷徨わせたが、彼女は腕を組んだまま、不思議そうに首を傾けるだけだった。


 まあ、今はその事はいい。

 正面の問題に集中しよう。


「にしてもパジェムの奴、ボロってくれるか?」


 話を戻して、難しそうに首を傾けるギーズ。そんな彼に対し、俺は自分のリュックの中から、ずっと隠し通してきた切り札となるソレを取り出して。


「ボロるさ、これを見せればな!」


「お前、それっ!?」


「ああ、なるほどね」


 ソレの有様にギーズが驚愕し、ステラが意地悪に微笑む。

 ついでに俺も意地悪に笑って、反撃の狼煙を。


「じゃ、作戦を説明する――!」


 高らかに打ち上げた。





§§§





 作戦は、自治会庁舎から静かに始動した。

 気持ち良さそうに眠っているアルフに、必ず吉報を持ち帰ると勝手に約束して、俺はセシリーさんと二人で医務室から退室する。

 そう、この作戦の要は、俺とセシリーさんである。


 本当は、回復魔法で傷口が塞がったとは言え、セシリーさんには安静にしていて欲しかった。だが関わってしまった以上は最後まで付き合いますと、真剣な表情で覚悟を宿した瞳を見せられると、止める言葉は出てこなかった。

 口八丁でこのコミュ力お化けに叶うはずがないのだ。


「――――」


 だから、もう何も言うまい。

 言う必要も、ない。


 西棟から敢えて南棟に移動し、人目が多い庁舎中庭を突っ切って、北棟の正面ゲートへと足を進める。当然俺は称号『認識外の存在』をオンにしてあるが、特徴的な服装と先刻のパフォーマンスの影響で、大勢の注目を攫った。

 正直、居心地が悪くて、何だか背筋がむず痒い。


 それを堪えて、何とか北棟廊下に辿り着く。

 その時だった。


「――あら、可愛いらしいお方!」


「へ?」


「赤の国自治会の関係者のお方ですか? 自治会会長様にお会いしたいんですが、どちらにいらっしゃるかご存知ないでしょうか?」


 目の前に飛び込んできたのは、茶髪のボブカットの、朗らかに笑う少女だった。前髪には桃色のコスモスを飾り、白を基調とした衣装は一見地味だが、決して安物という訳でもなさそうだ。良い身分の少女、といった感想である。

 その奥には、細身の老人が一本の棒のように、キリっとした姿勢で佇んでいる。白髪の老躯で、質実剛健といった印象を受ける。


 こんな有事に、赤の国のトップに会いたいという二人に疑問を感じなかった訳ではないが、悪いことを考えている様子でもなかったので素直に教えてやる。

 自治会会長室の所在を聞いた二人は、深々と頭を下げて。


「私、シンディーと申します」


「はあ」


「機会があれば、またお会いしましょ!」


 天真爛漫な笑顔を残して、去って行った。


【エクスカリバー】

 沙智がジェムニ神国教会で認められ、手に入れた聖剣だよ。千年もの間、如何なる勇者をも拒み続けたとして有名な聖剣で、聖剣というアイテムをこの世界に落とした女神様が『いずれ来たる君を待つ』なんて言葉を残したもんだから、少し注目を浴びていたみたい。どうして沙智なんかを認めたのか……やっぱり頭のアンテナと親和性があったのかな?



※加筆・修正しました。

2020年6月28日  加筆・修正

         ストーリーの一部変更

         新規ストーリーの追加

          ・聖剣エクスカリバーの伝承

          ・作戦前の邂逅


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