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第二十四話 『裏切りの勇者を知っている』

 沈黙の王はピタリとも動かない。

 寝息で空を焦がして、眠り続ける。


 この静かな銀像を眠らせる『封印玉』さえ手中に収めてしまえば、魔神信仰会による赤の大魔王復活の目論見を阻止できるのではないかと期待したのだが、探してみても周囲にそれらしき物は見つからなかった。

 だが、生憎とそれを残念に思う余裕もなかった。この封印場所がジュエリーに割れている可能性がある以上、一刻も早く次の行動を取らねばならなかったのだ。

 その選択の一つが、俺たちが心配げに目を向ける方にある。


「この情報は、必ず勇者に伝える必要がある」


「うんうんー!」


「だが俺たちは、その勇者と絶賛対立中だ」


「そだねー!」


「そこで報告役は、万が一の時も渡り合える強い奴が良いんだ」


「なるほどー!」


 指を立てて説明する俺に、兎は調子よく相槌を打つ。

 本当に分かってくれているか、心配だ。


 俺かセシリーさんが赤の大魔王の報告に向かった場合は、化け猫シアンと遭遇した瞬間に、何も伝えられないまま即お陀仏となりかねない。その一方で身体能力だけ無駄に高い兎であれば、少なくとも情報は確実に伝えられるだろう。

 ただ、唯一にして最大の問題点があった。


「アルフ、迷わずに行ける?」


「モチのロンだよー!」


 この兎、希代の方向音痴である。

 その迷子力には目を見張るものがある。頼られて嬉しそうにする兎に、俺やセシリーさんが不安を抱えるのも仕方ないだろう。


「本当に?」


「今度こそー!」


 完璧な決め顔でサムズアップする兎。

 ああ、これは駄目なやつだな。


 とは言っても、この場での最大戦力たる大悪魔レイファを目の前の脅威から遠ざけるのには潜在的な忌避感があった。彼女に『テレポート』で飛んでもらっている間に、もし赤の大魔王が目覚めでもしたらと思うとゾッとする。

 故に、何としてでも兎には、早馬をやってもらわねばなるまい。


 そこで、ふと妙案が思い浮かんだ。

 正直、五分五分ではあるが。


「おい、アルフ」


「なあにー?」


 アルフの白い左耳を引っ張って口元に寄せ、コソコソと思いついた『設定』を語る。すると兎の表情は、驚愕、不安、そして漲る自信へと色を変える。

 最後には、出口の階段へクラウチングスタートのポーズを取り。


「私、負けなーいっ!!」


 兎らしく騒いで駆けていった。


 それっぽく応援して見送る俺に、セシリーさんが大丈夫ですかと苦笑交じりの笑みを向けてくるが気にしない。仮に兎が迷ったとしても、最悪、異変に気づいたセリーヌさん辺りが『鳥の目』を介して拾ってくれるだろう。


 さて、これ以上の長居は無用だ。

 俺たちも早く脱出しよう。


「――――」


「沙智さん?」


 歩き出そうとして、あるはずのない銀の視線を感じて止まる。

 赤の国の渓谷に横たわる脅威。ミシェルが察知し、ネミィに託し、ジュエリーが策謀を巡らせ、裏切りの勇者が追随する、悪意。

 この理不尽を体現した喋らぬ大魔王が、諸悪の根源なのだ。この銀像の脅威さえなければ、一人の少女が無謀を侵すことはなかった。『イズランドの決まり』に抗って、赤の国の住民に発破をかけて犠牲になる必要なんてなかった。


 そう、そうなのだ。


「こいつが、いなければ――!」


 あの無責任な言葉を撤回することもできず、死を選んだ少女に謝罪することも叶わず、心に残った罪悪感は油のようだった。ギトギトと未練がましく、涙を弾き続ける油。熱を帯びて引火し、平常心を燃やし始める油。


 この世の理不尽な壁に、怒りとなって油は燃え盛った。

 それが、眠れる銀に無責任を押し付けて必死に逃げようとする自分の女々しさだと気づいたら、一層勢いを増して燃え上がって。

 もう、荒れ狂う激情を、消化することなど――。


「沙智さんが私に衝動を思い出させてくれたんですよ。家出した兄や、感情を凍らせていたあの子に、本当は伝えたかった言葉を」


「え?」


「今では思うんですよ。一緒にいてくれてありがとうって、素直の気持ちを言葉にすれば良かったんだって。だから、きっと間違ってなんかないんですよ」


 振り向けば、胸に手を押さえて、優しい表情で。

 シアンと相対したカフェで、彼女の部下の獣人を押し切って、俺の前に進み出た時と同じように凛々しく、強く、自分の気持ちに、まっすぐに向き合って。

 いつか、怒れる猫に物怖じせず宣言したように。


 だからだろうか。

 間違ってないという言葉を否定で振り払いたいのに、咄嗟に声が出なかった。慈愛に満ちた表情で俺の隣を横切るセシリーさんを、掴んで止めることもできず、歩いていくその背中を目で追うことしかできなかった。


「綺麗な言葉で飾る必要なんてなかった。傲慢でも、無責任でも、身勝手でも、何だって良い。それが、一番に伝えたいって願った言葉なら」


 間違ってるって、声を大にして言ってやりたい。

 言ってやりたい、でも。


「だって、あなたはもう自分の衝動を知ってるじゃないですか?」


「――ッ」


 振り向いた笑顔が、羨ましくて。

 声が、心の中に強く響いて。


『――――』


 瞬間、俺の身体はバランスを失って背後に倒れ込んだ。何が起きたのか全く分からないまま背中から床に叩きつけられ、時間差で誰かが倒れる音と、流れ出る命の音を聞いた。分からないまま、視界に黒い靄が掛かって。


 胸部に、チクリと痛みを感じたまま。

 意識が、途切れ――。





◇◇





 場所は変わって、渓谷墓地の東にポツリと佇む小屋の中。

 七瀬沙智たちが墓地地下で封印された赤の大魔王と遭遇したのと丁度同じ頃、ステラたちは小屋の中で息を潜めていた。ステラは部屋の片隅に積まれた非常食の箱の陰に腰を屈め、トオルは戸棚の陰で右手に銀のチョコ粒を弄らせ、レイファは開け放たれた入り口のドアと内壁の隙間に潜んで。

 彼女らは、別にかくれんぼをして遊んでいる訳ではない。


「出て来い」


 白い髭の、老いた男だった。

 黒い外套に身を包み、冷めた紅茶のマグカップが置かれたテーブルの周囲を、男は手当たり次第に探っていた。

 右手に持つ鉈の柄には、白黒の砂時計の紋章。


「いるのは分かってる」


 ――魔神信仰会勢力の、襲撃だ。


 積まれた箱の陰で、ステラは自分の甘さを呪った。脅迫状に指定された正午から六時間も超過して、もう敵は現れないだろうと気が緩んでいたのである。

 ネミィの死を聞いて少し一人になりたいと出ていった沙智に、気を遣って付き添わなかったことをステラは痛烈に後悔した。


 そう唇を噛みしめている間にも、男は物色を続ける。

 このままでは見つかるのも時間の問題だった。


「――っ」


 だから、ステラは沙智の心配を一旦端に除けた。ドアの曇りガラス越しのレイファと物陰のトオルの二人と、チラリと目を合わせる。

 右手に魔力を込め、息を潜めて必殺のタイミングを待つ。


 男はふと、非常食の箱の傍に雑に置かれていた沙智の茶色のリュックサックに気づく。そこに聖剣があるか確かめようと手を伸ばして――。

 瞬間、レイファの金切り声が響き渡る。


「今じゃ!」


「『ウインドカッター』!」


「ぅおっ!?」


 陰から非常食の箱を右手で乗り越えて、先制の風魔法。鋭く一直線に首筋を狙った風の刃は、空を裂きながら轟いて。


「――ッ」


 しかし、すんでで躱される。


 男は雨の線が残ったままの窓ガラスの隣まで身軽に飛び退いて、風の刃でフローリングの床に空いた裂け目と、ステラを交互に見つめた。

 そして、頬が裂けるほどにったりとどす黒い笑みを浮かべる。


「失敗、したな?」


「――っ」


 鋭い眼光に、ステラの胸が怯えてドクンと鳴った。

 奇襲は完璧なタイミングで嵌った。それでも仕留められなかったということは、敵がステラの想定を上回る手練れだったというだけの話である。

 それでも、チャンスをしくじったという感覚が確かにあって。


 レイファやトオルのフォローもある、大丈夫。

 そう頭では理解しても、不安が隠し通せるかは別だった。共鳴したら窓ガラスさえ割ってしまうのではと疑うほど、ステラの拳は震えた。


 震えて、窓ガラスは――。


『――――』


 実際に、割れた。


「え?」


「何!?」


 比喩でもないし、拳の震えが本当に共鳴した訳でもない。

 飛び込んできたのは、黒い影。


 理解が追い付かないまま、背後からトオルの必死な叫びが轟いた。

 黒い影は少女の絶叫に止まるどころか速度を増して飛び交った。割れた窓から戸棚へ、テーブルへ、天井の照明の紐を掴み、驚愕のステラたちの目の動きを置き去りにして、瞬く間に白髭の男の背後を取る。

 影は、男に振り向く間も与えず、強力な手刀を放って。


「いいや、充分気は引けたッ!」


「ゴボ―ッ!!」


「おっと、危ないのう!」


 勝利宣言と共に、レイファがいたドアへ男を弾き飛ばした。

 手に覆われた魔力を見るに『格闘』スキルに違いない。黒い影――敵の男と同じく真っ黒な外套を着飾る若い短髪黒髪の男は、その一撃で敵の意識を刈り取った自信があったのだろう。状態を確認もせず、声を張り上げる。


「コリン、結界を張れ!」


「了解っす!」


 黒い男の叫びとともに、遅れてドアから突入してきたのも、これまた若い紺色の髪の男。コリンと呼ばれた人物は部屋の中心に駆け込むと、屈んで手をついて、紫苑の魔力を地面に流し始めた。

 突如、細い綱の上に立たされたように、体が揺らぐ。


「『箱庭(ボックス・ガーデン)』!」


 波に揺られているかのような浮遊感が身体を支配し、気づけば、ステラたちは薄ら紫の歪な空間に、部屋のフローリングの床だけ持ち込んで浮いていた。

 コリンは親指を立て、完了を合図する。


 窓ガラスが割れてここまで、たったの数秒だ。

 状況を飲み込む暇などなく、無駄のない一瞬の制圧に感心する間もない。ただ、動揺と驚愕だけが交互にステラを支配した。

 一方、安堵して溜息を溢す、黒い影に――。


「ふう、これで」


「『これで』、何ですか?」


「――――」


 トオルはかつてないほど不機嫌な表情で、チョコ粒による『砲撃』で背後から首筋を狙っていた。

 目まぐるしい動きが止まって、ようやくステラの頭が回り出す。この場にコリンなる人物がいるという事実。トオルがこうも不機嫌になる相手。そして、夜のような漆黒を好み、青い瞳を輝かせる、若い黒髪短髪の影。

 それが、一体全体、何者かを。


「昔みたいな言い訳はなしですよ、ギーズ」


「そう怖い顔するなよ、ルイス」


「トオルです」


「お前、まだ言うか!」


 男は、反撃を奏でる五芒星の一角を占める者。

 一連の騒動で、魔神信仰会と結託して聖剣エクスカリバーを狙う裏切り者の勇者である可能性が最も高いと思われた男。

 青目の勇者、ギーズその人だった。





 断絶している薄紫色の空間の壁に、レイファがツンツンと指で触れる。すると壁は、触れた場所から綺麗な波紋が広がっていく。今度は息を吹きかけると、薄紫色の壁はガラス窓のように白く曇った。

 それらの反応に、レイファは満足げにコクコク頷く。


 あの悪魔は何を遊んでいるのか。

 ステラが呆れて目を細めるのも無理はない。


「うむ、良いユニークスキルじゃのう」


「部屋ごと異空間に飛んだようなものっす!」


「しかし、内側からは簡単に壊せそうじゃ」


「壊しちゃダメっすよー!」


 レイファとコリンの気が抜けるような談笑に呆れる一方で、あのレイファが警戒心を解いて等身大で接しているところを見ると、ギーズらは敵ではないのだろうと分かり、ステラは少しだけ安堵もした。

 依然としてトオルは、頬を膨らましたままだが。


 ギーズは外套を脱ぐと――脱いでも、内側のベストは黒かったのだが――テーブルにお尻を軽く乗せ、ゆっくりと語り始める。


「俺たちは、ある勇者の疑惑を調査していた」


「まだ聞いていません」


「茶々を入れずに素直に聞け! ……セリーヌからの情報提供があってな。それぞれの魔王退治の際、ソイツが魔神信仰会と癒着して、不正に『魔王撃破』の称号を得た疑惑が上がった。それが事実なら、奴にもはや勇者たる資格はない。そこで、決定的な現場を押さえようと、俺たちはここ数日奴の尻尾を追っていた訳だ」


 そう釈明して、ギーズは冷たい目で床の隅を睨んだ。

 そこにはガムテープでコリンがグルグル拘束中の、意識のない白髭の男の姿があった。魔神信仰会の紋章が入った、鉈も。


「コイツの名はサイラス」


「サイラス?」


「奴の腹心だ。ずっと追っていたが遂に押さえられた」


「前回は、そこの悪魔の邪魔が入ったっすもんね」


 事情を聴いていると、突然知人の名前が挙がったのでステラは驚いた。

 当の本人は、すでに結界から興味を失って、椅子でチョコを頬張っている。何となく返答を予想しながらも、ステラは尋ねてみた。


「邪魔って言うと?」


「夜中に大人数で街中を遠慮もなく駆け回っておってのう。子供らの安眠を脅かす不逞な連中に天誅を加えただけのことじゃ」


「この子供大好きっ娘め」


 何というか、レイファらしい返答だった。

 悪魔のそれは性質上、ギーズの残念な性癖と似通った部分があるのは事実だが、邪な考えがあるかないかでステラはしっかり区別したいと考える。

 ギーズはロリコン、レイファは子供大好きっ娘である。


 戯言はさて置き、ステラはトオルと顔を見合わせた。

 彼の話に登場した、魔神信仰会と癒着した勇者というのは、彼女らにも聞き逃せないワードだった。七瀬沙智ではないが、彼女らもその敵を絶対に見つけ出してやろうと、実は内心では躍起になっていたのである。

 そんな事情を、驚くべきことにギーズは知っていた。


「ここ最近の魔神信仰会とお前らの関りは、触りだけだが知っている。セリーヌが情報を、逐一俺にも寄越したからな。どうせヤマトの部下への嫌がらせってところだろう。今日、奴がお前らに接触を図る可能性も把握していた」


 随分と腹を割って話してくれるものだ。

 そう思う一方で、ステラは今の説明に疑問を隠せない。


「ま、待って!」


「何だ?」


「セリーヌさん、何も!」


 魔神信仰会と結託する勇者がいるという話は、つい先刻ステラたちがセリーヌに持ちかけた話である。彼女が『鳥の目』の能力で沙智の正体まで知っていたと分かった後には、脅迫状の話まで事細かく説明したはずである。

 しかし、セリーヌが裏切者の勇者について、疑いのある人物を述べるなんて事はなかった。当然、ギーズとの連携もステラには寝耳に水である。

 その謎だけが、ステラの中で強い違和感となって引っ掛かる。


 だがステラの指摘に、驚いたのはギーズの方だった。

 彼の表情はみるみる渋くなり、やがて呆れるように一言。


「……言うの、忘れてたんだろう」


「ああ、納得した」


 彼女のもう一つの通り名を、ステラは失念していた。

 伝えるべき情報を伝え忘れて、後から「あら、どうして?」と慌てふためく不思議な勇者様の姿が、いとも容易く目に浮かぶではないか。

 ステラは呆れて、苦笑いを浮かべる。


 一方で、外野で傍聴していたレイファは感心して。


「トオルの後をつけたのは一人で出歩いているところを心配に思ったから。その黒装束は魔神信仰会の連中に紛れるため、か。意外と食えん男じゃのう」


 と、納得して首を縦に振った。


 二日目の勇者会議への道中、トオルはギーズに背後をつけられたと言った。その時点でギーズが脅迫状の触りをセリーヌから聞いていたなら、一人で歩く少女を心配に思って後をつけたというのも納得のいく説明だ。


 ――何だ、意外と優しいじゃない。

 そう、ステラも評価を改めて。


「いや、それはどっちもリーダーの趣味嗜好っす」


「クズですね」


「ロリコン」


「何でだっ!!」


 改めた評価を、ビリビリ破いて直ちに撤回。

 ギーズへの評価を再び下げ、ステラはとりあえず状況を理解して溜息を吐いた。彼がどうしようもない性癖の持ち主なのはともかく、敵ではないと分かった。

 そう安堵すると、同時に何かを忘れているような気がして。


「そういや、ポストメイリィの愉快なアイツはどうした?」


「あ、そうだ! 沙智っ!」


 ギーズの疑問で、ふっと思い出す。

 この小屋に魔神信仰会と通じる勇者の刺客がやって来たということは、墓地にいる沙智も危険な状況下にあるかもしれない。

 ステラは、慌ててコリンに結界の解除を頼もうとする。


 一方で、トオルは堅実だった。


「変態ギーズ」


「変態言うな、ルイス」


「トオルです」


 恒例のやり取りを済ませ、トオルは一歩前に出た。

 その声は威圧的で、でも先ほどまでの不機嫌とは違って。


「――あなたは、裏切りの勇者が誰かを知ってるんですね?」


 使命感を持って、強く尋ねた。


 勇者ヤマトは、信頼の置ける相手と判断した。

 勇者シアンは、不本意ながら性格上、白と断定。

 勇者セリーヌは、敵への否定をニュースとして表明。

 勇者ギーズも、目の前で明確に敵への対立を見せる。


 ならば、残るはたったの一人。

 魔神信仰会と結託し、沙智から聖剣を奪おうとした敵。

 裏切者の候補は、一人だけ。


「はあ、そいつの名前は――」





◇◇  沙智





 眩む視界に、赤い命が流れていた。

 命の源流を朦朧とする意識で辿れば、黒いエプロンと白い制服が薄っすらと見えた。長い茶髪が銀の床に広がり、女性は痙攣して倒れていた。

 唇から一筋、命の鼓動を赤く流して。


 身体から、血と温度が抜けていく。

 意識が定まらない中、悪意を耳にした。





『困ったものね、あなたがエクスカリバーを奪うのが遅いせいで、眠れる王の懐まで到達されたじゃない。これじゃ魔神信仰会の名と兵力の貸し損だわ』


『うるせえな! 契約は一つも破ってねえだろうが!』


『眠れる王の復活をあなたが見逃す代わりに、目覚めた王の撃破を私も見逃す。また聖剣エクスカリバーは双方の利益に準じ、私たちの名と兵力であなたが奪う』


『あの聖剣さえあれば証明できるのさ! この俺様が最強だってなあ!!』


『まあ、あなたがエクスカリバーを手に入れることに文句は言わないわ。私としては、七瀬沙智からあの聖剣が失われれば充分よ』


『けっ、こんなガキの何を警戒してるんだか!!』





 頻闇、そこには確かに何かがいた。

 薄れゆく意識の中で聞こえた言葉は、反吐が出るほど悪意に満ちていた。このまま闇の中へ埋もれてなるものかと、俺は必死に重く閉ざされた瞼をもう一度開こうとした。ネミィへの罪悪感から誰か俺に罰をと願っていたはずなのに、今はそんな惑いが立ち入る隙間は心のどこにも存在しない。


『ちっ、聖剣は持ってねーのかよ!』


 腹部が蹴られて吐き気を感じながらでも。

 どんどん薄れていく意識に流されながらも。


『おら吐けよ、エクスカリバーはどこだっ!?』


 命の終わりに、俺は一心に抗った。

 その原動力を遂に確かめる暇はなかったけど。


 再び、視界を蘇生する。

 映ったのは、焦点の合わない瞳で銀の床に横たわるセシリーさん。遠くの壁に背中を預けて腕を組む、茨の怪物ジュエリー。

 そして、この場には、もう一人。


 耳に豪華な装飾品をぶら下げ、髪を金に染める男。

 ゲラゲラ高笑いし、狂気で頬を歪めて。


『――アレは、このパジェム様にふさわしいッ!!』


 裏切者の勇者は、立っていた。


【『箱庭』】

 勇者ギーズの右腕コリンが持っているユニークスキルだよ。ある立方空間に作用する能力で、指定した範囲のモノ全てを別空間に移すことができるんだって。外から見れば、その場所だけ抉れたように見えるみたいだけど、スキルを解けば元通り。異空間は内側から簡単に壊せちゃうみたいだけど、便利な能力だよね。



※加筆・修正しました

2020年5月31日  加筆・修正

         表記の変更

         ストーリーの再分割


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