第二十一話 『最強生物はどこにいる?』
――落ち葉掃除に便利じゃのう。
ユニークスキル『聖剣作製』の効果が切れて青白い魔力に還っていく枯れ葉を眺めて、レイファはそう評した。当初はふざけた感想と呆れたが、こうして煙幕という新たな使い道を発見した今となっては、存外馬鹿にできないものだ。
「ああ、私のカフェが跡形もなく!」
「セシリー振り返っちゃダメー! 前だけ見て走ろうー!」
「そっちは後ろだ、この方向音痴!」
フィンチズカフェは青白い魔力の光となって消滅する。
唇をわなわな震わせるセシリーさんと逆走しようとするアルフ、二人の腕首を両手に掴み、俺は歯を食いしばって、その光の塊から外へ飛び出した。
セシリーさんには申し訳なく思うが、シアンとその部下に囲まれた絶体絶命の状況から抜け出すには、正直これしかなかった。
脱出は成功、後は逃げ切るだけ。
そう意気込んだ矢先だった。
最悪のタイミングで、恐れていた事態が発生する。
「――ぅ」
「沙智さん?」
腹の奥底から体の隅々へ向かって何かがドクンと脈打って、足の回転が次第に弱まり、石の広い階段の手前で遂にピタリと止まった。逃走には千載一遇のチャンスで固まった俺に、セシリーさんやアルフが不思議そうな目を向ける。
二人の腕を離して屈み込み、冷汗を浮かべて、一言。
「――お腹痛い」
「ええー、こんな時にーっ!?」
驚きの余り両耳の毛を逆立たせる兎に普段なら文句も垂れるところだが、今回ばかりは申し開きのしようがない。今朝シアンと顔を合わせた時に動き始めた胃痛爆弾のタイマーが、ある意味で見事に空気を読んだ。
今までとは遥かに別次元、過去最大級の暴発ではないか。
蹲る俺の肩に触れて困った様子のセシリーさん。一方アルフは、俺を数秒間真顔で見つめたと思ったら、不意にピコンと耳を立て、ポンと拳で掌を打った。
パアッと広がる笑顔に、嫌な予感を抱いたのは言うまでもない。
「つまり私がお医者さんを探しに――!」
「セシリーさん一生のお願い、兎の手綱を全力で握っててください」
「アルフさん、絶対に、絶対に、私から離れないでくださいね」
「おざなりぃー!」
一生のお願いの使い時を間違えたとは決して思わない。
それほど、涙目になって騒ぐ兎の迷子力を、俺は信じている。
「ちょっと黙れ、お前の声はキンキン響くんだ」
「んんんん!」
結局アルフは、苦笑いを浮かべるセシリーさんに左腕を力強く拘束され、右手の掌で自分の口を塞ぎながら唸っている状態で安定する。未だに騒がしいままだが、金切り声でなくなって百倍マシだと無理やり納得した。
問題はこれからの動きである。
一旦安全圏まで退避しようと考えていたが、もはや不可能だ。至急リュックから特製ブザーを取り出して、我が愛しの師匠を召喚する必要が出てきた。日用品でごった返しになっているリュックから目的の物を探し当てるのは一苦労だが、腹がゴロゴロ雷を鳴らし出しては止むを得まい。
そこ、事前に整理しとけとか言うんじゃない。
俺は腹部を押さえながら、リュックの口に手を伸ばす。
音が、最悪を最悪で塗り重ねたのは、その時だ。
『――――』
背後数百メートルから突然、絹を裂くような甲高い破裂音。それはまるで何か巨大な生物の威嚇のように、全身全霊の激情を込めて、鋭く脳天に轟いた。
尋常ならざる危険信号が鳴り、目を見開いてゴクリと唾を呑む。三人同時に恐る恐る振り返ると、聖域と化して消滅したカフェの跡地に、煙幕のように広がっていた青白い光は、もうなかった。
代わりにその場を占有していたのは、咆哮だ。
激情を生きる糧とする、咆哮だ。
「え?」
空に堂々と描かれたるは、半透明の巨体。
身体の何倍もある翼は、伝説の天翼に相違ない。
「嘘だろ?」
実体はなく、牙も鱗も身の全てを薄紫色の気体の集合体に落とす。
それでも激しく威圧感を放つ、比類なき空想上の化身。
「んんッ!?」
まさしく、人がドラゴンと恐れるソレだった。
気体で模られた化け物は、黒くうねる激情こそが存在の糧だった。聖域の青白い魔力の光を巨大な翼で瞬く間に散らし、その暴風による音を実体なき自らの宣言の代わりとする。誰一人として絶対に逃がさないと。
そして、薄紫色の化け物の尾の先端は、繋がっていた――。
狂気に染まる猫が掲げた、左手に。
「――『風ドラ』ッ!」
俺は腹を押さえながら、彼女の瞳に心の底から恐怖した。
分かり合うための最後のチャンスと信じて踏み込んだ言葉のどれかが、きっと彼女の心に張った規制線を踏み越えたのだ。それが猫から善悪の概念を攫った。
気に喰わない存在を潰す、化け猫へと作り変えたのだ。
セシリーさんと俺に、焦りが生じる。
俺も即座に胃痛も忘れて、慌てて兎の肩を揺さぶった。
「何ですかアレ、何ですかアレ!」
「黙れって言ってごめんなさい! 喋って、もう喋っていいから!」
「んんん?」
忠実に右手で口を覆いながら恐らく「良いの?」と確認した兎に対し、俺とセシリーさんは猛烈に首を縦に振り続ける。すると許可を得たアルフは嬉しそうに頬を綻ばせて、顔面蒼白の俺たち二人に、しれっと告げた。
「――あれ猛毒でね、吸ったら死んじゃうやつだよー!」
「猛毒!?」
「死ぬんですか!?」
僅かに漂う不快な刺激臭と薄紫色の気体であるという特徴、そして猛毒。焦る脳裏に過ったのはオゾンという物質である。あのドラゴン状に形成した気塊の中で、空気中の酸素をオゾンに合成しているのだろう。外部からエネルギーを与えてやらないと安定して生成できないオゾンを、致死濃度にまで高められたのは、彼女の魔法の為せる業と言ったところだろうか。
そんな重大情報を知っていて黙ろうとした、空気読めない兎。
俺の鬱憤が爆発するのも仕方ないことだ。
「もっと早く言えよ、馬鹿兎っ!」
「理不尽だぁ―!」
「沙智さん言ってる場合じゃないです!」
張り詰めたセシリーさんの叫びに視線を戻すと、ドラゴンが天翼を大きく広げて攻撃態勢を整えている。そして尾っぽの先で瞳孔を開くシアンが左腕を下ろしたと同時に、何と猛毒の気塊が俺たち三人目掛けて急降下を始めたではないか。
攻撃を防げる遮蔽物は見当たらず、背後には長い石の階段だけ。
覚悟を、決めろ――。
「二人とも、飛べええええええええええええ!!」
怒れる風が地面のタイルを抉り、砂塵を撒き散らす。
けたたましく轟音に包まれて、意識が一瞬プツリと飛んだ。
体の至る場所がズキズキ悲鳴を上げた。
意識が一瞬の迷子から戻り、薄っすらと瞼を開く。
視界に映ったのは、自分の左腕の見慣れない痣だった。長い階段を何度も跳ねて、肘や額を打ちながら下まで転がり落ちたのだと何となく理解した。
額に手を添えて上体をゆっくり起こし、俺は周囲を確認する。
「つぅぅ、大丈夫か?」
「ええ、無事です。ちょっぴり擦り剝いただけですから」
「本気じゃん! シアンってば本気じゃん!」
痛みを知覚して涙目になる俺を尻目に、セシリーさんは肘の擦り傷を一切気にせず砂埃を叩いて、アルフは負傷した膝を意にも介さずぷんぷん憤慨する。
丈夫な連中だなと、場違いな感想を抱かざるを得ない。
さて、状況を確認しようと俺は振り返る。
階段の上部はまるで爆発でも受けたかのように深く抉れてクレーターが出来ていた。セシリーさんの驚愕の表情を見ずとも、シアンの風魔法の威力が異常だと認識できた。そもそもステラの風魔法が「切り裂く」を目的とするのに対し、彼女の風魔法は「押し潰す」を目的とし、大きく性質が違うように思えた。
これは触れてもアウトだろう。加えて猛毒まで。
グッと奥歯を噛み、次の逃げの算段を思考する。
その時、目の前にひらひらと、緑色の何かが舞い降りた。
「――葉っぱ?」
「ですかね?」
シアンの風魔法で街路樹から散ったのだろうか。
こんな状況でなければ美しい落葉景色なのにと、残念に思いながら舞い散る一枚を俺は目で追った。青い葉はひらりと目前に落ち――。
一瞬で、俺の頭は真っ白になった。
グサリと、地面にめり込んだのだ。
それはもう、軽い葉には似合わない鈍い音を立てて。
「へ?」
「二人とも全部避けてぇぇぇえーっ!」
兎の金切り声が全力で警戒を促す。
見上げれば、青い葉が――否、金属片のように鋭く重い自然の槍が、今にも襲い掛かろうとしている。俺とセシリーさんは恐怖に表情を歪め、槍の範囲から抜け出そうと慌てて後方を振り向いた。
だが、薄紫色のドラゴンが風の息吹を放って、逃げ道を抉る。
驚き振り返ると、シアンは階段の最上段に立っていた。
左手を掲げて気塊ドラゴンの尾を掴み、怒りに震えるでも猟奇的な笑みを浮かべるでもなく、ひたすら俺たちを疎み蔑むような目で猫は見下していた。
未だ狂気から覚めぬ化け猫は、決して狩りを途中で止めない。
ここは、袋小路だ。
俺は深く息を吐き、右隣りにリュックを放った。
「セシリーさん、その中に」
「昨晩カフェで自慢してたニワトリさんですね!」
「――っ、お願いします!」
リュックを抱き締めて微笑むセシリーさんに、目を合わせただけで頷いてくれるアルフ。皆まで言わずとも察してくれる頼もしい二人に、心の中で感謝した。
唾を飲み、俺は敵に向き直って右手を脇に添える。
それを見た瞬間、化け猫の目の色が変わった。
「――覚悟は決まった?」
あの猫から逃げられない。
ならば――。
「やるぞ、アルフ!」
「おうともよー!」
姿勢を低くして臨戦態勢を取る俺たちに、化け猫が瞳孔を開く。
まずは空一面を覆う、金属のような葉が邪魔だった。何らかの魔法で特殊な効果を帯びているのだろうが、それでも、所詮は燃える葉に違いない。
俺は修行で飛距離が増した『ファイアボール』で、槍を焼き尽くす。
続いてすぐさま、脇に転がる礫を拾った。
左手の指先で照準を合わせた先には、化け猫一匹。
「――『砲撃』!」
「初歩スキルが通用すると思ってるの?」
しかし、猫の動体視力は俺の想像の遥か上を行く。
紫苑の光を帯びて一直線に飛んでいった小さな礫を、化け猫は躱すのではなく、細い銀色の聖剣で一閃。何でもないように薙ぎ払ったのである。
冷汗を浮かべる俺に、今度は兎が指差して叫ぶ。
「さっちー! そこの電柱の根元ー!」
「よし来た!」
礫の照準を階段前左端に佇む古びた電柱に変え、俺は兎の指示通りに礫を投げ飛ばした。魔力を帯びて礫は小さな大砲に等しい。根元を半分ほど破壊して、バランスを失った電柱は大きく傾いて倒れ始めた。
その近くで、土魔法で再びアルフが右手に籠手を作る。
そして、電柱は空を飛んだ。
「『ロックナックル』ぅー!」
アルフが岩の拳で空に殴り上げて、電柱は大きく三つに崩壊した。その真ん中の塊が短く高く弧を描いて、シアンの頭上へ加速して落下する。崩壊して小さくなったとは言え、俺の『砲撃』を弾いたようにはいくまい。
躱そうものなら、今度は火球ですかさず迎撃してやろう。
そう狙って、しかし瞳は奪われる。
右手を構えた瞬間に見えた、信じられない光景に。
「――邪魔」
まるで、埃を払うかのようだった。
魔力を使わなければ致命傷は避けられない岩塊の衝撃を、シアンは右手で軽々と受け止めて、そのまま彼女の右方に払い除けたのである。
これには、俺も自分の正気を疑った。
「おいおい、嘘だろ?」
軽い葉を金属片のように重くする能力。
重い電柱の一部を埃のように軽くする能力。
恐らくはユニークスキルの類に違いない。
加えて『風ドラ』を形成するオゾンは外部からエネルギーを入力しなければ安定して生成されない事実。もしも葉にしたように、質量が無視できるほど非常に軽い酸素分子をも重くできるならば――。
「さよなら、悪人」
「まず」
考察に費やした時間は、確かに一瞬だった。
そして、その一瞬を見逃してくれるほど、猫は甘くなかった。
気塊の鼻先が俺たちを目掛けて滑空し――。
音が、鳴った。
『――――』
「――そこまでにせい」
千年の時を生きた者がいる。
俺が知る限り、死から最も遠い存在である。
「――でなければ、思い知ることになるぞ?」
女は好んで、黒と赤で彩られた振袖を着飾った。
その禍々しい姿を見れば、自分をサンタと勘違いした闇の住民が、またオモチャを配りに現れたのだと、人々は口々に噂する。
曰く、女は大の子供好きであると。
「――この世界の最強生物が、ドラゴンなどではなく」
数多のスキルと魔法に恵まれた才女にして、一パーセントの壁を越えて『転生』に成功した奇跡の体現者。その知識と経験は、常在の者の追随を決して許さず、ヤマトらを差し置いて最強を冠するにふさわしい。
俺もまた、その特別を羨み、見上げた一人である。
鳴り響いたのは鶏型のブザーの音だった。
女は目前に突如現れ、俺たちに背中を見せて不敵に笑う。
そう、レベル75を誇る――。
「――わしら悪魔じゃと!」
大悪魔、レイファが降臨した。
いきなり『テレポート』で登場した伏兵に、猛毒の気塊はピタリと緊張し、遅れて到着した獣人は冷汗を流して声を殺す。――どころか、彼女を呼んだ味方陣営までもが、安堵し緩んだ表情を引き攣らせ、俺でさえ目を皿にして固まった。
皆の視線が集まる先に、虹色の光――。
七色の魔力が虹のように尾を引いて、レイファが水平に掲げた右手の掌の上に魔力球体を形成していた。凄まじい圧力で凝縮されて球体の中心部は白く光り、空気を切るような高音が常に周囲に漏れ出している。
素人の俺やセシリーさんから見ても、直感的に危なく思えて。
脅威を感じたのはシアンも同じようで、刺激しないよう狂気を引っ込めた。
唇を震わせる俺に気づかず、悪魔は感慨深そうに見上げる。
「ほーう『GAチェンジ』か。見るのは四百年振りじゃのう」
「何、それ?」
「Gravitational Acceleration――重いモノには小さな、軽いモノには大きな重力加速度を与え、対象の重量を変更することができるユニークスキルじゃ」
レイファの説明に、なるほどと合点がいった。
重量は、質量と重力加速度の積で決まる。その重力加速度を操って、軽い葉を金属片のように重くしたり、重い電柱を埃のように軽くしたのだ。同時に酸素分子ほど軽い対象に最大級の重力加速度を与えられるなら、発生した重力エネルギーと魔力という触媒を利用して、疑似的なオゾン発生装置を作ることも可能と。
俺は納得して、うんうんと首を縦に振った。
そして彼女の右隣に移動し、勢いよく堰を切る。
「ちげーよ! その光が何か聞いたんだよ!」
「む、ああ、こっちは簡単に言うとヤバいやつじゃ」
「簡単に言ったなっ!?」
以前もあったやり取りに呆れる余裕もない。
へらへら笑う悪魔と、声を荒立たせてすぐに腹部を押さえる俺と。そんな緊張が解けそうな場違いな光景を前にしても、シアンは臨戦態勢を解かない。
強く、低く、威嚇した。
「邪魔する気?」
「いやいや、まさか」
だが、さすがは我らが最強悪魔であるところのレイファ。
勇者の威嚇にも屈せず笑う。
「わしはただ可愛い連れを回収しに来ただけじゃ。――尤も、どうしてもと言うならば止むを得ん。警告した通り思い知らせてやろう。何分実戦など千年振りなもんで、加減はできそうにもないが構わんか?」
その穏やかな口調には、戦意の確かな予兆があった。
レイファの好戦的な笑みと言い、彼女が右手に持つ魔力光と言い、刺激すれば手が付けられないほど激しく暴発しかねない要素が多すぎる。
猫がこれ以上、直接的な攻撃に移ることはなかった。
代わりに、猫は俺へと視線を変えた。
その問いかけは、抑えきれない自らの戦意に対する代償行為だったのだろう。階上から、猫は声を静かに震わせた。
「あなたは、本当に救えると思ってるの?」
「――――」
「この世界に越えられない壁はあるわ。千年も倒されない『大魔王』や誰も破れない『使命称号』、あなたたちが乗り越えようとする『魔王の暴走』だってそう。何か、その壁を突破する考えがある訳でもないんでしょ?」
「――――」
「壁の前の、手が届くものだけを救えばいいじゃない?」
「――――」
「その壁を越えて、本当に救えると思ってるの?」
猫の言葉の数々は、戦意の代償にしては、淡く切実。
同意を求める震えた囁きに、しかし俺の心は打たれなかった。
本心からの響きには、聞こえない。
これまでの猫の自分の信念以外を認めない強情さからは、何か『魔王』を悪と思いたい別の理由がチラついて見えた。ところがセシリーさんやアルフの言葉を受けて、猫は自分の信念を疑い始めている。それでも、自分の衝動を否定してでも守りたい理由だったから、猫は新しい言い訳を持ってきた。
俺にはそんな風に思えたのである。
でも、それって。
本当は、猫も心の中では――。
俺は拳を握り、歯を食いしばった。
今度こそ、正真正銘の最後のチャンスだ。
同じ衝動があると信じて。
「まだ、何一つ試していない!」
地面に叩きつけられた、激情を奏でる叫び。
それが声の始まりだった。
「確かに壁は立ち塞がって、見上げる者を理不尽に嘲笑う。その高さに怯えて、代わりに越えてくれる特別な人がいたらとも願った。でも、ステラを一番の笑顔にしたいのは俺なんだって気づけたら、その衝動に嘘はつけないんだよ!」
叫びに対し、猫の両隣で獣人たちは険しい表情を変えない。
その様子にレイファは目を瞑って首を横に振り、セシリーさんとアルフを手招きして自分の背中に触れさせた。そして左手で俺の服の袖口を掴む。
もう潮時だと、悪魔は無言で訴えた。
だが、叫びは止めなかった。
それは多分――。
「挑戦する前から、諦めたりなんかしない!」
「――――」
「ヒャクある選択肢を全部試して、自分の中にある可能性が空っぽになるまで全力で足掻いて、もう限界だと思った、ほんの一歩だけ先に広がっている――!」
期待したいのだ。
彼女にも、憧れた勇者像を。
「――ゼロのその先の景色を見たいんだ!」
それが、本当の本当の最後だった。
悪魔の右手の魔力光が激しく振動して、耳を掻き切るような高音を増し、周囲の建物の窓ガラスを次々と叩き割った。瞬間、小さな魔法の詠唱とともに七色の光が宇宙の始まりを告げるように、壮大に広がっていく。
光が視界を焼き尽くす直前の、僅か一瞬。
猫は、泣いているように見えた。
【『GAチェンジ』】
シアンさんのユニークスキルだよ。軽い物にはより大きな、重い物にはより小さな重力加速度を与えて、対象の重量を変更することができる能力みたい。対象が重ければ重いほど、小さな重力速度を掛けて衝撃を軽くできる反面、レイファ曰く、丁度いい感じの質量には作用しないみたいだから、そこが攻略の方法なんだって「できるか!」
※加筆・修正しました
2020年5月21日 加筆・修正
ストーリーの順序変更
新規ストーリー追加




