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第十二話  『勇者パジェムは会議でぷんぷん怒っている』

 白い壁に吊るされた、五芒星の掛け軸。

 反逆の罪による魔神の天罰で滅んだレイジリアという小国から始まった、五人の勇者たちの反撃の印こそが、この青き五芒星の紋章である。

 勇者たちは、この五芒星の下に、成果を上げてきた。


 再会の約束から五年。

 各々が魔王を倒し、世界から求心力を得て花開く。

 そして、今日に至る。


「――ソイツは、悪霊のように姿を現した」


 こう演説を始めたのは、金髪顎鬚の男。

 勇者らしからぬと評判の、パジェムだった。


「数百の魔獣を操った羽化済みの魔王を民衆の注目下で見事に仕留め、しかも連戦で、あの狡猾と名高い大魔王候補の雷鬼王を見つけ出し、聖剣の一振りで跡形もなく消し飛ばしやがった!」


 声は、怒り、震える。

 耳の装飾品が鳴り喚く。


「俺様らのニュースを知って、民衆どもが歓喜し、涙して褒め称え、進んで貢物をするようになるはずだった! なのに話題は歴史上ボルケに次ぐ功績を掲げたアイツで持ち切りだ、クソ野郎!」


 凄まじい衝撃音、彼が掛け軸の五芒星に拳を打ち付けた音だ。

 感情を昂ぶらせて身振り手振りで訴えるパジェムを、会議の席に座っている勇者やその付き人たちは、様々な態度で見守っていた。

 同調する者、訝しむ者、ただ無表情で聞く者、そして――。


「――あの六人目が、全部掻っ攫っていきやがったんだ!!」


 ピークに達した胃痛を必死に耐え、全く話を聞いていない者。

 さあ、勇者会議の開幕だ。





§§§





 赤の国自治会庁舎、北棟二階、講堂の間。

 ドーナツ状に組まれたテーブルの席に、ヤマトから時計回りで、セリーヌさん、パジェム、シアンさん、ギーズと、五人の反撃の勇者が顔を揃える。各勇者に付き人が二人から三人いて、会議の記録や資料の整理を主に行っていた。


「――――」


 そんな壮観とも言えるべき光景を前に、フィスの隣で悶え苦しむ者がいた。

 俺の名前は七瀬沙智、現在、胃痛と戦う男である。


 何が原因なのかと考え始めれば、思い当たる節が多すぎて困った。

 ストレスで胃痛になるかもと冗談を飛ばした翌日には、腹部に微かな違和感を覚え始めた。赤の国の異常に暑い気候による体調不良、そして先ほどフィスに面白半分で飲まされた不思議な味のジュースが止めを刺す。

 静かに歯を軋ませながら、俺は一昨日の晩の言霊を呪った。


 何らかの手立てを打たねば、胃の爆弾が爆発しかねない。

 俺は下唇を噛みながら、会議の様相を注視した。


「ああ、もう! 忌々しい事この上ないぞ!」


「落ち着いて、パジェム」


「セリーヌの言う通り、あなたのせいで建設的な議論が進まないわ」


「それに、奴とは協力体制を築くべきだろう」


 四人の勇者は、どうやら六人目と接触する方向で話を進めている。

 やれ聖剣や聖域を本当に作り出したのかだの、やれ聖剣エクスカリバーに本当に認められたのかだの、疑心の方が多いが、新たな勇者の存在は今後の五人の活動に深く関わる可能性が高いという認識なのだろう。

 激しい執着を見せたパジェムでさえ、渋々同意する話の流れだ。


 だが、当の六人目は非常に面倒が嫌いな男だった。

 どれほど嫌いかと問われれば、バレンタインのお返しにチョコを買いに行くのが面倒だったので、適当に好きなチョコ買えと少額の現金を渡すほどだ。

 その相手が誰だったかは、いまいち思い出せないが。


 前代未聞の胃痛に、関わるのが面倒な議題。

 ヤマトと従者に成り切る約束をした以上、中途半端に抜け出すのは不義理。

 ――ならば、方針は決まった。


「おい、フィス課長」


《何かな~?》


「この会議、速攻で終わらせるぞ」


 刻限は、胃痛爆弾の破裂。ヤマト部長の面目を潰さない形で議論の速やかかつ穏やかな終息を図り、一目散にトイレに駆け込む事を最優先目標とする。

 小声で方針を共有し、俺はテーブルの下に握り拳を作る。

 ミッション「水の戸棚」、開始だ――。


 フィス課長のユニークスキル『テレパシー』は人と人の遠隔対話を可能とする。俺たち側からは実際に声を発する必要があるが、フィス課長は声を発さず、登録した二人まで脳内に呼び掛けることが可能なのだ。

 これにより状況を把握したヤマト部長が、打って出る。


「ま、まあ六人目と協力は難しいんじゃないか?」


「ああ、トチ狂ったかヤマト? 確かに俺様もどこの馬の骨とも知らねえ奴と協力したくはねえが、仮に魔王撃破がマグレでも放っておけねーだろ」


「だが、六人目は相当な根暗って噂だぞ?」


 俺の嵐のような胃の状況を考えれば、無駄な時間は避けない。

 協力体制に築こうという流れに則った場合、その次には誰が接触するかなど細かく取り決める地獄のような時間が待っているだろう。ヤマト部長はこの議題ごと、ご破算にする方が早いと考えたようだった。


 嬉しい事に、面倒事が嫌いな俺の意見とも合致する。

 根暗は、非常に余計な一言だと思うが。


「メイリィの調べでは、六人目は認識阻害系のスキルを使って素性を隠していたらしい。暗く静かな深海を好むような陰気な魚が、俺たちが騒いでいる明るい浅瀬に日向ぼっこしに来ると思うか?」


「確かに、それは無理な話ね」


 ヤマト部長の説明に、セリーヌさんが同意して匙を投げる。

 ギーズとシアンさんは一応は納得した様子だが、それでも六人目と手を結ぶことの相乗効果をまだ諦めきれないのか、険しい表情で考え込んでいた。

 一方で、反骨心露わなパジェムは――。


 おや、何だろうか?

 顎鬚に指を当てて俺の方をじっと睨んでいる。


「つーかよヤマト、ソイツは誰だ?」


「へ?」


「いつもその席にいんのはメイリィだろ?」


 パジェムが右目だけ細めて、訝しそうに俺を品定めする。

 正直、良い気はしない。


《沙智社員、ここで注目を浴びたぁ~!》


 冷汗を浮かべるヤマト部長の奥で、フィス課長は慈母のような表情でお行儀良く座っている。誰にも聞こえないのを良いことに、俺を茶化すのは止めて欲しい。

 さて、本来は部外者である俺を、ヤマト部長がどう説明するか。


「――お、俺の新しい仲間さ、なあフィス」


「そ~だね~。メイリィちゃん、いつも仕事一杯で可哀そうだからね~!」


「そう! メ、メイリィの負担を減らしたくてな!」


 虚偽申告、部長らの三種の神器の一つである。

 瞬きばかりで妙に挙動不審なのが気になるが、嘘そのものは及第点だろう。フィス課長のフォローも流れるようにスムーズで、合格点。

 ただ、簡単に篭絡されるほど、勇者は甘くないようだ。


 ゴクリと息を呑む。

 見渡す限り、勘が鋭い要注意人物は二人。


「へえ、あのメイリィに代わる逸材ねえ」


「おい小僧、ちょっと立って、名乗ってみろよ」


 猫耳勇者シアンさんと不良勇者パジェムだ。

 ロリコン勇者ギーズと不思議な勇者セリーヌさんも俺に興味を示しているが、前者はトオル関連で俺の人間性が気になるだけで、後者は単純に俺を揶揄うネタを探しているだけだろう。

 ニヤリと厭らしく笑っているパジェムは、もし俺に不出来な点が見つかれば、そこを突いてヤマトを見下そうとでも考えているのだろう。


 ただ、気がかりなのはシアンさんだ。

 一昨日の晩に落とし物の拾ってくれた人物が俺であると、彼女が覚えているかは定かではない。だが、彼女の俺を見つめる瞳は、その一挙手一投足を暗記しようとしているかのように鋭く厳しかった。

 何か、彼女の不興を買うような真似をしただろうか。


 不思議ではあるが、睨み合っていても仕方ない。

 俺は机に両手をついて立ち上が――。


「――っ!」


 椅子を引いて腰を伸ばそうとした瞬間、強烈な寒気が体を襲う。

 まるで胃という小さな水槽の中で、海流に適応した毒々しいウミヘビと、顎が頑丈で暴れん坊なウツボが、お互いの尻鰭を噛み合って壮絶なバトルを繰り広げているかのような、強烈な痛み。

 その二つの化け物が、胃を掻き乱して少しずつ喉の方へと上がっていく。


 頭に過った、破裂の二文字。

 刻限は、いつしか、俺が思っていた以上に間近に迫っていた。

 中途半端な姿勢で、吐き気を無理やり飲み込む。


 そんな時だった。


《沙智社員、もういいんだよ~?》


「――――」


《苦しかったらもう頑張らなくてもいいよ~? 元々、私たちの仲間に成り切って会議に参加してって、無理にお願いしたのは私たちだしぃ~》


 脳裏に響く、フィスからのテレメッセージは温かかった。

 弱り切った瞳で、隣に視線を移す。


《私も、ヤマト部長も、もう充分感謝してるからさ~》


 視界に映った二人は、穏やかに微笑んでいた。

 確かに、対価として示された異世界に関する情報は空振りに終わった。報酬が正しく支払われないお願いに、俺が無理に協力する筋合いはなかった。

 そう思うと、緊張が解けて、消えていく。


 唇は動いた。

 誰にも聞こえないほど、小さく。


「悪い」


《ありがとね~》


 俺は、俺が元の世界に帰れるように一生懸命考えてくれた彼らの誠意に、ちゃんと見合うだけの報酬は渡せたのだろうか。

 その答えを、俺は知っている。


「じゃ、次の休憩時間で抜けさせてもらうわ」


《え~?》


 フィス課長に端的に吐き捨て、机から手を離して背を伸ばす。

 動揺の色を浮かべるフィスやヤマトを無視し、しばらくの硬直時間を不思議に思って眉を顰める勇者たちを前に、腕を伸ばして見栄を張る。

 胃の痛みを我慢して、腹に空気を吸い込んだ。


 こうなれば、短期決戦だ。

 最後までは無理でも、この議題だけは終わらせる。


「――俺の名前は七瀬沙智、誠実な人には最後まで真摯に向き合いたいと望む男。そして、ヤマトの仲間にして、メイリィ先輩に代わる逸材である!」


 華麗に見栄を切り、高速で脳を回転させて次の一手を考える。

 ここから最短で六人目に関する話題へ再び転換させ、かつ勇者全員に六人目との協力は不可能だと強く印象付けるようなストーリーが必要だ。

 多少強引でも、それなら仕方ないと諦めるようなストーリーが。


 フル回転した脳は、猛烈な吐き気を代償に選んだ。

 果たして、胃の破裂が先か、休憩時間を勝ち取るのが先か。


「俺がこの会議の場にいるのには、ちゃんと理由がある」


「ってーと?」


「先ほどの六人目の議論に関して補足したい事がある。……実は俺の妹がジェムニ神国で噂の彼と知り合ったそうなんだが、彼が事件後に妹に当てた手紙を、俺は今日、預かって来ているんだ!」


 三種の神器、虚偽申告再び。

 自分の最大限の保身のために、記者会見の場で嘘を重ねるのは社会人の嗜みである。手紙のやり取りなど、さり気なく事実を交えるのがポイントだ。

 なお、代償に激しい吐き気。


「――六人目は難病を患っているらしい。遠い国で手術を控えているので、私の正体は秘密にして欲しいと、手紙にはそう書いてあった。その手紙をヤマトに見せると、彼は六人目の噂は聞かなかったことにしてくれた」


「そんな、事が!?」


「ギーズ。だから、不満があるなら全て決断したヤマトに!」


 三種の神器、責任転嫁発動。

 部下の失態は上司の失態、監督責任という言葉は実に素晴らしい。ヤマト部長がギョッとこちらを見たが、人を根暗やら陰気やら言った罰である。

 なお、代償に平衡感覚の喪失。


「で、その手紙は?」


「シアンさん、実はお宅の迷子の兎さんを保護しておりまして、町を迷走する彼女を追いかけている内に……えへ、どこかへ」

 

 三種の神器、証拠隠滅発動。

 自分の虚偽を暴く恐れのある重要な書物は紛失しておくのがベストである。兎の迷子力を知っている彼女は、頭に手を抱えて納得するしかないのだ。

 なお、代償に兎への小さな罪悪感。


 こうして。

 幾つもの代償を経て、俺は――。


「そういう話なら、六人目はそっとしておいてやろう」


「ま、俺様がいりゃ充分だからな!」


「調子の良いこと言っちゃって、もう」


 五人の勇者が、六人目に接触を図る可能性を回避。

 ヤマトの誠意に対する仕事も、完遂。

 何より、トイレへ駆け込める休憩時間を。


 俺は、遂に――。


「じゃあ会議も押していることだし、次の議題に移っちゃいましょうか!」


「え?」

《えー?》

「え?」


 そうして、午後九時半。

 四十分の間、各地での勇者の活動について存分に語り合われる。今後の方針は明日の会議第二弾に回すことになり、今日の議事録に各勇者が青いインクで五芒星のサインを調印して、勇者会議一日目は閉幕した。

 その間、二階講堂と廊下の間に、人の出入りは一度もなかったという。





§§§





 波乱万丈の勇者会議がようやく終わり、庁舎の中庭。

 明日にも会議を控えているためか、セリーヌさんが樹液に集る羽虫のようと称した勇者の仲間たちは、挙ってそれぞれの宿場に帰って行ったようだ。

 結果、この中庭にはもう、数えるほどしか人がいない。


 そんな中、一際騒がしいのが俺たちの一画だろう。

 誰のせいか、など決まっている。


「シアンーっ!」


「待ってアルフ! お、落ち着い――きゃ!」


 俺と一緒に中庭に現れた女性勇者の猫耳を見つけた瞬間、兎が飴玉を見せつけた時のようにキラリと目を輝かせて、自慢の跳躍力で飛び掛かったのである。

 幾ら体を鍛えている彼女でも、遠慮なしに体当たりしてくる兎を受け止められるはずなんてない。蒼い顔で、耐え切れずに背後へ倒れ込んだ。


 可哀そうなことに。

 ともかく、アルフは耳を揺らしてご満悦な様子だった。


「もー、迷子になったらダメでしょー!」


「私のセリフだから!」


 シアンさんの苦労はさて置き、これで迷子騒動は一件落着である。

 兎の華麗な対人走り幅跳びに苦笑しながら来たステラたちと、肩の荷が下りたような、でも寂しいような、不思議な気持ちを、共有する。

 何だかんだで俺も、この愉快な兎に絆されてしまっていたようだ。


 そんな俺たちの顔色からシアンさんは色々と察したのだろう。彼女は徐に立ち上がって、落とし物のハンカチを受け取った時のように、深々と頭を下げた。


「うちの兎が本当にご迷惑お掛けしました」


「いえいえ、私たちも楽しかったですし、お互い様です」


「もう迷子になったらダメだよ?」


 俺は彼女らのやり取りに和やかに微笑み、近場の椅子に座った。

 シアンさんには尋ねたい事もあったが、それは別の機会にしようと天を仰ぐ。まだ夜空は高地に似合わず熱気があって、しばらくは冷めそうになさそうだ。

 目を瞑り、そっと手をお腹に添えて、長い息を吐く。


 これは儀式だ。

 気分を、これでリセット。


「ところで」


 不意にステラの声の調子が変わった。

 顔を上げると、彼女は不思議そうに俺を見ている。


「うちの沙智、どうかしたんですか?」


「――お腹を壊したそうですよ」


 シアンさんの返答に一瞬、妙な間を感じた気がしたが、今は限界に近い胃痛に耐え忍ぶので精一杯だったので、俺は深くは気に留めなかった。

 感動の再会が終わったのなら、早く胃薬を買ってきて欲しい。


 こうして、一日目の勇者の集いは終了した。

 庁舎の中庭から人が完全にいなくなると、街灯の天辺で丸くなっていたフクロウが一羽、遠い頻闇へ羽音も立てずに飛んでいった。

 中庭に残ったのは、焼けた醤油の匂いが、少しだけ。


【レイジリア】

 大陸東に五年前まであった小国だよ。この国の『国王』とエルフの『賢者』が手を結んで、各地に生まれた四人の『勇者』を保護、指導して、反撃の種を育てたんだ。でも、魔神支配下で統治を許された『国王』の反逆を魔神は許さず、何体もの魔獣を送り込んで「天罰」を実行した。――レイジリアは滅んだ。でも、彼らが残した反撃の種は今、各地で芽吹いた。



※加筆・修正しました

2020年5月1日  ストーリーの変更


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