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第十一話  『勇者ギーズは暖簾に腕を押している』

 そもそも、トオルは謎の多い少女だった。

 はずれの町で出会った際、少女はビエールの『奴隷』として扱われていた。七年前に偶然拾ったというビエールの証言以外に、少女が『奴隷』になるに至った経緯は一切不明なのである。本当の名前すら知らない。

 おまけに少女は自分の過去を頑なに語ろうとしなかった。ステラとの教訓を経て思い切って尋ねた事もあったのだが、この少女は意外と強情なのだ。


 故にギーズが知らない名で少女を呼んだ時、どれほど俺が驚いたか。

 だと言うのに――。


「お前、ルイスだな?」


「トオルです」


 少女の石頭はこんな場面でも等しく発動したらしい。

 ある種確信を持って名前を呼んだのに即座に否定され、ギーズは当初オロオロと困惑した様子だった。その間に、ステラも困惑顔で傍へやって来る。

 至極当然だ、ルイスという名は初めて聞くのだから。


 一方、黒装束の勇者は、見た目の割りに誠実な男だった。

 ヤマトに中指で小突かれると、左手を上げて素直に頭を下げた。


「――俺の名はギーズ、勇者の一人だ。さっきは突然悪かったな。そいつが知り合いか確かめるよう指示したのを、馬鹿が曲解しやがった」


「えへへっす!」


「お前が一番謝れ、コリン!」


 彼らへの第一印象は、二人一組の漫才師といった感じである。

 ヤマトが猫のように仲間と気ままに群れるタイプなら、ギーズは狼のように部下を乱暴に引っ張っていくタイプの勇者だった。首を絞められても笑っている紺色の髪の部下コリンには愛嬌があり、鈍器を投げつけられた割には珍しく、俺は憎めない奴だと感じる。

 まあ率直な感想を言えば、悪い連中ではなさそうだ。


 それが分かったところで話を戻そう。

 悪ガキらしいが実際に話した印象では根は真面目そうなギーズと、今も複雑そうな表情で気まずそうに余所を向いているトオル。

 彼らを交互に見比べて、ポカンと俺は口を開いた。


「え、二人は知り合いなの?」


「――――」


「まあ、ちょっとしたな」


 トオルは心底嫌そうに顔を顰めるが、ギーズの言葉を否定はしない。

 セリーヌさんの紹介を思い返してみれば、確かギーズも同じく青目族という種族だったはずだ。それで顔馴染みともなれば、俺でも察しが付く。

 俺とステラは交代で質問を投げかけた。


「ギーズもロブ島の出なのか?」


「ああ、あの島国は俺ら青目族の故郷だからな」


「トオルとはどういう?」


「家族ぐるみの付き合いだったんだ。親が料理仲間なせいで、お互いに相手の家の食事の世話になることが多かったのさ。懐かしいもんだ」


 ギーズは遠い目をして、感慨深そうに語った。

 普段は多くを語らないトオルのエピソードに俺は何だか心がほっこりして、ふとトオルの顔色を窺い、失笑。

 俺の目の前で、少女はツンと唇を尖らせているのだ。


 ただ、この時は不機嫌でもまだ大人しい方だった。

 表情が渋く歪んだのは、ギーズが件の経緯に触れた時である。


「そう、七年前にこいつが行方不明になる前まで」


「――お兄さん、ステラ!」


 突然の金切り声に俺はピクリと肩を跳ねさせ、ステラは怯えた小鹿のように挙動おかしく震えた。だが俺もステラも気づいている。

 ギーズの話を、今わざと大声で遮ったな、と。


 俺たちの無言の追及にもトオルは一切動じない。

 不機嫌に、話題を逸らそうとする。


「面倒が嫌なら彼と関わらないに越したことありませんよ」


「ほーう、何で?」


「通り名から察するに、彼の異常性癖は昔のままのようですから」


 また妙な事を言い出したものである。

 ギーズの通り名と言えば「紳士的な勇者」だが。俺は首を傾げたが、トオルは彼をゴミを見るような眼差しで睨み続けるだけで、それ以上は話さない。

 ここは、背後に控えている噂好きのエルフに尋ねてみよう。


「セリーヌさん、異常性癖とは?」


「ふふっ、ギーズは小さい子にだけ紳士的なのよ」


「へ?」


「――っと」


 返答の意味を理解した瞬間、俺とステラの行動は早かった。

 前方に突っ立っていたトオルの、右肩を俺が、左肩をステラが掴み、頓狂な声を発したトオルを背後のセリーヌさんの胸元に押し出すように放った。

 そして同時に腰を低くし、腕でバリケードを作る。


 まさに阿吽の呼吸だったと言っていい。

 トオル愛護団体の会員二人に、無駄な言葉は要らなかった。


「ロリコン」

「ロリコン」


「ちょっと待ていッ!」


 今日一番に顔を引き攣らせる男に、失望を禁じ得ない。

 紳士とはそういう意味かと分かった途端、アイコンタクトだけで俺とステラの意志は共有された。現在十五歳の可愛らしいトオルを守らなければならない。

 そう、年長者として――!


「確かに小さい子供は好きだが、決してロリコンじゃねえ!」


「症状に自覚なし、ロリコンⅡ型だね」


「力では敵わん、社会的に抹殺する方向で行こう!」


「じゃあ噂流してくるっす!」


「ナイス、コリンさん!」


「何で、てめえがそっち側にいやがんだ!」


 俺たちにコリンを加えた三人掛かりでロリコン包囲網を形成。

 普段のギーズなら決着が付くまで喧嘩をするらしいが、さすがに俺たちの頑丈なディフェンスを面倒に思ったのか、疲れたように溜息を吐いた。

 何より、俺たちは見事にトオルの策に嵌って、無意識に話題逸らしの片棒を担いでいたが、ギーズは直近の問題を忘れていなかったのである。


「お前らの相手は後、なあ、そうだろ?」


「――――」


 絶妙な距離を開けて、ギーズとトオルの厳しい視線が衝突する。

 さすがに場を弁えて俺たちも停戦を受け入れる。数人が静かに見守る中、パチパチと数回、中庭の街灯が怯えるように明滅した。

 演出さんには、この辺りで強い風をお願いしたい。


 しばらく息の詰まるような沈黙が続く。

 だがギーズは覚悟を決め、徐に口を開いて火蓋を切った。


「おい、ルイス」


「トオルです」


「ルイスだろーが!」


「トオルです」


 ええ、分かっておりましたよ。

 こんな場面でも、やはりトオルは頑固で石頭。

 どうやら名前だけは譲れないらしい。


 最初はギーズも困惑して俺の方に助けを求めたが、首を横に振って応じてやるとすぐに諦めた。何度目かになる小さな溜息の後、簡単な質問を始める。「今まで何してた?」という分かりやすい質問から「他のガキ共は?」という二人にしか通じない質問まで、五、六個の質問だ。

 だがトオルの反応はいずれも芳しくなかった。精々が、ロブ島にいる家族の話題を持ち出された時に、ボソリと、こう聞き返した程度である。


「父と母は元気でしたか?」


 ふと思った。

 トオルは、故郷に帰りたかったりするのだろうか。

 家族に、会いたかったりするのだろうか。


「ステラ」


「後でね」


 小さく呼び掛けると、ステラは真剣な表情で人差し指を唇に添えた。

 今はこの一方向の一問一答を、集中して見守りたいらしい。


 辛抱強く尋ね、我慢強く黙る。

 この不思議な均衡は、最後の質問で不意に崩れた。


「何でトオルなんだ?」


「お兄さんが私につけてくれた素敵な名前だからです」


「――――」


 皆さんには、この時の俺の恥ずかしさをお分かり頂けるだろうか。

 今まで散々不機嫌に沈黙を守ってきたと思ったら、この質問にだけ突然、春の野に咲く花のように朗らかに笑って、嬉しそうに答えるのである。

 名付け親としては、穴があったら入りたい気分だ。


 更に補足すると――。


「どうやらお前が色々と訳知りらしいな」


「え?」


「話を聞かせてもらうぜ、お兄さんとやら!」


 一向に話の進まないトオルを相手にするより、トオルについて何か知っていそうな俺と話す方が有益だと、ギーズが考えを改めるのは当然の流れだった。

 ネミィの悩み相談や俺の悩みで、これ以上重い話を消化できるだろうか。

 胃がまたゴロゴロと鳴り始める。


 そんな時だった。

 思わぬ場所から助け船が入ったのだ。


「――ギーズ、その話は後にしたらどうだ?」


 グラスを片手に割って入ったのは、群青の男。

 その言い分に、誰よりも早くトオルが賛同の意を示す。


「良いことを言いますね。さすがはヤマト、市井に知れ渡った本物の勇者です。人のプリンを奪って食べたどこぞの馬の骨とは雲泥の差ですね」


「てめ、何年前の話をしてんだッ!?」


 ウキウキ顔で急に調子づいたトオルに、ギーズが食って掛かる。

 その様子にただただ苦笑いを浮かべていた俺の肩に、気心知れた仲のようにヤマトは腕を回して、「それに」と言葉を続けた。


「悪いがギーズ」


「あ?」


「密談なら、アイツが先約済みだ」


 ニヤリと笑って、ヤマトが右手の親指で背後を示す。

 そこには、一連のやり取りに我関せずを貫いてお菓子を頬張り続けて喉を詰まらせたアルフに、グラスと間違えて取り皿を差し出すエルフの姿があった。


 なお――。


「あれ、アルフじゃん」


「ほえ?」


 この時まで、兎の存在を忘れていたのは秘密である。





§§§





 さて、勇者会議本番が始まる直前。

 人の多い中庭から移動して、庁舎一階の廊下には俺とヤマトとセリーヌさんの三人だけ。彼女は腕を組んで壁に背を預け、悠然と話を聞く体勢をとる。

 その間も、俺の心臓はドキドキと強く鳴り続けた。


 ヤマトが密談は先約済みだとセリーヌさんを指差して、それ示す意味に俺はすぐに気づいた。馬車の荷台で話した、会議参加への対価を果たすため。

 つまるところは――。


「セリーヌ、ちょっと話があるんだ」


「いいわよ?」


「『異世界』について、何か知らないか?」


 物知りなエルフの勇者セリーヌさんへの、取り次ぎの約束である。

 元の世界へ帰るための方法が見つかるなら、それは願ってもない事だ。俺は荒ぶる心臓の鼓動を赤子を撫でるように鎮めながら、彼女の返答を待った。

 僅か数秒のはずが、とんでもなく長く感じる。


 だが、セリーヌさんの口は動いた。

 音が、発せられる。


「シンデレラ」


「何?」


「――っ!」


 ドクンと、一際大きな鼓動が俺の感動に呼応した。

 思い返してみれば、彼女は庁舎の正面ゲート前でも「ガラスの靴は履いていないけど」と、異世界の書物である童話の内容を知った風な発言をしていた。

 あの時は彼女の素性が不明だったので警戒しただけだったが。


 期待しすぎてはいけないと思う。

 だが自制を働かせれば、反発したがるのが心というものである。

 俺が下唇を強く噛んだのを、ヤマトが目敏く見つける。


「沙智、何か特別な?」


「いいや、俺の世界の有名な童話だよ」


 俺の返答を聞いてヤマトは腕を組む。

 異世界の童話がただの童話なのであれば、重要なのはセリーヌさんがどうやって異世界の童話を知ったかである。その経緯に、元の世界へ帰るヒントが隠されているかもしれない。

 同じような結論に、ヤマトも帰結したようだ。


「悪いセリーヌ、続けてくれ」


「良い、今から百五十年も前のことよ?」


「セリーヌさんセリーヌさん。セリーヌさんって何歳?」


「ヒ・ミ・ツ」


 艶めかしくウインクして誤魔化すセリーヌさん。

 エルフの寿命についてはいずれ聞いてみよう。


「話を戻すわ。……今から百五十年前のことなんだけど、エルフの里の長老から、その童話を聞かせてもらう機会があったのよ。話の最後に長老が『友達から聞いた異世界の話なんじゃ』って自慢していた覚えがあるわ」


「エルフの里の長老、か」


 その長老の友達というのも異世界人なのだろうか。

 しかし、これはひょっとすると良い情報源かもしれない。そのエルフの長老に当時の事を尋ねれば、何か有益な情報を得られる可能性がある。

 そう喜んだ矢先に、聞こえてきたのは、なぜか落胆だった。

 

「――なら、聞いても駄目か」


「ええ、きっと無駄ね」


「な、何で!? 一応、聞くだけでも!」


 俺が声を上擦らせると、ヤマトは申し訳なさそうに首を振った。

 そして、自分の頭を指差すのだ。


「ココが、駄目なんだよ」


「あ、頭?」


「エルフの長老、もう随分とボケが進んじゃってるのよ」


 何と、要するに当時の思い出は脳細胞と共に死滅したと。

 折角の光明が潰えて、俺はガックリと項垂れる。


「悪いな」


「ロブ島の大図書館ナレージには行ってみたの?」


「やっぱりそこか」


 大図書館ナレージ。

 オーウェン曰く、この世の全ての知識が交わる場所。


 落胆こそしたが、愚痴を言っても何も始まらない。

 セリーヌさんの知識が空振りだった以上、当面の路線を維持するしかあるまい。繰り返すが「最速で」である必要はない、重要なのは「安全に」だ。

 俺は顔を上げて深呼吸し、気持ちを新たに前を向いた。


「この後ロブ島に行ってみようと思います」


「ごめんなさいね、役に立てなくて。――お詫びといったら何だけど、他に知りたいことがあれば聞くわよ?」


「そうですね、じゃあ――」


 セリーヌさんの有難い返答に、俺は少し言葉を詰まらせる。

 大抵の簡単な疑問であればステラ先生が解決してくれるし、難しい疑問は守秘義務を伴うものが多いため、安直に相談することはできない。

 今日散々と思考の渦に溺れていたが、意外と悩み自体は少ないのだ。

 だが、ゼロでもなかった。


 思い立ったのは、ネミィの話から生まれた疑問。

 何らかの称号のせいで競赤祭の期間中は国境を越えて逃げられない赤の国の住民のために、『魔王』ミシェルは渓谷の調査をしていた。

 その理由は、良からぬ何かを感じたから――。

 だが、ミシェルが志半ばで暴走して『勇者』シアンに討たれてしまったため、その良からぬ何かが何だったかまでは分からないのである。


 ミシェルは何を調べていたのか。

 良からぬ何かとは、一体何なのか――。


「赤の国の渓谷に潜む危険について、何か心当たりはないか?」


「――危険?」


「何か、根拠がある話か?」


 ボソリと尋ねた俺に、二人の勇者の表情が真剣なものとなる。俺が静かに首を振っても、二人は一笑に付すことなく、それぞれ考え続ける。

 その反応に、俺はほんの僅か、髪の毛ほどの違和感を覚えたのだ。


 ヤマトの反応は理解できる。

 はずれの町の呪い事件を一早く察知し、ステラと共に情報提供をした経歴を買っているのだろう。だから、彼は親身になって考えてくれる。


 では、セリーヌさんはどうだろうか。


「――――」


 単に情報の背景を深く考えていないだけか。

 それとも、信じるに値する根拠を、別に持っていた?


「まあ、気になるな」


「――ええ、()を光らせておくわ」


 俺たちにそう言って、セリーヌさんは背を向け歩き出した。

 この時、俺はまだ知らなかったのである。二百と十一の年を生きたこの緑髪のエルフが、「千の瞳を持つ魔法使い」とも謳われる所以を。

 中庭側の戸の前で、カケスが一羽、小さく鳴いた。


【演出さん】

 彼女の名は毒舌大将、口癖は「何で人って生きてるんだろう?」。ナレーションさんとは仕事仲間で、実際にはない風や光を用意するのが彼女の仕事だよ。自給百八十円、だけど支払われることはない。休日もない。労働基準法? いいのいいの、やっぱり全部沙智の頭の中の話だから。



※加筆・修正しました

2020年4月3日  加筆・修正

        表記の変更

        ストーリーの順序再変更

        新規ストーリー「シンデレラ」追加


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