表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/193

第十話   『勇者セリーヌは杖を逆さに持っている』

 今日、「反撃の勇者」と謳われる五人が五年振りに集結する。

 赤の国南東部、雄大な世界樹の一キロ南にあるロの字型の七階建てビルこそが、赤の国を運営する自治会庁舎だ。日本で言うところの国会議事堂であり、勇者たちが秘密裏に集合する場所でもある。

 ヤマトの頼みで、俺たちは彼の仲間に扮して会議に出席する手筈である。ついでに預かっていた迷子兎を親元へ返す予定でもあった。


 赤の国庁舎の正面ゲート。

 植込みの花壇に、アルフ、ステラ、トオル、俺の順に並んで――。


「ほえ?」


「ほえ?」


「ほえ?」


「ほえ、じゃねえー!!」


 すでに一時間半。

 頼んだ張本人であるヤマトを待っていた。


 街は暗い夜に沈み込み、街灯の光が虚しく彷徨っている。

 庁舎前の広場には行き交う人々もほとんど見られず、本当にこの場所で勇者会議が開催されるのかさえ疑わしい心境と言わざるを得ない。

 ヤマトコールを発動すべきか否か頭を抱えること十二回。そんな俺の態度にステラとトオルはジュースの空き缶を片手に苦笑を浮かべている。


「本当に赤の国の庁舎ってここで良いんだよな!?」


「合ってる合ってる」


「知らない間にタイムトラベルしてる説は!?」


「ないですよ」


 騒ぎ立てる俺へのステラとトオルの対処も手慣れたものだった。アルフにはキャンディーを舐めさせて様子見しているようだが、どうせ時間の問題だろう。

 足元を群れるカケスと目が合って、俺は深々と溜息を吐く。


 そんな折だった。

 目前の広場に、唐突に人が現れたのは。


「――――」


 女が一人、確かな足取りで近づいて来る。

 一時間半もの間、誰一人として姿を現さなかった庁舎前の欅の道に女は現れる。だがその異様な、というより場違いなその装いに俺たちは息を呑んだ。

 祭りとは言え、悪目立ちしそうな向日葵のドレス。腰には木製の魔法の杖、両手にイカの串焼き。緑色の長い髪を靡かせ、顔には赤い鬼の面。


 ポカンと呆けるアルフはさて置き、俺たちは最大限に警戒を露わにした。明らかに不審な格好のその女は、俺たちの手前で足を止める。

 声は、見かけによらず意外と清廉だった。


「――中に入りたい?」


「え?」


「連れて行ってあげましょうか?」


 面の女の意図が読めずに俺たちは困惑して顔を見合わせる。

 その間にも女は悠々と庁舎の正面ゲートへ赴き、扉の脇にあるカードキーの差込口の前に立った。自分が警戒されているなんて微塵にも思っていない様子だ。

 ならば、とステラが質問を投げかける。


「あなたは一体?」


「安心して、私も舞踏会に呼ばれた立派なシンデレラの一人よ。ガラスの靴は履いてないし、王子様にも全く興味ないけれどね」


「――っ」


「ガ、ガラスの靴?」


 その女の言い回しに、俺は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

 物知りなステラのこの反応を見るに、この世界にはシンデレラの童話は知られていない。俺たちの、異世界の知識を、この女はなぜか有している。

 四人の中で俺だけが更に警戒心を高め、顔を引き攣らせる。


「あんたは――」


「名前はセリーヌ、よろしくね」


 面の女はそう名乗って、不意に「あら?」と頓狂な声を発する。

 何事かと見守っていると、女が急に慌て始めた。


「ポケットからカードキーを取り出せないわ。どうして!? まさか私の両腕、無くなっちゃった!?」


「両手が塞がってるだけですよ」


「ああ、それならイカ焼きを先に食べちゃって……あら、食べられないわ。どうして!? まさか私の口、無くなっちゃった!?」


「お面してるからでしょ!?」


 奇行を続けて発狂する女にトオルと俺がツッコミを入れる。不用意に相手への警戒心を引き上げ過ぎたと反省。今の俺の所感はこんなところである。

 アルフ並みにヤバい人が登場してしまった。


 面の女はイカの串焼き二本をアルフとトオルに進呈して、無事に正面ゲートを開いた。そのまま悠然と廊下を突き当りまで進み、中庭へ続く扉に手を添える。

 色々と思うところはあるが今は耐え忍ぼうと、俺は密かに思っていた。

 だが中庭に踏み出した途端、限界だった。


「ステラ、俺は来ない方が良かったかもしれない」


「ちょっぴり同意」


 芝生の中庭には、先端にシャンデリアを取り付けたようなお洒落な街灯が堂々と立っていた。所狭しと並べられた簡易机には、真っ白なテーブルクロスが敷かれ、その上に香ばしい料理の品々が揃っている。まさに食前方丈の様相だ。

 何よりも、参加者らの騒ぎようときたら。会議という言葉の堅苦しさに緊張していた俺たちが、これでは馬鹿みたいだ。


「ふふっ」


 唖然と立ち尽くす隣で、女は微笑を溢してようやく鬼の面を外す。

 露わになったのは、一目見れば誰もが口を開けて見惚れるような若くて端正な顔立ちと、特徴的な長い耳――エルフの種族である証明だった。

 セリーヌさんは勿論イタズラ顔で、右腕を伸ばして。


「ようこそ、勇者会議へ――!」


 曲者が集まる秘密の会談。

 その洗礼のように、紹介したのだった。





§§§





 パッと見ただけで五十人は参加しているだろうか。

 人間、エルフ、獣人と、種族は実に多種多様だ。彼らは所属を越えて和気藹々と交流していたり、熱く議論していたり、模擬戦を行う者までいた。

 そんな中庭の片隅に、グラスを片手に悠々と手を振る顔が二つ。


「――おう、やっと来たかお前ら!」


「やっほ~だよ~!」


 あの見慣れたアホ面二つはヤマトとフィスに相違あるまい。

 人に待ち惚けを食らわせておいて何を優雅に過ごしているのかとか、他の幹部連中はどこへ行ったのかとか、不満や疑問は山のようにある。

 だがまずは、この陽気な状況を問わねばならない。


「これ、何?」


「前夜祭みたいなもんさ。会議本番まで時間はあるし楽しめ!」


「ささ~、まずはグッと一杯いってみよ~!」


「酒じゃないだろうな!?」


 フィスが花柄のグラスを俺に押し付け、ヤマトがそこにオレンジジュースを勢いよく注ぐ。酒には酔っていなくとも、場にはすでに酔っていそうである。

 彼らの陽気な姿を見ると怒る気も失せ、俺は仕方なくグラスに口をつけた。


 まずは簡単なやり取りからだった。

 ヤマト側からは、この場にいないメイリィさんら幹部連中には折角の競赤祭なのでしばし休息を与えたという事を。俺からは迷子兎の紹介などを。

 因みにセリーヌさんとヤマトは顔馴染みのようだった。


「それにしても大勢いるんですね」


「五人の勇者が勢揃いするんだもの。……尤も、群れて集まる彼らの様が、樹液に集る羽虫みたいで滑稽なんだけどね」


 皮肉交じりにそう吐き捨てるセリーヌさんに、ステラが思わず苦笑いを浮かべる。少し疲れた横顔から察するに人混みが苦手なのだろう。

 コミュ障の一人としては、非常に親近感を覚えるところだ。


 だが不意にセリーヌさんの横顔に色が戻る。

 何かを閃いたようで、パチンと彼女は掌を重ね合わせたのだ。


「ねえ、私が勇者たちの紹介をしてあげましょうか?」


「それはぜひ!」


 ウインクする彼女の申し出に俺は目を輝かせた。

 五人の勇者のうち、しっかりと面識があるのはヤマトの一人だけ。会議本番を控えて、彼らの事前知識を得られるのは願ったり叶ったりである。

 セリーヌさんは、俺の反応に嬉しそうに微笑む。


「勇者一人目、ヤマトのことは仲間なら当然知ってるわよね?」


「ははは」


「も、勿論ですよ」


 本当はパーティーメンバーではないが、それは秘密。俺とステラの愛想笑いに笑顔で応じ、セリーヌさんは人差し指を立て、急にスイッチを入れた。

 何の? ――当然、イタズラ心のスイッチである。


「知ってるわよね? 彼が金槌で泳げないって。知ってるわよね? 未成年なのにお酒を大量に発注してメイリィに怒られたって。知ってるわよね? ミミズが死ぬほど嫌いだって。知ってるわよね? 昔は剣の扱いが下手で――」


「その辺で――むぐッ!?」


「はいは~い、ヤマトは黙ってよ~ね~!」


 セリーヌさんが四本目の指を上げたところで、冷汗ヤマトが慌てて話の腰を折り曲げようと行動に移るが、もれなく満面の笑みのフィスに口を塞がれる。

 この美人エルフ、人混みは苦手でも、噂話は喉が鳴るほど大好物らしい。


 少しの間だけ表情に笑顔を貼り付けて一時停止していたセリーヌさんだが、外野が静まると、何事もなかったかのようにイタズラ話を再開する。


「――よく振り過ぎて転んでたのを見て『さすがは最強の勇者様』って揶揄ってたら、その通りの二つ名で広まっちゃったって、知ってるわよね?」


「ほーう」


 これは楽しい話が聞けそうだと期待が高まる。

 セリーヌさんは周囲に視線を彷徨わせながら、次の勇者の名を口にした。


「二人目の『勇者らしい勇者』、猫族のシアンよ」


「――――」


「知ってる? すごいアガリ症だから初対面の相手には本当に子猫みたいって。知ってる? 彼女のパーティーには元王族がいる噂だって。知ってる? 彼女は例えば食糧支援とかの慈善活動にも力を入れているんだって」


 そう羅列し、最後に彼女はボソリと「見当たらないわね」と呟いた。

 俺の印象に残っているシアンさんは、カフェ前の階段で落とし物を指摘した際、急いでいる様子だったにも拘らず足を止めて丁寧にお辞儀した姿である。

 印象通り、聞く限りでは他人に対して謙虚で心優しい人のようだ。


 ただ、惜しむらくは――。


「今いないのかよ、早く迷惑な兎を返品したかったのにな」


「沙智、直球過ぎる」


 因みに兎は、俺の真後ろの椅子で赤の国名物レッドドレッドキャンディーの虜である。幾ら耳が良くても、砂糖の味に没頭している兎には聞こえまい。

 そんな俺とアルフの関係に、セリーヌさんがクスリと微笑んだ。


 さて、以降はてんで面識がない連中である。フィスの拘束から解かれてヨボヨボ戻ってきたヤマトは、中庭の南西の角へすっと指先を向けた。

 視線の先には、街灯の明かりが届かない薄暗闇。


「お前ら、向こうの隅っこで一人お茶を啜ってる真っ黒な男がいるだろ?」


「ああ、アイツか」


「奴が三人目の『紳士的な勇者』、青目族のギーズだ」


「知ってる? ギーズは黒色の衣装と単独行動を好む烏みたいな人だって。知ってる? 折角綺麗な聖剣を持ってるのに拳でばかり戦ってるって。知ってる? 未成年のヤマトにお酒を勧めた可愛い悪ガキだって」


 遠目に見える男の衣装は上から下まで真っ黒で、確かに烏のようだ。彼も青目族なのかと思いながら何気なく左方に視線を遣ると、俺の知るもう一人の青目族がそっぽを向く。その横顔は少し不機嫌な様子だ。

 どうも、トオルはあの勇者を良く思っていないらしい。


「四人目が『勇者らしからぬ勇者』、あの金髪君がパジェムよ」


「……何だかチャラそう」


「知ってる? お金と名声が何よりも好きで色々と黒い噂が絶えないって。知ってる? 彼には腹心が一人いるだけで、パーティーは適宜雇って構成してるんだって。知ってる? 昔からヤマトをライバル視してるって」


 セリーヌさんの杖の先を見て、俺はあからさまに顔を顰めた。

 パジェムはギーズとは対照的に装飾品だらけの派手な男。髪は金髪で、耳にはジャラジャラと目立つピアス。ジェムニ神国で知り会った冒険者マルコを、より顔立ちを悪くして、身なりだけ豪華にしたような男だった。

 ゲラゲラ下品に笑う様子に、何だか小物臭い印象を受ける。


 ともかく後一人である。

 次は誰だろうと興味を移したその時だった。


「――反撃の勇者の紹介はこんなところかしら」


「あれ?」


 セリーヌさんが杖の逆さに持って、これで終わりと言わんばかりに右手の掌に打ち付けたのである。この反応に俺とトオルは首を傾げ、ステラは目を細めた。

 ヤマトにシアンさん、ギーズにパジェム――。


「まだ、四人ですよね?」


「いいえ、五人全員紹介したわよ」


 指を折って確認しても、セリーヌさんは微笑むだけで、俺は困惑する。更に隣でヤマトやフィスまでもがニヤニヤ笑っているので、ますます困惑。

 そんな最中、フフと小さな笑い声が耳を撫でた。

 隣を見れば、ステラが何か納得した表情で笑っている。


「沙智、知ってる?」


「え?」


「その勇者は、四人の勇者を各地から集めて反撃の下準備を整えたって。数百年もの時を生きる者だって。杖一本で全属性の魔法を使いこなし、千の瞳を持つ魔法使いとも呼ばれる、緑髪の才女だって」


 セリーヌさんの説明を模したステラの声で、ピカッと電撃が走った。

 唐突に、思い出したのだ。


 ジェムニ神国から赤の国へ向かう道中、馬車の荷台でヤマトが教えてくれた。彼女なら異世界について知っているかもしれないと。


「――『賢者』と呼ばれる、エルフの勇者ッ!」


「正解、私が五人目の勇者セリーヌよ、改めてよろしくね」


 二コリと微笑む彼女に、趣味が悪いにも程があると内心で苦笑した。

 赤鬼の面を外して名前を名乗っただけではあったが、思い返せば確かに自己「紹介」を彼女はしていた。

 このイタズラ好きに、終始踊らされていた訳である。


 してやったり顔でセリーヌさんは微笑み、テーブルの中央に逆さに並べられている花柄のグラスを満足げな表情で一つ手に取った。

 ここで、ふと俺は思ったのだ。


「セリーヌさんには、通り名はないんですか?」


「あるわよ」


 帰ってきた返答は機嫌良く弾む。

 彼女は今度は、花の飾り物の傍から赤ワインの瓶を取って、器用に片手で蓋を開けた。だがこの時にはもう、皆の視線は外れていたのである。


 セリーヌさんの顔付近から、右手の方へ。


「私は『不思議な勇者』、何が不思議なんでしょうね。……あら、ワインが注げないわ。どうして!? まさかグラスの飲み口、無くなっちゃった!?」


「逆さだからですよ」


 盛大にワインをぶちまける彼女に、トオルが冷静にツッコミ。

 妙に落ち着いたトオルはさて置き、零れたワインは大洪水で、清潔感溢れる白いテーブルを、殺人現場のような見た目に変えた。

 これにはヤマトとステラが大慌て。


 何が不思議なのか分からないのが分からない、などと、ふざけている場合ではなさそうだ。下手に注目を浴びるのは嫌なので、適当な言い訳でこの場を去ろう。

 そう考えた、その時だった――。


「トオル、俺ちょっと拭く物を借りて来る」


「あ、逃げるんですね?」


「馬鹿違うって! ただ純粋に――痛ァァアッ!?」


 その場を離れようとした俺の後頭部に、一撃。

 あまりの強烈な衝撃に頭を押さえて蹲り、奥歯を噛んで悲鳴を押し殺しながら、辛うじて片目だけを開く。

 痛みに耐えつつ、薄っすらと俺は見た。


 鈍い鉛色の金属の棒だ。

 楽器のトライアングルを拉げて台形にしたような、金属棒。


「お、おお、お兄さん、大丈夫ですか!?」


「何だ、この鈍器!?」


「――っ、それはロブ島の!」


 トオルはこの奇妙な鈍器について何か知っている様子だった。

 しかし、それは今は語られない。代わりに少しずつ近づく騒ぎ声に瞬時に反応して、俺を守るように両手を広げて立ち上がった。

 少女が鋭い視線で睨む南西の方角には、真っ黒な烏が一羽。


「馬鹿野郎! 誰が人にぶつけろっつった!?」


「リーダーっす!」


「言ってねえよ! もしシラを切るつもりでもコイツを見せりゃ反応で分かるから、行って見せて来いっつったんだよ!」


 紺色の髪の男と口論をしながら、烏はやって来た。

 上から下まで全身を黒い衣装に包み、本来腰に巻くはずの白いウエストポーチを肩から斜めに掛けている。腰には翡翠色の綺麗な鞘に収まった剣。

 黒髪短髪のこの男は、身長はヤマトと大差なかったが、目つきが猛禽類のように鋭い。鼻元には薄っすらとそばかすがあった。

 そして、この烏は――。


「ギーズ」


 警戒心露わに睨む少女を、静かにこう呼んだ。

 俺たちの誰も、知らない名前で。


「……お前、()()()だな?」


【反撃の勇者】

 世界に五人も勇者が存在している時代はこれが初めてで、彼らは魔神支配に対する反撃を掲げたの。曰く「最強の勇者」ヤマト、曰く「勇者らしい勇者」シアン、曰く「紳士的な勇者」ギーズ、曰く「勇者らしからぬ勇者」パジェム、曰く「不思議な勇者」セリーヌ。ヤマトの話では、一癖も二癖もある人たちなんだって。



※加筆・修正しました

2020年4月1日  加筆・修正

        表記の変更

        ストーリーの順序一部変更


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ