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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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閑話    『桜舞い散る雲の果て(3)』

◇◇  レイファ





 それはもう見慣れた光景じゃった。

 わしらがイアの住むレレーレ村に拠点を置いてはや三年、この光景は嫌というほど見た。


 『万物創生』の力でこの世界に生み出した冷蔵庫から、サクが異世界から持ち込んだ知識をもとに作ったシャーベットを取り出して、雑音を鬱陶しく思いながら溜息をついた時じゃった。


「あれ、ボルケっち来てたの~? ……ってまたかぁ」


 ひょこっと現れたのは耳の長く足軽そうな、そうエルフの若い男じゃった。

 部屋の奥で繰り広げられている、子供すら呆れ果てる言い争いに陽気な彼もまた溜息をつく。


「ランス、いつものを持ってくるのじゃ」


「あいよー」


 返事をすると、ランスは隣の武器庫に足を運んだ。

 さて、わしはもうしばらくこの阿呆どもを観察するかのう。


「あなたが言ったんでしょ! 私がちょっと転んだだけでゲラゲラ笑って『アホだアホだ』って」


「その件はもう謝っただろーがっ!」


「はあ? 馬鹿なの? あなたはアホって二回言ったの。まだ一回しか謝罪してもらってませんー」


「いや、お前やっぱアホだろっ。まとめて謝ったのが分かんねーのかっ!?」


「ああーっ。また言った―! 大体あなたはね――ぅ」


「……ぅ」


 やっとじゃな。

 お互いに指を差し合って暴言を吐いていたサクとボルケは急に鼻につくような匂いにたじろいだ。ランスが暮らしていたスターツという密林地帯には『どっくんちょ』と呼ばれる、それはそれは臭い息を吐く魔獣が生息しておる。これの腸を天日干しにしてガスを抽出したものがエルフの狩りのお供じゃった。因みにこれは立派な毒ガスである。


「はーい、サっちゃんもボルケっちもどうどう! じゃなきゃ次はエルフの森の最終兵器を――」


 短い金髪の好青年といった雰囲気のあるランスも、あの長い耳にこやつらのくだらん口論を聞かせ続けるのは、どっくんちょのガスよりも毒だということを知っておるのだろう。最終兵器、そう聞いた途端に鼻を押さえていたサクとボルケが慌てだした。


「わ、分かった。分かったから早く消臭して! 制服が一か月着られなくなっちゃう!」


「悪かった。俺らが悪かったから毒ガス兵器を持ち出すのはやめろっ!」


 サクと旅を始めて三年。

 仲間も増え、色々とあったが、騒がしいことだけはずっと変わりはせん。





◇◇  サク





 それにしても、そう思いながら小屋を出て私は周囲を見渡した。

 ランスだけではない、村の住民や新しい仲間たちですっかり賑やかになったものだ。それは久々にやって来たボルケの感じたことでもあったらしい。


「騒がしい村になったな」


「相変わらず残念な感性ね」


 もう少し品のある言い方ができないものか。


 あれから三年、炎獄王は一度も姿を見せていない。

 そのおかげもあって町は恐ろしい速度で再生していった。主に私が溜め続けた無駄な知識とレイファの『万物創生』の力によるものだが、何よりも必死に材木や鉱石を持ってきてくれた村の人々に依るところが大きかった。ただ、私たちは残念なことに計画性が皆無。当初は村人たちの苦労を泡にして失敗作を吐き続けたものだ。


「サク姉ー! げっ、つり目野郎がいる……」


「ああ?」


 そこへメスを入れたのが、丁度今、すっかり丸くなったイアとともにやって来たこの翁である。


「ご歓談の所申し訳ないが、サク。早急に処理すべき問題が発生した」


 長身の、ボルケとは違って品のある整った顔をしているこの翁の名はゼイム。ボルケの一つ前、先代の勇者のパーティーで活躍していたらしい。東方に遠征した際、ともに暴れ回る魔獣を鎮めたことで意気投合し、私たちの一員に加わった。彼はある程度の問題なら一人で解決してしまうので、こうして私の下へやって来たということはひょっとすると……。


「どうしたの?」


 嫌な予感に胸がざわめき、ゆっくりと思い唇を動かすと、彼の代わりにイアがなぜか胸を張って答えた。


「火力発電所、三時間も経たずに壊れたー」


「あれぇー?」


 やっぱり……異世界の文明を持ち込む「アナザー計画」の柱が頓挫したか。

 安定的な電気を供給できるという点や、私の知識でもどうにかなるかもしれないという淡い観測から火力発電所建設計画を始動したのだが、どうやら甘かったらしい。


 何が駄目だったんだろう。

 タービンの接続部分が熱に耐えられなかった?

 発電部分が故障?

 それとも燃料の火力が足りない?


「しょうがない。じゃあこいつを石炭と一緒に放り込んで。よく燃えるから」


「ああ? 喧嘩売ってんのか?」


「あ、燃えた」


 ほらね。


「サク。おふざけはほどほどに。安定した電気は魅力だが、これからも燃料を確保し続ける苦を考えると正直運用は厳しいところがある。お蔵入り、が妥当なところだろう」


 彼はそう言うと、最終的な判断は私に預けた。

 ただし、まっすぐに睨むその瞳からは、老躯と思えないほどの圧がある。実質、選択肢は存在しない。


 きっとゼイムがいなければ、私は諦め悪く火力発電に固執しただろう。大した思い入れは無いんだけどね。その点、彼の堅実な判断能力は力量以上に私たちに多くをもたらした。頭が上がらない。


「はいはい。じゃ、レイファにこう言っといて。火力発電は中止。水力発電に切り替えるから『万物創生』でダムを造る用意をして、って」


 そういう訳だから私が代案を述べると、早々にゼイムは溜息をついた。イアでさえ、ダムの意味は分からなくとも、きっと火力発電所の構造を一人で作り上げたレイファに同じだけの無茶を要求しているのだと理解し、ガクガクと震えながらこうオチをつけるのだ。


「サク姉、鬼?」





 さて、久しぶりにボルケに会ったことは、まあ彼の生存を確認できたという一点においてのみ、喜んでやらないこともない。ええ、それだけよ。ただ、発展したレレーレ村の案内をしてあげるほど私は暇ではないのだ。なぜなら今日は、待ちに待った診断結果が出る日なのだから。


「じゃ、ゼイム。ボ……えーっと、初めてお会いするお客人を適当に案内してあげて」


「お前今本気で名前忘れてたろっ!!」


 さあ、どうだろう。

 ともかく、背後でびみょーな顔つきになっている経験豊富な老人に勇者の取り扱いは任せて、私は最近仲間になった変人たちの下を訪ねるとしよう。


 レレーレ村の、かつて水田が広がっていた場所には無数の金属ゴミが転がっている。それは段々と、その奥にあるどぎついショッキングピンクの看板が掛けられた怪しい家屋に続いていた。悲しいことに、私の仲間の暮らす家である。溜息をつきながら私はドアをノックした。


「おはよ、ララ、アイビー」


「うぃーす、サクさん。どうかしました?」


 一番先に元気よく手を振ったのはララだ。容姿端麗、まるで人形のような腰まである長い金髪が実に美しいその少女は、保護メガネをかけ、手元で火花を散らしながら金属を加工している。そう、彼女こそが周囲にゴミを撒き散らす問題児だ。


「ちょっと解析結果をね。それより、ちゃんと片付けしてよ、ったく」


「そんなことより見てくださいよ~! この立派な鋼の剣を! 最大強度への挑戦のために敢えて金属の中に不純物を数パーセント残して、それはもう化け物染みた強度を誇るんですよ! 最強です! 魔王だって切れます! 切っちゃいます!」


 ね、変人でしょ。

 しかし、私の話を「そんなことより」で振り払ったのはいただけないなぁ。


 ララはこの通り、鍛冶屋というか何というか……とにかく強度に拘る金属加工のプロだ。そんなもの、レイファに頼めば一瞬で出来るというのに、彼女は自分の手で鉱石を剣に変えることに一種のプライドを持っている。散らかす癖さえなければ見上げたものなんだけどなぁ。


「それで何しに来たんですか?」


 あと話を聞かないところ。


「だから解析結果だってば」


「ああ~、例のあれですか~。アイビーならほら、あそこにいますよ」


 ララが指を差す方向、赤く焦げ付いたレンガのような暗い髪が、龍の髭みたいにぼっさりとしている女性、彼女こそがアイビーである。花のような名前の可憐さは微塵もなく、私たちの中でもダントツでヤバい人だ。


 しかし、私は少し違和感を感じていた。

 いつもならララが元気よく挨拶する前に蜘蛛のように飛び掛かって来るというのに、今日は奥の机でそれはもう真剣に作業を続けていた。


 え? いつもの彼女を知りたい。

 では、以下が彼女に対する他人の評価になるのでぜひご参照ください。


「新しい媚薬でも作ってるんじゃないですか? 昨日の夜に『もっとウハウハしたいな、むふふふ』とか言って夜明けまで布団の中でごそごそしてましたから」


「媚薬って……。また男漁り始めたの? この前性欲がすごそうな若い男を一本釣りしたばかりじゃん。まあ何で男も男でひょいひょい引っ掛かるのか理解できないけど」


「だって一応美人なんですもん。おまけにギリギリの発言を湯水のごとく垂れ流すんですよ。そっち系に興味のある男は食いつきますって。ま、その後で本性を知って泣くまでがテンプレですけどね」


「普通、逆よね」


「逆っすね」

 

 こんな感じである。

 変人、というかもはや変質者の勢いなのだが、残念なことに彼女は有能だ。本当に残念なことに。

 

 こうして傍で罵っても普段なら怒るどころか、清き青少年には聞かせられないような自慢話を尋ねられてもないのに語り出すのが普段の事。しかし、今日はなぜか肩を震わして、コトリと空の試験管を椅子の脚の傍に落とした。そして一言、何かに堪えるような冷たさで告げるのだ。


「ねえ、サク。ララ。いい加減にして頂戴」


「……あ、ごめん、怒っちゃった?」


 意外な展開に私もララも面を喰らってしまった。彼女が怒りを露わにすることですら初めての事なのだから。徐に立ち上がった女はぶつぶつと独り言のように不満を垂れながら、ゆらり、ゆらりとゾンビのように向かってくる。


「いつもいつもいつも、私が男に溺れているみたいに言っちゃって……っ」

 

 さすがの出来事にララも作業していた手を止めて、私と話していた時の体勢のまま石のように固まった。かくいう私も、ピクリとも動けない。普段怒らない人間の堪忍袋の緒を切ってしまったらどうなるか、想像できないからだ。温厚な人間とは、憤怒の感情が欠落した稀有な存在か、あるいは自分の中に怒りを押しとどめるのが特異な人間か、そのどちらかである。


「私は――」


 女は私たちに目と鼻の先まで近づくと、また一言、零れ落ちる雫のように。


 この時、私はかつてないほど緊張していた。

 私はこの女の見るに堪えない色情的な側面しか見たことがなかった。

 だから、これから露わになる、決して私にとっては穏やかでない女の新たな側面を、私は息を呑んで――。


「私は女も大好物よっ!」


『あ、こいつもう駄目だ』


 緊張して損した。

 ええ、これが私たちのパーティー最大の汚物、アイビーである。

 彼女は気色悪い手つきで私の頭を押さえ、右手でじっくり味わうように髪から触り始めた。


「サクちゃん! ああ、サクちゃん! その艶やかな黒い髪は一番高価な絹糸を伝統ある墨汁で塗り染めたような美しさ……っ。張りのある頬は突けばぷるんと指を弾き返して私を触ってごらんと誘惑するのね。なんていけない子っ! その鮮やかな桃色の唇をしっとり感じたいところだけど今はまだ我慢するわ。ほら、その細く美しい指でスカーフを取って。奥の部屋のベッドメイキングは済ませてあるから、早く私にそのか細そうな四肢を、うなじを、ほんのりと恥ずかしげに赤く染める表情を私に……。ああっ、もう駄目~~っ!!」


 この人、もう手遅れだな。

 私は触られた時は驚きこそしたものの、すでに平静は取り戻し、勝手に股を閉じてその場にへたり込んだ色欲の塊にこう告げることにした。


「アイビー。解析結果なんだけどさぁ」


「……本当につれないわね」


 この手の人間に話を合わせてはいけない。

 私がゴミを見るような目でそう結論付けると、それすら琴線に触れたのか、女は頬を紅潮させて息を荒げた。


「でもそこもまた乙なものですなぁ!!」


 彼女の名はアイビー。

 我がパーティーの第一級危険物である。





「――こほん、解析結果だったわね」


 ようやく真剣モードに戻ったアイビーがデスクに戻り、ひらひらと調査結果が綴られているであろう書類を目の前で靡かせた。そのレッドブラウンの瞳には薄っすらと、興味深く、妖しい光が浮かび上がる。日々、男や女のことばかり考えている彼女が興味を示すような結果、それは一体……。


「サクちゃん、まずはバストが81、ウエストが――」


「ああああ!!」


 その瞬間、私は我を失った。

 アイビーは悪びれもせず、キョロっとした表情で言い放つ。


「いいじゃない、女の子しかいないんだし」


「いつ測ったっ!? いつ測った!?」


「…………」


 アイビーは口を開かない。


「で、使い方が分からないっていう例のユニークスキルについてだけど、私の解析結果では……」


「ああああ!!」


「ちょっ、サクさん。落ち着いてくださいよ~! 私の最強の剣がっ! 私の最高傑作がっ!」


「え? 私の最強の剣? 私の最高傑作?」


「エロく言うのやめてくれませんっ!?」


 もはやアイビーの言葉全てに「ああああ」を発動させて暴れ回る私。

 私に奪われた剣を必死に取り返そうとするララ。

 変わらず“色毒”を吐き続けるエロマシーン。


 私の隣はいつの間にか本当に賑やかになった。

 レイファにイア、ランス、ゼイム、ララにエロマシーン、他にもたくさん。

 彼女らと笑い合えば笑い合うほど、疑問が心の中で膨らみ続ける。


 私は、ここに何か残せているのだろうか?


※加筆・修正しました

2019年9月25日  加筆・修正

         表記の変更

        

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