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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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第二十四話 『青い瞳に映したい』

◇◇  





 現在時刻は午前一時。ジェムニ神国に魔獣が発生したという第一報からすでに三時間が経とうとしている。しかし、ベスル地区が前代未聞の大混乱に陥っていたのは魔獣の脅威だけが理由ではなかった。


「その話は本当か?」


「は、はい。確かに一番最初にエラーを起こして開閉不能になったのは南門だと『門番』から聞いております。その一分後に東西の門、さらに一分後に北門も制御不能になり、現状は復旧の見通しも立っていないようなのですが……」


 ジェムニ神国を魔獣の侵入から守る防壁は今や檻。

 四つの門が動かなくなった今、ジェムニ神国は逃げ場のない陸の孤島となった。これが大混乱に陥った最大の要因である。


「慌てずにゆっくりと橋を渡ってくださーい! あ、そこの方逆走しないで!」


 魔獣騒動の中心から僅かに離れた川べりの市街地でさえ避難は難航し、こうして若い軍人たちが許容量を超えた人数の避難誘導に当たっている次第だ。だからこそ彼らが、南門の話を聞いて思案顔になるこの初老の男に状況の打開策を期待するのは仕方のない事だった。


「チャド様、もしや国王様から何か命令が……」


「……いや、まだだ。君たちは続けて住民の避難を優先してくれ」


「はっ、了解致しました」


 チャドと呼ばれたこの男は国王の腹心である。

 彼は強靭な肉体を持っている訳ではないが、冷静な頭脳から弾き出す最善手で官民問わず信頼を集めてきた。ヤマトが『加速』スキルを駆使して『人類最速』の称号を手に入れるまで“隼”の異名をほしいままにしてきた男である。尤も彼の足が鈍った訳ではなく、国王から命を受けて僅か三十分で王宮を有するヨークコートからベスル地区中心部まで辿り着いている事実は決してまやかしではない。


 ここまで彼の説明をして気づいたかもしれないが、彼はたった今嘘をついた。軍人たちが期待した国王の命を彼は確かに受け取ったのである。

 

「魔獣発生のタイミングで全ての門が故障だと? そんな偶然あるものか」


 この事件、影で糸を引く者がいる――。

 チャドに推察を述べたのは他でもない国王だ。


 国王の懐刀はこれを命令と受け取った。

 もし「影で糸を引く者」が魔神勢力下の者であれば、国を挙げての魔獣討伐は魔神支配体制への反逆と捉えられかねない。勇者を全面的に支援すると宣言したレイジリア王国が天罰によって滅んだのは記憶に新しい。


 ゆえに確かめなければならない。

 敵は、何なのかを。


「ええ、分かっておりますとも、国王様」


 若い軍人の話を聞いてチャドが一番に気になったのは、やはり門のエラーにタイムラグがあったことだろう。それも、南門から北へ順々に開閉不能になったのが彼の中で引っ掛かった。


「まずは南門の制御室へ行ってみ……む? 何だ?」


 彼が方針を決めた途端、突然橋上が騒然とし始めたのだ。

 明らかな不安と焦りが徐々に伝染して、足音が掻き消されていく。

 チャドにはまだ何が起きているのか分からず若い二人の軍人と顔を見合わせたのだが、その時、ふと川の水面が赤々と発光する。


 川下へ目を遣り、彼らはようやく騒ぎの原因を理解した。


「なっ、エタンセルバードの『主』だとっ!?」


 暗い夜空にそいつは真っ赤に輝いて、まるでこの世の終わりを思わせる隕石のように火花を散らす。その炎の塊は川を逆流するようにこの避難集団にまっすぐ向かって飛んで来るのだ。


「ま、まずい……!」


 そう発したのはチャド自身である。

 エタンセルバードは魔法も使える非常に強力な魔獣であり、空から適当に炎を落とされるだけでも大規模な被害が出かねない。ヤマトが名を馳せるまで『人類最速』だった彼も、ただ足が速いだけ。相手が白犀ならまだしも、レベル25のエタンセルバードなら傷つけることすら叶わない。


 迫りくる脅威に人々が絶望し、チャドも死を覚悟して目を閉じる。

 しかし、諦めるにはこの世界は美しすぎた――それを身をもって、否、耳をもって彼らは知ることになる。


 欄干に金髪の男。

 逃げ惑う人混みに太った男。

 川沿いの家の屋根の上に魔法使い風の女。

 そして、浅い川底から水草を頭に乗せた男。


「ふふふ、暴れるのは俺の専売特許じゃ! 燃えるだけの鳥如きがよっ!」


「ハンバーガーブーストで守ってみせるでい」


「やれやれ……これは水魔法が使えるアタシ頼みになりそうだなぁ~」


「みんな、準備はいいかっぽ? では始めるっぽ」


 逃げ惑う人々の中からまるで花開くように彼らは颯爽と現れ、絶望から人々の注目を掻っ攫った。堂々と炎の鳥だけを見つめて自信に満ちた表情を浮かべる彼らに、野次を飛ばそうとする者は誰一人としていない。ただ、誰もが無言で見つめていた。


 迫りくる炎に各々が武器を構え、彼らは名乗りをあげる。


『『永劫なる時のルーラー』、参るっ!!』


 何とおかしなパーティー名だろうかとチャドは肩透かしを食らった。

 しかし、橋上の不安に怯えていた子供たちから盛大な歓声が上がって気づく。


 これは彼らのパフォーマンスなのだと(違います)。敢えて子供たちが笑顔で迎えられるような名乗りで彼らの心を支配していた不安や緊張から子供たちを解き放ってみせた(違います)。恥ずかしい名乗りを厭わずに(違います)。


 国王が即位した時に負けないほどの衝撃と熱でチャドは悶えていた。


 彼は思う。

 こんな素晴らしい冒険者たちがいるのなら、事態は私たちが考えているよりもずっと希望に満ちているのかもしれないと。


「フオベバクベババナァーーッ!」


 彼らの名乗りに応じるかのようにエタンセルバードが火花を散らす。四方八方、それは花火のように。自分を大きく見せることで威嚇しているのだ。これは、この四人の冒険者を敵とみなした証拠だ。あるいはエタンセルバードも感じ取ったのかもしれない。この冒険者たちの熱い思いを。


 それは、本当に不思議な時間だった。

 誰もが、今は非常事態だということを忘れ、目の前の光景を、数千年に一度の鮮やかな流星群の最初の一筋が空に浮かぶのを待ち望むかのように固唾を飲んで見守っている。きっと彼らなら……彼らなら何か大きいことを為してみせる。


 彼らなら――。


『……『永劫なる時のルーラー』、逃げるっ!!』


『おいっ!!』


 場の熱が最高潮に至ったまさにその時、脚光を浴びていた英雄たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げだした。


 彼は思う。

 事態は私たちが考えているよりもずっと深刻かもしれない。

 急いで黒幕を見つけなくては、そう心の底から。






◇◇  沙智





「そもそもの予定では、ギニーがレベル30を突破して魔王玉を手中に収めた後で、ジェムニの各門を封鎖するはずだった。ユニークスキル『眷属』で魔獣を召喚するのも、魔王の降臨を宣言してからのはずだったんだ」


「……順序が変わってる?」


 トオルの話では、路地で見かけたギニーのレベルは28のまま。

 しかし、現に魔獣は町中に現れ、ジェムニの四つの門は機能を失っている。


「どうしてこのタイミングでギニーが門を封鎖したかは分からない。ひょっとしたら私がレベリング用の獲物を中々用意しないから痺れを切らしたのかもな」


「騒動を起こせば、自ずと正義感の強い敵がやって来る?」


「所詮は想像に過ぎない。要は、魔獣のサファリパークと化した通りへ出たいなら準備を怠るべきではない、ということさ」


 さすがは事件の当事者、ソフィーの説明とは情報量が違う。

 彼女の言葉には初めて顔を合わせた時のような丁寧さこそ見当たらないが、他人を冷酷に見下すような抑揚は消えて垢が抜けたように落ち着きがあった。それに伴い乱暴な言葉遣いも控えめになり、棘が折れて随分と丸くなった印象を受ける。


 そう感じるのは彼女の本音を聞いた他に、ステラが秘密の首飾りを入手したルートが判明したことも大きいだろう。はずれの町で『魔王』の称号を隠したがっていたステラは唯一事情を知っていたジュエリーに相談し、ジュエリーの交友関係から秘密の首飾りを持っていたキャロルに繋がった、とい訳だ。


「ソフィーの回復魔法の腕は確かさ。一時間もすればトオルも歩けるように……って何にやにやしてんだお前はっ!?」


「いってぇぇぇ!!」


 大層悩まされた身としてはキャロルの変化が随分と感慨深くて頬を緩めていると、彼女に思い切り頭をグーで殴られてしまった。行動はむしろ乱暴になっているようだから注意しよう。





§§§





 今頃、ステラはどうしているだろうか。

 きっとあの不器用なお人好しのことだ。泣いている子供を放っとけずに声を掛けて、でもどう宥めたらいいのか分からずに頭を抱えているに違いない。


「どうせ一人じゃ何もできなさそう、か」


 聖域の扉の外側から聞こえるキャロルとソフィーの会話をバックサウンドに、ポーション代を稼ぐために白犀狩りに出かけた日のことを俺は祭壇に向かって右側三列目の端で思い出していた。


 ギニーと戦うつもりは当然ないし、事件の後始末は国に任せてしまえというのが今の俺のスタンスである。それでも自分の無力さが原因ですぐにステラに会いに行けないのは何というか、歯がゆかった。


 例えば、あの祭壇に祭られている英雄の剣が俺を認めてくれれば。

 徐に立ち上がり祭壇の前まで歩いて、その白い鞘と柄に力をこめる。


 だが、結果は火を見るよりも明らかだ。

 聖剣が俺をお伽噺の英雄と同一視することはない。


「……やっぱり引き抜けないか」


「エクスカリバーは誰も選ばない聖剣として有名だ。この数年の間にも何人かの勇者が力を求めて訪れたが、その刀は随分な引きこもりらしい」


 俺も一時期は引きこもっていた気がするから分かり合えると思うんだけどなぁ。

 キャロルの話で興味を抱いたソフィーが隣にやって来て聖剣に触れるが、この最強天使をもってしても彼を更生させるに至らないようだ。


 聖剣に奇跡を期待できないとなれば――。


「はぁ、また空から変な声と一緒に使えるスキルでも降ってこないかなぁ」


 今度は過去に実際にあった不可思議な現象に期待した。

 ステラの呪いを見破った称号『呪いを見破りし者』や、異世界語の理解に一役買っているスキル『共通語』を獲得した時のように謎の女性の声がまた耳に振ってくれば良いのに。


 淡く切実に願っていると、祭壇に手を添えて縮こまっているソフィーが呆れた様子で毒を吐いた。


「沙智さん、現実逃避しすぎじゃない?」


「いや、現実逃避には違いないけど」


 少女の言うように、現実的でないパワーアップに夢を描いたところで夢は弾けて消えるしかない。それは充分理解しているのだが、ソフィーの反応にどうも違和感を覚えて俺は尋ねてみる。


「偶に女の人の声聞こえない? 『なんたらスキルを獲得しました』的な」


「何それえ、怖いっ!」


 全力でキャロルの下へ逃げていくソフィー。

 あの謎のメッセージは怪談と同じく、少女が涙目で怯える非常識なものらしい。


「やっぱ俺のメニューって変なのかな?」


 予てからそう感じる点はあった。

 ユニークスキルの『Undelivered』も、ステラ曰く解放前のユニークスキルがこのような形でメニューに表示されるなんてあり得ないそうだ。何より、好き勝手に称号を書き換えられる『編集』なんてものを一個人が持っているという事実が、称号システムの範疇を外れている気がする。


「やっぱサクが何か細工したのかな……?」


 そう考えるのが一番自然だ。

 尤もサクに会う手段がない現状、それを確かめる術は皆無である。


「――でも、摩訶不思議なものに頼りたくなる気持ちは分かりますよ」


「ん?」


 祭壇の前で呆然と自分の指を眺めていると、ソフィーと入れ替わりにトオルがやって来る。右脚はまだぎこちない動きだが、とりあえず歩けるまで回復したようだ。


「お前は強かったじゃないか」


 路地で魔獣相手にトオルは鬼神の如き活躍を見せた。

 遠方の魔獣は小石や枝による『砲撃』で確実に急所を突いて絶命させ、接近してくる魔獣には『格闘』で数匹まとめて蹴散らした。右脚に痛手を負ったのも事実だが、無数の敵相手に孤軍奮闘するトオルの姿を見た者であれば評価しない者はいないだろう。


 尊敬の念を込めて笑いかけたのだが、トオルは浮かばれない表情だった。

 俺が首を傾げると、彼女はその理由を話し始める。


「私は青目族という種族なんです」


「青目族?」


「はい。その最大の特徴は二つのメニューを一つの体に持っているということです。裏のメニューに切り替えればレベルや、スキルの構成が違ったものになります。その時私たちの瞳は青く染まるんです」


「何それ格好いい!」


 目を輝かせる俺にトオルが若干引いている。

 しかしいついかなる時代でも変身は人の憧れである。特に瞳の色が変わるというのが俺の琴線に触れて……。


「……あれ、瞳が青色に?」


 先ほどの事を急に思い出した。

 確かあの路地で見つけたトオルの目は――灰色。

 恐らくは種族名の由来であろう青目ではなかった。


「未熟な青目族は灰色の瞳で暴走してしまいます。それは強さとは全くの別物なんですよ」


 トオルが俯き加減で拳を固く握りしめている。

 そこには声以上に悔しさが滲み出ていて、俺はどう励ませばいいか分からなかったんだ。だから理解はしたよという意味合いで、少しだけ溢そう。


「……俺、お前のこともあんまり知らなかったんだな」


 トオルの顔を見ずに呟いた。


 今までトオルが青目族だと話してくれなかったのはなぜか。

 俺は彼女の瞳が灰色に染まることと、彼女が『奴隷』だったことが無関係だと思えない。


 それでも今日、少しだけ話してくれたことが嬉しかった。

 だから俺も素直になって向き合わなきゃいけない。


「トオル、さっきは背中を押してくれてありがとう」


 しばらくの沈黙の後でいきなり感謝を告げる俺にトオルは幾何か驚いた様子だったけど、すぐにいつもの調子で頬を綻ばせた。


「響いたでしょ?」


「痛かったよっ! でもお蔭で自分が何をしたいのかやっと分かった」


 腹の底から湧き上がる熱に体が焼かれ、脳はショート一歩寸前だ。それでもこの熱を今だけは失いたくなかった。俺を奮い立たせてくれた、心優しき少女へ伝えるためのエネルギーが必要だからだ。


 ああくそ、恥ずかしいなぁ。


「トオル、俺と友達になってくれ」


「……っ」


 この時耳の先まで真っ赤になっていた俺には、トオルがどんな表情だったのか全く記憶にない。ただ、自分の恥ずかしさと必死に戦いながら、言おうと思っていた言葉を頭の錆びついた引き出しから何とか引っ張り出したんだ。


「きっと苦しい時に弱さを吐露できる相手が、強がりたいと思える相手がいなきゃいけなかったんだ。俺もステラも踏み込むことを遠慮してそれができなかった」


 もっと話をして寄り添い合うことができれば。

 後悔してるだけでは始まらない。


「だから今度はさ、トオルの話を聞かせて欲しい。夢だけじゃなくて、過去とか悩みとか、言い辛いこともあるだろうけど……聞かせて欲しい。次は俺がお前の背中を押す番だから」


 無秩序な本音をなるべく整理して伝えたつもりだったが、誰も次の句を継ごうとしない息の詰まる時間が耐えられなくて、頭を掻き毟る。


「ま、まあ俺が元の世界に帰っていなければの話だけど」


「ふふっ、何だかお兄さんらしいですね」


 美しい青白い蛍が舞うこの聖域に似つかわしくない締めにトオルがやっとクスリと笑う。思えば彼女を『奴隷』から解放した時の感謝の言葉も誤魔化して有耶無耶にしたんだっけな。


 お兄さんらしい――。

 夕時から評価が改善されてホッと溜息だ。

 やっぱり、らしくないと言われるよりよっぽどいいや。 


「さて、ステラにも恥ずかしいセリフを伝えに行きましょうか」


「背中叩かれた時の数倍痛いっ!! ああ、心が壊れるぅー!!」


 現在時刻深夜二時。

 動き出す――。


【エタンセルバード】

 大型の鳥の魔獣で身体の表面が炎に包まれている珍しい魔獣です。知能が高く、魔獣では珍しく火魔法も使うことができるので非常に厄介な敵ですね。『主』はさらに危険で繁殖期になると巣から半径三百メートルを全て焼き尽くすため、人里近くに巣が作られた場合は甚大な被害が出る恐れもあります。なおこの行動は雛が安全に育つための周囲の「消毒・殺菌」の意味があるそうですよ。



※加筆・修正しました

2020年7月24日  一部キャラの口調変更


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