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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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第十六話  『魔法使いは怒りたい』

「別にアタシは怒りたくて怒ってる訳じゃないから!」(???)


 素晴らしい出会いとは何を指すのだろうか。俺は考える。


 今日に限定すると、ソフィーと親しくなったことか。

 夢の中で妹と再会したことか。

 それとも魔法の力が宿る赤い宝玉を目にしたことか。

 まさか路地裏のチンピラ三人衆のことではあるまい。


「私はメルポイ~♪」「あなたもメルポイ~♪」

「ああ~♪」「愛しのメルポイ~♪」


 ――間違いなく「メルポイ」のことである!


 おい、と呆れられそうなモノローグを頭に思い浮かべながら、俺は通りの中心で顔をすっと上げた。


「――よし、ここが『憩いのグラース』だな!」


 どこに行けばメルポイの全体像を見ることができるか。方々に尋ねてようやく手にした情報が、この瓦屋根のカフェの名前だった。立地は、連日のように訪れたジェムニ教会の丁度真向かいだ。店先の看板にメルポイジュースの名もある。偽情報を掴まされた訳ではなさそうだと俺は安堵した。


 ステラたちに約束した門限は十八時。

 あと四時間だ。


 それまでにメルポイの秘密を暴く。

 あわよくば現物を手に入れる。

 そんな確固たる思いで、俺はりんとドアベルを鳴らした。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


「メイド喫茶?」


「ご自由にお座りくださいませ!」


 俺は苦笑する。異世界でも息づくか、メイド接待文化。


 早速メルポイのことを聞きたくなるが、俺だって礼節くらい弁えている。こういうのは順序が大事。注文もせずの「メルポイ見せて」は、名乗りもしないメールに並ぶくらい失礼な行為なのである。


 焦ってはならない。まず注文だ。


 俺は店員さんと話しやすそうなカウンター席へ向かうことにした。普段なら避ける席だが、全てメルポイのためだ。

 喉の奥に「メルポイジュースをお願いします」という言葉を溜め込み、俺は目の前の麦色の椅子の背に手を掛ける。


 トラブルが俺を呼んだのは、まさにそんなタイミングだった――。


「良いホテルを知ってるんだっぽ!」

「絶対気持ちよくなれるでい!」

「ほんのちょこっとだけだからよ!」


「もお、興味ないってばあ――!」


 聞こえてきた声は四人分。男の下衆な声が三つと、煩わしそうな感じ全開の少女の声が一つ。揉め事なのは確実だ。


 ――またかよ。


 ものすごく水を差された気分である。余所者ながら、ジェムニ神国の治安は大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。

 俺はうんざりという顔で声のした方へ視線を遣る。

 窓際のテーブル席付近、そこが騒動の舞台のようだ。


 キャストを一人ずつ確認していこう。


 まずは絡んでいる側。


 一人目はシルクハットを被った長身の男「のっぽ君」。屋内なのだから帽子くらい脱げと言いたい。あんまり怖そうな顔ではないが、体格差は考慮すべきか。怖そうレベル3くらいにしておこう。

 二人目は控えめな表現でぽっちゃり系の男「大福君」。ちらちらと壁の「夏限定トリプルエルバーガー」広告に視線が行っている。食いしん坊キャラか。なら多分無害だ。怖そうレベル1である。

 三人目は赤パーカーの金髪男「金ぴか不細工君」。このカラーリングはどこかで見た覚えがあるような気もするが、思い出せない。態度も悪そうで、普通にチンピラという印象だ。怖そうレベル3だな。


 久しぶりにいっぱいヘンテコな渾名を付けられて、脳内のナレーションさんも大変満足そうである。


 対する絡まれている側。


 声から、何となく察していたけれども。


「どう見てもソフィーですね。知ってた」


 今朝は俺の向かいに座ってケーキを食べていたのだ。羽織を被って姿を隠しているからって、この俺を誤魔化せるものか。


 俺は思わず溜息を溢す。


 再会も早いし、トラブルに遭うのも早い。

 あの子は巻き込まれ体質でもあるのだろうか。


「――はあ」


 俺は続けて嘆息する。面倒だが見つけてしまった以上は放置はできまい。傍に控えていた和装メイドのお姉さんに声をかける。


「あの、止めに入らなくていいんですか?」


「ご安心くださいませ。ただ今、従業員に迎えに行かせておりますので」


「誰を?」


 店員さんはにこにこと答えた。


 ――えっと?


 俺は疑問符を浮かべる。よく見れば周りのお客さんもだ。誰一人としてそわそわとしている人がいない。関わりたくない場合でも、居心地悪そうに一生懸命目を背け続けるのが普通の反応だと思うが、ここにいる人たちは皆、平時と変わらないように過ごしているのだ。分からない。謎だ。騒ぎに気付いていないことにしているというのは、店員さんの返答からしてないとは思うのだが。


「――――」


 世の中には流れというものがある。「前ならえ」とか「郷に入っては郷に従え」とかそういうやつだ。


 ――なら俺も流れて良いのでは?


 基本的に俺は臆病な性格である。周囲が大丈夫だと暗に示している状況下で、積極的に関わる勇気なんてなかった。


「おまけに色んなサービスもあるっぽ!」

「とっても良い夢見られるでい!」

「離してえ!」

「いいからいいから!」


 ただし――。


「あ」

「げ」


 優雅なメルポイソーダタイムが約束されるかどうかはまた別の話である。


「沙智さんっ!!」


 ――見つかった。


 俺が苦い表情を浮かべる一方、ソフィーは黄色い瞳に喜色を灯す。それもそのはずだ。自ら攻撃手段はないと明言した少女にとって、あの状況は反撃したくても叶わない歯がゆい状況だったに違いない。だからこそ、視界に飛び込んできた俺という存在は、最高のタイミングで現れた「反撃手段」なのだろう。


 小さなエルフは水を得た。たたっと駆け寄ってきて俺の真後ろを陣取ると、俺の体を盾にして早速反撃を開始する。


「彼氏がきたので大丈夫ですう!」


「え?」


「だから帰ってえ!」


「え?」


 ――おい、ちょっと待って!!


 これまで我関せずだった店員さんやお客さんが、一斉に俺を見る。誰かが小さな声で「ロリコン」と呟いたのが聞こえた。

 まずい。俺の額に冷汗が伝った。

 このままでは社会的地位が危ぶまれる。


「ソフィーさん、その辺で」


 声はより勢いのある声に掻き消された。


「彼が一緒に夜を過ごしてくれるから大丈夫なのお! 気持ちいいお布団も敷いてくれるから大丈夫なのお! だからハウスう!」


「ちょちょちょちょ――!」


 追い払うためだからって捏造が過ぎる。これ以上はいけない。いけないのだ。周囲の俺を見る目がどんどん冷めていく。


 名誉のためにソフィーには黙ってもらわねば。俺は苦い顔でソフィーの口を塞ごうと手を伸ばした。

 それを、終始唸り声を上げていた「金ぴか不細工君」が阻んだ。

 完璧なタイミングである。

 実は君ら、ソフィーと共闘して俺を陥れようとか考えてないか?


「この冴えないさんが彼氏ねえ。へえ!」


「あの、放して頂けると――」


 有難いのですが、とそう続けることはできなかった。

 彼が、鼻をぐずらせて俺の胸ぐらを掴んだのである。


「だったら、てめえよ!」


 ――殴られる!


 反射的に目を閉じた直後のことだった。


「もっと良い宿に泊めてやれよー!」


「――――は?」


 事態は思わぬ方向へ。


「聞いたらよ、この子すげえボロ宿に泊まってるって言うじゃねえか! あそこは望んで泊まるような場所じゃねえ! セキュリティー甘々だから夜には盗みがやってくるし、布団はダニだらけで、ちっとも安眠できねえんだぞ!」

「評判は最悪を通り越して超悪なんでい!」

「あんな所に可愛い彼女を一人泊まらせるなんて彼氏失格っぽ!」


 俺は目を丸くする。そこにいたのは、ちょっぴり粗暴ながらも真剣に少女の寝床改善を願う、ただのお人好しだった。


 ――つまり何か?


 これはナンパではなかったと?


 俺は真相を求めて背後の少女へ視線を遣る。


「ソフィー」


「えへ!」


 確信犯のようだ。舌を出して、俺をロリコンに仕立て上げようとしたことを「えへ!」で済まそうとするお調子者はチョップで制裁。「痛あ!」と両手で頭を押さえる少女も、背後で「暴力反対!」と声を揃える三人組も、丸ごと無視だ。こうして溜飲を下げずにはいられないのである。


 ――さてと。


 次に制裁を加えるべきはこの三人組だ。


 どうもソフィーに話しかけたのは善意だったようだが、腕を掴んだりと、やや乱暴だった点はマイナス評価だ。

 何よりまず俺を巻き込んだ罪が大きい。


 ――誰か代わりに制裁してくれる人いないかなあ。


「アタシのいないところでなーにをしてるのかーな?」


「うげ、何でメルがここに!?」


 ――都合よく現れたようだ。


「あれほど人様に迷惑かけるなと言っておいたのに!」


 声の主はりんという鈴音を鳴らして店に入ってきた。十代後半と思しき、水色髪のショートカットの少女は怒っていた。その姿は一瞬仁王像かと見間違えたが、しかし身に纏っている衣装は西洋ファンタジー的である。俺は瞬く間に、その絵本から飛び出てきたような恰好の少女に意識を奪われた。紫色の魔法使いらしいローブに、これまた魔法使いらしいとんがり帽子。腰には杖もある。唯一、左手に持っている、金色の魚が泳ぐ透明の小包だけが浮いているが。


 後から入ってきたボブカットの店員さんが、和装メイド姿の店員さんに「お姉さま任務完了です」と言っているのを見て、俺は「ああ」と納得した。「迎えに行かせた」とは彼女のことだったのだ。


「ちょっと失礼するね」


「どうぞどうぞ」


 同時にもう一つ納得したことがある。


「メ、メル、これには事情があって!」

「そ、そうでい!」

「不幸なすれ違いっぽ!」


「さあ、歯を食いしばりなさい――!」


 店にいる人々があんなに平然としていた理由。

 それはきっと風物詩だからだ。

 こういった馬鹿騒ぎを見慣れているのだろう。


 まあ、要するに――。


「――『アクアフューネラル』!」


「「「ぎゃあああああああああああああああ!」」」


 彼らは、愛されるべき馬鹿たちということだ――。


【冒険者】

ステラ「モンスターを狩ったり、お宝を探したりして生計を立てる人たちだね」

沙智「ギルドとかってあるの?」

ステラ「あはは、ないない!」

沙智「何で笑った?」

ステラ「だって冒険者って職業がある訳じゃないもん」

沙智「――要は自宅警備員的な?」

ステラ「沙智、それ本人たちには言っちゃダメだよ?」



※2022年6月27日

加筆修正しました

ストーリーを分割しました


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