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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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第六話   『大魔王とは関わりたくない』

 方や勇者に味方し一騎当千の力を授ける『聖剣エクスカリバー』。

 方や魔王に味方し悪逆非道の力を授ける『魔王玉』。


 相反する二つが同じ聖域の祭壇に仲良く並んでいる様は滑稽だ。ただ一つ確かなことは、自分に相応しい英雄以外を拒み続けている『聖剣エクスカリバー』と違って『魔王玉』はその宿主を選ばないということ。

 これではどちらに軍配が上がるか目に見えている。


「――でも聖域には『守護者』の結界があるから大丈夫なんだよな?」


 俺は自分自身を安心させようと確認を取る。

 しかし青白い光の中でキャロルは首を振る。


「私たちの結界もそこまで万能じゃないんですよ」


「え?」


「地下二階へご案内しますね」


 そう言って笑うとキャロルは懐から鍵を取り出して、施錠されていた地下二階へと続く階段の扉を開いた。


 地下二階フロアは上階のように整備された環境ではなかった。足元にあるのは綺麗でつるつるとした大理石の床ではなく、ごつごつした荒い岩肌だ。電灯も一切設置されておらず、キャロルの手にあるランタンだけが頼りだった。肌に感じる空気も打って変わって冷たく、まさしく鍾乳洞に入り込んだような感覚だ。

 敢えて手を加えていない地下空間。そんな印象である。


「蝙蝠でも出てきそうな薄暗さだな」


「人骨なら出てきたことがありますけど」


「ひい!」


「結界が破られる例外は大きく二つです」


「さらっと本題入るな!」


 人骨が出てきたという部分が否定されなかったことに恐怖を感じながら、俺は暗闇に声を反響させる。

 キャロルは金色の髪に薄ら明かりを映して。


「一つは『勇者』の聖属性の魔力です。聖属性の魔力による攻撃を喰らうと結界はいとも容易く壊れてしまいます。尤もそんな真似をする『勇者』はいないので、こちらは心配する必要なんてないんですけどね」


「じゃあもう一つは?」


「それならこちらですよ」


 ――こちら?


 足を止めたキャロルに首を傾げると、彼女はクスクス笑って、ランタンの明かりを持ち上げて進行方向右側の壁を照らしてみせた。

 何なのかと思いながら俺も顔を動かす。


 そこにあったのは壁画だった。


「そう言えば地下二階には歴史的遺産があるって話だったな」


 俺は壁に向かって呟く。


「これのことだよな?」


「はい。これは千年前の神魔戦争を記録したとされる壁画です。いつの時代の人々が描いたのかは定かではありませんが、絵に残して魔王の脅威を後世に伝えようとしたのではないかと教会では考えています」


「へえ魔王の脅威ねえ」


 洞窟のような場所と言い壁画の雰囲気と言い、どことなくいつか写真で見たフランスのラスコー洞窟の壁画を思わせる。


 壁画は横三メートル縦六メートル程。これが大きいのかどうかは分からない。使われている色は黒色、黄色、白色、茶色の四色で、描かれているものは、どれもこれも抽象的だ。それが何かを判別するには解説か時間が必要だ。

 壁画は経年劣化が激しいのか至るところに亀裂が入っている。それでも何とか中心に刻印されている焼け跡のような文字列は読むことができた。


「――――」


 文字に目を通したあとは壁画の細部にまで目を向ける。


 壁画は大きく三つのまとまりで見ることができる。

 右上の大部分は怖そうな顔の人間たちが締めている。使われている色も不安感を煽るような濃い色ばかりだ。実際はどうだったのか分からないが、大小は様々、中には角がある者もおり、彼らが本当に人間かは疑わしい。

 一方で左上部分に視線を移すともっと絵は抽象的になる。目と口があることで辛うじて生き物と分かるが、姿形はバラバラだ。人型もあれば、パッとあの動物っぽいと思い浮かばないような形の奴もいる。そんな異形な者たちばかりだが、使われているのは一転して明るい色なのが不思議だ。

 そして壁画の下部分。ここは解説なしではもう何が何だか分からない。無数の細かな白い線が散らばっているだけなのだ。子供が描いた草原に近しい雰囲気だが線の向きに統一性は全くない。バラバラである。


「魔王ってこいつか?」


 俺は右上部分の角が生えた人間を指差してキャロルに尋ねてみた。

 それに対し彼女は「いえいえ」と笑うと。


「これもそれもあれもみんな魔王ですよ」


「ええ!?」


「わお良い反応ですね、お客さん!」


 何と右上部分の人型は全て魔王らしい。衝撃である。

 因みに左上部分の生命体は神々を、下部分に散らばっている線は魔王災害に苦しむ人々を表しているそうだ。

 キャロルは右上の人型に一人一人指を差す。


「最も多くの勇者を葬り去ったと言われる『赤の大魔王』」

「圧倒的な再生能力で魔神に次ぐ戦果を上げた『再生王』」

「魔法の真理を追い求めて暗躍を続けた『強欲の大魔王』」

「最も多くの民間人を操って犠牲にした『隷術の大魔王』」


「――――」


 聞くだけで頭が痛くなってきた。


「いずれも歴史に名を残す大魔王たちですね」


「大魔王なんてのもいるのかよ」


「いますよ。この壁画によると四体も!」


 ――恐ろしすぎる。


 この世界はただの魔王相手にすら大苦戦しているらしいのに、大魔王なんて出てきたら滅ぶのではないだろうか。苦虫を噛んだような顔の俺に、キャロルは「他にもまだいますよ」と淡々と畳みかける。

 最悪だ。どうやら俺を怖がらせるのに味を占めたらしい。


「これらは言わば大魔王候補生ですね」


 天にさえ干渉したという『風斬王』。

 近年猛威を振るい始めた『計測王』。


「あ、こっちのは『雷鬼王』です。とても緻密な雷魔法が売りだったそうで、何でも人の脳にまで影響を与えられたそうですよ」


「うえええ」


 もう聞きたくないとばかりに俺は顔を顰めた。

 そんな隣でキャロルは不意に居住まいを正す。


「このレベルが相手となると私たちの結界は正しく機能しません。力ずくで破られてしまうでしょう」


「なるほどな」


「ですから祈っててくださいね。彼らが来ないことを」


 キャロルが結界も万能ではないと言った意味がよく分かった。

 深々と頷いた俺に彼女は満足そうに微笑んだ。


 それにしても、こんな化け物どもを相手にヤマトらは大丈夫なのだろうか。歴史にもう一つ名前を刻みに行くさと気楽に笑っていたが、その行く末が希望に満ちているようには到底思えないのだ。

 そこでふと俺は思ってしまう。


「なあキャロル」


「何でしょう?」


「魔王をレベル低いうちに叩くってできないのか?」


 口にしてすぐに愚問だと気付いた。

 考えてみれば分かることだ。同じことを考える人くらいいるはずなのに、歴史上倒された魔王はヤマトの功績含めてたったの五体。

 つまり不可能だということである。


 キャロルは穏やかに微笑む。


「お客さんは蛹をご存知ですか?」


「蝶々になる前の?」


 首を傾げると彼女は頷いて。


「あれと同じです。魔王は有り余った瘴気の影響でレベルが低いうちは絶大な耐久を誇ります。それこそ硬い殻で身を守る蛹のように。そしてレベル30を超えるとその溢れたエネルギーは新たな力として目覚めます。要は羽化するんですよ」


「羽化?」


「――毒の鱗粉を振り撒く恐ろしい化け物へと」


 この閉鎖された空間に風なんて入り込むはずないのに、キャロルがこちらを向いてそう言った瞬間に冷たい風が後方へと吹き抜けた気がした。暗闇に妖しく光るランタンの炎が不気味に揺らいで照らした。

 遥か足元に転がされている毛先では、空を自由に舞う化け物に敵わない。そんなボロボロ壁画の物言わぬ主張を照らした。


「さて、そろそろ戻りましょうか」


「ここは気が滅入るしな」


「恐ろしい魔王の話にですか?」


「お前の性格悪いイタズラにだ!」


 誰のことでしょうと周囲をキョロキョロするキャロルにチョップを食らわせて俺たちは一階の客室へと歩き出した。

 その道中で壁画のことを思い出す。


「――――」


 キャロルは俺を怖がらせることに夢中だったようだが、実は俺の意識の大半は彼女の説明とは別のところに向いていたのだ。

 あの壁画の中心に刻印された文字。あれは間違いない。


 ――英文だ。


 この異世界の文字や言語は『共通語』スキルによって自動翻訳されるようになったため、今は言葉の壁にも苦労せずに済んでいる。

 だが壁画の文字は『共通語』スキルの恩恵に甘える必要などなかった。

 翻訳というフィルターを通さず、そのまま読むことができたのだ。


「――『王は堕落した』って何のことだろう?」


「――――」


 瞬間、喉を裂くような緊張が周囲の空間に広がった。その発生源は俺のすぐ真後ろにいたキャロルだ。金色の目を見開いている。

 俺は咄嗟に振り向いてしまったことを後悔しつつ必死に言葉を探した。


「な、何か言ったか?」


「いえいえ独り言です」


 キャロルはさっとお淑やかな表情を作って小走りに歩き出す。


 視界に映る彼女が後ろ姿になってようやく、俺は気付かれない程度に安堵の吐息を漏らした。危うく勘付かれるところだった。

 彼女の独り言がしっかり俺の耳に届いていたことを。


 ――まさか、あのコフキールを――


 キャロルは一体どうしてそんなに驚いたのだろうか。

 分からないが、安易に突いてはいけない気がした。


「――――」


 壁画にあった英文は二つだ。


『King has become corrupted』

『Corruption of King Report』


 前者は俺が今しがた呟いてしまった『王は堕落した』だ。

 後者は『王の堕落に関するレポート』といったところだろうか。


 語呂が良いので、キャロルの言葉を借りて「コフキール壁画」とでも呼ぶことにするが、妙な感じである。彼女はコフキール壁画を、魔王の脅威を後世に伝えるためのものと説明したが、二つの英文からそんなニュアンスを感じられない。あの壁画は別の何かを伝えようとしているような気がしてならないのだ。


「――まあいっか」


 魔王絡みのことはヤマトに会った時に丸投げすればいい。

 俺は俺の問題に頭を悩ませるので忙しいのである。





§§§





 それから三日の間。俺は俺の問題を解決させるべくジェムニ教会の図書館に通い続けた。ステラやトオルも協力してくれて、キャロルもバイトの合間合間に様子を見に来てくれた。ついでにオーウェンのおにぎりの差し入れも。

 目標はただ一つ。この古い資料の山から異世界転移に関する記述を見つけ出して元の世界への帰還方法を突き止めること。

 猛烈に糖分を欲しながら俺たちは書物を積み上げていった。


 そしてその一冊をパタリと閉じて――。


「さっくりサクっと女神のサク様ああ!」


「うるさ!」


「攻略法が分かりませーん!!」


 泣きたい気分で空へ遠吠えした。


 異世界転移攻略法、検索開始。

 指定したキーワードを含む検索結果は見つかりませんでした。

 異世界、検索開始。

 指定したキーワードを含む検索結果は見つかりませんでした。

 サクを殴りに行く方法、検索開始。

 指定したキーワードを含む検索結果は見つかりませんでした。


 ――こんな感じである。


「おいステラ! 話が違うぞ! ジェムニ教会には異世界に関する資料があるんじゃなかったのかよ!」


「私はあるかもって言っただけだよ」


 乱雑に調べ終えた本が置かれたテーブルの上に突っ伏して、ステラが覇気のない声で答える。言われてみればそんな気もしなくもないが、三日も使って成果なしというのは何とも言えない徒労感があった。

 俺も生気を失ったように床に倒れ込んだ。いや失っただ。


 そんな俺を横目にトオルが小さく溜息を吐く。


「お兄さん、片付けの邪魔なので壁際まで転がってください」


「ううトオルが厳しいー!」


「可哀そうだとは思いますが邪魔は邪魔です。――どうせ諦めるつもりはないんでしょう。お兄さんの大切な夢なんですから」


 後半の妙に優しさのこもった音色に誘われて顔を向けると、トオルは素っ気ない態度で本を棚に戻しに行った。


 相変わらず男前な奴である。

 夢と言うほど大層なものではないが、確かに元の世界の友人や家族に伝えるべき言葉を諦めるつもりはない。

 ならばいじけている場合ではないか。


「――よし!」


 そうと決まれば寝転がっている場合ではない。

 俺はすぐさまオーウェンを呼んで尋ねた。


「ここよりいっぱい資料がある図書館みたいな場所。オーウェンさんはどこか心当たりありませんか?」


「ここ以上ですか?」


 ジェムニ教会受付担当兼図書館管理人であるオーウェンは腕を組んでむっと頭を悩ませた。ここにも珍しい書物は集まっていると自信があったのだろう。

 しばらく悩むと、彼はふっと笑みを作り肩を竦める。


「ここ以上と言われると大図書館ナレージしかないでしょうね」


「大図書館ナレージ?」


 バサリと物音。見ると棚に戻そうとしていた本をトオルが落としたようだ。物の扱いに慎重な彼女にしては珍しい。

 だが目の前のオーウェンは気にせず瞳を輝かせる。


「ええそうです! 大図書館ナレージ! この世の知識が交わる場所! 地図上の最北端にして最西端の海上の孤島! その名もロブ島! その国には宗教的な問題もこの世の体制も全く関係なく純粋な知識が集まるのです!!」


 ――熱烈な演説をありがとさん。


 どうやらオーウェンはその図書館に並々ならぬ思いがあるらしい。憧れという強烈な光を瞳に宿している。

 俺は吐息して覚悟を決めた。


「背に腹は代えられな――」


「まあロブ島は鎖国中なんだけどね」


「今、何て?」


「関係者以外立ち入り禁止ってこと」


 ステラ先生による活路を握り潰すような凶悪発言。

 件の大図書館ナレージ、まさか行けないのか?


「――――」


 ――落ち着くんだ俺。焦るにはまだ早い。


 俺は小指を抓んで無意識に思考を加速させる。

 日本も江戸時代は鎖国体制だったが、全く外と関係がなかったかと言えばそういう訳ではない。オランダや中国と一部の貿易を続けたように、ロブ島もどこかと海路が繋がっている可能性は充分にあるはずだ。

 その海路から攻めれば大図書館ナレージにもきっと。


 そんな思考の途切れ目で袖口を遠慮気味に引っ張られる。

 誰かと見てみればトオルだった。


「どうした?」


 少女は少しだけ逡巡して一言。


「ロブ島なら行けますよ」


「何いい!?」


 思わぬ言葉が出てきて驚き飛び退く。トオルの茶色の瞳はゆらゆらと揺れているが嘘ではない様子だった。

 俺は勢いよく彼女の肩を掴んで前後に揺さぶる。


「何で行けるんだ!?」


「私がその国の出身だからです。お兄さんも身内の知り合いなら入国を許してくれるとは思いませんか?」


「トオル青目族だったの!?」


「ええまあ」


 ステラが言う「青目族」とやらが何かも気になるが今は後回しだ。大図書館ナレージへの海路がトオルのお蔭で開いたのである。

 元の世界へ続くかもしれない道がまだ奇跡的に続いている。


 そうとなれば確認しなければならない。


「トオル、ロブ島までどのくらいかかる?」


 少女は「そうですね」と頭の中で計算する。


「ジェムニ神国を北上してまず赤の国に行かなければなりません。ロブ島へは赤の国の岬から船で向かうんです」


「それで?」


「順調な旅路だと一週間くらいですかね」


 なるほど一週間か。思っていたよりも遠くはないようだ。


 俺は心の中でガッツポーズを掲げながら、その旅路に何が必要か考えるためにじっくりビジョンを思い描く。半日も掛からずにジェムニ神国まで辿り着けた最初の旅とは違って、一週間の旅ともなれば魔獣と出くわすこともあるだろう。

 そんな時、必要となるのは自分の身を守る手段だ。


 ――よって思考は三日前と同じになる。


「ステラ、魔法ってどうやって覚えんの?」


【ジェムニ教会】

ステラ「聖剣エクスカリバーと地下遺跡を守る教会だね」

沙智「魔神を祭る教会じゃないんだろ? 魔神側に攻撃されないの?」

ステラ「防衛機構がちゃんとあるからね」

沙智「ああ『守護者』か」

ステラ「でもこの教会、創始者が誰かはよく分かってないんだって」

沙智「ふふふ、実は俺こそが――!」

ステラ「はいはい。茶番は暇な時にどうぞ」



※2022年1月8日

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