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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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第一話   『まずは宿屋で回復したい』

陰謀渦巻く第二章、開幕!

『ホントのあなたはどこにいる?』


 仮面――。


『ギッコンガッコン面が訊ク』

『ホントのオ前どこにイル?』


 時に神を憑依させるための儀式的なアイテムとして。

 時に姿を偽るための貴族や怪盗のアクセントとして。


『ギッコンガッコン面が訊ク』

『ホントのオ前どこにイル?』


 人間が社会に従属する生き物である限り仮面は生まれ続ける。


 会社や学校で被る仮面。友人といる時に被る仮面。近所の知り合いと話す時に被る仮面。場合によっては家族といる時にも仮面を被るかもしれない。仮面は時と場所に応じて己を偽る助けをし、社会に溶け込むための通行証である。

 そして無尽蔵に永遠と増え続ける仮面に囲まれていると、本当の自分がどこにあるのかを忘れてしまうこともあるのかもしれない。

 素顔と仮面の区別がつかなくなることも――。


『ギッコンガッコン面が訊ク』

『ホントのオ前どこにイル?』


 ――そんなことを言いたいのかなと俺は首を傾げる。


 通りのお面屋にその変な奴は立っていた。枝のように細身で長身の大男。ボロボロの黒マントを羽織り、肌は白い包帯で隠れて一切見えない。これまた黒いチロル帽を深く被り、壊れたアコーディオンで弾き語りしているのだ。抑揚のある妙な音程で通りの真ん中に立つ俺を見つめて唄っていた。

 彼の存在に俺以外の誰も気付いていない。木箱に座ったダンディな髭の店主も後ろに立つ不気味な男に気付かないのだ。


『ギッコンガッコン面が訊ク』

『ホントのオ前どこにイル?』


 穴の開いたアコーディオンは鳴らない。

 あるのは空気が抜ける不気味な音色だ。


「――兄ちゃん、それ買うのかい?」


「え?」


 店主の言葉でハッと手元を見るとお面があった。俺はこれをいつ手に取ったのだろう。不思議な感覚が身を襲う。

 目と口だけが真っ黒な楕円で示された変なお面だ。


「いや、俺は――」


 顔を上げて、すぐに言葉を失った。先程まで店主の後ろに立っていたアコーディオンの男が忽然と姿を消したのである。


 一体何だったのか。よく分からない。

 ただ財布からは硬貨が何枚か消えた。





§§§





 西の最大国家ジェムニ神国。経済力領土ともに最大で、魔神が国家間の戦争を禁止しているため測るのは難しいが恐らく軍事力も最大であろう国だ。

 魔獣の侵入を防ぐ黄土色のレンガ壁に囲まれた円形の国で、その内側は大きく三つの区域に分かれている。北の半円地域と南の半円地域。そして中央だ。南のはずれの町からやって来た俺たちが足を踏み入れるのは、必然的に南の半円地域「ベスル地区」ということになる。灰色の石畳と多種多様な様式の建築物が入り混じる統一感のない街並みは、様々な文化圏の商売が交錯する商業都市らしい風景だ。


 特に有名なのはベスル地区を縦に貫く「ジャンブルドストリート」だ。


「いらっしゃい」

「安いよ!」

「期間限定だよ!」

「ウッホウホ!」


 ジャンブルド――ごった返しとはよく言ったものだと俺は呆れた。少し歩いただけで本当に色々な店があることが分かるのだ。イメージとしては大人気商店街に近いだろうか。お洒落なカフェにイタリアン風レストラン、本屋にコンビニっぽい店まである。はずれの町とは大違いだった。

 数メートル進むだけで客寄せの声。客寄せの声。客寄せの声。正直この喧騒は人混みが苦手な俺とはすこぶる相性が悪い。

 南門前広場を抜けて数分で一呼吸となったのだが。


 ――また妙なのを買ってしまった。


 普段は余計な物は買わない性分なんだがなあと思いながら、変な顔のお面を後ろ前に被って俺は背後の洋服屋へと踵を返す。

 すると顔を合わせるなり笑い出すステラとトオル。


「おおー。どの店にも興味示さなかったアホ毛のお地蔵さんが、間抜けそうな顔のお面なんて買ってる!」


「無意識に選んだお面ってその人の性格を表してるんですよね」


 心理テストか何かか。


「俺がこのお面みたいに何事にも無頓着そうとでも言いたいのか?」


 不貞腐れて唇を尖らせると、ステラとトオルは顔を見合わせて苦笑し服選びに戻っていった。失礼な奴らである。

 俺は疲れてしまったので店先のベンチに座る。


「どこの世界の女の子もショッピング好きだな」


 若い金髪の店員さんと話しながら楽しそうに服を選ぶ二人。

 そんな二人を待ちながら俺はふっと息を吐いて空を仰いだ。


「――――」


 ジェムニ教会付属図書館。それがこの国にやって来た目的である。


 ステラから聞いた話によると古い資料が集まっているそうで、もしかすると異世界に関する何らかの資料があるかもしれないとのことだった。元の世界への帰還を目指す俺からすればスルーできない場所だ。

 とはいえ焦ることは何もない。事前に買いたい物の目星をつけて速やかに購入帰還するタイプの俺からすれば全く興味はないが、少しくらいはステラとトオルの買い物に付き合ってやっても構わないだろう。


「あんまり長いとお爺ちゃんになっちゃうけどな」


「そうなるとお兄さんって呼べませんね」


「ようトオル。お前はもういいのか?」


 小さな手に携えた買い物袋を見て思わずそう尋ねると、トオルは「まだまだ序盤ですからね」と微笑んで俺の隣に座った。

 なるほど。お金はまだ温存しておきたいということか。


「そう言えば店員さんから面白い話を聞けましたよ。この国には『妖精』が住んでいたとか『壊れた演奏家』の噂とか」


「――『壊れた演奏家』?」


 普段のファンタジー好きな俺なら「妖精」の方に反応したことだろう。しかし今回気になったのは後者である。

 その文字列は先程お面屋で出会った不気味な男を連想させるのだ。


 俺が首を傾げると、トオルは両手を広げて可愛らしくエアギターならぬ「エアアコーディオン」を披露する。


「音の鳴らない壊れた赤いアコーディオンを弾きながら、妙なリズムで唄を歌うそうですよ。何でも自分に嘘をついている人の前にだけ現れるとか。昼夜問わずふらっと現れ、演奏を終えるとふらっと消えるそうなんです」


「じゃあ俺が見たのって――」


「まあオバケみたいなものですよ」


「――――」


「お兄さん?」


「へ、へえ、そんなのいるんだ! 俺は見てないけどな! いやあ怖いね! 俺は見てないけどな!」


 嫌な単語が聞こえたので俺は慌てて意見を翻した。俺はオカルトなんて全く信じない。幽霊も河童も座敷童も信じない。


「お兄さん、ひょっとして――」


「違うぞ! 絶対違うからな!」


 勘の良いトオルが何か察したようにジト目になるが、俺は敢えて気付かない振りをしてそっぽを向く。

 丁度そんなタイミングで店の奥からステラが戻ってきた。

 ステラの接客を担当していた金髪の店員さんと一緒にだ。


「おおー彼氏さん気怠そうな目してますね!」


「だから彼氏じゃないってば!」


「彼氏さんこのシャツ似合うと思いません?」


「ねえわざとだよね? わざとだよね?」


 水色を基調とした可愛らしいシャツを店員さんに押し当てられて、少し恥ずかしそうにしているステラ。それでも楽しそうな様子を見ると、ステラも何だかんだ言って外聞は気にするようである。

 はずれの町ではボロボロのカーディガン姿だったので、俺と同じでファッションとは無縁の人物なのかと思っていた。


 ――仲間かと思ったのに。


「あーうん。似合う似合う」


 適当に相槌を打つと隣でトオルがあからさまに吐息した。酷い奴である。そもそも俺にファッションセンスを問うのが間違っているのだ。

 ステラも何だか微妙な表情。――かと思ったら、すぐに神妙な面持ちになって俺を凝視し始める。ちゃんとした意見を促しているのかと思っていると、どうやらそうではないようだ。


「沙智、ずっとその変な服を着てるよね?」


「変な服呼ばわりは止めてもらおう。俺の故郷では数百人という人間がこの服を着て集まるんだ。流行っていると言っても過言ではない!」


「まあ学校の制服ならそうなるでしょうね」


 そのまま俺はつい口走ってしまう。


「――大体、服なんて着れりゃ何だっていいんだよ」


 瞬間、洋服屋にいた全ての人間がピタリと凍り付いた。


 この場所で発言すべき内容ではなかったと今では反省している。無表情になったステラたちによって直ちに二着の服が選ばれ、俺へ贈呈されることになった。

 プレゼントではない。ファッションを冒涜した男への洗礼である。





 およそ三時間後――。


「リュックが重い」


 ジャラジャラとトピア硬貨が入っていたはずのメイリィから貰った麻袋は、すでに萎んだ風船のようになった。

 ここまでの購入品目は、ステラチョイスのアイスクリーム模様のシャツに、トオルチョイスの黒地のシャツ。他にも異世界時対応の安い腕時計に手鏡、タオルなどの日用雑貨など、締めて三千と六百トピアの消費。

 早くも金銭面が不安である。


「あんた本当に異世界人だったんだね」


「え、何で今更?」


「リュックの中に生活用品がまるで入ってないんだもん」


「まあ高校帰りだったからな」


 俺が異世界転移に遭ったのは平日夕刻の神社でだ。この格好からも分かると思うのだが、リュックの中にあるのは当然教材ばかりである。

 これが修学旅行の帰りなどなら日用品もあっただろうが。


 ――にしてもだ。


「だとしてもこんなに買わなくて良かったんじゃないか?」


 急に色々と押し込まれてリュックが悲鳴を上げている。それを代弁するように俺が不満を漏らすと、なぜか二人は呆れ顔。

 口を尖らせる俺に二人は妙に優しい声を出す。


「ある程度の生活用品くらいは揃えておいた方がいいよ」


「でないとああなりますよ?」


 トオルの指し示す先に赤パーカーの男がいた。その赤パーカーは泥だらけの格好で飲食店に入ろうとして止められている様子だった。食品を扱う店側が彼を店内に入れたくないのは当然のことだろう。最初は傲慢な態度で「店に入れろ」と騒いでいた男だが、指摘されてようやく自分の格好に気付いたのか、小さく「あ」と発してそそくさと去って行った。

 なるほど。ああはなりたくない。


「理解した。これらは必要最低限の出費だった」


 俺が顰め面で一定の妥協を示すと、トオルはまだ何か気に入らないことでもあるのか深く溜息を溢す。一体何なのか。その理由をステラに求めても、呆れて首を横に振るだけで教えてくれない。


 苛立ちながら彼女らの視線を辿ると――。


「あ」


 ――同じくボロボロの制服姿が。


「いや待て、これには海より深い訳が!」


「無頓着」

「無頓着」


「はぐうッ!?」


 グサリと胸に突き刺さる。これはさしもの俺も弁明できない。というよりこんなに制服をボロボロにして元の世界に帰った時に何と言われるか。

 嫌な未来予想図に一人震えていると不意に背後から声が響く。


「やっぱり元は綺麗で清潔感ある服なんですよね! 簡素な作りだけど通気性は良さそうだし、誰が着ても似合いそうで平均的なデザインです!」


「へ!?」


 丁寧語だがトオルと比べて声は高い。


 誰かと思って振り返ってみると、謎の金髪ショートカット美少女が俺のポロシャツの裾を抓んでいるではないか。

 突然のことに俺もステラもトオルも驚いて飛び跳ねる。しかし続く少女の言葉を聞いてそれが誰なのか分かった。


「いつの間にかどこかに行っちゃうのでビックリしちゃいましたよ! 彼氏さんにはその服について尋ねようと思ってたのに!」


「もしかして、さっきの洋服屋の店員さん?」


「はい勿論そうですよ。みなさんのキャロルです!」


 よく見ると確かに先程の店員さんだ。店にいた時と違ってエプロン姿ではなかったので気付かなかった。名前は初耳だが。

 ステラが「だから彼氏じゃないって」と笑うと、キャロルは「失礼しました」と目の前にステップして上品に頭を下げた。


 ――溌溂とした子だな。


 爛漫とした雰囲気は今はもう懐かしい同級生を思わせるが、彼女の所作の一つ一つからは育ちの良さが窺える。

 その西洋人形のような容姿も相まってどこかのご令嬢のようだ。


「みなさんは旅の方ですか?」


 ふんわりと物腰の柔らかい声。不思議と警戒心を抱かせない彼女の声音に俺の人見知りも発動しなかった。


「そんな感じだ。今日着いたばかりなんだよ」


「わお、なら初ジェムニですね!」


「そうそう。初ジェムニなんだわ」


「ではまだ今日の宿も決まってないのでは?」


 キャロルの金色の瞳が楽しそうにこちらを見つめる。

 当然、宿はまだ決まっていない。これから案内所にでも行ってオススメの宿を尋ねようかと相談していたところだったのだ。

 と言うより早くキャロルは雰囲気を察してにっこり笑う。


「この先の路地をまっすぐ行った場所に私が働いている旅館があるんです。よろしければ如何ですか?」


「働いてる旅館?」


 彼女のあのお洒落な洋服屋で働いているのではなかったのか。その疑問を解消しようと口を開いた時にはキャロルは遠くだった。

 陽気に「こっちですよー!」と手を振っている。


「どうすんの?」


「まあ別にいいんじゃない?」


「行きましょう」


 キャロルを追いかけて走るステラとトオルの後ろ姿に微笑んだ俺は、その笑みをそっと無垢な顔のお面で隠した。

 すると遠くからまた聞こえた気がしたのだ。


 ――アコーディオンの壊れた音色が。


【アイテム】

沙智「アイテムってここでは固有名称?」

ステラ「そうだよ。特別な効果がある道具や武器の総称」

沙智「なるほど。魔道具とかアーティファクトとかいうやつだな」

ステラ「あんたのそれは?」

沙智「これはアンテナ」

トオル「いや、アホ毛では?」


※2022年1月8日

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