表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第一章 はずれの町
26/193

閑話    『桜舞い散る雲の果て(2)』

今回もサク視点でお送りいたします。


「――火焔の勇者?」


「そうじゃ」


 レイファと二人旅を始めてから数か月。ティエムニ神国に飽きた私たちは馬車に乗って北の高原へとお散歩に来ていた。

 その道中の馬車で、赤と黒の振袖姿の悪魔から、この異世界に現在『勇者』の称号を持つ唯一の男について聞いていた。

 尤も私が現れたことで唯一ではなくなったのだけど。


「そやつは剣術が冴えんかったので当初は期待されなんだ。剣術が冴えんということは聖属性の魔力を剣に纏わせた勇者の最大火力『聖撃』を放てんのと同義じゃからな。――じゃがその男は世間の評価を魔法の才だけでひっくり返しよった」


「スーパー魔法使いって訳ね」


「簡単に言うがとんでもないことなんじゃぞ」


 ――多分私の方が強いんだけどね。


 でもその言葉は胸に仕舞っておく。あまり調子に乗りすぎるとレイファがお灸を据えようと企み始めるのだ。

 それが分かるまで苦労したものだ。


 春の陽気な香りに鼻唄を口遊みながら、馬車での旅は順調に進んでいく。さすがに高原を目指しているというだけあって少し肌寒くなってきた。御者に面白い話はないか強請ったり、レイファとカルタで遊んだりしながら、暇を持て余すことおよそ二時間弱。ようやく小さな村に着いたらしい。

 因みに村の名前はレレーレ村だ。変な名前。


「ありがとね御者さん!」


「あいよあいよ」


 さあ、どこから見て回ろうかな。

 そう思って振り返った時だった。


「――戦うんだよ!!」


 怒気がこもった子供の叫びだ。


 ――なに喧嘩?


 声がした方を見てみると、ティーンエイジャーを名乗るにはまだ早い黒髪の少年が畑の傍で叫んでいるところだった。

 相手は茶髪で目つきの悪い男。あとで十九歳と知ったのだが、ぱっと見二十代後半はありそうな貫禄のある男だった。


「俺が魔王を倒すんだ!」


「はっ笑わせるな。お前みてえなガキにできるかよ」


「っだとおおおおおお!」


 個人的には男の言い分に賛同したいところだけど、子供相手に大人げない。もう少し言い方を工夫できないものか。

 以前までの私なら素通りだが、今は子供大好きなレイファと一緒だ。捨て置くと彼女が本物の悪魔になりかねない。


 私はちらりと隣を見て尋ねる。


「レイファ的にはどっちの味方?」


「わしは全世界の子供の味方じゃ」


 ――そんなあなたにはユニ〇フで働くことを勧めるよ。


 予想通りの顰め面だ。仕方ないので「私が仲裁してくるよ」と手を振って前へ歩き出すとレイファが更に表情を渋くした。

 解せない。何が不満なのか。


 ともかく私は手を鳴らしながら仲裁に入る。


「はいはい。お二人さん喧嘩はそこまで。魔王なら私が倒してあげるからバカとガキは家に帰ってお寝んねしてな」


「図に乗んなぺったんこ!」

「マナイタは台所に帰れ!」


 解せない。顰蹙を買った。





§§§





 私は二人まとめてミンチにしてやろうと拳を鳴らしたのだが、レイファに「子供の教育に悪いからやめい」と怒られ見逃す羽目になった。

 ところが面白い偶然があるもので、私とレイファがその日泊めてもらうことになった民家の一人息子が何と件の少年だったのである。


「――昼間は申し訳ありません。馬鹿な息子で」


 若い奥さんは暖炉の傍に転がる少年を見て目を伏せた。

 それににっこりと笑い、私は少年に目を合わせてみる。


「ねえあなた名前は?」


「ふん!」


「お主を何と呼べばよい?」


「イアでいいよ!」


 本当に可愛げのないガキだ。頬を抓ってやろうかと手を伸ばすと、速攻でパシリと子供防御システムが発動した。

 少年とにっこり笑い合う子供大好きなレイファ。私は溜息だ。もう少し自分が悪魔だという自覚を持って欲しい。


 イア少年のご機嫌を取ったあとレイファは会話に戻った。

 何でも一日村を歩いて気になることがあったらしい。


「この村は随分と殺風景じゃのう。畑やら畔道やらに黒い煤をよく見たが、野焼きで大火事にでもなったのか?」


「煤なんてあった?」


「お主は怒りで周りを見とらんかったじゃろ」


 ――否定はしない。


 レイファの問いかけに奥さんはそっと目を伏せ、イア少年からは明らかに元気がなくなった。それを見て悪魔が目を細める。

 奥さんはゆっくりと顔をあげて神妙に答える。


「――『炎獄王』の仕業です」


 思わぬところで有名な魔王の名が出て私は目を見張る。


 その名は有名だ。火魔法を極めた者に与えられる称号『赤』を有する魔王で、ここ最近は『雷鬼王』とともに大魔王候補と騒がれる脅威の名だ。

 思い返してみれば、この村には丈の短い緑だけが目立ち、民家は簡易な木製のものが細々とあるだけだった。彼に焼かれたからだ。


「このレレーレ村には一年のある五日間だけ村の外に出てはならない決まりがあるんです。称号がそう定めているので誰も破れません。その五日間を狙って、三年に一度、まるで嫌がらせのように炎の魔王がやって来るようになったんです。二か月前の到来でもう三度目だったかしら?」


「違う四度目だよ!」


「そうだったかしら?」


 奥さんが数を間違えるとすぐにイア少年から訂正が入る。

 それからイア少年は悔しそうに歯噛みするのだ。


「みんなヘタレばっかだ。三年に一度の災害だって諦めて、戦おうともしないヘタレばっかなんだ!」


「こらイア!」


 その少年の悔しそうな横顔を見ていると先程のくだらない怒りも失せた。少年の思いはちゃんと本物だったのだ。

 少なくとも茶化して宥めるのは違っていた。当事者でもない私の言葉は、少年の傷を無意味に広げただけだった。


 ――相手の目線に立てってレイファによく言われてたのになあ。


 珍しく反省しながらその日は終えた。

 そして、翌日の朝――。


「朝から薪割りなんて偉いねイア!」


「まだいたの?」


「君に見せたいものがあるの!」


 反省した私は良いことを思いついたので一目散に少年に話しかけた。そして薪割り台の前にいたイア少年の前で踏ん反り返る。

 それに対して少年の反応はと言えば――。


「なんだ痴女か」


「――――」


「無言で殴りかかろうとするなサク!」


 やはり子供は嫌いである。





§§§





 昨日イア少年と口論をしていた男はあっさり見つかった。

 まだこの村にいるとは思っていたが数分で見つかるとは。


「あー! あいつ!」


 喧嘩のことを思い出して憤慨する少年の横で私は彼を観察した。


 昨日は気にも留めなかったがあの茶髪の男には何と言うか風格がある。瞳に魔力を凝らしてみればそれもそのはずレベル40。この異世界で私が出会った人の中で最大レベルがレイファの37だったので異常である。

 少なくとも村人ではない。畔に立ったその精悍な男は、地図と風景を照らし合わせて、何やら頭の中で計算している様子だった。


「あいつ昨日もああしてたんだ!」


 イア少年と口論になったからには彼も魔王について言及したに違いない。

 そして彼の一般人らしからぬレベルと、あの戦略を練るかのような行動。


 ――間違いない。


「レイファ、イアをお願い」


「ほどほどにのう」


「分かってるわよ任せなさい!」


 こいつは魔王を倒して名声を上げよう系男子だ。ならば私の悪巧みのちょっとした犠牲になってもらっても良いだろう。

 なぜかレイファが後ろで呆れているが気にしない。


 彼に近付いて私はまずは挨拶。


「私の名前はサク」


「はあ?」


「あなた勝負しなさい」


 腰に手をおいて踏ん反り返る私を見て「昨日のぺったんこか」と男は呟いた。いきなりカチンときたが我慢である。

 困惑するイア少年をチラリと見て私は挑発を続ける。


「まあ別に尻尾巻いて逃げてくれてもいいよ。可憐な乙女の登場に鼻を伸ばして白旗あげたって噂が立ってもいいならね」


 ――さあ、乗って来い!


 さすがにむっとしたのか男はゆっくり立ち上がると、まるで検分するようにセーラー服姿の私を下から上まで眺めた。

 それから私の背後にいるレイファとイア少年に順番に視線を遣り、右手を腰に置いて深く深く「はあ」と溜息を置く。


「仕方ねえか」


「――――ふ」


 男を纏う雰囲気が一変した。私もニヤリと笑う。

 後ろに飛び退いて間合いを確保し、私も構える。


「良い機会だ。見てろガキ」


「ああ!?」


「魔王をタメ張るにはどれだけの強さがいるかをな!」


 楽しくなってきたと私は舌なめずりする。どんなスキルでも放ってこいと待ち構えていた私には余裕があったのだ。

 この時はまだこの男のことを知らなかったから。


「――――」


 男が空へ掌をかざす。そこへ光は収束した。


 優しい山の資源を運ぶ川のように。

 闇夜に陽のエネルギーを届けんとする月のように。

 大海原から塩の香りを連れ去る風のように。

 あらゆる自然が収束して光は青く。


 青く澄み渡ったエネルギーを掴んで――。


「――『聖撃砲』!!」


「――――い!?」


 全身の毛が逆立つような強烈な危機感。私は咄嗟に水魔法で透明な凸レンズを目の前に作り出して青い魔力弾を屈折させた。

 すぐ脇へと逸れた魔力弾は背後で爆風をあげる。


 私は驚きで目を見張る。この技の威力にではない。

 彼の集めた魔力は青色だった。つまり――。


「えええ、もしかして!」


「――火焔の勇者か!?」


 背後でイアとレイファの声が重なる。この世界で青い魔力――聖属性の魔力を扱うことができるのは『勇者』だけ。

 ならばこいつがレイファが噂していた男か。


 背後からレイファの唸り声がする。


「聖属性の魔力を剣に纏わせるのではなく、魔力弾として解き放ったのか。普通は届く前に減衰して消えるもんなんじゃがな」


「魔法を放つのと一緒さ」


「サク引けい! ここであやつとやり合うのは分が――」


 悪い、そう言おうとしてレイファは口を噤んだ。イア少年が驚いて「あの痴女止めなくていいの?」などという無遠慮なことを言ってくれているが、レイファは白けた顔で「スイッチが入っとるから無理じゃ」と首を横に振った。

 その通りである。誰にも邪魔させてなるものか。


 ――こんなにも最高な気分なんだから!


 強力な悪魔の次は、魔法を極めし勇者とは。

 本当にこの異世界は私を楽しませてくれる。


「ふふふ」


「お前、何を笑ってる?」


 男は気味悪がるように眉を顰めた。でも今の私には些末なこと。そんなことより彼の聖属性魔力の使い方に興味がある。

 掌から魔力弾を放つよりも剣に付与された魔力を飛ばす方が、きっと私には分かりやすい。私はレイファに喝を飛ばす。


「――レイファ! 棒状の鉄!」


「やれやれ、人使いが荒いのう」


 レイファのユニークスキル『万物創生』は簡単な錬金術。地中から鉄分だけを取り出して棒状に固めるなど造作もない。

 目の前の男は驚いた様子だが気にしない。これはあくまでサポートだ。一対一の形式は守っていると判断してもらおう。


「お前ら一体?」


「ほれ」


「どもども」


 棒を受け取ったらユニークスキルを発動する。


「『聖剣(セイクリッド・)作製(クリエーション)』」


「――何ッ!」


 棒に聖属性の魔力を流し込みいわゆる「聖剣」を作製。それを目にした瞬間、男の表情に緊張が走った。

 この剣がそこらの聖属性の魔力を纏わせただけの剣とは本質的に異なるものだと気付いたからだろうか。


 ――細かいことは気にしない!


「防げるものなら防いでみなさい。『聖撃砲・改』!」


 片足を上げて鉄の棒を一気に降ろす。それと同時に先端から青い魔力の塊を男がいる場所に向けて解き放った。

 下を向いていたので見えなかったが火力は充分なはずだ。

 凄まじい轟音と、撃ち終えたあとの土煙を見れば分かる。


 ――うん、悪くないね!


 良い攻撃手段を学ばせてもらった。ほっこり気分で振り返って私はパチンと掌を鳴らす。勝負終了の合図である。

 唖然とするイア少年の前で私は高笑い。


「ふあーはっはっは! この世界に世界を救う勇者は二人もいらないのよ! レイファ、ここに拠点を作るわよ!」


「何じゃいきなり?」


 藪から棒の提案にレイファは目を丸めた。それを無視して同じく丸い目をしているイア少年に私は目線を合わせる。


「当事者じゃない私たちが魔王を倒すって言っても納得できないもんね。だったらこの村に住んで当事者になっちゃえばいいじゃない。もしイアが怒りを私たちに預けても良いって思える日が来たら、私たちが魔王を倒してもいいでしょ?」


「――――」


 どうせ当てのない旅だったのだ。

 ここを拠点にして問題あるまい。


 呆然としていたイアだったけれど次第に私の言いたいことが理解できたのか、息を漏らすように小さく笑い始めた。


「あははは変なやつ!」


 ――やっと子供らしい表情が見れたな。


 この表情を見ればレイファも文句ないだろう。ニヤリと隣に視線を遣ればレイファも仕方なさそうに微笑んでくれた。

 私の強さも証明できたしこれで満足。


 そう思って――。


「――待て。まだ勝負はついてねえぞ!」


「ええ!?」


「テッペキ人間かよ!?」


 背筋に悪寒が走る。


 まさかと思って振り向くと土煙が舞った場所に男は立っていた。私が想定していたよりもずっと少ないダメージで立っていた。

 堂々と鋭い眼差しをこちらに向けて立っていた。


 ――嘘でしょ!?


 まずい。全身がそう訴えかける。

 こんな感覚は初めてだった。


「は、はあ? 同じ攻撃であなたは私にダメージを与えられなかった。私はあなたにダメージを与えられた。どっちが勝ちかは明白よ!」 


「――――」


 私はこの勝負は終わったものだと証明するのに必死になった。そうせざるを得ないほどに彼が脅威に映ったのだ。

 このまま続ければ負けるかもしれないと思うほどに。


 男はしばらくガンを飛ばしてから威圧を解いた。


「そもそもお前らは何者だ?」


「えーっと」


「この世界に今は俺以外『勇者』はいないはずだ」


 恐らく私にある称号は、ボウンダル神が称号システムにウイルスとして忍び込ませた力が由来ではない。

 異世界転移を経た時に神が直接くれた祝福だ。だから世界は感知できない。二人目の『勇者』の存在を。


 当然そんなことは言えないので私ははぐらかす。


「さーてね」


「――――」


 男が静かに私を睨む。

 私を睨む。睨む。

 じっくりがっつり睨む。

 嘗めるように睨む。

 睨む。睨む。睨む。


「やーらし」

「違うわ!」


 どうしても彼が諦めようとしなかったのでやむを得ず必殺技を発動。男は被せ気味に声を荒げて、吐息し緊張を緩めた。

 セーフだ。私の勝ちらしい。


「名前は何だったか?」


「サクだけど?」


「俺はボルケだ。この借りはすぐ返すぜサク」


「精々頑張って挑むことね!」


 ボルケは去る。こうして活動拠点の確保が決まると同時に、私と彼の奇妙で不可思議な関係が始まった。

 この男が魔王を二体も倒して歴史上最大の勇者と謳われるようになるのは、まだまだ先の話なのである。





 なお、これは余談なのだが――。


「お主、お得意の火魔法を使わんかったのは村の者を気遣ってか?」


「そんなんじゃねえよ」


「――――」


「ああ、そんなんじゃねえさ」


 去り際にレイファに問いを投げかけられたボルケが、そう上機嫌に言葉を繰り返したことを私は知らない。

 聖属性の魔力の打ち合いでボロボロになった畦道の上で、満面の笑顔で私を「マナイタすげえ」と跳ねるイアに、ちょっぴりオコで「サクお姉ちゃん」と呼ばせるのに夢中だったことを付け加えておこう。


※加筆・修正しました

2021年5月23日  加筆修正


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ