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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第一章 はずれの町
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閑話    『桜舞い散る雲の果て(1)』

今日の話は千年前のディストピアが始まった頃の物語です。

読まなくても本編になるべく影響は出ないようにしますが、読んでいただけたら幸いです。

サク視点でお送りいたします。


 私はサク。沙智を異世界へ送った神様です。正確に言えば神様とはちょっと違う存在なんだけど、細かいことは面倒なのでいいや。

 今日はほんの少し遠い記憶を振り返ってみようと思います。時魔法がないこの世界でタイムトラベルなんてできないけれど、語ることはできるから。遠い昔、千年前に燃えて散ってしまった一片の桜の話を。


 千年前に終わった物語を――。





※※※  千年前





 強い。それはこの異世界に来て私が初めて感じた戦慄だった。


 ティエムニ神国南部の山岳地帯にある「ウィルヘン迷宮」。世界三大迷宮の一つとして数えられるこの迷宮は四十層以上ある巨大なダンジョンだ。私はそんな迷宮の最奥で今、この場所のボスである悪魔と対峙していた。

 黒と赤で彩られた振袖姿の悪魔は、見た目二十歳前後。ウェーブが掛かった癖のある黒髪と赤目が特徴的な可憐な姿。そこから繰り出される魔法の精巧さには、魔法が得意な私でも思わず舌を巻くほどだ。さらに短距離の転移能力まで持っているのだから思わず拍手だ。

 手加減されていることだけが不満だけど。


「ほう面白いのう、これも凌ぐか!」


「私を誰だと思ってるの!」


 飛んでくる火と風の合成魔法を水魔法で受け流す。本当に精巧だ。――だけどこの勝負を真に面白くしているのは魔法ではない。

 悪魔が背後の岩壁に触れるのを見て私はニヤリと笑った。


「さすがはセーラー服姿で三大迷宮に乗り込んでくるだけはあるのう! ならばこれはどうじゃ?」


「――――ふ」


 悪魔のユニークスキルだ。


「『万物創生』!」


 岩壁と掌の隙間から紫苑の魔力が漏れる。すると壁はみるみると膨れ上がり、巨大な戦車を作り上げるではないか。


 砲塔から放たれる砲弾を模した土の塊を水魔法で切断しながら、私は一気に距離を詰めていく。この悪魔のユニークスキルは変形能力なのか。それだけでは留まらない何かも感じるが、問題は彼女がスキルで作り上げるものだ。

 この異世界に戦車などというものは存在しない。それにこの服がセーラー服だとしっかり見抜いたことも気になる。

 これはやはりそういうことなのか。


「――『イチモンジ』!」


 だとしたらお使いクエストは早く終わらせてお喋りしたい。

 そう思った私は目前の戦車を切り裂いて前を見据えた。


「手加減はそろそろやめてくれない?」


「む?」


「あなたが優しいのはもう分かったわよ」


「何を言うか。お主わしの噂を聞いとらんのか?」


 どうやら私を怖がらせようとしているらしい。だけど私が彼女に抱いている感情があるとすればドキドキだけだ。

 もしかしたら同郷の人かもしれないというドキドキだけだ。


「聞いたわよ。村で悪さしてるんでしょ?」


「そうじゃ。わしは怖ーい悪魔じゃからな」


 ティエムニ神国で聞いた彼女の噂をそれはそれは酷かった。神魔戦争の時代から未だ五十年ほど。荒廃した世界にとって食糧確保は死活問題である。だというのに夜な夜な町に現れて備蓄を奪っていく悪魔がいるというのだ。

 ほとほと困り果ての若い村長は悪魔討伐要請を出した。


 ――あの忌まわしき悪魔の討伐を――


 でも私は別の噂だって知っている。


「子供たちがありがとうって伝えてくれとさ」


「ひゅーひゅー。――はて、何のことやら?」


「誤魔化すの下手か!」


 明後日の方を向いて口笛を吹く悪魔に思わず苦笑したがまあいい。言伝が済んだのなら子供たちのお使いはもう終わりだ。

 あとは個人的な要件を済ませるだけ。


 私は制服のスカーフをぐっと引っ張る。


「いいから本気を出しなよ、悪魔レイファ」


「じゃから」


「退屈だったんでしょ?」


 世界三大迷宮のボスフロアに君臨する主、それはさぞ高貴な地位だろう。でも高貴ゆえに誰も彼女の下まで辿り着けない。


 暗闇に一人、退屈だったから町へ出た。

 持て余る力、退屈だったから敵を作った。


「この私が本気の勝負に応じるって言ってあげてるのよ。心配しなくても、私は強いから死なないよ。だから汗かいて、歯を食いしばって、明日の筋肉痛を心配するくらい、私に本気になれ。それでも勝てないとあなたが分かってようやく――楽しいお茶会を始められるんだから」


「――――」


 スイッチを切り替える。遠慮のタガを外す。

 私の小さな変化に気付いたレイファは――。


「――ふ」


 小さく笑った。


「なら死んで後悔せんことじゃ。わしのユニークスキル『万物創生』は簡単に言えば錬金術よう。材料があって物質の成り立ちを知っておれば何だって作り出すことが可能となる。お主、火成岩が熱でドロドロになったものを知っとるか?」


「熱でドロドロ?」


「――マグマじゃよ」


「――――っ!」


 まさかと思った時にはすでにレイファの掌は背後の胡麻色の岩壁に――火成岩の壁に触れている。瞬間、紫苑の魔力がフロアの壁に、床に、天井に駆け巡り、岩石の溶解した灼熱に作り変えていく。

 まずいと思って後ろに飛び退いた時にはもう手遅れ。紫苑の光は後方まで駆け抜けて、そこに踏める大地はない。

 あっという間にマグマに囲まれて。


 ――すごいな。


「降参せい!」


 ふと顔をあげればレイファが宙に浮かんでこちらに手を伸ばしている。恐らく転移魔法で逃がしてくれるつもりなのだろう。

 やっぱり優しいんじゃんと微笑み、私は目を閉じた。


 ――さすがに祝福なしでは勝てない相手だったな。


「『聖域(セイクリッド・)作製(クリエーション)』」


 私は小さく発して両手を重ね合わせる。これは祝福。この異世界へと渡った時に誰かから貰ったユニークスキルだ。

 瞬間、灼熱のマグマを青白い粒子へと変換し消していく。


 数秒後にはもうこの空間に赤いマグマはなかった。

 一回り広くなったフロアに私と悪魔がいるだけだ。


「これは、ユニークか?」


「物質の根源アルケーは魔力。全ての物質は魔力から生まれ、そして魔力に還っていく。それがこの世界における錬金術の概略よ、悪魔さん」


 ――危なかったあ!


 内心のドキドキを気取られないようウインクして勝利を告げた。

 これが私と人懐っこい悪魔レイファとの出会いである。





§§§





「お姉ちゃん、このお菓子箱開けていい!?」


「それ俺んのだぞお!」


「こおら、サクちゃんの前で喧嘩しないの!」


 魔神と神々が抗争を繰り広げた神魔戦線の時代から五十年。このディストピア世界は今よりもずっと荒廃していた。

 文明と呼ばれるものは魔王たちに悉く潰され、今ある国々は魔神が称号システムを運用し始めてから興った新興国ばかりだ。

 西の最大領土ティエムニ神国もその国の一つ。


 迷宮から戻ってきた私は、ティエムニ神国の端にある小さな孤児院のテラスでレイファと紅茶タイムに興じていた。

 先程誘ったお茶会というやつだ。


「私、子供って苦手なのよね」


「なぜじゃ?」


「距離感が分からない」


「割と単純じゃと思うがの」


 そう微笑むレイファの腕には数人の子供が纏わりついている。悪魔だとか人間だとか子供にはどうでもいいことらしい。

 私はこの遠慮のない感じがどうも慣れないのだが。


 まあいい。


 お茶会の場も温まってきたことだし、そろそろ迷宮で感じたドキドキの正体を探ってみよう。そう考えたのは向こうも同じだった。


「――にしても物質の根源を『アルケー』と呼ぶか。どうやらお主も異世界から渡ってきたようじゃな」


「そっちこそユニークスキルで『戦車』や『拳銃』なんて作り出すから、私、ビックリしちゃったよ?」


 お互いに正体を突き合って痛快に笑う。


 この異世界で同郷の士に出会えるなんてことはまずない。私たちはこの出会いを喜び、元の世界のことで大いに盛り上がった。どの時代から来たのかとか、どこに住んでいたかとか、どんな友人がいたかとか――。しかし、その都度レイファは古い記憶を掘り返すのに苦労した様子だった。

 しばらく語らって、私たちはある結論を出す。


「どうもお主とわしの故郷は別世界らしいのう」


「こっちの世界に魔力なんてなかったしね」


 似通った部分も多くあるのだが、まずレイファの世界には元から魔法が存在していたらしい。それに宇宙人とも交流があると言うのだから驚きだ。基盤は同じで異なる進化を遂げた世界。そんな印象だった。


 ふと気になった私は聞いてみる。


「じゃあレイファは元から悪魔だったの?」


「いいや、わしも数年前までは手も足もある立派な人間じゃった」


「悪魔しゃん今もあるよ?」


「おっと忘れておったわ!」


 膝に座った子供を楽しませながらレイファは会話を進める。

 私は呆れて笑った。本当に子供好きな悪魔である。


「最初はわしもお主と同じ人族じゃった。じゃが数年前にふとしたことでポックリ死んでしまっての。――するとどうじゃ。普段は滅多に人前に姿を見せん悪魔が向こうからやって来て、お前のスキルは面白いから仲間にならんかと言ってくるではないか。わしも生き返れるならと頷いたら、まあこうなった訳じゃ」


「つまり蘇ったってこと?」


「曰く『転生』スキルというやつらしい」


「へえ、そんなのあるんだ」


 さすがはファンタジー世界。何でもありである。

 ただ気になるのは――。


「――――」


 初めてスキルや魔法を使ってみた時のようなドキドキワクワクを『転生』スキルという言葉には感じない。何かが突っ掛かる感覚があった。

 レイファから聞く前に誰かから、誰かから。


 ――本当に死にたいのか――


 誰かがいる。


 ――それは死んだことのない人間の実に愚鈍な妄想だよ――


 誰かがいる。


「サク」


 タキシード姿の誰かが――。


「おいサク」


「あ、いや何でもないの!」


「――――」


 私は慌てて取り繕ってみたのだが、レイファは浮かない表情だった。どうしたのだろうかと思っていると悪魔はゆっくり尋ねる。

 子供たちに向けていた気遣わしげな声音で。


「やはりお主は元の世界に帰りたいか?」


「私は――」


 言葉が詰まる。それは難しい問いだった。


 帰りたくない訳ではない。あの世界に思うところはある。ファンタジー世界での冒険は楽しいが、やはりあの世界の快適さを知っている私からすれば、この異世界での暮らしは窮屈なのだ。

 だけど心は帰りたいと叫ばない。私の心はなぜかあの世界を拒絶しているような気がした。どうしてかは分からないけれど。

 どうしてかは思い出せないけれど。


 ――私は、帰りたいのかな?


「レイファはどうなのよ?」


「わしは恐らくダメじゃろうな」


「ダメってどういう意味?」


 私は自分の返答を保留にしたかっただけなのだが、思いの外気になる言葉が帰ってきたので私は首を傾げる。

 悪魔に転生したせいで怖がられるとかだろうか。とは言え彼女の見た目は可愛らしい女性そのものなのだが。


 そんな風に思っていると、返答はもっと深刻だった。


「単純な話じゃよ。どうもこの世界に長くいると元の世界での記憶が薄れていくようじゃ。特に人間関係の記憶はすでに壊滅的じゃの。――人は記憶を頼りに故郷を目指す。しかし、その帰り方が徒歩だと分かっても、船だと分かっても、あるいは魔法か超常現象的な手段だと分かっても、故郷の場所を忘れてしまえば帰ることはできんじゃろう。わしはもうとうの昔に忘れてしもうたよ」


「――――」


 それは――。


 記憶の欠落は私にも思い当たることがあったので、慰めの言葉は何も口から出てこなかった。

 紅茶の水面に視線を下ろす私にレイファは微笑む。


「そんなしんみりせんでもよい」


「え?」


「わしはこの世界を気に入っとるからの」


「そっか」


 その言葉はすっと心に響き渡った。

 理屈を抜きにすれば私も多分同じ。


「――そうね。私もそうかもしれない」


 胸に手を当てれば今も思い出せる。


 この異世界のことを色々教えてくれたお爺さん。

 一文無しの私に宿を貸してくれた若女将。

 魔法の使い方を教えてくれた辺境の門番。

 たくさん笑顔をくれたこの孤児院の子供たち。

 そして、優しくしてくれた悪魔さん。


 このファンタジーの世界は少し法則が違うだけで私たちの世界と同じなのだ。世界が変わっても人の本質は変わらない。

 私は温かい人たちがいるこの世界を気に入ったのだ。


「レイファ、さっきの質問の答えだけど」


「何じゃ?」


「私はもう少しこの世界で生きてみたい」


 まっすぐ前を見て私が答えると――。


「そうか」


 レイファは温かな表情で祝福してくれたのだ。

 やはりこの悪魔はいいな。私は笑みを深める。


「ねえレイファ、私と旅しない?」


「む?」


「私はこの世界でたくさんの人たちに助けられた。だから恩を返したいの。その返し方を私は知っているんだ」


 原初の大魔王は世界を蹂躙し続ける。

 更には大魔王へと近付く脅威もある。


 ――それらに対抗し得る力を私は持っている。


「私と勇者の旅をしよう!」


 立ち上がり、右手を差し出してにっこり笑いかける。するとレイファは深く考え込むように腕を組んで、周囲の子供たちを見渡した。

 それだけで何となく彼女の言いたいことが分かってしまう私は、もうこの心優しい悪魔と友達なれたんだなと思えて、頬が緩んだ。


 案の定、レイファは首を振った。


「魅力的な誘いじゃが、こやつらを放ってはおけんよ」


「それだけの理由?」


「そのそれだけが大切なんじゃ」


 聞き返すとレイファはある種の誇りすら感じさせる響きで胸を張った。

 そのらしすぎる態度に私はニヤリと笑う。


 ――言質、取ったからね!


 私はパンと両手を叩く。


「さあ子供たち、この悪魔さんに教えてあげて!」


 悪魔よりも悪魔的な笑みを浮かべて私は子供たちに話題を振る。すると待ってましたと言わんばかりに子供たちは押し寄せてきた。

 そうして彼らは口々にこう叫ぶのである。


「サクちん外道だったー!」

「食べ物独り占めにする悪い村長やっつけたー!」

「悪魔さんのせいにする悪い村長やっつけたー!」

「ボッコボコだったー!」

「悪魔みたいだったー!」

「同じ人間とは思えない所業だったー!」

「ミンチだったー!」


「ちょっと! みんな酷くない!?」


 やはり子供は残酷である。だから苦手だ。わーっと離散する子供たちの代わりに現れた孤児院の院長が優しく微笑む。


「新しい村長ももう決まりました。ちょっと情けないところもあるけど、みんなで一緒に頑張ろうっていう情熱家なんですよ?」


 レイファのポカンとしている顔が面白い。


 私はあの噂を聞いた時から思っていたのだ。

 悪い村長から食糧を盗んで子供たちに分け与える悪魔。村長が濡れ衣を着せて討伐隊を差し向けるのを楽しそうに待っていた悪魔。

 そんな面白い悪魔なら是非仲間にしたいと!


「さあレイファ、これで私の誘いを断るそれだけもなくなったわよ?」


 私が挑発的に笑うと、レイファはやれやれと首を振った。

 紅茶の香りが漂う小さなテラスで私たちは手を掴む。


「お主、良い性格しておるのう」


「でも勇者と悪魔が手を組んで魔王退治って面白いと思わない?」


「ふふ、ああ、とびっきりの!」





 ――こうして私たちの旅は始まった。


 エルフ、ダークエルフ、青目族、獣人族、そして悪魔――様々な種族をまとめて勇者パーティーとしては歴史上最大の戦力を築き上げた私たちの物語。

 だけど、これは後世に語られることのない物語である。


 たった一体の魔王も倒せず終わった私たちの物語である。


※加筆・修正しました

2021年5月23日  加筆修正


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