第15話:レティ16歳 「デリシャス! 豚の丸焼き!」
セガールに連れられ食堂のような部屋に入った。薄暗い室内。明かりは壁とテーブルの上の蝋燭だけ。ょっと不気味。私はセガールにお姫様抱っこされたまま部屋の真ん中のテーブルに案内された。テーブルの上には豪勢な食事が盛りだくさん並べられている。
既にテーブルが埋め尽くされているのに、さらに料理の盛り付けられた皿をグレイがせわしなく運んでくる。
「さあレティ、お前のために食材をたくさん取りよせたんだ。好きなだけ食べてくれ」
セガールがそう言いながら私を椅子の上におろす。
目の前には、豚の丸焼き、チキンの丸焼き、カボチャのスープらしきもの、ローストビーフ、多彩な種類のサラダ、ビスケットにチーズ、煌びやかなスイーツ、高級ホテルのビュッフェに勝るとも劣らぬ料理の数々が並べられている。
お腹もすいていたし、食べていいと言うので遠慮なく食べるが、向いの席に座ったセガールはいっこうに料理に手をつけない。食べる私をじっと見つめている。
(そんな見つめんな、食べ辛いだろうが! 人がモノを食べる姿って一番無防備でアホ面してんだからね!)
「あなたは食べないの?(もきゅもきゅ言って食べてみせなさいよ、絶対可愛いから)」
「ああ、これはお前のために作らせた食事だ。遠慮せず全部食べるといい。少なかったら他にも何か作らせよう」
(や、こんなひとりで食べれないから。セガール、目ぇおかしいのかな? 豚の丸焼きとか私の体より大きいし。これ全部食べたらまず間違いなく私の胃が破裂する。亜人種がどんだけ食べるのかしらないけど私の体積考えてよね。はっ! もしかしてたくさん食べさせて私を殺す気? くっ、その手には乗らないんだから………………とかいいつつも料理ウマすぎて手が止まらない!)
ウマウマ食べていると、グレイがさらにデザートらしきものを運んできた。
「うまいか? いっぱい食べろよ。他に食べたいものがあったら言ってくれ! ブレイブに伝えて作ってもらうからな!」
「(もう腹にはいらないよ)大丈夫。それより、ブレイブって?」
「ブレイブはこの料理を作ってくれた料理人さ! 豚の亜人種なんだけど、あっ! 今連れて来て紹介するよ!」
(豚の亜人種ねぇ、豚の……ブタ?)
レティは目の前の豚の丸焼きと目があった。
(豚の亜人種が豚を調理するなんて……同族殺し、共食いしてるってこと? ちょ、それってどうなの? 私平然と食べちゃってるけど、え? いいの? どうしよう)
「ん? ああ、この豚の丸焼きはなかなか美味いだろう。俺達の間でも人気のメニューなんだ。特にグレイはこれが好きで毎日食べても飽きないと言っていたぞ」
豚の亜人種が作ったという豚料理についていろいろ悩んでるのに、人の気も知らずセガールが豚の丸焼きを勧めてくる。やめろって。
そうこうしている間にグレイが食堂の奥からコック服を着た人を連れてこちらに来た。
「いやだよ~、僕、人間なんかに会いたくないよ~。奥で料理作ってるから~! 紹介なんかしなくていいってば~!」
「大丈夫だって! あの娘はお前を捕って食ったりなんかしないから! ほら、来いってば!」
「離してよ~グレイ~!」
「ったく。あ、レティ! こいつがブレイブ! ほらブレイブ挨拶しろ」
「いいいいやああああ。に、人間! うわわわあわ! な、殴らないでえええ!」
連れて来られたものの、すぐにグレイの後ろに隠れてしまった豚の亜人種。顔は豚っぽいが、体は人間と変わらないし、豚のようにまるまる太っているわけでもない。けっこうスリムな体型だ。人間にも豚っぽい人相の人ってよくいるから一見しただけではあまり亜人種っぽくない。
「すまないレティ。こいつはちょっと臆病で気が弱いヤツでな。人間にひどい目にあわされて……不躾な態度を許してくれ」
「(このひと、きっと同族の豚を料理するなんて嫌だろうに、仲間が食べたいっていうから仕方なく豚の丸焼きを作って……ック)可哀想に、辛かったね?」
「「「え?」」」
私は思いっきり同情の眼差しでブレイブを見つめた。そしてゆっくり彼に近づき手を伸ばす。ビクリと肩を動かす彼。そんな彼の頭をなでなでしてあげた。
「ふぇッ」
「辛い思いをしたのね。(まったく、ここの人はデリカシーがないのかしら! いくら美味しいからって豚の亜人種に豚のまる焼き作らせるなんて! ……でも)ごめんね(凄く美味しかったから私もまた作ってって言っちゃうかも)許してね」
「レティ……」
セガールが後ろから私を抱きしめてきた。何故? ちょ、重い! 体重乗せんな、食べたものが出ちゃうだろうが! うっぷす!
「お前は本当に優しいな。でも、お前が悪いわけじゃない。心無い他の奴らが悪いんだ」
「(や、豚の丸焼き勧めてきたお前も同罪だぞ! いやこれはもう)私達みんなが悪いのよ。彼に謝らないと」
どこまでも思考がかみ合わないセガールとレティ。
「君、えっと、レティさん? だっけ? 君は僕のこの醜い姿をなんとも思わないの?」
「別に(なんとも思いませんが? 外見に興味ないし。)あなたのどこが醜いの? 普通でしょ(もしかして豚にも美醜があるのかな? 私には普通の豚に見えるけど、豚の業界ではブサイクなのかな?)」
「ぼ、ぼくっ、僕、そんなふうに言ってもらったの初めてで、うぇ、ふえええええええええん」
泣きながら走り去っていってしまったブレイブ。なんだったのだろうか。
「あ、ブレイブ! ったく。……まあ、嬉しかったんだろうな。はじめてあんなふうに言ってもらえて。しかも人間の女の子にだしな。ありがとなレティ」
グレイに感謝された。何故? というか、お前がブレイブに謝れ! 豚の丸焼き以後禁止!
「レティ、お前は優し過ぎる。あまり優しさを振りまかないでくれ」
私を抱きしめたままよくわからないことを言うセガール。だから、重いって!
「(ん? ああああ! テーブルに置かれた蝋燭の火の熱でケーキの生クリームが溶けはじめてる! 早く食べなきゃ!)離して。デザートが食べられないわ!」
「はは。照れ隠しか?」
「何でもいいから離して(生クリームが泡立てる前の段階に戻っちゃうでしょうが!)」
デリシャス、デリシャス、豚の丸焼き!
※備考※
亜人種とは獣と人間の血が混ざった存在であるが、言葉をしゃべれない獣とは一線を引いており、その遺伝子は獣と全く異なるものからできている。同じ獣の種類でも動物の豚は獣、豚の亜人種は亜人種で独立した存在であり、亜人種も普通に獣を狩って食用にしている。人間は亜人種を獣に近い存在と認識し、例えば、狼の亜人種は獣の狼と意思疎通ができ獣を従えていると勘違いしているが、亜人種は完全に人種であり、人間と同じ遺伝子の要素をもっている。動物の獣と意思疎通はできない。遺伝子が近いため人間と子供だって作れる。獣の要素が子供に出るかどうかは五分五分の確率。亜人種の動物の獣に対する認識は人間とあまり変わらない。




