第12話:レティ16歳 「やっぱり、こういう運命なんですね」
亜人種VS人間の争いに巻き込まれるフラグ臭が漂って、嫌な予感に神経を無駄に張り詰めること……6年。そう、現在私は16歳になった。その間、特に何も事態の進展はなく、国内でも表立った情勢の乱れなどなく平和に時は経過した。
(いつ異世界イベントが起きるのか毎日ドキドキで過ごしてすり減らした気苦労を返せ! こんちきしょう!)
しかし、長いようであっという間だった6年間。毎日飽きずに行われるメイド達とクリスの争いの渦中に巻き込まれたり、どっかの国が私とダニエル少年が婚約したとか聞きつけて是非うちの王子ともとか大量にお見合い話を持ってきたり、淑女の嗜みとして貴族のお茶会に参加したら同世代の子ども達がわらわら寄って来てめっちゃ懐かれ傾倒されたり、ある程度教育を受け他国の情勢について学んだあとは各国への兄様達の外交に付いていったり家族と一緒に国内の国事行為に参加した先で国民に拝まれたり……いろいろあったけど。
私が成長するにつれて、さらに私の頭を悩ませていることがある。最近特にひどくなってきたと感じるんだが……なんかね、周囲のデレデレの溺愛度がどうやらヤンデレ化してきてるようなのだ。
今までは「愛らしい」「綺麗です」と微笑ましげに私を見守ってきたメイドさん達。 「姫様ラブー!」とか叫んでいる壊れかけたメイドもいたが、これまではどちらかというと小動物を可愛がるようなよく言う「うちの愛犬が一番可愛い!」と自慢する愛犬家の飼い主のような感じだった。
だがここ数年、皆の目つきが妖しくなり、うっとりした視線で私を見てきてよくわからない賛辞を毎日聞かせられる。
「はぁぁん! 姫様の月の女神を思わせる淡い月光を放つような御髪! 絹のようにきめ細かく華のように甘い香りのする白い肌! 堪らないです! 姫様、この櫛にある御髪1本貰っていいですか? 肌身離さず身につけて姫様の存在を常に感じていたいです」
「では、私は姫様のお切りになった爪をもらってよろしいでしょうか。お守りに入れて常に身につけます」
などと、ヤバい発言をすることが多々増え、私はドン引きしている。そして、それに対抗するようにクリスの溺愛度もあがり、誰かと話したり握手したり触れ合うことがあると「お前は潔癖症か!」ってくらいアルコールの染みたシルクの布で他の人が触れたところを消毒しにかかる。
そんな消毒されたらアルコール臭くなるだろうが!
そしてドレスも1日に何度も着せ替えられるのだ。クリスに何度もドレスを着替えるの面倒だと言ってみたが、「他の方が触れたところのあるドレスをいつまでも姫様に身につけさせることはできません」「私がいろんなドレスを着た姫様を拝見したいのです」って……ん? 最後の完全にクリスの願望だよね。そんで私もう年頃なんだから着替える時部屋から出て行ってもらいたいのに平然とした顔でドレスの着替えを手伝う始末。もういろいろ諦めたけどね。さよなら羞恥心。
まあ、16歳になり身長も伸びて第二次性徴を終えた出るとこが出てる女性らしい体つきになったと思う。 顔も相変わらずの無表情だけどマミィに似た自分でもかなりレベルの高い美少女に成長したと自負できるが、これでまわりがヤンデレになるのはワケわかめだ。
「人間とは思えない美しさ」などと外見を褒められても他人事のようにしか感じない。自分で鏡を見ると「眉毛細すぎ」「お、こんなとこにホクロが、気付かなかったぜ」など、アンバランスさにも目がいく。
周りがよくいう「ホクロひとつない白磁のような肌」なんていうが、そんなわけない。
しかし他の人の目にはフィルターでもかかってるのか、私が一部の隙もない完璧な容姿にみえているようだ。
みんながやたら私を神聖化したり逆に独占欲丸出しで迫ってこられてもどう対処してよいかわからない。抵抗するのも面倒なので流れに身をまかせてこれまで好きにさせていたが……それがよくなかったのだろうか。
そんなこんなで16歳を迎えたのだが、実はこの世界の成人は16歳なのである。つまり私も遂に成人を迎えたということで、本日は私の成人祝賀パレードが開かれる予定になっている。それに出席するため、壊れたヤンデレメイド達と変態執事によってパレード用にいつもより気合をいれて着飾りつけられた。
着飾った私の仕上がりをみて、メイド達は興奮して自らの手で自分の口を押さえつけ声にならない言葉を何か叫んでいる。
クリスは複雑な表情で「このまま攫ってどこかに閉じ込めようか、しかし私の今の財力では姫様に相応しい生活環境を提供できるかどうか……財務大臣脅して金を巻きあげるか国宝庫からいくつか国宝を盗んで売却すればあるいは・・・」とかなんとか呟いている。
うん。 クリス思い止まってくれ。
そういえば、今日の祝賀会にはダニエル君も出席するといっていた。この6年間のあいだ度々城を訪れては近況報告や訪れた各国の話をしてくれたりと、よい交友関係を続けていた。今ではすっかり青年らしい体つきになり、利発そうな幼少の面影を残しながらもさわやかな甘い顔立ちのイケメンに育っている。ただ、見た目はイケメンだし性格は穏やかで物凄くいい青年なのだが、未だに父親に振り回されて苦労している可哀想な状況は変わらないままだ。
本人にしたら不本意だろうが、いつも彼の父親の巻き起こす苦労話には内心爆笑させてもらっている。ここ数カ月会っていなかったが、今日の祝賀会で最近のネタを聞かせてもらおう。
さてと、すでに家族の皆は他の国の来賓客の接待に行っているので私も会場入りしようかな。そう思い、部屋から出た時だった――――
「なっ!何故こんなところに、あ、グッ」
「だ、誰か援軍を、警備兵! 騎士団長にご報告を!」
「姫様を退避させねば! みなッ! ック、急げ!」
ドアを開けた瞬間、大勢の慌てるような足音と、剣と剣がぶつかりあい争うような物音が聞こえた。
「何かあったようですね。姫様。急いでここから離れましょう」
「(ちょっと、いきなり何?! え、曲者ですか? 者ども出あえ出あええええ)ええ?」
レティツィアとして転生してから16年。身近な出来事で小さな事件などはいろいろあった。しかし、何だかんだ言っても危険な目にあうことなど一度もなかったのだ。それなのに16年目にしていきなり訪れた物騒な雰囲気。
ただごとではなさそうな緊張感が漂って、私のテンションは可笑しくなっていた。
クリスが私の手を取り、走る。城が攻められたときの緊急脱出の通路に向かって2人でひたすら走る。
しかし、突然後ろから私は強い力で抱きしめられた。
(うぐッ。内臓出るって! ちょ誰だよ、力強すぎ!)
「ようやく、また会えたなレティ」
私の耳元にモフモフした毛があたった。
(何だこの感触、気持ちよすぎるぞ。シャンプーは何を使ってるんだ教えろ!)などと緊張感もなく一瞬アホなことを考えて振り返ると……虎の顔のドアップ。
「(ぎゃああああ! 虎! 食われる! え、私ここで死ぬの、そうだ! 死んだふりすれば……って前にもこんなことあったような? ん? あ、セガールか、何だぁ)久しぶり」
「……驚かないのだな」
「(ってセガール!?) 何でここにいるの?」
「お前を迎えに来た」
虎顔がにっこり笑った。
迎えに来た?
え、誰を……って私を?
何で?
「亜人種?! それもティーグレが何故城内に! いや、それよりも姫様をどうする気だ! 汚らしい獣の分際で私の姫様に触れるなっ!」
クリスは私がセガールの腕の中にいるのを目にし、血眼になって私を奪い返そうと食いかかる。
「レティは俺のものだ。ここから攫っていく」
「ッさせません!」
私の専属執事として博識なだけでなく護身術などの身体能力も並はずれて優秀なクリス。その格闘センスは執事にしておくのはもったいないと言われ、騎士団に勧誘されたこともあるといっていた。しかしそのクリスの攻撃をセガールは軽々と避け、私を抱きかかえた腕とは反対の手でクリスを振り払った。
「ぐぁッ――――――!」
軽く振り払っただけなのに、クリスは数メートルも吹き飛ばされ壁に穴をあけて激突した。
「クリスッ(ちょ、おま、尋常じゃないくらい吹き飛んだんですけど! 生きてる? ねぇ、ちょっ大丈夫なのアレ?)」
「心配するな。お前の親しい者を殺しはしない」
「(や、あれ下手したら死んでるって! ヤバいって!)どうするの(このままクリスは放置なの!?)」
「ああ、このまま仲間と合流してここから脱出する。大人しくしていてくれるな」
(護身術の先生してたクリスがあんな簡単にあしらわれたのに私がどうにかできるわけないじゃない! 大人しくするに決まってるでしょうが!)とりあえず、コクリと頷いた。
「いい子だ」
セガールが大きな手でそっと頬をなでる。すると後ろから別の声がした。
「おい、セガール! こっちは片付いたぞっ……と、その娘がお前の言ってた例の子か」
「ああ。すまないレティ。ここからは少し寝ていてもらう」
「え?」
セガールはそういうと薬品のような匂いのする布を口に押し付けてきた。
「(ちょ息できないって! あ、なんか意識が……)」
薄れゆく意識の中、最後に見たのはセガールの虎顔と……シベリアン・ハスキーによく似た凛々しい顔付きの犬面だった。
この6年間何もなかったから安心してたのに……
やっぱり、こういう運命なんですね




