第27話 責任があるんだけど、とばっちり
「わ、わわわわわ私が!?」
「あれ? やりたかったんじゃないの?」
困惑というか混乱しているレイラの様子を、バカ娘が不思議そうに眺めた。
やりたいかやりたくないかで言えば、レイラはもちろんやりたい。
というか、殿下に「あ~ん」など他の者がやって良いことではない。
その点ではこの男爵令嬢が気を利かせたのを褒めてやってもいい。
だけど、それはそれとして……。
(こんな毒菓子を食べさせられる訳ないでしょうが!?)
一服盛った犯人がレイラになってしまうではないか!?
いや、それ以前に。どう見ても嫌がっているミシェル殿下に無理やり食べさせるというのは臣下としてどうなのだ……。
レイラにしかできない。
と同時に、レイラにはできない。
……いや、できるできない以前にやれば罪に問われる事案だが。
(きゅ……究極の選択……!)
思わず受け取った毒入りの菓子を指先でつまんだまま、侯爵令嬢は苦悩した。
令嬢の決断を見守る周囲の人々も固唾を呑み、決断の瞬間を前に緊迫した空気は否が応にも張りつめて……。
「何をバカなことをやっているの!」
……という状況を一喝したのは、クロイツェル侯爵令嬢だった。
「カテリーナ様!?」
「カテリーナ殿!?」
不意の制止に皆がポカンとしている中、つかつかとライバルに歩み寄ったカテリーナは問題の菓子を指先からむしり取ってリリスの持ってる皿に突っ返す。
「なぜ殿下がコレを食べなければいけないみたいな流れになっているのです! そもそも誰が作ったかもわからない物を、王太子殿下に差し上げるわけにはいかないのは常識でしょう!?」
カテリーナに叱責され、一同は常識を思い出した。
「……そう言えばそうだった」
思わず間抜けな一言を漏らした宰相令息を、カテリーナが柳眉を逆立てて睨みつける。
「そう言えば、ではありません! ヨシュア様、あなたがなぜこんな初歩的なことを忘れるのですか!」
「すみません!」
怒髪天を衝く様子の令嬢に叱られ、メガネ君は小さくなった。その情けない有り様に、リリスがやれやれと嘆息する。
「せっかくの眼鏡も形無しだにゃー。小道具じゃオツムのできは隠せなかったか」
「メガネは頭良さそうに見せる為にかけてるんじゃないぞ!?」
「リリスさんも人の事を言っている場合ですか! 最低限のルールを覚えなさい!」
「うおっと、ヤブヘビ!? 矛先がこっちにきた!」
「それを言いたいのは僕のほうだ!」
「ふ・た・り・と・も?」
リリスとヨシュアはその場に正座させられた。
「なんで僕まで……」
「何か言いましたか?」
「いいえっ!」
鬼気迫るほどに目が据わっているカテリーナに異議申し立ては命に係わる。
そう悟ったヨシュアが黙り込んだ。
カテリーナが底冷えのする目つきでリリスに皿を突きつける。
「リリスさん。このどう見ても不安しかない色合いのお菓子はどこから持ってきたのですか」
「キレイじゃない?」
「食物に見える色ではありません……あなたたちも! 『やっぱり?』みたいな顔をするなら初めから制止なさい! それで? こんな気持ち悪い物を、どこで作ってもらってきましたの!?」
片っ端から怒鳴りつけている侯爵令嬢に、全然委縮してない男爵令嬢がけろっとした顔で出所を答えた。
「作ったお店は分からないっす。なにしろ……」
「さっき、そこで拾ったんで」
高貴な人々が言葉の意味を理解するのには、しばらく時間が必要になった。
◆
「いやー、王宮じゃ拾ったものを食べちゃいけないのかぁ」
リリスは不満そうに唸った。
「下町じゃ見た目問題なかったらOKってルールがあるのになあ……」
「貧民街の感覚で王宮に手みやげを持ってくるな!」
ヨシュアが悲鳴を上げるが、リリスは意に介しない。どころか。
「むう、お貴族様は『もったいない精神』が足りないっすよ。そう思わないっすか? ヨッシー」
「その変なあだ名止めろ!?」
横で二人のやり取りを見ていたダントンたちが感嘆を漏らした。
「凄いな……全員から小一時間もお説教されていたのに、全く懲りてないぞ」
「ああ、バカは際限がないな……物事の尺度が違い過ぎて、何が悪かったのかまだ分かってない顔だ」
リリスがまた説教されそうな一方で、カテリーナは王太子から危ない所を助けた礼を言われていた。
「ありがとうカテリーナ。よくぞ、すんでのところで常識を思い出させてくれた」
王子の感謝も、じつに気持ちがこもっている。内容がおかしいが。
「いえ殿下、礼には及びませんわ……皆が雰囲気に呑まれ過ぎでしたのよ」
雷神のごとき気迫から一転、王太子に手を握られたカテリーナは恥ずかしそうに俯いている。普段のこわもてが形無しだ。
「すごーい。リナちゃんがまるで女の子みたい」
「あなたはその軽口からまずなんとかなさい!」
「ねえヨッシー、リナちゃんアタシに対する時と王子様にデレデレする時と態度違い過ぎない?」
「むしろなんで同列に扱ってもらえると思うか、僕が聞きたいわ」
一難去って、大団円。
……なんて感じになっている中に、入っていけない者が一人。
「……なぜ私がやらかした側で、カテリーナがヒーロー扱いになっていますの!?」
うっかりリリスの非常識空間に呑まれてしまったばっかりに、レイラは宰相令息と一緒に「たしなめるべき立場を忘れている」と叱り飛ばされてしまった。それも、仇敵であるカテリーナにだ!
しかもこんな常識問題で、王太子の安全に関わる問題でバカに乗せられ、先に正気に戻ったライバルが美味しいところを持って行った。
お妃筆頭候補のメンツは丸つぶれ。プライドの高いレイラに耐えられるものではない。
「こんなことでカテリーナに一歩先に出るのを許すことになるなんて……!」
そのレース本当は向こうがほぼ確定なので、出遅れは一歩どころじゃない……という都合の悪い前提は、レイラの頭には無い。
悔やんでも悔やみきれないミスを呪うのはともかく。
常に失敗の責任は他者に無ければいけないお嬢様として、この度の戦犯を許すことはできない。
「……おのれ、下賤な男爵令嬢ごときが……!」
レイラは憎悪に燃える目で、自分に恥をかかせる原因となったリリスを睨んだ。
「あの女が殿下に毒団子なんか食べさせようとするから! おかげで巻き込まれた私が恥をかく羽目に……この責任は取ってもらうわよ」
そもそも毒団子がどこから出て来たかは、気にしない。
自分に都合の悪い事実まで客観的に見るようでは、大貴族なんかやってはいられないのだ。
◆
フローレンス侯爵邸へ帰るなり、レイラは執事長を呼びつけた。
「大至急汚れ仕事を請け負う者を掻き集めなさい! あの痴れ者に何をやったかを理解させてあげるわ!」
恥をかかされたとて、同格のクロイツェル侯爵家には簡単に手を出せない。
が、その片棒を担いだ吹けば飛ぶような男爵家ならば……。
貴族でありながら娘を働きに出しているような家に、まともに警備の人手がある筈がない。たまたま強盗に入られても、撃退などできないだろう……。
「カテリーナめがもしこのまま、ミシェル様の寵愛を独占するなんてことになったら……くうう! あのリリスとか言う女、今すぐ私の手で八つ裂きにしてやりたい!」
レイラは煮えたぎる怨念を抱え、かしこまる家臣を振り返った。
「リリスなんとかという娘の家に今夜、不幸な事件が起きるように手配なさい!」




