第14話 照れるなダントン。嬉しいんだろ?
ドンドコドンドコドンドコドン! プップー!
「かっ飛ばせ―、ダ・ン・トンッ! それ、行け、行け、ダントン! やれ、やれ、ダントン!」
大きいだけの太鼓の音と、調子はずれなラッパの音が訓練場に響き渡っていた。
音源はもちろん、この人。
身体の前にバカでかい太鼓を吊り、口にラッパをくわえたリリスだ。
彼女は両手に持ったバチで太鼓を両面から叩いては、なかなかの肺活量でラッパを吹き鳴らす。
口を離してもラッパは口元に保持できるようで、ラッパを吹くのと交互に声援も送る。これがまた、楽器に負けず劣らずけたたましい。
悪夢の男爵令嬢のエールは、他者のソレを全部足したよりもやかましかった。
しかも彼女の「応援」はそれだけじゃない。
太鼓の乱打の合間には素早くバチを毛玉に持ち替え、身振り手振りを付けて踊りまくる。
かと思うと「必勝!」と書いた羽根のない扇子に持ち替え、目を丸くしている観客にダントンへのエールを要求する。
「ほら皆様、ご一緒にぃ! さん、はい、『ダントンくーん、頑張ってぇぇええ!』」
ドンドコドンドコドンドコドン!
プップォォオオオオ!
「ダントンのぉ、ちょっと良いトコ見てみたいぃ! そら、いけいけダントンっ!」
「やかましいわっ!」
あまりの音量に。
応援されている本人がキレた。
「ちょっと、せっかく応援してるんだから競技者は試合に集中しなさいって」
「できるかっ! なんだ、このトンデモな応援は!?」
「あ、応援歌が出てこないのがお気に召さなかったっすか? にゃはは、ご心配召さるな。ちゃんと今からやりますって。あ、ちょっとそこのお嬢さん。みんなにこの応援歌のしおりを配って欲しいっす」
「止めろ! なんだそれは!?」
「応援歌のしおりっす。昨晩考えた自作だから、誰も知らない新作っしょ? ちゃんと歌詞を配ってないと歌えないっすからね」
「おまえ何をわざわざ作ってるんだよ!?」
「端まで行き渡りましたぁ? えーとね、節回しは騎士団軍歌の『若鷹の歌』まんまっすから気を楽にして……」
「話を聞けってば! 余計なことをするなって言ってるんだよ!? やめろ! 恥ずかしい!」
「ちょっとぉ、応援される人はさっさと試合を進めなさいっす」
「やってられるかぁ⁉」
王太子を挟んでカテリーナの反対側に座っていた宰相令息が放心から立ち直り、ミシェル王子に囁いた。
「殿下……」
「なんだ、ヨシュア」
「あのアホ、すぐにつまみ出した方が……」
カテリーナ以上に杓子定規な秀才君も、さすがのリリスに形だけの儀礼さえ吹っ飛んでいる。
「うむ……」
顎をつまんで考え込んだ王太子。
「……どれだけネタを持っているのか、いっそ最後まで見てみたい気もするな」
「殿下!?」
「あぁついちしおにぃむねこがしぃ、ハイ!」
『あーついちしおにー』
「おいドノバン、女子受けが良いのが本当に羨ましいか!? あんなのにからまれて、本っ当に羨ましいのか!?」
「いや、俺に八つ当たりすんなよ!? なんなんだよ、アレ!?」
「知るかよっ!」
「……アレはいったい何なの?」
かろうじて特設応援団に巻き込まれるのを回避した一角で、険しい顔の令嬢が口元を羽根扇子で隠して呟いた。
「最近王太子殿下の周辺をウロチョロしている下賤な女ですわ、レイラ様」
取り巻きの伯爵令嬢に囁かれ、心持ち目つきが鋭くなった女は今の一言を繰り返した。
「王太子殿下の周辺を?」
「はい。ダントン様の応援という体ですが、おそらく殿下のお目に留まるのが目的かと。でなければ、あまりに騒ぎ過ぎですわ」
クロイツェル侯爵令嬢から本気で王太子奪取を狙うフローレンス侯爵家の令嬢は、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
いや、本心は面白くないなんてレベルではない。せっかく邪魔な女の居場所を裏から突き崩しつつあるのに、第三の女が出てくるなど……。
「手段を選ばない女のようね……厄介だわ」
「それほどの者でしょうか? 先日も騒ぎを起こしたので出自を調べたところ、今まで社交界にも出ていない落ちぶれた男爵家のようです。まともな教育も身につけていないので、あのような訳の分からないことをしているようですが……」
腹心の伯爵令嬢が疑問を呈したが、レイラはそれを却下した。
「ミシェル様の度を越した博愛ぶりを考えると、あんなのでも警戒は必要だわ。懐に入り込んでしまえば、歓心を得ることもあり得るやも」
王国有数の大貴族の生まれ育ちであるレイラ・フローレンスは、性格の悪さではカテリーナに引けを取らない。むしろ甘いところがあるカテリーナよりも優れている自覚がある。ちなみに世の人は普通はそれを「欠点」と呼ぶ。
自分が王太子妃候補の足を引っ張る陰謀を進行中なので、他者の企みにも敏感だ。
「身の程を知らないものほど面倒なものはありません。今のうちに『警告』を入れた方が良さそうね。あの者が参内した機会を見過ごさないようになさい」
「はっ」
王子の観覧席の列に並ぶ一帯でも、隣と囁く者がいる。
「アイツはいったい、何を考えているんだろう?」
もちろん話題はリリスのことだ。
「……何も考えていないように見えないか?」
「それは確かに」
令嬢たちと違って何度か本人とバッティングしているだけに、議論はそこで終わりそう。
「だが……使えるかもな」
新興貴族バーモント伯爵家の嫡男がつぶやいた。
「アレがか? レオナール、本気か?」
仲間たちが驚く中で、レオナール・バーモントはひねた顔つきで薄く笑った。
「どうも殿下はあんな者でも邪険にしないようだ。常識も礼儀もないアホな女だが……だからこそ、引っ掻き回す駒として有用ではないか?」
「なるほどな……」
要するに伯爵令息はリリスがバカだから、何の疑問も持たずに陰謀のお先棒を担ぐだろうと見た。卓見と言えよう。
「殿下の取り巻きの中では俺たち推参組は補欠扱いだ。特にあの鼻持ちならないヨシュア・ガロンヌのヤツを引きずり降ろさないと……」
「……殿下が王位についた暁に、重用を望むことは難しいか」
女王の指名で次期政権の幹部候補生として王太子に付けられたメンバーは、今から出世が約束されているといっても良い。宰相令息や騎士団長令息たち、「学友」と呼ばれる者たちだ。
一方で来るもの拒まずのミシェルの度量に甘える形で側に侍っている、彼ら自己推薦のメンバーはそうもいかない。王太子に見どころのあるところを見せて行かないと、この先もただの茶飲み友達で終わる。
それでも十分恵まれた方だけど、その程度で満足するなら成人前からゴマスリになど行かない。
そして自分が優れたところを常に誇示するより、有力者が失格だと告げ口する方がはるかに簡単だ。
「殿下に見えない所でヤツに接触しよう」
「どうやって抱き込む?」
「庶民と変わらぬ生活をしている貧乏人なんだろ? 飲ませて食わせてやれば自分からしっぽを振ってくる。そこでさりげなく役割を振ってやれば、宮廷の常識も知らないから簡単にのるぞ」
「なるほどな。それでヨシュアたちが恥をかくようなきっかけを何か……」
「やらせるというわけさ。善は急げだ、次にヤツが参内したところを口説くぞ」
◆
観覧席を遠望しているクララベルとナネットは、一般席の前で踊っているリリスから王太子の席に視線を戻した。
宰相令息と何か話している王太子に、カテリーナがもたれかかっている。
「くそう、お嬢様にあんなに甘えられて……許婚だからって調子に乗るなよ……!」
「許婚だから良いのよ。というか、お嬢様は失神しているんじゃないのかしら……あんなのが自分の手配りの結果だなんて、そりゃ気が遠くなるわよね」
「模範となるべき立場なんだから、もっと慎みってものがさぁ!? だいたい婚約者とはいえ、男女は公の場では五百メートルは離れて歩くべきだよね!」
「王宮の幅がそんなにないわよ。どれだけ広いつもりなのよ」




