表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

散髪屋

作者: 坂崎文明
掲載日:2026/02/12

「はい、そちらの席に」


 いつもの彼女にレジ横にある順番待ちの札を取って渡した。

 といっても、時刻は十六時半、客はまばらなので、すぐ札は元の場所に戻される。

 彼女は背が高く細身で、小顔、手足が長く、黒いつぶらな瞳が印象的だ。

 視線が一瞬、合ったが、すぐ逸らす。

 何とも気恥ずかしい気がした。

 僕が席に着くやいなや、彼女の細い指がベージュ色のカットクロスを後ろから僕の体に被せた。

 

「どうしましょう?」


「三ミリ刈りで」


「丸刈りですね?」


「そう」


 髪を切る時はいつも目を(つぶ)る。

 彼女は手早くバリカンをセットすると、ゆっくりと丁寧に動かして髪を落としていく。

 頭頂部を刈り終わると、細く柔らかな指を滑らせるようにして、頭をゆっくりとな()ぜる。

 それが何とも心地よい。

 指が止まる。


「もみあげはどうします?」


「IBで」


 IBはアイビーカットの略で、この店では普通よりもみあげ短めという意味になる。


「はい」


 バリカンで耳の上を剃る時に、その細い指で耳を押さえる。

 耳を保護するためだろうが、耳を長い指が折り曲げる。

 その感触がやはり気持ちいい。

 いつもは彼女の担当は髭剃(ひげそ)りがメインだが、今日は人手不足なのか、カットもやってくれた。


「まつ毛の下は剃りますか? 長い毛も剃っておきますか?」


 次に彼女の冷たい指は僕の顔に薄くクリームのような物を塗った。

 それから、別の女性が鼻の下から(あご)まで熱いタオルをかけて髭を柔らかくする。

 彼女はハケで泡立てた髭剃(ひげそ)りクリームを顔に塗り直して、頬を指で()でながら(ひげ)()っていく。

 恥ずかしい話だが、今日も鼻毛を切り忘れて、彼女に切ってもらった。

 まあ、いつもの事だが。

 彼女は顔の輪郭を確かめながら細い指を滑らせていく。

 さわさわと皮膚が泡立つような感触が広がっていく。

 その指の感触が何とも心地よい。

 意識が眠りに沈みかけていた。

 少しうとうとしていたかもしれない。

 たぶん、僕はとても幸せそう寝顔をしているだろう。

 

「はい、席を起こします」


 彼女の声で意識が現実に戻された。

 男性の店員に交代して、もみあげの下とうなじの産毛(うぶげ)もクリームを塗って剃った。

 それから髪を整えて、仕上げをしてくれる。

 服の前の(ほこり)などを払ってもらった後に、僕は席を立った。


「お客様」


 レジの所に彼女が立っていた。


「はい」


 彼女は耳元でささやいた。


「気持ち良かったですか?」


「え?」


「幸せそうな寝顔でしたので」


「……」


 少し恥ずかしかったので、無言で答えた。

 顔は情けなく喜んでいたかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ