散髪屋
「はい、そちらの席に」
いつもの彼女にレジ横にある順番待ちの札を取って渡した。
といっても、時刻は十六時半、客はまばらなので、すぐ札は元の場所に戻される。
彼女は背が高く細身で、小顔、手足が長く、黒い円らな瞳が印象的だ。
視線が一瞬、合ったが、すぐ逸らす。
何とも気恥ずかしい気がした。
僕が席に着くやいなや、彼女の細い指がベージュ色のカットクロスを後ろから僕の体に被せた。
「どうしましょう?」
「三ミリ刈りで」
「丸刈りですね?」
「そう」
髪を切る時はいつも目を瞑る。
彼女は手早くバリカンをセットすると、ゆっくりと丁寧に動かして髪を落としていく。
頭頂部を刈り終わると、細く柔らかな指を滑らせるようにして、頭をゆっくりとな撫ぜる。
それが何とも心地よい。
指が止まる。
「もみあげはどうします?」
「IBで」
IBはアイビーカットの略で、この店では普通よりもみあげ短めという意味になる。
「はい」
バリカンで耳の上を剃る時に、その細い指で耳を押さえる。
耳を保護するためだろうが、耳を長い指が折り曲げる。
その感触がやはり気持ちいい。
いつもは彼女の担当は髭剃りがメインだが、今日は人手不足なのか、カットもやってくれた。
「まつ毛の下は剃りますか? 長い毛も剃っておきますか?」
次に彼女の冷たい指は僕の顔に薄くクリームのような物を塗った。
それから、別の女性が鼻の下から顎まで熱いタオルをかけて髭を柔らかくする。
彼女はハケで泡立てた髭剃りクリームを顔に塗り直して、頬を指で撫でながら髭を剃っていく。
恥ずかしい話だが、今日も鼻毛を切り忘れて、彼女に切ってもらった。
まあ、いつもの事だが。
彼女は顔の輪郭を確かめながら細い指を滑らせていく。
さわさわと皮膚が泡立つような感触が広がっていく。
その指の感触が何とも心地よい。
意識が眠りに沈みかけていた。
少しうとうとしていたかもしれない。
たぶん、僕はとても幸せそう寝顔をしているだろう。
「はい、席を起こします」
彼女の声で意識が現実に戻された。
男性の店員に交代して、もみあげの下とうなじの産毛もクリームを塗って剃った。
それから髪を整えて、仕上げをしてくれる。
服の前の埃などを払ってもらった後に、僕は席を立った。
「お客様」
レジの所に彼女が立っていた。
「はい」
彼女は耳元でささやいた。
「気持ち良かったですか?」
「え?」
「幸せそうな寝顔でしたので」
「……」
少し恥ずかしかったので、無言で答えた。
顔は情けなく喜んでいたかもしれない。




