閑話 ワイバーン襲撃について
閑話 ワイバーン襲撃について
夜。
国王の私室にやって来たのは悪友であるガルドだった。
今回は衛兵にも話を通してあるというのに、また窓からやって来たのは何かこだわりでもあるのだろうか。
「よう、国王へーかさま。お前から呼び出すとは珍しいじゃないか」
かつての学生時代に戻ったような乱雑な口調。国王――リージェンスとしてもそちらの方がやりやすいので『余』としての態度を和らげる。
「緊急事態だからな。レナード領でのワイバーンの件、お前の耳にも入っているだろう?」
「自分の領地の話だからな。素材を回収できなかったのが残念だが」
「妖精様が死体を食べた、か。にわかには信じられんし、実際に信じている貴族もほとんどいないだろう」
「だが、お前は信じている。信じているからこそ俺を呼んだのだろう?」
「死体こそないが、周辺住民には目撃されていたからな。まずは確認だ。あの周囲にワイバーンの巣はあるのか?」
「ないはずだ。一番近い巣から飛んできたとも考えにくい。ワイバーンはそれほどの距離を飛べないからな」
「防護術式はちゃんと稼働しているんだよな?」
レナード領の鉱山と、そこから産出される魔石はヴィートリアン王国にとって非常に重要な物資となる。
本来なら魔物からしか取れない魔石を大量に、かつ多品種獲得できるからこそ王国は他国を圧倒する技術大国でいられるのだ。
必然的に鉱山の防衛には細心の注意が払われる。レナード領の主要部を覆う防護術式には幾重もの魔方陣が敷き詰められており、その強度は王都に匹敵するといわれるほど。
「魔法のことはよく分からんがな、リースが責任を持って管理しているんだ。不手際なんぞ起こさんだろうよ」
「それは朗報だが、悲しい知らせでもあるな。レナード領に施されている“竜種避け”の魔方陣の効果がなかったということになるのだからな」
「忌避効果のあるニオイと音を常時発生させる。だったか?」
「あぁ、ドラゴンやワイバーンでは近づこうとしないはずだ。……少なくとも、野生種では」
「誰かに操られていたと?」
「魔導師団長はその可能性が高いと踏んでいる」
「――竜使いか」
「もしも本当なら伝説の存在だな。一人で一都市を滅ぼせる存在など笑い話にもならん」
「リリアならそれくらいできそうだがなぁ」
「恐ろしいことを言うな。いやむしろ竜使いより恐いな。9歳児がワイバーンの首を折って即死させただと? たとえ幼体とはいえドラゴン。王都の騎士団であってもそれなりの被害は覚悟しなければならないのに……」
リリアの非常識さがこの件の信憑性を薄めている一因だった。
ガルドが準備運動とばかりに指を鳴らす。
「いないと判断して奇襲を受けるよりは、いると仮定して準備する方がマシだな。竜使いがいるとするならば、お前は俺に何をさせたいのだ?」
「レナード領にワイバーンが近づけたのなら、王都にも近づけるだろう。だから、この件が片づくまではお前かリリア嬢のどちらかが王都にいるような体制にして欲しい。お前らならワイバーンを個人で屠れるからな。犠牲はなるべく少なくしたい」
「引退した爺さんと、9歳の少女に国防を頼るなんて情けない。そんな情けない野郎の子供に、大切なリリアはやれんな!」
「そうだ。その件だがな、少しばかり早めよう。リリア嬢は完全に味方に引き込んでおきたい。近日中に王妃と王太子をレナード家の王都別邸に向かわせるから準備しておいてくれ」
「……人の話を聞いているか?」
「もちろんだ。俺の娘――じゃなくて息子とリリア嬢の意志を最優先。そう言ったのはお前だろう? 俺がするのはあくまで場を整えることと、背中を押すこと。二人が嫌がるなら無理強いはしないし、逆に言えば、二人が望むならお前だって手出しはできないのだからな?」
「ぬ、ぐ、そうきたか」
「最近は女同士でも子供が作れるのだから凄いよなぁ」
「……どうしてこうなった」
「さて、緊急の話は終わりだ。今日も一杯飲んでいくのだろう?」
「くそ、この城の酒蔵を空にしてやる」
「できるものならしてみろ。騎士団がつめているのだから数だけは多いぞ」
不敵に笑ったリージェンスはいつものようにグラスを二つ用意し、互いに酒を注ぎ合った。
「国家100年の未来のために。乾杯」
「……可愛いリリアの未来に、乾杯」
国王の悪巧みをリリアはまだ知る由もない。
次回、(ヒロイン役なのにやっと)王太子登場です。
27日更新予定です。




