閑話 ボクはキミに恋をしよう
――まず認識したのは、どこか甘さの感じられる香りだった。
続いて、後頭部を包み込むかのような柔らかさ。
ともすれば天国かと勘違いしてしまいそうな居心地の中、ラミィの視界をふさぐようにリリア・レナードが顔を出した。
この時点で、ラミィはやっと気づく。
自分は地面に寝かされていて、――リリア・レナードに膝枕をされているのだと。
リリアから手痛い一撃を食らい。意識を手放して。おそらくは地面に倒れたラミィ。そんな彼女のことを案じて、膝枕をしてくれたのだろう。
「――凄いですね!」
目を輝かせながらリリアがラミィの顔を覗き込んでくる。
「ああいう強さもあるんですね! すごいです! お爺さまの強さに至るために、お爺さまの真似ばかりしてきましたが……目が覚めたような気分です!」
どこまでも純粋に。
どこまでも無垢なままに。
真っ直ぐな瞳と言葉で褒め称えられて、ラミィはなぜかムズかゆくなってしまった。
激戦の影響か胸の鼓動が速くなる。
まだ息が整わないのか頬が熱くなっているのが自分でも分かる。
「リリア――」
何を言うべきか。どんな返答をするべきか。分からないままラミィは口を動かして……。
「――ラミィ様。ご無事なようで何よりです」
と、黒髪のメイドがリリアの左肩を掴んだ。
「素晴らしいお手前。さすがはリーンハルト家のご令嬢ですわね」
と、ラミィでも知っているガングード家のご令嬢がリリアの右肩を掴んだ。
二人から発せられる殺気というか覇気というか、ただならぬ雰囲気にラミィは反射的に身体を起こし、流れる冷や汗を隠すようにリリアから距離を取った。
そんなラミィに微笑みかけてから黒髪のメイドと公爵令嬢がリリアに視線を移した。
「リリア。無茶をしちゃダメだって言ったよね?」
「リリアは王妃になられる御方。となれば、臣下として、時には苦言を呈しませんとね?」
にっこにっこと笑いながら。笑顔を貼り付けながら。中庭の端へとリリアを引きずっていく二人だった。
リリアの腕前なら簡単に振り払えるだろうに、と。心底不思議そうな目でその様子を見つめるラミィ。
そのままリリアは地面に正座して、二人からお説教(?)され始めた。いや声は聞こえないので想像でしかないが、きっとお説教されているのだろう。
――不思議だった。
たしかにラミィは負けた。
しかし、なぜ負けたのだろう?
人を斬ったことがなかったが故の、戸惑い。
それは確かに直接的な敗因だ。
けれども、どうしたことか、それ以前に勝負が決まっていたような気がしてならないのだ。ハッキリと言ってしまえば、最初から……。
才能の差、という感じではなかった。
努力の差、ではないと信じたい。
そんな分かり易い差ではなく。もっと曖昧で、しかしながら、もっと明確な差があったはずだ。
基礎となる筋力はさほどの違いはなかった。幾度か刃を交わらせばその程度のことは察することができる。
“目”の良さであれば、むしろラミィの方が優れていただろう。ラミィは勝利への道筋を確かに“視”て。逆に、リリアは捨て身の防御をしなければならないほどに視えていなかったのだから。
勝利への執念。
勝負にかける意地。
それらもラミィの方が勝っていた、はずだ。
であれば。
どうして負けてしまったのだろうか?
慢心でも、負け惜しみでもなく。何が自分には足りなかったのだろうかとラミィは改めて正座をするリリアを見つめた。
リリアに説教をしているであろうメイドと令嬢の目に浮かぶのは、心配と怒り。
逆に、リリアは責められているにもかかわらずどこか嬉しそうな……?
――あぁ。
と、ラミィは『すとん』と納得した。
――恋。
あるいは、愛。
誰かのために。
自分のためではなく、誰かのために。
愛する者のために戦えるからこそ。戦うことを知っているからこそ、あのように捨て身の攻撃すら出来たのだろう。
ラミィには決して出来ないことだ。
なぜなら、彼女はあくまで自分のために戦っているから。
自分が強くなるために、自分のためだけに戦っているから。
愛しているのは自分だけ。自分を愛し、自分の強さしか見ていない。自分が強くなればいいと思っている。他人からの評価などあとから付いてくるだろうと軽く見ている。
そんなラミィであるから。自分を犠牲にするようなことをするはずがない。そんなラミィの薄っぺらさが、先ほどの勝敗を分けたのだろう。
自分も、誰かのために戦えれば。
戦えるようになれば。
――誰かに、恋をすれば。
あるいは、さらなる強さを手に入れることも出来るだろう。
誰かに……。
誰かに、恋をするならば。
どうしてか胸の鼓動が早まった。
どうしてか頬が熱くなった。
その訳をラミィはまだ知らない。
ただ、恋をしなければと思った。
恋をすれば、もっともっと強くなれると確信した。
誰かに。
恋をしなければならないのなら……。
どうせなら、強い人がいい。
尊敬できる人がいい。
時間を見つけては手合わせをして、自分をさらに高められるような人がいい。
そんな都合のいい存在を。ラミィは、一人しか思いつかなかった。
自分の淡い心には最後まで気づかないまま。
ラミィは深く深呼吸して、一歩二歩と彼女――リリア・レナードに向けて歩き始めた。
倒れそうなほど胸が早鐘を打っている。
うるさいほどに耳元が脈打っている。
酸素が足りない。
足に力が入らない。
視界すら、揺れてきたような気がする。
それらの不調をすべて『先ほどの手合わせで疲弊した』せいにして。ついに。とうとう。ラミィ・リーンハルトはリリア・レナードの元へとたどり着いた。
「…………」
「…………」
何かを察したのか黒髪のメイドと公爵令嬢が顔を見合わせ、小さくため息をついた。そのまま音もなく距離を取る。
取り残される形となったリリアは突如として終了したお説教に首をかしげ、近づいてきたラミィに気づき、ゆっくりと見上げてきた。
もはや、ラミィには何が起こっているか分からなかった。
心臓は今にも破裂してしまいそうだし。風邪を引いたのかというほど熱があるし。いくら噛みしめても奥歯が浮いているような感じがする。世界がくらくらと揺らめく中、ただ一人。リリア・レナードだけがその美しさを誇っている。
もはやこれまで。
覚悟を決めたラミィ・リーンハルトは、自らの胸に手を当てて、その宣言を行った。
あくまで自分が強くなるために。
さらなる強さを得るために。
それがただの言い訳であると、自分自身で最後まで気づかぬまま。
「リリア・レナード嬢! ――ボクは、キミに恋をしよう!」
あまりにも自覚のなさ過ぎる告白を受けて。当事者である少女はまずラミィを見つめ、『嫁』を見つめ、そして最後に青空を見上げた。
「ど、どうしてこうなった……?」
次回、1月30日更新予定です




