閑話 とある男の物語・4(???視点)
俺は英雄となった。
陛下から称えられ、大臣から称えられ、民から称えられた。
実際はほとんどがあの騎士――ガイサン・デンヒュールドによる功績なのだが、悪い気はしなかった。生まれて初めての、望むべくもなかった英雄扱いに完全に舞い上がっていた。
謁見の間で、皆の注目を集めながら陛下手ずから勲章を受ける。下級貴族では本来ありえない名誉。その栄誉を俺は手に入れた。憎むべき蒼いドラゴンを討伐したことによって。
天にも昇るような心地の俺。
しかし、わずかな違和感があった。
あれだけ出世欲に囚われていたはずのガイサン・デンヒュールドが、本来ならこの場にいて最大の賞賛を受けるべき男が、なぜか行方をくらませたのだ。
騎士爵となり、いずれ騎士団長へ。それがあの男の望みだったはずだ。だというのに、どうしてそれを捨てるようなことをしたのだろうか?
疑問は解決せぬまま式典は終了し、そのまま祝勝会へと移る。ガイサンがいない現状、主役となるのは蒼いドラゴンを討伐した俺と……マリア侯が行方不明になった後、見事な指揮で領民の被害を最小限に留めてみせたキラース・ヒュンスター殿。
いや、マリア侯の後任として任命されたので、キラース・ヒュンスター侯と呼ぶべきか。
祝勝会も終わりを迎える頃。そんなヒュンスター侯と視線が合う場面があった。
――殺気。
確かな殺気を感じた。
怖気がした。
総毛立った。
あのドラゴンに襲撃されたときと同じように、死の恐怖がこの身を襲った。
キラース・ヒュンスター侯爵。
戦闘職ではないとはいえ、あの勇者ガルドに付き従い、邪神と戦った男だ。もしも戦うようなことがあれば俺に勝ち目はないだろう。
しかし、なぜだ?
なぜ俺は殺気を向けられている?
たしかにヒュンスター領に騎士団の到着が遅れたのは俺の落ち度だ。しかし、だからといって、キラース・ヒュンスター侯は俺に敵意を向けるような男ではないだろう。
ここで背を向ければ、死ぬ。
そう感じた俺は気づかれないよう呼吸を整えつつキラース・ヒュンスター侯に近づいた。
「ひゅ、ヒュンスター侯。このたびはまことに――」
マリア・ヒュンスター侯への弔辞を述べようとした俺の言葉は、最後まで続かなかった。万の生物を殺しかねない恨みを込めた声が響いてきたからだ。
「――俺は、絶対に許さない」
静かに。
周りに聞こえないほどに小さく。
されど、はっきりと。
キラース侯は俺を睨め付けた。
俺に殺気を向けてきた。
隠しようのない恨み。
隠すつもりもない憎しみ。
なぜだ?
なぜ俺は、彼からこうまで恨まれている?
これでは、まるで、俺が大切な人の仇であるかのよう――
「…………」
――手が震えた。
言いようのない怖気に襲われた。
蒼いドラゴンの姿が脳裏に蘇る。どこか見覚えのあったドラゴンの姿を。なぜだかあの“少女”の姿を思い出してしまったドラゴンの最後を。
蒼い、たてがみ。
蒼い、髪。
……まさか、そうなのか?
ありえない。
ありえるはずがない。
人はドラゴンではないし、ドラゴンが下等な人間に化けることもない。
だが。
もはや、そうであるとしか考えられなかった。
もしも、そうなのだとしたら。
俺は、
この手で、
彼女を、
殺してしまったのか……?
◇
もはや出世などどうでも良くなった。
生きる気力を失った。
俺が騎士になるきっかけとなった彼女。秘めた想いを抱いていた彼女。そんな彼女を、俺は、殺めてしまったのだ。
自首するわけにはいかなかった。
たとえ『あの蒼いドラゴンはマリア侯だったのです』と告解したところで信じてもらえるはずがないし、マリア侯が蘇ることもない。
そもそも俺は“英雄”になってしまったのだ。国も、ドラゴンからヒュンスター領を救った英雄として扱っているし、逃げ出したガイサンの代わりに祭り上げられてすらいる。
そんな俺が、邪神退治の“英雄”であるマリア侯を殺したなどと……公表できるわけがない。
罪を背負い。罪を告白することもできず。俺は、このまま生きなければならないのだろうか? 生き続けねばならないのか?
それは、なんという、地獄だろうか。
いっそ死んでしまった方が楽だろう。
救われるだろう。
自ら命を絶てばいいだけ。
分かっていてもできなかった。
俺は英雄ではなく、凡人であり、臆病者だった。
自分で死ぬ勇気もなく。
生きていく気力もなく。
そんな卑怯者のである俺に――救いの日はやって来た。
――腹部の激痛。
大地を染める鮮血。
力なく座り込んだ俺の視線の先には……血に濡れた刃を手にした“英雄”、ガイサン・デンヒュールドの姿があった。
恨まれているのは知っていた。
つけ回されているのは知っていた。
このままなら殺されるだろうと予感していた。
天の救いだった。
自ら命を絶つ勇気のない俺は、殺されることでこの地獄を抜け出そうとした。
誰にも邪魔されぬよう機をうかがった。無謀で失敗されぬよう細心の注意を払った。最後にはあえて隙を作った。
騎士の中の騎士であるガイサン・デンヒュールドが、どうして俺を付け狙っていたのかは分からない。マリア侯の復讐であるにしても、歴とした貴族である彼女とガイサンでは接点もないはずだ。
分からない。
だが、なんとなく分かる。
――惚れた女のために剣を血に染める。
騎士としては失格だろう。
だが、男として。……そう、一人の男として。その生き様を羨ましく思った。
思考が鈍くなってきた。
そろそろ死ぬのだと自分でも分かる。
ガイサンの顔はもう見えない。視界も薄暗くなってきた。
意識を失う前に、これだけは言わなければなるまい。
生きるは地獄。
死こそが救い。
ならば、それを与えてくれたこの男に、せめて一言――
「――ありがとう」
※前の騎士団長の話が予想以上に不評だったので短縮&シメの話をすぐに投稿します。
次回、投稿済みです。




