閑話 とある男の物語・2(???視点)
俺に“力”はなかった。
神すら殺してみせた神槍ほどの技はない。
白銀の魔王のような魔術の才能もない。
稟質魔法も持たない自分であるが……頭を使うことだけは得意だった。騎士らしからぬと言われればそれまでだが、俺のような凡人ではどれだけ努力を重ねようが神槍や白銀の魔王のような“力”は得られないのだし、それならいっそ計略策謀を究めようと心に決めた。
世渡りは得意だった。同僚とは友好な関係を心がけ、上司にはとにかく媚を売り、30になる頃には大隊長に抜擢されるまでになった。
兄が死んだことにより俺は(木っ端とはいえ)貴族の跡取りとなっていたので、その影響も少なからずあったのだろう。
自分の実力ではない。
だが、過程はどうあれ、俺は憧れだった騎士となり、順調に出世ができている。
このまま実績を重ねていけば騎士団長になることも可能だろう。俺のような下級貴族が騎士団長になった前例はないが、今の国王陛下は生まれの貴賤を問わない御方だし、充分に可能性はあるはずだ。
順調な出世街道の邪魔になりそうな人間は、二人。
一人は勇者ガルドと共に邪神を打ち倒した英雄、ゲルリッツ侯。俺とは違い神槍の弟子として“力”を有する強敵だ。
そして、もう一人。
邪神討伐において重要な役割を果たしたという大魔術師、マリア・ヒュンスター侯。
俺が騎士になるきっかけとなった少女――いや、女性。
俺とは比べるのも烏滸がましいほどに強大な魔力。俺のような木っ端貴族とは比較すらできないほど由緒正しい血統。そして、俺とは違い、自らの実力で勝ち取ってきた実績。
勝てるはずがない。
だが、それがどうした。
どれだけ“力”のある勇者だろうが、どれだけ“力”のある英雄だろうが。その身は一つしかないのだ。一人では対処できない状況というのは、絶対にやって来る。
そのとき物を言うのが、数だ。
数を率いることのできる、指揮官だ。
そして俺には指揮官としての才があった。
一対一ではゲルリッツ侯にもヒュンスター侯にも勝てやしないが、軍単位での指揮であれば俺が勝つ。
ならば俺が騎士団長になる。騎士団長となって、ゲルリッツ侯やヒュンスター侯に指示を下す人間になる。そうすれば騎士団の力は二倍三倍にふくれあがるだろう。
なるしかない。
ならなければ、ならない。
俺は騎士団長となって騎士たちを率い――力なき民を守るのだ。
◇
少女が女になり、母となり。
俺が『下位貴族出身で初の騎士団長』となった頃。
ヒュンスター侯爵の領地にドラゴンが現れた。
当時、英雄たるマリア・ヒュンスター侯は領地に戻っていた。彼女であれば単身でドラゴンを倒すこともできる。特に問題はないし、大きな問題にはならないだろうと誰もが考えていた。
そんな楽観は、ヒュンスター領からの救援要請を受けたことにより否定された。
マリア・ヒュンスター侯であれば単身でドラゴンを討伐できるはず。なのに、どうして救援が必要なのだろう……?
遠距離通信魔術によってヒュンスター領から伝えられる戦況はすこぶる悪かった。
蹂躙される村。蹴散らされる領軍。本来なら真っ先に戦場に立っているはずのマリア・ヒュンスター侯の活躍は一つも上がってこなかった。
救援要請から数時間後に伝えられたのは、領軍の指揮を執っていたマリア・ヒュンスター侯が行方不明になったという報告だった。
国王陛下は声を失った。ガングード公をはじめとした大臣たちは混乱に叩き落とされた。皆、油断していたのだ。期待していたのだ。たとえドラゴンが相手でも。たとえ勇者ガルドが遠征中であろうとも。マリア・ヒュンスター侯がいればどうにかなるだろうと。
英雄に頼りすぎた連中の、末路だ。
ドラゴンを倒せる“個”がいるからこそ、ドラゴンを倒すための“組織”を準備してこなかった。
俺も偉そうなことを言える立場ではない。
俺だって用意などしてこなかった。心のどこかで『ガルド殿がいれば――』、『ヒュンスター侯がいれば――』と頼り切っていた。数が物を言うとしたり顔をしながら、肝心の“数”を準備していなかった。
ドラゴンに勝てる人を、騎士を、騎士団を、俺が準備しなければならなかったのに……。
その怠慢を。その慢心を。今この国は払わされていた。ヒュンスター領の民に払わせていた。
この瞬間にも多くの民が殺されているだろう。ドラゴンのせいで命を落としているだろう。
氷の記憶が蘇る。憎き蒼いドラゴンを思い出す。
倒したい。
殺したい。
だが、無理だ。
現状で動かせる騎士団を総動員しても、ドラゴンを倒すのは難しいだろう。今の騎士には装備も足りないし、経験もないし、覚悟もない。
現在“個”でドラゴンを倒せるガルド殿とリース殿は出払っていた。邪神の残滓によって発生した“魔王”の討伐に赴いているのだ。
国としての重要度としては、魔王が上回るだろう。
しょせん襲われているのは田舎のヒュンスター領。暴れているのは生物であるドラゴン。さんざん暴れ回って気が済めば――腹が一杯になれば巣に戻っていくに違いない。
対して、邪神はかつて王都に向けて侵攻した過去がある。“神”であるからこそ目的を果たすまで去ることはない。
国として、どちらを優先するべきかなど決まり切っている。
転移魔法を使える魔導師によれば、ガルド殿との接触には成功。急ぎ魔王を倒してヒュンスター領に向かってくれるという。
ならば、時間を稼げばいい。
ガルド殿とリース殿が魔王を倒し、ドラゴンを倒すまで。あるいは、ドラゴンが満足して巣に帰るまで。多少の犠牲には目をつぶり、時間が経つのを待てばいい。
今。国としてやるべきなのは体裁を整えること。騎士団を派遣したという『実績』を残すこと。決してヒュンスター領を見捨てたわけではないと。民を見殺しにしたわけではないと。内外に示すことこそが必要とされている。
そして。その『実績』のためには騎士団に犠牲が出た方がそれらしく見える。
「…………」
国王陛下が俺を見た。
良くも悪くも“英雄”であるゲルリッツ侯には任せられないだろう。
俺はそういう仕事もやってきた。やってきたからこそ下位貴族でありながら騎士団長になれた。やってきたからこそゲルリッツ侯やヒュンスター侯を差し置いて騎士団長に任命されたのだ。
やるしかない。
国王は、騎士団は、民を絶対に見捨てない。そう示すためには騎士が死ななければならない。
……それに。
ドラゴンの注意が騎士団に向けば、その分だけ民の被害は減るのだから。
一歩。前に出る。
「――陛下。お任せください。あの日捧げた剣に誓い、必ずや悪しきドラゴンを討伐してご覧に入れましょう!」
陛下も、俺も、無理な話だというのは分かっていた。だというのに俺は忠烈なる騎士のように胸へ手をやり、陛下も感激したように震えてみせた。
そうして。
この俺――騎士団長アグスト・ミレッジに正式な出撃命令が下された。
※アグスト・ミレッジ……物語開始時点における、前の騎士団長。ガイさんの因縁の相手。
オーちゃん
「マリアなら大丈夫」
璃々愛
「リリアちゃんなら大丈夫」
オーちゃん
「あの国王、まるで成長していない」
璃々愛
「そろそろリリアちゃんパンチを食らうべきなのでは?」
次回、12月18日更新予定です。




