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6章の2

「行け行け行けぇ、一人も逃がすなぁ!!」


 夜気を裂く怒号と共に、鳥羽の村正が敵を斬り倒す。一振りされるたび、長尺刀が肉を裂き骨を断った。


 廃ホテル正面の敷地内で繰り広げられる戦闘の勝敗は、すでに決しようとしている。


 逃亡者を逃さないため、人員の多くは包囲網の形成に廻しているが、鳥羽明久、桐山依子、マックス・フォン・シュレック子爵の三人と、彼らが率いる少数精鋭の部隊は竜巻のように荒れ狂い、それに巻き取られたアリオクの戦闘員たちは、ろくに反撃もできず血祭りに挙げられていった。




 鳥羽は自らも剣を振るうと同時に、三体の人形を一度に操り、多数の敵を迎え撃っている。

 甲冑に身を包んだ夜行。翼を備えた山地乳。


 そしてもう一体は、ギリシア神話のラミアを思わせる人面蛇体の女を象った人形だ。

 長い髪を振り乱し、額に二本の角を備えた鬼女の顔。眼の下から顎にかけて血の涙のような赤いラインが引かれ、手には鋭い爪の生えた三本の指がある。

 人間が持つという二つの美徳(知恵・慈悲)を示す人差し指と薬指を失い、三つの悪徳(瞋恚、貪婪、愚痴)だけを残す、鬼に堕ちた者の手である。

 その下半身からは赤い鱗をびっしりと生やした蛇腹が伸び、本物の蛇のようにとぐろを巻いていた。


 道成寺に伝わる安珍なる僧侶への恋に狂い、遂には大蛇へと変化を遂げて、安珍が姿を隠した鐘もろともに炎の息で彼を焼き殺した鬼女・清姫を模した人形だ。



 しゅる、しゅる。蛇腹で地面を擦る独特の音を伴い、清姫が敵の一団に接近した。


「ひっ」と短い悲鳴がさざ波のように連鎖する。

 異形の姿に恐れを抱いたか、まさしく蛇に睨まれた蛙のように硬直した男たちに向かい、清姫の口がぐわりと開かれる。

 口腔の奥で一瞬火花が散り、それを合図に小さな炎が瞬く間に濁流のように吐き出された。

 数人がまとめて火達磨となって横転し、焼け焦げたタールのような黒血を撒き散らして、灼熱の苦しみにのたうち回る。


 今のところ、今夜の戦いで最も戦果をあげているのが、この清姫である。

 鋭い爪牙が敵を引き裂き、時には蛇腹がムチのようにしなって敵を弾き、時には胴体や頭に巻き付いて絞め殺す。

 そして何より口から吹き出される火炎が、多数の敵を焼殺するのだ。



 その傍らでは微笑の消えた顔で、依子が杖を振るっている。


「……………」


 彼女には珍しい仏頂面を作り、頭上で杖をプロペラのように旋回させる。

 その勢いを全身に乗せ、姿勢をぐっと沈めて、竹トンボを思わせる姿で跳躍した。


「烏兎!」


 空中から突かれた杖の先端が、手近な敵の眉間を陥没させた。鈍い音と共に、大柄な黒ずくめがたったの一撃で背中から倒れていく。


 付着した鮮血を振り払うと、素早く次の敵へ狙いを定める。


「月影!」


 中程で握った杖を、今度は前方の敵の左脇へ捻り込むように打つ。肋骨を砕き、衝撃が体内へ容赦なく叩き込まれた。

 血ヘドを吐いて横倒しに倒れていく敵には、既に目もくれない。


「明星!」


 そのまま左脇から背後へ、振り向きもせず杖を突き出す。

 左背後から斬りかかってくる敵の臍の下へ、見事に杖がめりこんだ。相手がくの字に身体を折って悶絶する。


 一手一手が、点穴を的確に狙い打つ。

 烏兎・月影・明星と、どれも突けば死ぬと言われる致命的な急所だが、今夜の彼女は一切の躊躇なく打突していた。


「……古武道の殺人技は本来ならば禁じ手である。だが、これ以上後手に回るわけにもいかん。弱いものいじめのようで気分は悪いが、覚悟して貰う」


 呼吸を整えながら、暗い声で呟く。彼女も志郎と同じく武術に長けている故に、覚悟が決まれば容赦が無い。


「ち、ちくしょう。化け物が!!」


「失礼な」


 どこかから聞こえてきた罵声に対し、不愉快そうな台詞を吐くと同時、腰の帯へ杖を差す。そして空いた右手から、黒光りする鎖が猛烈な勢いで飛び出した。

 いつの間にか、その手元には鎖鎌が握られている。


 先端に分銅を付けた鎖が蛇のようにうねり、敵陣の合間を掻い潜ってひとりの戦闘員の首へギチギチと巻き付いた。恐らくは先程の声の主だろう。


「ぐ、ぐぇ……っ!!」


 一瞬苦鳴が漏れ、その身が雨に濡れた土から引っこ抜かれる雑草のように、軽々と宙に浮き上がった。

 身の程知らずな罵倒の代償に、男は頭からホテルの壁へ猛烈な勢いで激突し、頭蓋をマスクごしにも判別できる歪な形へ変形させて地面に転がった。

 頭蓋骨陥没骨折および脳挫傷。即死である。

 いや、鎖で吹き飛ばされた時、既に首の骨をへし折られていたかもしれない。


「せめてもの情けだ。私の持てる限りの武芸・魔術の業で、全員なるべく苦しまずにあの世へ送ってやろう」


 今度は両掌に釵を握りこみ、死神の化身となった依子が、絶叫と血煙の渦巻く敵陣へと躍り出た。




 鳥羽明久、桐山依子の両名を相手にする以上に不幸かもしれないのが、シュレック子爵と戦う者達である。


「ふふふん」


 戦場には似つかわしくない、鼻唄混じりに、散歩でもしているように自然な足取りで、ゆうゆうと歩く。

 その挙動のひとつひとつに、敵対者達から発せられる恐怖に満ちたざわめきが伴った。


「ふふふ……はっ!!」


 自然体を崩さず、ゆっくりとした歩みが突然疾走へと転じた。右腕を弓につがえた矢のように引き絞り、突きの姿勢をとる。


 能面じみた笑顔を貼り付けた怪人の姿が迫り、戦闘員が逃げ惑う。

 逃げ遅れた一人の胸板へ、弾丸のような速度で正拳が繰り出された。

 ぼぐ、と鈍い音がして、胸板に拳が突き刺さる。

 比喩ではなく、筋肉と骨を破って手首の辺りまで、子爵の握り拳が体内へ埋没しているのだ。


「ぎゃああああああ!!」


 悲痛な断末魔を迸らせる男から拳を引くと、コルクを抜かれたワインの瓶のように、ごぼごぼと赤い液体が溢れ出た。


 膝がガクリと折れた敵から意識を外すと、更に高く跳躍する。

 背中を向けて逃走を図る戦闘員の後頭部に、スラックスを履いた脚が空中から伸びて絡み付く。敵の肩の上を制圧した。


「ほっ!!」


 相手の手が子爵を引き剥がそうとするよりも早く、捕らえた敵の頭ごと身を捻る。優れたバランス感覚と重心移動が合わさることで可能とする、秘技めいた体術だ。


 ぐきゃっ。

 筋肉と骨の千切れる音と手応えがして、首がおかしな方向にねじくれた。

 肩を蹴ってシュレック子爵が軽やかに地面へ降り立つと、糸がもつれたマリオネットのようにぎくしゃくと不格好なダンスを披露して、後はげぼりと吐いた自らの血溜まりの上に伏して動かなくなる。


「ははは、しまった。手袋汚れてしまった。はははははははっ」


 首を折られた男の死体を尻目に、真っ赤に染色された手袋を新しいものへ換え、再び鼻唄を口ずさみながらぶらぶら歩く。


 ひたすら笑顔で脈絡なく振るわれてくる圧倒的な暴力を前に、戦闘員たちはパニックに陥っていた。

 普通の人間を楽しみのために殺めてきた殺人者集団が、犠牲者に味わわせてきた恐怖を今度は逆に味わう羽目になったのだ。


 既に十人を越える戦闘員が、今のようにシュレック子爵の手によって惨殺され、地面に無惨な姿で転がっている。


「なんだよ、ぶ、武器も持っていないのに!!」


 構えた刃をガタガタと振るわせながら、彼と対峙した戦闘員が絶叫する。


「ほほぅ、私が武器を使っていないのが不満かね?ならばご期待に添えるとしようか」


 シュレック子爵が右手をひと払いすると、何処からともなくその手元には手品のように一振りの剣が現れていた。


 鳥羽の村正にも匹敵する長大な刀身で、大袈裟なほどに幅が広い両刃剣だ。

 正確には剣というより、段平とでも表現したほうが良いかもしれない。

 刀身の中央に〈Bois de Justice〉という文字が彫り込まれているのが、如何にもわざとらしい。

しかしふざけたデザインとは裏腹に、肉厚な刀身からは凶器としての形容しがたい凄味が放たれている。


 それを目にしただけで、戦闘員たちの足が後退する。危険を察知した動物としての本能的な行動に近い。


「抜かせた方が、悪いのだよ」


 感触を確かめるように剣を軽くひと振りし、大地を踏み砕かんばかりに力強く蹴った。

 同時に、剣が青白く透き通った炎に包まれる。その炎の一部が触手のように細長く伸びて、柄を握った子爵の手首に絡み付いていた。


 離れた距離から迎撃せんと、ボウガンの矢が殺到するが、一本たりとも子爵の身体には届かない。彼の手にある剣が閃くたび、矢群の悉くが宙で断破されていた。


 子爵は一呼吸と置かず、戦闘員たちと数歩の位置に到達した。


「ふんっ!!」


 短い気合いを発すると、マントを巨大な翼のようにはためかせて、敵陣を縦横無尽に駆け巡る。


 多勢にものをいわせて取り囲み、彼を刺殺しようと四方八方から直刀が突き出されるが、巧みに身体を捌く彼にはかすり傷ひとつ負わせられない。


 その手から繰り出される斬撃は、受け止めた合金製の直刀もろともに相手を断つ。志郎の示現流剣法にも劣らない剛剣だ。

 剣を振るうたび、敵の肉体に深々と裂傷が刻まれ、断面から青炎が噴き乱れた。



 その炎が瞬く間に身体の内外へ侵食していく。哀れな犠牲者たちはそれに抗う術を持たない。


録画された映像を早送りするように、身に付けた衣服や武器がまたたく間に風化し、その下の肉体も養分を奪われた枯れ木のように痩せほそっていく。

最期に訪れるのは、肉も内臓も骨格も乾いた砂のように変質させる崩壊の瞬間だ。


 それを過ぎれば、あとは数秒前まで生きた人間だったとは思えないような細かい粉塵が、風に吹かれて散り散りに大気へ失せていく。


「これはギロチンの刃から造られた呪剣だ。使う方も生気を吸われるので少々疲れやすいのが難点だが、私のとっておきのコレクションなので、よく味わってくれたまえ」


 戦闘員たちの成れの果てである塵の中で、口角の左右をつり上げてニンマリと、シュレック子爵が凄惨に笑った。

 呪剣もそれに呼応して、炎を噴きながら付着した血液を刀身に吸い込む。

 剣に宿る罪人たちの怨念が、新たな仲間を得て喜んでいるのだ。


「むっ!?」


 しかし、戦闘員達への追撃を中断し、突如子爵が小さく鋭い呼吸を放って身構えた。


 頭から爪先までをすっぽりと覆う、法衣のようなフード付きのマントを纏い、手に大振りな刃物を携えた影が接近してくる。


 そのマントの裾が大きく広がると、そこからもう一人、同じく黒装束を纏った人影が飛び出した。


(分身か?)


 琴美の使う、ドッペルゲンガーのような術の使い手かと一瞬考える。


 思案にふける顔を油断と見たか。先ほどマントの中から現れた片割れが、牽制するように蹴りを打ち込んできた。

 足の先に鉤爪のような刃物を仕込んでいる。


 一撃。頭部を狙った回し蹴りを咄嗟に呪剣で防ぐ。

 ぎゃり、と鋼の擦れる嫌なメロディが奏でられた。


 更に相手が跳躍した。

 二撃。三撃。やつき早に繰り出される。


「おっと」


 ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ。

 連続で飛襲する、雪のように冷たい白銀色をした鋭利な爪。ことごとくを呪剣でさばき、受け流す。

 金属音が間断なく響き、宙空で鈴蘭のように連なる火花が咲いた。


 子爵もやられてばかりではない。

 右脚が高く掲げられた。長い脚が柔軟な動きを披露し、弧を描く蹴りを叩き込む。蹴りと蹴りの応酬だ。

 ケエ!!と、やけに甲高い悲鳴が聞こえたが手応えは浅い。これは致命傷に至らない。


 ボレーシュートを決められたサッカーボールのように弾き飛ばされながらも、空中で体勢を立て直し、鉤爪で大地を捉えて見事に着地する。“動物じみた”身のこなしだ。

 そのまま返す刀で、凶刃を手に仕掛けてきた、もう一人の攻撃も弾き返す。

 一撃で大袈裟なほど構えを揺るがし、口惜しそうな舌打ちを放ちながら後退した。

 こちらは先ほどの相手よりも動きが鈍く、素人じみている。


 改めて敵の姿を確認する。

 後に仕掛けてきた方の手に握られているのは、奇妙な歪曲が特徴的なククリナイフだ。実戦的な刃渡りの、殺傷に特化した刃がくろがね色に反射している。

 フードの下の血走った眼からは、粘っこい殺意がひしひしと感じられた。しかし技量自体は大したことはなく、危険度は低い。


 もう一人の先に鉤爪で攻撃してきた方は、思考の読めない奇妙な丸い眼で、フードの向こうからじっとこちらを凝視している。注意すべきは恐らくこちらの方だ。


「ほっ。どうやら、少しは出来そうな者達が出てきたか」


 顎に手を添え、呑気に頭を上下させる。視線を巡らせると、鳥羽と依子にも同じくフード姿の者が相対していた。


 鳥羽と相対する者は巨大な棺桶を引きずり、依子と相対する者は両拳を鋼鉄で覆う籠手(ガントレット)を装着しており、それぞれ武装が異なる。


「……我々が相手しますか?」


「いや、いい。俺と依子とシュレックで片付ける。お前らは残りの雑魚どもを掃討しろ」


「面白い。ここはシンプルに一騎討ちと行こうか。明久、シュレック、準備はいいか」


「私だけ二対一だが、まぁ細かいことは気にしないでおこう」


 遠慮がちに申し出た部下の提案を断り、三人がさっと動いて、それぞれの相手を誘う。

 敵もそれに乗り、三組はお互いバラバラな方向へ駆け出した。





 最初に火蓋を切ったのは、棺桶を引きずる術者と対峙した鳥羽明久だ。


「決闘の始まりだ。かかって来い!!」


 普段の冷静さからは剥離した大音声を叩きつけて相手を挑発する。


 彼の最大の武器は多彩なギミックを内包した操り人形であるが、剣の腕だけでも負ける気はない。


 気圧されたか、棺桶を引く術者が一瞬びくりと身体を震わせた。


「くそっ、バカにしやがって」


 イラついたように荒い手付きでフードを外す。目の下に隈を作った陰気な男の顔が現れ、口の中で呪文を紡いだ。



 すると棺桶の蓋が弾け飛ぶように外れ、中から異形が飛び出してくる。

 阿修羅のような六本の腕を備えた、巨人と言っても差し支えない大男だ。


 鉄屑を寄り合わせたような、歪な鎧で肩から腰までの上半身と脚を覆い、肘や膝などの間接部もアーマーで防護している。

 その合間から見えるのは、恐らく防腐処置を施されているものの、血の気のない土気色をした継ぎ接ぎだらけの肌だ。

 西洋騎士を思わせるヘルメットの中から覗く男の顔も土気色で、白濁した眼からは生前の面影を感じられない。

 胴体に植え付けられた三対の腕は、一本一本がジャマダハルを握っている。

 刃に対して握りが垂直につけられ、拳を前に出すと自然に相手を刺突する形になるという、突きに特化した構造の武具だ。インドを発祥とし、西洋では誤解から永らくカタールと呼ばれたことで知られる。


「お前もブッ殺して、この肉人形の素材にしてやる!!」


 術者の狂気じみた台詞とともに、肉人形と呼ばれた異形の六本腕が、一斉に鳥羽へ切っ先を向ける。

 どうやらこれは、犠牲者達の死肉で拵えたマリオネットという事か。


「悪趣味な」


 夜風に乗って漂う死臭を嫌うように、コートの裾で鼻を覆う。彼にはやや潔癖症の傾向がある。


「夜行、相手をしてやれ!!」


 指示に従い、武者姿の鬼がドスドスと重い足音を鳴らし、肉人形と向かい合った。


 金棒や刀は抜かない。腰を据えて両手を前に伸ばし、今にも掴みかからんばかりの構えを取る。

相手の襟首を取ろうとする柔道家のような姿だ。そのままジリジリと前に出る。


 肉人形もただ棒立ちになるばかりではない。

 六つの腕が奇怪な節足のようにうごめき、ジャマダハルで夜行を滅多斬りにする。

 一振り、一突き、一払いごとに全身へ細かい傷が刻まれ、火花と細かい粒子状に削れた鉄破片が舞い踊った。

 しかし、どれも鳥羽の操る人形の中でも堅牢無類を誇る、夜行の動きを停止させるには至らない。

 防戦一方に見せて、肩の付け根や肘など、メカニズムに支障をきたす致命傷に繋がる、装甲の薄い接続部の合間を狙った攻撃は防いでいるのだ。


 緻密に体をさばき、切っ先を反らしながら、巨大な陸亀のようにゆっくり、ゆっくりと近付き、間合いを詰める。


「壊れろおおっ!!」


 夜行の頑強さに痺れを切らし、術者が絶叫のように言い放つと、胴体に植えられた六本の腕が同時攻撃を仕掛ける。必殺の間合いだ。


 鉄塊がぶつかり合う激突音が、大気をビリビリと振動させる。

 しかし、それでも夜行は倒れない。

 降り下ろされた二本のジャマダハルを肩の装甲で受け止め、敵の脇に生えた残る四本の腕を抱え取り、万力のように締め上げている。ついに敵を捕らえた。


「回れ!!」


 今度は鳥羽が夜行への指示を飛ばす。

 鋼鉄の軋る鋭い駆動音を伴い、巨大なからくり人形の上半身が勢いよく旋回した。腰部に仕込まれた、モーターのような回転機構が作動を開始したのである。

 骨と筋肉をまとめてぶち砕き、引き千切る。背筋の凍る破壊音がして、太く長い丸太のような腕が四つ、無造作に投げ出される。

 強力な回転機構と、それに振り回されない重量とパワーが全て合わさり、四つの腕を肉人形の胴体からむしり取ったのだ。


「よし、掴みやすくなったぞ」


 にっと鳥羽が意地の悪い笑みを作ると、夜行がスペースの増した肉人形の胴体をがっしりと鯖折りのように抱え、


「叩き落とせ!!」


 その体勢のまま、夜行が地を踏んで空高く飛翔する。衝撃と轟音を発生させながら、二つのヒトガタが宙を舞った。


 そして、空中で敵の上下を持ちかえると、今度は脳天から落とす体勢に入る。まるでパイルドライバーだ。


 落下地点には、あの棺桶を引いていた術者がいる。


「ひっ……!!」


 一瞬漏れるひきつった悲鳴。あとは意味不明な音の羅列だけがほとばしる。もはや逃げる暇はない。


 術者を巻き込み、夜行は肉人形を地面に叩き付けた!!


 地響きと共に、肉人形の上半身が頭から大地にめり込み、無数の肉片となって砕け散る。辛うじて潰れるのを免れた眼球がひとつビー玉のように転がって、夜空を虚ろに睨んでいた。


 そして、夜行と肉人形が落下する重圧の下敷きになり、死者を弄んだ術者も息絶えていた。

 手足が出鱈目な方向に折り曲がり、ピクリとも動かず、カエルのような腹這いで地にへばりついている。


 術者が死んだ事によるものか、肉人形がグズグズと崩れ始めた。

 肉が溶解して全身が白骨化し、その骨も風雨に晒されたようにヒビが入って砕け、まとめて腐臭漂う粘塊と化す。凄まじい速度の崩壊だ。


 殺人者に利用された哀れな屍は、夜明けには跡形もなく土に還っていることだろう。


「ふん、所詮この程度か」


 敵を粉砕した鳥羽は、その死に様をさも面白く無さそうに一瞥し、コートを翻して去っていった。





 二人組と戦うマックス・フォン・シュレック子爵もまた、敵の正体に気付き始めていた。


「なるほど、なるほど。見えてきたぞ」


 幾度目かの打ち合いを終え、納得したとばかりに子爵が顎を撫でる。


「ほらほら、欲しいのはこれだろう」


 いたずら小僧が“あかんべえ”をするように、下まぶたを引っ張り、目玉をグルグル動かす。挑発じみた仕草だ。


 ククリナイフを持つ男がそれにイラついたように唸り、片割れに目配せした。


 足に爪を仕込んだ影が応え、これまで以上に高く跳躍し、凄まじい速度で正面から突っ込んでくる。


 影が纏う風も、単なる大気の動きではない。蛇か蜥蜴のようにうぞりと這い回るいやらしい粘さと、地面を踏みしめた足を絡め取って吹き倒そうとする、攻撃的な気配が同居している。妖気である。



 その妖気に煽られて、素顔を隠すフードが後頭部へと外れた。


 細面の顔立ちに、白い肌。形よく整った高い鼻梁。フードの下から現れたのは、マックス・フォン・シュレック子爵と瓜二つの顔だった。だが、


「今更遅い」


 一言、それを見て嘲笑う。


 子爵の顔に化けた偽者の鼻面がグニャリと飴細工のように伸び、長いクチバシに変ずる。全身を覆うマントも毛羽立ち、瞬時にダークグレーの羽となった。

 手は左右へ長く広がり、逆に足は細く小さく縮む。不自然なねじれと伸縮を繰り返し、翼と三本指が現れる。鳥だ。

 雪のように白い爪は仕込まれた武器などではなく、元から鳥の足に備えられたものだったのだ。


 人間に化けていた奇怪な鳥はシュレック子爵の顔面めがけて、そのまま急降下を仕掛けた。眼球を狙っているのである。


 しかし、クチバシが眼球に突き刺さる寸前、長く連結したタロットカードが鳥をがんじがらめに捕らえ、その動きを封じていた。


「やはり、羅刹鳥だったか。どうりで目玉ばかり狙ってくる」



 羽毛を撒き散らし、怨みが籠ったような高い鳴き声を上げてもがく妖鳥を見下ろすと、誰に言うともなく呟く。


 改めて、タロットに戒められて地面に転がった、その姿を確認する。

 一見すると鶴に似ているが、それより一回りも二回りも身体が大きい。人間並みの大きさだ。

 全体的に羽は黒みの強い灰色で、磨き抜かれた刃物のように白々とした輝きを放つ、大型の爪が特に眼をひく。

 クチバシは尖端が鉤のように鋭く歪曲しており、獲物の眼球を抉り出すのにはさぞや便利だろう。

 丸い眼は鬼火のような光が宿っており、闇夜の中で爛々と輝いている。



 羅刹鳥。

 墓地などで屍が発する陰の気が懲り固まって生ずるとされる、中国の鳥の姿をした悪鬼の一種である。

 清代の袁杯が記した『子不語』には、北京のとある花嫁が結婚式の日に羅刹鳥へ化けられ、正体を見抜けず新郎新婦の両者が目玉を喰われて盲目になってしまったという話もあるように、この鳥は人間に化け、近付いてきた者の目玉を鋭いクチバシで抉り取って喰らうのだ。


「調教が不十分だったか、せっかくの能力もお粗末なものだ。私ならこの子はもっと上手く使うね。あとこれは忠告だが、トリックを見破られてから奇術を使っても無駄さ。

 相手の姿に化けて驚かせ、隙をついて仕留めるというのは分かるが、使いどころはもう少し考えたまえ」


 穏やかだが皮肉の込められた口調で語りながら、羽飾り等で装飾されたパイプを取り出し、火をつけて一服する。

 ネイティブ・アメリカンの呪術師(メディシンマン)が使用する、『聖なるパイプ』だ。

 その『聖なるパイプ』から口に含んだ煙を吹き掛けると、暴れまくる羅刹鳥は徐々に勢いを削がれ、大人しくなった。


 ネイティブ・アメリカンにとって、パイプや煙草はあらゆる儀式における重要アイテムだ。それに伴う紫煙も霊的存在と語り合うなど、様々な意味合いがある。

 シュレック子爵の吐いた煙は、魔を鎮める効果でも込められていたのだろう。


「くそぉ、返せ!! そいつは俺のだぞっ」


 ククリナイフを無茶苦茶に振り回しながら、残された男が猛然と突進してくる。


 だが、羅刹鳥を奪われた今となっては、もはや彼は魔術師マックス・フォン・シュレック子爵にとって、とるに足らない存在だ。


 パイプをくわえて紫煙をくゆらせ、片手でだらりと呪剣を垂らした無構え。敵を迎え撃つ姿勢には見えない。


 柳の枝のように飄々と、繰り出される剣風をかわす顔にはいつも通りの笑みが浮かんでいる。


「うおー死ねーっ!!」


 オリジナリティの欠如した怒声を放ち、焦れた男が真っ向から刺突を仕掛けた。

 切っ先に体重を乗せて突き出すだけの、実に品のない技だ。ヤクザ崩れの扱う長脇差(ながどす)のほうが、もう少し気が利いている。


「ふっ……」


 稚拙な技術しか持ち合わせない敵を前に、子爵の貌へ微かな嘲笑が込められた。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐに殺意へ塗り替えられる。見るべきものは何もない、つまらない相手への怒りだ。


 呪剣を持った右手が跳ね上がり、銀色の弧を描く。

 ぶつんっ。

 筋肉と骨の切断される、総毛立つ音が鼓膜を叩いた。

 天へ駆け昇る龍のような一本の斬線。その向こうで、切断された手首をくっ付けたままのククリナイフが宙へ投げ出されている。


「あ、手」


 肘から先の消失した両手を眺め、呆気に取られたような表情を作る。

 狂おしい激痛を認識するよりも、ククリナイフが地面に落ちるよりも速く、二撃目が迸った。首を狙って刃を薙ぎ払う。


「ぎっ……!!」


 柱のような血煙が、呪剣を叩き込まれた喉元から噴き上がる。

 真紅の花弁が散って、黒い天鵞絨(ビロード)に銀粒を散らしたような星空へ向かい、斬り飛ばされた生首が高々と舞った。

 悲鳴を上げる暇すらろくに与えない。

 ギロチンによる斬首刑の再現だ。


「実につまらない相手だった。だが、この子を手に入れられたのは有益だったな」


 呪剣をマントの中へ納め、満足げな目付きで羅刹鳥を見つめる。

 直前に殺害した男の存在など忘却の彼方に追いやり、子爵の意識は、これからこの妖鳥をいかに手懐けるかに向けて飛び立っているようだった。





 桐山依子は、他の二人と違い、やや敵を倒すのに手こずっているように見えた。


「やっ!!」


 鋭い気合いと共に杖が唸る。

 鼻下・喉仏・鳩尾の三ヶ所が打突される。だが、男は痛みを感じていないように杖を払いのけ、鋼鉄に覆われた拳を振るった。


「おっと」


 素早く身を翻して距離を取る。

 さっきまで立っていた位置に、叩き落とす形の拳撃が打ち下ろされた。

 獲物を潰し損ねたその拳が、派手な轟音と砂煙を噴いて地面にめり込む。

 ハンマーを叩きつけたような、腹に響く重い振動がビリビリと伝った。まともに食らえば死傷は免れない。

 文字通り必殺の威力だ。


「ほおー、面白い。私の杖を受けても平気とは。アタリ引いたか」


 しかし、本人は相変わらず呑気な顔だ。自分よりも体格の優れた大男との戦いにも、人間離れした怪力にも臆する気配はない。

 樫の杖を担ぎ、とんとんと肩を叩く。余裕の仕草である。


 その様子に舌打ちをして、男が再び拳を構え直す。鬱陶しそうにはね除けたフードの下から、素顔が露になる。

 口が亀裂のように耳まで裂けた、見るも醜怪な顔。その口元が暴力への喜悦にグパァッと広がり、顔の下半分を占める真っ赤な三日月となった。

 そこから吐かれる黄色い煙混じりの息は、むせかえる程の硫黄臭が漂っている。


「硫黄の臭いに、下へ流れる煙。ということは……分かったぞ、悪魔憑依(デモノマニ)だな」


 依子の言う通り、男の吐き出す煙は不自然なほど全く上昇を見せず、滝のように下へと流れていく。


 西洋において煙が下に流れる現象は、邪悪な世界の住人が現れる兆しとする考えがある。

 また、悪魔・悪霊・死神といった存在は具現化の際、硫黄の臭気を伴うとも言われているのだ。

 加えてこの怪力や容姿の変貌は、明らかに憑依状態特有のものである。


「西洋の悪魔と戦った経験はあまりないが、さて……」


 考えあぐねていると、悪魔憑きの男が、物凄い勢いで煙を吐き出し始めた。

 またたく間に山火事でも起きたかと思うような、大量の煙が周囲を包み込む。


「む、これはいかん」


 咄嗟に手拭いを取りだし、即席のマスクとして鼻と口を覆う。



 息を止めて、煙でしばしばする眼を凝らしながら、敵を探す。視界の端で巨大な影が動いた。


 それを認識すると同時、煙の向こうから拳が乱れ飛ぶ。


 真っ直ぐ突き出される右ストレート、左フック。

 顎をかすめるように襲い来るアッパーカットを杖で捌く。乾いた音がして、半ばほどで杖をへし折られた。


「ああ、もったいない。どうしてくれる」


 使い物にならなくなった愛用の杖を放り出し、大袈裟な身振りで嘆いて見せる。


 武器を破壊したことに満足したか、男は再び煙の中へ姿を隠していた。しかし、この程度の技は真の魔術師にとって安手品だ。

 煙の向こうから聞こえる下卑た笑いに、依子の顔から微笑が消える。



「少しは出来るようだが。こんなもので私を殺れると思うとは度しがたい阿呆だ。まずは、この鬱陶しい煙を消してやる」


 印を組み、精神を統一する。

 自分をミコトモチ(神の代弁者=神そのもの)であると強く念じ、祝詞を唱えて息を吹く。



「……神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。御息を以て吹けば、穢れは在らじ、残らじ。阿那清々し、阿那清々し!!」


 口から吹かれた息が、そのまま強く涼やかな風へ変じる。硫黄の臭気と煙が嘘のように吹き飛ばされた。

 神道に伝わる邪気払い『息吹法』だ。

 煙が消えて、敵の姿が丸見えになる。


「見つけたぞ」


 腰の刀の鯉口を切り、居合い構えで急接近する。一瞬の交差。


 ただそれだけで、男の全身が血に染まる。


 胸が裂けた。肩が割れた。腹が血を噴いた。左腕が大根かキュウリのようにすぱりと斬り落とされる。

 額から鼻、顎先にかけてクレバスのような筋が引かれ、顔面が染料をぶちまけたような朱に染まる。


 つむじ風を思わせる壮絶な斬撃だ。


 激痛を味わい、のたうち回る様子を尻目に、依子は風車のように刀身を回転させ、納刀する。

 剛刀として知られる胴田貫の重さを感じさせない、華麗な太刀捌きであった


「とどめだ」


 既に半死人となった敵の姿を確認し、背中へ手を廻すと、何処からともなく大型の弓矢が出現する。

 どこにそんな力があるのか、女性の手には余るであろうその弓に張られた弦を、依子はギリギリと引き絞った。

 すると、弓矢を握る手から淡い光がもれて、鏃に絡み付く。

 額の第三の眼を意識して相手を見ると、背後の気配がそれに怯えているのが分かった。


「蓬の矢、桑の弓もて天地四方へ射祓えば、諸魔、障碍神は大海、大地の底へ射落とさん!!」


 鋭い弦の音と、高い風切り音が重なった。


「あああああッ!!」


 恐怖の絶叫が迸り、悪魔憑きの男が飛来する矢へ向けて、残された右の拳を放つ。

 だが、もはや悪あがきだ。

 悪魔憑きの効果が薄まっているのか、耳まで裂けた口は先程よりも小さく縮んで、恐らく男の素顔に近いものとなっている。


 ぎぐぇ、という奇妙な音がした。

 悪魔の力を失った男の、小さな断末魔だ。

 放たれた矢は鉄甲に包まれた拳を容赦なく砕き、男の喉を貫通して背後の樹へ、標本のように固定していた。



〈オオオオオ…………ウウオオオオオオオ!!〉


 そして、男の背後に渦巻くドス黒い気配からも、雷雲のような悲鳴が轟く。

 実体のある矢と共に放たれた、霊気を凝縮した不可視の矢に貫かれ、形容しがたい苦痛と憎悪の感情が流れ出して、周囲をヘドロのように汚染している。

 やがてその勢いも水が枯れるように衰え、邪悪な気配は跡形もなく消え失せて行った。


「鳴弦……」


 悪魔を倒したこの技もまた、神道の邪気払いの術である。

 弓の弦を鳴らす音と共に放たれた不可視の矢によって、目に見えない悪霊や鬼を調伏するというものだ。


「さて、これでお膳立ては終了だ。あとは、あの二人がどこまでやれるかな」






 三幹部がそれぞれの敵を蹴散らしていたのとほぼ同時刻、志郎と琴美も警備の手薄な裏手からの侵入を試みていた。


 配置されているのは恐らく組織内でも上位に位置する戦闘員達であるが、二人にとっては敵ではない。

 時折、生首に内臓をぶら下げたペナンガランや、低級な悪魔を憑けたデモノマニが現れるものの、悉くが志郎の剣と琴美の魔術によって撃破されていく。


「ぎゃあああっ!!」


 切断音が連続し、四人の戦闘員がまとめて鮮血を撒き散らして転倒する。


「はあっ……」


 その最期を見届けると、血振るいした刀を納めて、志郎が荒い息をつく。


 周囲には地面に連なる盛り上がった影となって、彼の斬った敵達の屍が転がっていた。


 骨を断つ硬さ。

 肉を裂く生々しさ。

 ヌルリと刀身を這う血の粘り。

 どれも嫌な感触だった。

 何度味わっても慣れることは決してない。


 やや青ざめた顔で項垂れる彼を心配して、琴美が軽く肩を叩く。


「大丈夫?」


「ああ、心配するなよ。よし、入ろう」


 警備はこれで全滅している。これからホテルに侵入するのだ。

 しかし、扉に近付こうとしたところで、異様な気配を感じ身構える。


 猛烈な熱気と血臭だ。


「来るぞ!! あいつらが来る!!」


 火焔地獄と血の海地獄を内包したふたりの殺人鬼の到来を、志郎は鋭敏に感じ取っていた。


 その予感は正しく、業火を纏った鬼と、赤毛の妖女が現れて、行く手を遮る。


『人斬り以蔵』こと、岡田以蔵。

『流血の伯爵夫人』こと、エリザベート・バートリー。


 あの夜以来の、因縁の対決だ。


「キエエエエーーーッ!!」


 金切り声が迸り、エリザベートが琴美へ掴みかかる。

 憎くてたまらない相手を前にして、彼女の理性は既に遥か彼方へと吹き飛んでいるのだ。


「おっと、前みたいにはいかないよ!!」


 ナイフなみに切れる爪を捌きながら、琴美は杖にまたがり浮遊していく。エリザベートもコウモリの翼を展開させて、それを追った。



 空の戦いになれば、志郎に出来ることはあまりない。

 逆を言えば、それは琴美がエリザベートを引き付けている間は、以蔵だけに集中できるということだ。


 パートナーと視線が交わる。

 自分のことを好きだと言ってくれた、情の深い少女が微笑む。

 お互いに軽く頷き返し、それぞれの敵と相対する。




 狗賀志郎と岡田以蔵。

 二人の剣士が睨み合う。


 鬼切丸の鯉口を切り、居合い構えを取った。

 手の中にある刀が震えるような、奇妙な感触がある。

 まるで刀そのものが、与えられた名の使命を果たせ、鬼を斬らせろと、鞘から抜かれる瞬間を待ち望んでいるようだった。


 対する以蔵もグオオッと呼吸を唸らせながら、抜刀した忠広を上段に掲げる。

 殺気がみなぎり、全身から火の粉が散った。

 刀身がその炎によって赤熱し、闇の中で不吉な輝きを放つ。



 無言の対峙。

 その数秒で、疲弊した志郎の心に、爆発的なまでの高揚が生まれる。


 これから始まるのは今までのような一方的な殺戮ではなく、剣客同士の一騎討ちである。


(悔しいけど、俺はやっぱり武芸者か……)


 図らずも琴美と同じことを考えていることに気付かず、内心で苦笑する。


(じゃあ、たまには武芸者らしく行くか)


「こういう時はこれだろ……いざ、尋常に!!」


 ビリビリと大気を振動させて、声を張り上げる。

 それにやや困惑しつつ、幕末を駆け抜けた剣豪である以蔵も応えた。


「ジ、尋常ニ!!」





「「勝負!!」」



 両者の声が重なり、戦いの火蓋が切られる。

 志郎の鞘から鋭い抜き打ちが閃き、以蔵は上段から赤龍のような斬撃を落とす。


 剣に生きる二匹の鬼の、決闘の開始であった。

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